「せやああっ!」
キィィイイイインッ
「ぷっ!?」
たった1人張り付いていたミケミケの叫びと共に、大きなヒゲが綺麗に切断された。
ドルナ・ノシュワールが顔から発生した音に驚き、そして重力によって地面にヒゲがくっついたせいで、顔を押さえて大人しくなった。おそるおそる顔の横側を撫でている。
「アイツやりやがった!」
「すげぇ!」
全員でかかっても表面に傷をつけるくらいしか出来なかったヒゲ。それをほぼ1人で切るという功績を上げたミケミケは、体中から伸びた何本もの細い糸をたなびかせながら、空中で体勢を立て直し、足から地面に着地した。
その姿を周囲のシーカー達は注目し……
『ぶっ!?』
驚愕した。
「ちょっとミケミケ! 服どうしたの!?」
たまたま近くに飛んでいたハウドラント人の女性シーカーが、慌てて声をかける。
ミケミケの姿は、なんとほぼ裸。胸と腰に、服が申し訳程度に残っており、細い手足と球体のように膨らんだ関節、そして節のある胴や丸い尻尾が露わになっている。アイゼレイル人の身体の構成は、昆虫に近いのだ。
生体が違えど女性的な部分は共通しており、半分以上の男性陣には刺激的な様子。ミケミケの姿に気付いた者は、ガッツリと見つめている。
「服なら……ヒゲを切るのに使い切ったわ」
「相変わらずよく分からないけど、無くなったって事なのね?」
「うん。もうちょっとで糸が全部燃え尽きて、スッポンポンになるところだったわ……」
「えぇぇ……」
アイゼレイル人は繊維を操る。それは衣服を作るだけではなく、布や糸を操り戦う事も出来るという事である。つまりミケミケにとって服というものは、攻防を兼ね備えた強力な武器なのだ。
ヒゲに糸ごと突っ込んだミケミケは、鉄の硬度の糸でヒゲを抉って内部に侵入させ、そのまま中で糸を高速回転させて切断したのである。
鉄と同程度の硬度を持つヒゲと糸が削り合い、ヒゲだけが火花となって散る訳が無い。同じように糸も摩耗し続け、常に自らの服からその補充をしていたのだ。服が少しだけでも残ったのは、幸運だったと言える。
離れた所から見えていたアイゼレイル人の男性シーカーは、そんな風に戦う姿に興奮し、前屈みになって息を荒らげていたりする。
「なんでもいいから、早く服を着てくれませんかね……っと?」
ロンデルが呆れて呟いた時、ドルナ・ノシュワールが再び動き出した。
「ぷっ! ぷうぅっ!」
「気をつけろ! こいつ動くぞ!」
突然キョロキョロしだすドルナ・ノシュワール。鼻を鳴らして何かを探しているようだ。
少し顔を突き出し、動きを止める。鼻先には飛行中のシーカー達。そして…口を開けた。
「うおぉっ!? なんだぁ!?」
「離れろっ」
「食われるぞっ!」
元が小動物なので、大口ではないのだが、大きな星としてのサイズなので、人間数人は余裕で入ってしまう。中はもちろん土や岩で出来ているが、飲みこまれたらどうなるか分からないので、シーカー達は慌てて逃げた。
「ぷ?」
口を閉じた時に何も無いのが分かったのか、ドルナ・ノシュワールは首を傾げ、そのまま自分の体や手に持った星を覗き見始めた。
「何かを探している?」
『どうしたの? なんかまた可愛い事してるみたいだけど』
「可愛くないですよ……」
シーカー達は慌てて逃げ回っているが、遠くのネフテリア達から見れば、匂いを嗅ぎ、キョロキョロと何かを探している小動物にしか見えない。
『というかヒゲを切ったんでしょう? 何も無かった?』
「ええ、他にも半透明になっているヒゲはありますが……ん?」
「ぷ?」
お腹に立って観察しながらネフテリアと通話しているロンデルと、ドルナ・ノシュワールの目が合った。
「………………」
「ぷー……」
そのまま見つめ合った後、顔とは別方向から淡く光る地面が伸びてきた。
「副総長! 危ない!」
「むっ!」
急いでその場から離れるロンデル。今まで立っていた場所に、草原と岩が衝突した。
「前足だ! 副総長なんで狙われてんだ!?」
「知りませんよ! 貴方達は他のヒゲを早く!」
狙われたのであれば、囮として注意を引きつければいい。そう判断したロンデルは、シーカー達に引き続きヒゲの切断を命じた。
「すみません! ヒゲを切る為の服がありません!」
「うおいっ!?」
引きこもりの様な言い訳をしたのは服の大部分を失ったミケミケ。比喩や冗談ではなく、物理的に服が無くなっているのだ。戦闘続行不可能である。
それでも1本切り落とした事は快挙なので、安全な場所へと移動を指示を出した。
(アリエッタちゃんのいる星に行こっと♪)
理由はともかく、ここよりも安全性は確かである。早速スキップしながら星間移動の地点へと向かうのだった。
「いきなりノシュワールが活発になったわねぇ……ポリポリ」
「うむ。なにをやってるのやら……はむっ」
『…………』(イラッ)
離れた星で、おやつを食べながら呑気に観察中のネフテリアとピアーニャ。囮になりながらその会話を聞いているロンデルは、当然苛立ちを覚えている。
逃げながら状況を説明し、何か打開策をと催促してくるが、ヒゲを切る以外にアドバイス出来る事は無い。
……つまりネフテリアは暇なのだ!
