テラーノベル
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#コメディー
会場に不穏なBGMが鳴り響く中、実況の声が裏返った。
「赤コーナー! 正体不明! 胸には星、股間にはハート!緑の全身タイツ男――さよなら喉仏マーン!!」
スポットライトの中から現れたのは、蛍光グリーンのフルフェイスタイツに身を包んだ男だった。
葉弐である。
彼は軽やかなステップでリングロープを飛び越えると、腰をくねらせながら観客席へ向かって派手にポーズを決めた。
腰を振る。
もう一度振る。
さらに振る。
しかし――
会場は氷点下の静寂に包まれていた。
「……なんだ、あの変態は」
誰かがぽつりと呟く。
観客席で火野は頭を抱えていた。
「……あれが、葉弐なの……?」
リング上の変態――もとい葉弐は、観客席の火野を見つけると嬉しそうに大きく手を振った。
「おーい! 火野ー! 僕にちゃんと賭けたかー!? 頼むぞー!」
その瞬間、周囲の観客の冷たい視線が火野に突き刺さる。
「アイツ、あの変態の知り合いか?」
「うわ、仲間かよ……」
火野は顔を伏せ、無言で舌打ちした。
そして賭け票を葉弐の方へ見せる。
「……あのバカ。アホライダー、笑ってないでなんとかしなさいよ」
隣でアホライダーは「フッ……」と鼻で笑い、煙を吐き出した。
「面白い余興だ」
その頃、リングには対戦相手が上がっていた。
元プロボクサー――ドリス。
鍛え抜かれた体と鋭い眼光に、会場の空気が一変する。
歓声が一斉にドリス側へ傾いた。
ゴングが鳴る。
ドリスは様子見など一切せず、一歩で距離を詰めた。
鋭いジャブ。
葉弐の頬をかすめる。続けざまのボディブロー。
ドゴッ!
葉弐の身体が大きく揺れた。
観客席から歓声が上がる。
「終わりだ!」
「変態終わった!」
しかし次の瞬間。
葉弐は突然両手を前に突き出した。
「待て!」
ドリスの拳が止まる。
「取引をしよう!」
葉弐は真剣な声で言った。
「戦うのは非効率だ。賞金を山分けした方がwin-winだろ?いいプランがある」
「ほう、どういうプランだ」
ドリスが眉をひそめる。
葉弐はゆっくりと距離を詰めた。
「これはだな、長期的なリスク分散というか、投資的な意味で――」
デタラメな経済用語を並べ始める。
ドリスは困惑したまま聞いていた。
そして、至近距離。
葉弐の顔が、タイツ越しに歪む。
「このプランなら……」
手が動いた。
「お互い……win-winだぁッ!!」
鋭い手刀が、ドリスの喉仏へ突き刺さった。
「カハッ……!?」
ドリスが喉を押さ激しく咳き込み、膝をついた。
「ゴホッ……オエッ……!」
観客席からどよめきが上がる。
葉弐は勝利を確信した。
リング隅に置いていたペットボトルを手に取り、タイツの口元をめくる。
「ふう」
悠然と飲み物を口に含む。
しかし。
カウント八。ドリスが、ゆっくり立ち上がった。
目は血走り、怒りで顔が歪んでいる。
「ムゴッ!!」
葉弐は思わず飲み物を吹き出しかけた。
突進してくるドリス。
葉弐は口に含んだ液体をそのまま噴射した。
「な、なんだ!?」
ドリスが顔を押さえる。
「目が……目がぁぁぁ!!」
それは水ではなかった。
葉弐が食堂からくすねてきた濃口醤油だった。
塩分と刺激で目を焼かれ、ドリスがもがく。
「くそ……!」
そこへ。
葉弐の回し蹴りが炸裂した。
ドゴッ!
さらにもう一発。
そして三発目。
顎に直撃。
ドリスは白目を剥き、マットへ崩れ落ちた。
『勝者――さよなら喉仏マン!!』
審判の困惑した宣言と共に、
観客席からバナナの皮や紙くずが雨のように降り注いだ。
葉弐はそれを浴びながらバナナの皮を頭に乗せ、小走りで会場を後にした。
着替えて席に戻った瞬間。
パァン!!
火野のビンタが炸裂した。
「なっ……何すんだよ! 勝っただろ!」
「あんた、あんな格好で私の名前を連呼しないでよ!」
火野は真っ赤な顔で怒鳴る。
「恥ずかしくて死ぬところだったわよ!」
「バカ言え!」
葉弐も怒鳴り返す。
「顔出しであんな戦い方してみろ! 観客席で暗殺されるわ!」
アホライダーが静かに立ち上がった。
「……今日はもう試合はない。戻るぞ」
三人はホテルのレストランへ戻った。
窓際の席。
アホライダーはタバコを燻らせている。
葉弐はステーキを頬張りながら満足そうに言った。
「醤油のキレが勝因だな」
火野は呆れて水を飲む。
しかしその頃――
会場では「戦慄」が走っていた。
第一回戦、最終試合。
リュウ vs レッドギア・マスク。
ゴングが鳴る。
次の瞬間。
観客の何人かが瞬きをした。
「……え?」
誰かが声を漏らす。
レッドギアが、動いた。
そう見えた。
だが次の瞬間には、
対戦相手のリュウがマットに倒れていた。
口から血を吐き出しながら。
胸が、異様な形にへこんでいる。
実況が言葉を失う。
「い、今……何が……」
レッドギア・マスクは、ゆっくりと拳を下ろした。
赤いマスクに、返り血が飛び散っている。
そして。
マスクの奥で、静かに笑った。
その場で、リュウの死亡が確認された。
夜。
ホテルのレストラン。
隣席の客たちがその話をしていた。
「……聞いたか? あのレッドギア」
「一撃だってよ」
「リュウの胸、陥没してたらしい」
その言葉を聞いた瞬間。
葉弐のフォークが止まった。
指先が、小刻みに震えている。
火野が気づく。
「……どうしたのよ、葉弐」
葉弐はゆっくり顔を上げた。
「……嫌な予感がするんだ」
低く呟く。
「レッドギア……」
葉弐の目が細くなる。
「……あのレッドギア」
フォークを握る手が震えていた。
「アイツ、ただの人間じゃねえ気がする」
ベガスの夜は更けていく。
しかし。
三人の心に落ちた影は、消えることはなかった。
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