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ーー国境の丘、午前の光
「また来たのかお前」
きりやんは眉ひとつ動かさずに、前方の騎士を睨み付けた
白銀の鎧に身を包み、陽炎を背に立つ男
ーー敵国の騎士、きんとき
「王子様~!そんな冷たい目、俺だけに向けてくれるとか嬉しすぎるんだけど」
きんときは、戦場だというのに笑みを浮かべたまま剣を肩に担ぎ、軽やかな足取りで近づいてる
「距離を持て。斬るぞ」
「えーさっきも斬ってきたくせに。俺まだ肩ジンジンしてんだけど~」
そんな軽口を叩きながらも、きんときの剣さばきは隙がない
一撃ごとに地を割るような攻撃を見せながらも、彼の目はきりやんだけを見ていた
きりやんは剣を構え、息を殺す
内心、何故この男が自分ばかりを狙ってくるのか理解できずにいた
だが、次の瞬間ーー
「なぁきりやん。君さ、好きになっちゃった?」
「……は?」
スッと目元を細めたきりやんが剣を振り下ろすと、きんときは笑いながら後ろへ飛んでかわした
「マジで可愛いよね、そうやってすぐ怒るとこ。真っ赤になってるし」
「赤くなんて…ッ!」
頬に触れる指先
いつの間にか懐に入り込んでいたきんときの手が、きりやんの頬をそっと撫でる
びくっ
その瞬間、きりやんの全身が一瞬硬直した
まるで、恋という言葉に降れたことのない少年のように
「ふふやっぱ経験ないでしょ、恋とか、ね?」
「うるさい。お前を倒せば済む話だ」
「えぇ倒す?いやーんらんぼー」「あ、じゃあさ俺が勝ったらキスな」
「!?誰がするかッ!」
バチンと火花を散らしてぶつかり合う剣と剣
だが、きんときの太刀筋は明らかに余裕があり、まるで手加減しているかのようだった
それがきりやんを一層苛立たせた
(俺はいつも”王子”でなければいけない)
誰にも見せられない焦燥が、胸の奥で燃えていた
きりやんは剣を振るいながら、自分の心のざわつきに気づかないふりをしていた
きんときの言葉や、仕草、その全てがまともに受けるには眩しすぎる
(俺は…誰かにあんな風にみられたことがない)
常に”王子”として、国の顔として振る舞う毎日
幼い頃から、心を見せることは弱さと教えられてきた
それなのにーー
「なぁ王子。なんでそんなに鎧、分厚いの?」
「鎧…?」
「心の話だよ。そろそろ脱いじゃえば?」
「お前はいつも、軽口叩いて!」
「俺の口は重くなる暇がないんだよなぁ君がいちいち可愛いから……♡」
言い終えると同時に、きりやんの背後を取った。不意に腰に回される腕。耳元で息がかかる距離で囁かれる
「逃げんなよ?」
その一言に、きりやんの体温が一気に跳ね上がった
「っ…………放せッ!!」
全力で振り払って距離を取る。胸の奥がざわついて、息が乱れる。剣の重みすら感じなくなる程に
(なんだ……この感じ……)
鼓動が早過ぎる。これが、きんときに心を動かされているということなのだろうか
いや、違う。ただ、王子としての仮面が乱されているからーー
それだけだ
「戦いは終わりにしようよ。俺と、愛し合うためにさ」
「黙れ変態騎士が」
「わー今のちょっとキたかも」
その笑顔が憎たらしいほど眩しい
その日の戦いは、これ以上深まらず、両軍ともに撤退することとなった。
ーー夜、きりやんの部屋
湯浴みを終え、薄着一枚で机に向かうきりやんの耳に、風の音とは違う微かな音が届いた
「誰か…いるのか?」
扉に近づくと、外に人影が落ちていた
即座に剣を取ったが、その瞬間、影が動きーー
「よっ王子様♡」
「お前ッ!なんでここに…っ!」
「逢いたくなったから♡」
「殺す!!」
刃が交わる寸前きんときは一歩下がって両手をあげた
「落ち着いて落ち着いて。ちょっと顔見に来ただけ。でさ」
「でさじゃない!!お前は敵だ。刺されたいのか!!」
「え、刺してくれるの?ご褒美?」
「…………ッ!!////」
顔が真っ赤になり言葉がでない恋愛なんて、経験のないきりやんにとってこれは明らかに……
ペースを乱される最悪の敵だった
「顔真っ赤~♡かわいー」「じゃ今日は帰るね。夢で会おうね、俺の可愛い王子様♡」
ぴゅっと去っていく背中に剣を投げたくなる衝動を必死に抑えながら、きりやんは口をつぐんだまま、胸の鼓動を落ち着けようとする
(仮面が……壊れそうだ…)