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天界の書に、ひとつの“異常事象”が記された。
《祈らぬ巫女、夜白 酹。全神格との接触において拒絶反応なし》
《逆に、祈りの吸引反応を確認。記録外の神性存在との共鳴の疑いあり》
この記録を興味深く眺めていたのが――
探求神ショッピだった。
彼は神々の間でも異質な存在。
祈られるより、“観察する”ことに重きを置く冷静な神。
「……なら、確かめに行くしかないやろ。
“記録に残らん祈り”なんて、面白いやん」
ーー神殿昼下がりーー
酹は、神殿の端にある小さな庭で、黙々と草花を手入れしていた。
そこへ、神の気配を消して降り立ったショッピが声をかける。
「君が、夜白 酹……やったっけ?」
振り返った彼女の瞳は、驚くほど澄んでいた。
「……あなたが今日の“祈りの観測者”ですか?」
「ま、そんな感じやな。俺はショッピ。探求神。
君みたいな異例者を見るのが、仕事みたいなもんや」
「異例、ですか……はい。よく言われます」
彼女は微笑むでもなく、怒るでもなく、
ただ淡く受け止めた。
ショッピは酹に対し、いくつかの“祈りの質問”を投げかけた。
• なぜ祈らないのか
• 誰にも祈られたくないのか
• 祈るとはどういう行為だと思っているか
酹はそれに、はっきりとは答えなかった。
けれど――
「もし祈って、叶わなかったら……それって、誰のせいですか?」
「……叶わない祈りに、誰かを責めるくらいなら。
最初から祈らない方が、楽だと思ったんです」
その言葉に、ショッピは一瞬だけ言葉を失った。
(これは“拒絶”やない。……“諦め”や)
その日、酹の姿をすべて記録に残そうとしたショッピは、
夜の帳に消えるように眠る彼女を見つめながら呟いた。
「……なんでやろ」
「俺、君の記録を“保存できない”気がする」
それは“祈らぬ巫女”が持つ、不可視の神性によるものなのか。
あるいは――ショッピ自身の感情に原因があったのか。
翌朝、彼はもう一度彼女に会いに来た。
観察でもなく、任務でもなく。
ただ、彼女に言いたいことがあった。
「……あんたさ。祈ること、怖いんやないの?」
「……え?」
「そんなん、怖くて当たり前やで」
「けどな――誰かが君に祈ってくれたら。
それは、全部“優しさ”や」
「君がいつか、祈ってみようって思えたら……
最初にその祈りを、俺にくれたらええやん」
酹は初めて、少しだけ目を見開いた。
酹は夜、寝台の中で静かに考える。
「……祈っても、どうせ届かない」
「でも……届いてほしいって、思ったことはあった」
「あの人の声は、あたたかかった」
その夜、酹の胸の奥でまた、神性の残響が響いた。
『――君が祈れば、私は応えよう。
どんな形でも、必ず。』
それは忘却された神・白血の囁き。
まだ誰にも気づかれていない、始まりの祈りだった。
つづく……
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