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さぁ、最後の指名依頼だ。おそらくこの街で受ける最後の依頼となるだろう。気を抜かずに真剣に取り組むとしよう。
商業ギルドへ入り中央の時計を見てみれば時間は午前14時25分。もうすぐ正午の時間だ。ナフカは受付にいるだろうか?
他の受付に対応してもらっても構いはしないのだが、顔見知りに対応してもらった方が話はスムーズに進むだろう。
少し周囲を見渡してみれば、昨日の受付カウンターと同じ場所にナフカの姿を確認したのでそちらへ足を運ぶことにした。
生憎とナフカのカウンターにはそれなりに列ができていてなかなか忙しなく対応に追われているようだ。私も列に並んで自分の番が来るのを待つとしよう。
並んでいる者達を見ているとどうも若い女性が多いように見える。服装は街中でよく見かけるような服装が多い。少なくとも彼女達は冒険者ではなさそうだ。
女性達の中には頬を赤らめている者達もいるな。ナフカに対して恋慕の感情を抱いているのだろうか?
理由を考えてみよう。ナフカの顔立ちは私が見てきた人間達の中でも整っている方だとは思う。それに加えて落ち着いた物腰に誰に対しても丁寧な対応をするとなれば…。なるほど、確かに異性から好意を集めやすいのだろうな。
私の生物の優劣判断基準には、どうしても魔力だけでなく生物強度といった、生物そのものの強さも含まれてしまう。
そのためあまりナフカに対して魅力を感じることは無いのだが、戦いとは無縁な者達ならば外見と他人への態度が良ければそれで良いのだろう。
そんなことを考えていたら私の番が回ってきた。それなりの人が並んでいた筈だったのだが、ナフカが円滑に対応していたということだろうな。優秀なことだ。
「ノア様、お待たせいたしました。本日は指名依頼の件でよろしいでしょうか」
「ああ、各倉庫にある需要の高い商品の運搬依頼だったね?まさか商業ギルドのギルドマスターが直々に依頼をしてくるとは思わなかったよ」
「それだけノア様に商業ギルド一同、感謝しているのです。勿論、私も。ギルドマスターの元まで案内いたしますので、ついて来ていただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ、よろしく頼むよ」
そう言ってナフカが席を立ち、カウンターから離れていく。私は彼の後をついて行けばいいのだろう。
「やぁあ!ノアさん!よく来てくれた!遅ればせながら”中級《インター》”への昇級、誠におめでとう!」
「ああ、ありがとう。やはり貴方がギルドマスターだったか。今日はよろしく頼むよ」
「はははっ!いや済まないね!あの時点で身分を明かすのは得策では無いと判断させてもらったよ!あの紙の山を片付けてもらった後、こちらの頼み事を聞いてくれていたのであれば話は別だったのだがね!」
案内された部屋にいた商業ギルドのギルドマスターは非常に上機嫌だ。無理も無いのかもしれないな。
自分で言うのも何だが、長年悩まされ続けていたという裏の倉庫のスペースを圧迫し続けた紙の山を片付けた張本人が目の前にいるのだ。上機嫌にもなるというものだ。
「改めて自己紹介させてもらおうか!商業ギルドイスティエスタ支部の支部長《ギルドマスター》、ダンダードだ!今後とも商業ギルドをよろしくお願いするよ!」
「改めてよろしく。その言い方だと、私の事情を汲んでくれる、という事で良いのかな?」
「勿論だとも!ユージェン氏から話は聞いているよ!商業ギルドはここだけでは無いのだ!是非他の商業ギルドにも顔を出して贔屓にしてもらえると有難い!」
ギルドマスター・ダンダード。
昨日、私が紙の山を回収する際に同行していた窟人《ドヴァーク》の男性だ。
ナフカが彼に対して常に気を遣っていたこと、在庫品の扱いを一存できること、そして安易に仕事を頼める立場であることを考えれば、彼の立場を推測するのはそれほど難しくなかった。
ダンダードが言うには、この街の商業ギルドに限らず商業ギルド自体と友好的な関係を築ければ、この街で依頼を受けなくとも良いらしい。
商業ギルドは利用者の財産の保管、貨幣の両替も務めている。
商業ギルドで得た利益は世界中に存在する商業ギルドと共有されるらしく、冒険者ギルドを除いた他のギルドと違い、国を跨いでの競合はあまりないらしい。
私に頼みたいことは今回の依頼以外にも大量にありそうだが、それらは私以外のものでも片付けられることだと言う。
本音で言えば私にこの街に残ってもらいたいのだろうが、それでも私が他の商業ギルドで利益をもたらせば、それを促したダンダードが評価される、という寸法のようだ。強かなことだな。
さて、挨拶はこのぐらいにしてそろそろ仕事を始めるとしようか。
「早速運搬を開始しようか。この街の倉庫まで案内してもらって良いかな?それとダンダード、貴方も同行するということで構わないのかな?」
「ああ!というよりも案内役はこの私だとも!ノアさんならば一度に全ての倉庫を渡れるだろうからね!手早く片付けてしまおう!外には車両も待機させているからね!倉庫まで時間もかからないだろうさ!」
車両とな?