「ねぇロンデル。今アリエッタちゃんが何してるか教えてほしい?」
『いりませんが!? っていうかそんなに暇なら手伝えええええ!』
「……わたくし何かあった時の為の待機だしー」
「わちもゴエイだしー」
『クリムさんの真似ですかねっ! あああああもうっ!』
結局ロンデルを揶揄う事しか出来ない2人。
アリエッタ達はというと、少し離れた場所で、一緒に折り紙を折っていた。
「こうなのよ?」
「お~」(ぱひーって手先器用なのか。料理も美味しいもんなー)
「むず…かしいなぁ……」
アリエッタがゆっくりと折っていき、パフィとミューゼが真似をして折っていく。そうして出来上がったのは、鳥の形をした折り紙である。
「できたー」
「へぇ、これは羽なのよ。広げると鳥っぽいのよ」
「うぅ、あたしのだけクシャクシャだぁ……」
どうやらミューゼは上手く折れない様子。何度も折り直したせいか、皺が多く曲がっている。
パフィはそんな悲しい作品から目を逸らし、自分が折った鳥の折り紙の翼部分を触り、興味深そうに見ている。
その横では、筆を持ったアリエッタが白い折り紙の鳥に色を着けていた。
「♪」(ここはやっぱり青でいこう。幸せが一番だ)
物語や風習の事は知らない為、前世の記憶で良さそうな色をピックアップ。折り紙の着色だというのに、羽の陰影までつけていくという拘りまで見せている。
「へぇ~、色つけるだけじゃないのよ……」
「ん」(しょうがないなぁ。見られてもいいか。ぱひーとみゅーぜなら仕方ない)
やがて着色は完成。青くなった折り紙の鳥をテーブルの上に置き、アリエッタが力を込めると、淡く輝き、その場でパタパタと羽ばたき始めた。
「ふふ、動き始めたのよ。かわいいのよー」
「うんうん、さすがアリエッタ」
離れた場所でシーカー達が頑張っている事などすっかり忘れ、家にいるかのようにまったりし始めていた。
(あれ? そういえば何しに来てたんだっけ?)
「ぷ?」
体の表面にいるロンデルを追いかけていた、ドルナ・ノシュワールの動きが止まった。
「……? 一体何を」
ヒゲに張り付いているシーカー達はその動きに気づかず、切断しようと攻撃し続けている。大地がどれだけ動こうとも、引力がドルナ・ノシュワール自身に向いているので、多少の風を感じるも、振り落とされるなどといった事は無い。
そんな光景を横目に、動きを止めた星に注目するロンデル。
「ぷー」
ドルナ・ノシュワールは、鼻をヒクヒクとさせた後、その向きを別の場所に向けた。
「何を見て……」
『何かあったのー?』
「いえ、ノシュワールが何かを見ているのですが」
『ふーん。まぁ頑張って』
「はぁ……」
腹の上から顔の向きを見ていたロンデルは気づいていなかった。ドルナ・ノシュワールが、司令部を置いた小さな星から離れている事に。
そして顔だけでなく、体の向きも変わっている事に。
小さな星に残っていたシーカー達は、離れていく生きた星を見て、追うべきかどうか迷っていた。
そんな中、服を無くし星間移動地点へとたどり着いたミケミケは、既にアリエッタ達のいる星へと向かって飛び立っていた。
先程まで参戦していた事もあり、状況が気になって後ろを振り向いた。
すると、なんとドルナ・ノシュワールがすぐ後ろにいて、空宙を走っているではないか。
「ぷーっ」
「えっえっ、なんでっこっちくるの!?」
慌てたミケミケは身構えるが、身を守る術がほとんど無い。それどころか、ドルナ・ノシュワールの表面にいる男達から、いやらしい視線が送られている。
「ミケミケさん! どこに向かっているのですか!?」
お腹部分が近づき、そこにいるロンデルから声がかかった。
思わぬ接近と離れたはずの人物からの問いに、ミケミケはさらに驚いたが、すぐに返答した。
「アリエッタちゃんが向かった、あの星です!」
「なんっ!?」
ミケミケのお陰で向かう先は分かったが、それは最も向かって欲しくない星でもあった。
慌ててネフテリアに、その事を伝えた。
『えっウソ……あ、こっち向いてるわ』
『ロンデル~ちゃんとしとめておけ」
『もー、かえったら特訓かしら?』
「だあああい! 早くアリエッタさん連れて逃げやがってくださいっ!!」
巨大なドルナ・ノシュワールが向かってきていても、アリエッタの空気に呑まれ過ぎたネフテリア達は、とても呑気だった。
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