何らかの移動手段のようだが、なるほど。ダンダードの体型は私、というよりも一般的な人間の体型と比べてもややふくよかな体型をしている。私の歩幅に合わせて歩くことは難しいだろう。
だからと言って彼の歩行速度に合わせて移動した場合、この街の広さなのだ。おそらく全ての倉庫を回ってここまで戻ってきた場合、日が暮れていてもおかしくない。効率的な移動手段を用意するのは当然なのだろう。
「ささ、どうぞ乗ってくれ!我がイスティエスタの商業ギルドが保有する魔導車両だ!!」
待機させていた車両とやらは、人が6人ほどは入れる車輪の付いた箱を魔力を動力源に前進する大型魔術具で牽引する、というものだった。
なかなかに興味深い乗り物だ。私が見たことのある魔術具は、せいぜいギルド証と冒険者ギルドで依頼を受注するための受付僮、受付嬢が所有する判ぐらいなものだ。目の前にある魔術具は私に目には非常に新鮮に映る。
何せ小さな道具が複雑に組み立てられていて、人間が複数人で行うような作業を自動で行ってくれるのだ。正しく人類の知恵の結晶とでも言うべき存在だ。
とても知的好奇心を刺激される。是非その知識を得たいものだな。この街の図書館にもそういった本が置いてあるだろうか?
とにかく、今は言われた通り車輪の付いた箱に乗るとしようか。
箱の内部は一般的な成人男性が3人並んで座れるほどの長椅子が前後に向かい合うように取り付けられている。側面には窓もついている。
外の景色を見たかったので後方の椅子に詰めるように座ることにした。これならダンダードが後方の椅子に座るとしても問題無く座れる幅が確保できるだろう。
座った感触は悪くない。むしろ普通の椅子よりも座り心地が良いまである。
椅子には光沢のある艶やかなシートが張られていて重厚感がある。触り心地は肌に吸い付くようにしっとりとしていながらも、とても滑らかで非常に気持ちが良い。
椅子自体も弾力があり、車両が跳ねた際の衝撃を吸収してくれそうだ。私はともかく普通の人間にとっては有難い構造じゃないだろうか。
「隣に失礼するよ!椅子の座り心地はどうかね!?快適さには大分気を遣っているのだがね!?」
「普通の椅子よりも座り心地が良いよ。衝撃を吸収させることを重点的に考えられて造られたのかな?」
「いやぁ素晴らしい!一度座るだけで、しかも車両を動かす前にそれを見抜いてしまうとは!そうだとも!こういった車両で移動すると、どうしても車体が跳ねてしまうからね!衝撃の吸収は最重要課題だと常々思っているよ!」
「シートの触り心地もとても良いね。生地を取り扱っているなら是非購入したいぐらいだよ」
「もちろん構わないとも!裏の倉庫に在庫がある!色も何種類かあるから好きな色を選ぶと良い!」
それは朗報だ。さっさとこの仕事を片付けて選ばせてもらうとしよう。値段次第ではあるが、少々多めに購入して服屋の店主にこの生地で服を仕立ててもらうのも良いかもしれない。
勿論、フレミーにもプレゼントしよう。あの娘ならこの生地の構造を十全に理解して自分の糸で再現してしまうかもしれないな。
そうなったら、きっと今まで私が触れてきたどの生地よりも素晴らしい触り心地となるだろう。実に楽しみだ。
「それではそろそろ移動するとしようか!魔導車両の乗り心地、存分に堪能してくれたまえ!それでは、出発だ!」
ダンダードの言葉を合図に魔導車両が動き出す。
速度としては庸人《ヒュムス》の軽く駆け足をするぐらいの速度だろうか?私が軽くこの魔術具を見た感じからすると、この3倍以上の速度を出せるように感じたが、多くの人が歩くこの道でそんな速度を出せば怪我人が続出することは言うまでも無いだろう。
外の景色を楽しみながら魔導車両の乗り心地を楽しむことにしよう。
「ところでノアさん、もうすぐ正午になる時間だが、倉庫へ行く前に昼食でもどうかな!?ああ、勿論費用はこちらが持つとも!味の方も保証しよう!私のとっておきを紹介しようじゃないか!それに、食事をしながら何故この街の商業ギルドにあれだけの紙が卸されることになってしまったのかも話そうじゃないか!」
紙を購入した時と同じく食事の誘いが来たな。此方としては断る理由など無いし街の裕福層がどのような食事をしているのか興味もある。
それに加えて私が気になっていた紙が大量に保管されていた理由を聞かせてもらえるのだ。むしろこちらからお願いすることだな。
「断る理由は無いよ。貴方のとっておきとやら、教えてもらおうじゃないか」
「そうか!今回は応じてくれるか!いやあ良かった!実は既に店は予約をしていてね!貴女が応じてくれなかったら私が二人分食べる事になっていた所だったよ!」
「随分と性急なことだね。というか、貴方は既婚者では無かったの?2人分食べるよりも伴侶と共に食事を取った方が良いと思うよ?」
「はははっ!ごもっとも!しかし私の妻は結構な倹約家でね!もしも相手の確認も無いまま店の予約を取ったと知られた日には、それはもう恐ろしい仕打ちが待っているのだよ!」
それは…まぁ、ダンダードに非があるだろうからなぁ…。というか、無断で予約を取ることで伴侶を怒らせると分かっているのならやらなければ良いのでは?
「ちなみに、妻は少々嫉妬深いところもあってね。貴女のような美しい女性とこうして同じ車両に2人きりで乗っていると知られたら、次の日は仕事ができなくなってしまうだろうね!」
「無礼を承知で言わせてもらうけど、貴方は自殺願者か何かかな?それならば案内は別の者、それこそナフカに頼むか、もしくは同行してもらえばよかったんじゃないのかい?」
「はははっ!これは手厳しい!しかしこうして美女と2人きりで食事をする機会が出来たのだ!この機会を逃す手は無いだろう!」
ダンダードは異性と触れ合うのが好きなようだ。私の隣に座ったのも、その方が距離が近いからなのだろうな。
人によってはそれだけで嫌悪の感情が湧いてくるのかもしれないが、私は気にはならないようだ。おそらくこの場で体を触れられても特に嫌悪を抱くことは無いだろう。
ただ、世間一般の常識として、むやみやたらに特別に親密というわけでもない異性の身体に触れることは咎められる行為とされている。ダンダードもその辺りは理解しているのか、私に触れようとはしていない。
良識があるのか、節操が無いのか分からない人物だな。まぁ、私の外見に魅力を感じているのは間違いないようだ。
そのままダンダードと車両の乗り心地や街の景色の話をすること10分弱、食事を行う場所に到着したようだ。魔導車両が停止した。
場所としては南大通りの半ば辺りから少し東へ入った場所だ。人の出入りはそこまで多くは無さそうだ。
だが、それで良いのだろうな。
商業ギルドのトップともなれば相当な金持ちなのだろうが、そんな人物がとっておきというのだ。この店で食事を取る場合、下手をすれば一食で銀貨を使用することになるかもしれない。
とてもでは無いが、一般人の経済力で通えるような場所では無いだろう。
そういった店が大通り沿いにあったとしても客の出入りはこの場所とは変わらない筈だ。むしろ、こういったあまり人目につかないような場所に合った方が特別感があって、利用者には優越感を得られるんじゃないだろうか。
「さ、入ろうか!この店は実に素晴らしいぞ!何せこの街で唯一魚を扱っている店だからな!勿論魚だけがこの店の強みでは無いぞ!」
「ほう、魚。それは楽しみだね。私も魚は食べたことがあるけど、プロが振る舞う魚の味がどのような味か、確かめさせてもらうとしよう」
「なんと!ノアさんは魚を食べたことがあったか!いや、しかしそうか!この街から更に東へ向かえば大きな川など普通にあるからな!納得だ!しかしきっと貴女を満足させてくれるだろうとも!何せこの店で扱っている魚は海に生息する魚だからな!」
ほう!海の魚とな!それは実に興味深い!可能であるならば是非とも火を通したものと生のもの、両方を味わってみたいものだな!
流石はギルドマスターのとっておきだ。事前情報だけでも実に私を楽しませてくれるじゃないか。
入店すると、にこやかな表情をした窟人の女性が私達を出迎えてくれた。笑顔が似合う、容姿の整ったダンダードと同年代の女性だ。
対して、ダンダードが女性の顔を見た瞬間、目を見開いて驚愕している。更には血の気も引いて顔色がかなり悪くなっているように見えた。
これは、もしかしなくてもこの女性はダンダードの伴侶だな。どういう手段を取ったかは分からないが、ダンダードが私をこの店に招くことを知っていたように思える。
「初めまして、ノアさん。貴女の噂は色々と聞き及んでいますよ?街に来てまだ4日目だというのに、この街に多大な貢献をして下さっているみたいで、一市民として感謝の気持ちを伝えておきますね?」
「な、ななな何でキミがこここココに!?確か今日は友人の所で食事を取ると言っていたじゃないか!?」
「ええ、ですからこうして友人の店に来ているのではないですか。倉庫を圧迫していた紙の山が片付いた記念に、たまには盛大に食事を取ろうと思っていた所ですよ?」
「あわ、あわわわ、あわわわ…」
「で、貴方、オーナーに聞いてみたのですけど、2人分の予約をしていたそうですね?私とお祝いするためにわざわざ予約しておいてくれたようで、ありがとうございます」
「はぐぉうっ!?!?」
タジタジだな、ダンダード。私のことなど最早ないがしろにされてしまっている。
これは、完全に目論見がバレてしまっているな。私と2人きりで食事をしようとしたことも、私の了承を得ないままにこの店で2人分の予約をしたことも。
私という赤の他人がいる手前、体面を保つためかこの場は温和な雰囲気が勝っているが、彼女の表情の裏からは憤怒の感情が私には読み取れている。
怒りでも、激怒でもない。憤怒だ。私がこの場にいなかったら、直ぐにでもダンダードを仕事のできない状態へと変えてしまうのだろう。
本当に少しだけだが、可哀想には感じてしまう。だが、正直当然の結果だとしか思えない。この場で不義理を働いているのは間違いなくダンダードだからな。
「ダンダード、ここで留まっていても仕方が無いだろう。予約をしたのなら席も決まっているのだろう?そこへ移動して食事を頼もう」
「案内しますよ、ノアさん。夫はこんな状態ですからね。存分に楽しんでいって下さい。この店の料理は夫も私もとても気に入っているんですよ?」
挙動不審な状態となってしまっているダンダードに変わって、彼の伴侶が店を案内しだした。
食事は、3人で捕ることになるようだ。
「いらっしゃいませ。おぉ、貴女が最近話題の竜人《ドラグナム》のノア様ですか。何でも今の冒険者の制度になってから最速で”中級”に昇級してしまったとか。そのうえ西大通りの悪臭の原因とすら言われていた冒険者達を一度に纏めて清潔にしていただいたとの噂が此方にまで入ってきています。貴女のような素晴らしい方に当店を贔屓していただけると幸いでございます。腕によりをかけて料理を提供いたしますので、是非、御堪能下さい」
ダンダードの伴侶に案内されて店の奥に向かうと、妖精人《エルブ》の料理人が出迎えてくれた。おそらく彼がオーナーだろう。
彼も私のことを知っているようだ。というか、彼の口ぶりだと既にこの街の住民には私のことがかなり広まっているらしい。一体どのような伝わり方をしているのか、少し気になるな。
「私のことがこの街には既に周知されているみたいだね。参考までに、私が周りからどんなふうに思われているのか教えてもらって良いかな?危険人物だと思われたりしていない?」
「滅相も御座いません。子供達に優しく、他者に迷惑をかける者を咎め、驚異的な速さで依頼を片付けてしまう貴女は、街の者達からはヒーローのような存在だと思われていますとも。個人の伝手でこの街には長く滞在していただけないと耳に入れた時は、残念でなりませんでした」
「私にとってこの街は目的地の途中だからね。それにしてヒーローか…。どうにもむず痒い響きだね」
少し困った表情をしながら自分の気持ちを口に出す。ゴドファンスから最初に”姫”と呼ばれた時もそうだったが、私は他者から盛大に持ち上げられることに抵抗を覚えるようだ。
私が自重しようとも、自分の尺度で行動すること自体は変わらない以上、今後もなんだかんだで持ち上げられるということがあるのだろうな。少し憂鬱だ。
そんな私の表情を見て、ダンダードの伴侶が私を慰めるように優しい口調で語りかけてきた。
「慣れてしまえばどうということはありませんよ。ノアさんはあまり冒険者として活躍するつもりは無いと聞きましたが、それでも”星付き《スター》”にはなるつもりなんですよね?」
「ああ、”星付き”になればギルドのランクダウンまでの猶予が一年に伸びると聞いたからね」
「まぁ!”星付き”を目指すとは聞いてましたけど、そういう理由だったのですね!?ノアさんにとってはギルド証は本当に身分証のためのものなんですね」
私が”星付き”に成る理由を話すと楽しそうに表情をほころばせた。その表情はどこか少女のようなあどけなさすらも感じてしまう可愛らしさがあった。
正直言って、彼女は異性から見れば非常に魅力的な女性の筈だ。ダンダードが何故この女性を放って他の女性を構うのか理解に苦しむ。
まぁ、それは私が気にすることでは無いな。今晩辺りにでも自身の妻にこっぴどく叱られると良いだろう。そんなことよりも料理である。
高級料理店のプロの腕前、存分に堪能させてもらうとしよう。