(あれ? あのでっかいリス、こっち来てない?)「ぱひー、みゅーぜ」
折り紙に夢中になっていアリエッタが、ドルナ・ノシュワールの動きに気付いた。自分達の方を向いて、先程よりかなり大きく見えている。
「ん? あれ? なんかこっち来てない?」
「……本当なのよっ! なんでなのよっ!?」
ようやく最初にパフィが騒ぎ始めた。
どう行動するのか総長の判断を仰ごうと、ピアーニャ達の方を見た。しかし偉い人達はお菓子を食べて寛いでいる。
「総長!? 逃げなくていいのよ!?」
「ん~?」
「……ああっ! そうよこんな事してる場合じゃないじゃん!」
「遅いのよっ!」
パフィに言われ、ネフテリアが慌てて立ち上がった。
釣られてピアーニャも立ち上がる。
「そうだった! わちらは、なにくつろいでるんだ!」
「きっとアリエッタの魅力に負けたんですね」
「ぐ……ぬぅ……」
ピアーニャは否定したかったが、アリエッタが遊ぶ姿を時々見て和んでいたのは事実である。ネフテリアに至っては、その事を完全に認めており、腕を組んでうんうんと頷いている。
「総長もやっぱりアリエッタの事が好きなのよ」
「コドモがたのしそうにしていて、それをみてナゴむのはトウゼンだろうがっ! うわわっ、ソイツをこっちによこすなあああっ!」
「ぴあーにゃ~よしよし~」
ピアーニャの事はアリエッタに任せ、ネフテリア達はこの場を急いで片付け始める。その際に、逃げるからコールフォンが使えなくなる事をロンデルに伝えると、ちょっと嬉しそうに残念がっているのを、ミューゼは察した。
(後でリリさんにチクってみよう)
2人の関係性がどうなっているのかはよく分かっていないが、進展具合に関わらず、ロンデルの弱みを握ったリリならば、いくらでも有効活用しそうと考えての行動である。逃げ場は順調に無くなっていっているようだ。
コールフォンを始めとする荷物はマンドレイクちゃんの頭に収納してもらい、逃げる準備は万端。パフィがアリエッタを抱え、ミューゼがピアーニャを抱え、マンドレイクちゃんがネフテリアを抱えた。
『……えっ、なんで?』
どうしてこうなったのか分からないピアーニャとネフテリアが、同じ顔で同時に呟いていた。
「いやなんか、収まりが良かったから?」
「意味分かんないんですけど!? それに抱かれるならわたくしはミューゼがいいな!」
「そもそも、だくなっ! わちはとべるわ!」
「はわぁ♪」(うぅ、ぴあーにゃの前だけど、ぴあーにゃも抱っこされてるから、仕方ない仕方ない……)
巨大ニンジンにお姫様抱っこされるお姫様と、抱っこされてあやすように背中をポンポンされる総長は、不満気に叫んでいる。アリエッタは仕方ないと考えているが満面の笑顔が隠せていない。
「で、アレはいいのよ?」
パフィが指差した先にあるのは、岩の上でパタパタと羽ばたいている青い鳥の折り紙。パフィは回収したいと思っていたが、ネフテリアの判断で残す事にした。
「アリエッタちゃんには悪いけど、あのノシュワールはそれを狙う可能性があるの。囮にして逃げようって事よ」
「ノシュワールにもアリエッタの作った物の良さが分かるのよ?」
「いや、たぶん食べちゃうと思う」
アリエッタのペーパークラフトを食べて光った事と、ドルナ・ノシュワールがこっちに向かって来ているのに気づいた少し前に折り紙を動かした事を考えると、そうなる可能性は十分に考えられる。
「だけど飛んでるシーカー達が突然食べられそうになったのは……あ」
「あっ」
そこまで話して、抱かれているネフテリアとピアーニャが何かに気付いた。
「どうしたのよ?」
「ううん、何でもない。ここからはピアーニャお願い」
「うむ。パフィとミューゼオラはなにもしないように。クモにのってにげるぞ」
ピアーニャはそう言うと、『雲塊』を広く展開。全員すぐに乗り込んでいく。
「よし、逃げましょう」
「そのマエに、おろせ。……イヤそうなカオするなよ」
と言いつつも、アリエッタ達を乗せた『雲塊』は、すぐにその星から離れた。星間移動の飛行程の速さは無いが、何かあった時に自由に動ける移動方法である。
(あのリスでっか! ていうかあの人達、戦ってるっぽい? もしかしてアレどうにかしようとしてたの?)
ここでとうとう、アリエッタが今回の仕事の目的に気が付いた。説明されようがないので、現場を目視しないと無理からぬ事である。
かなり離れた所から眺めていると、ついにドルナ・ノシュワールが泡の浮かぶ星にたどり着いた。
「そんな……せっかく飛んで来たのに、アリエッタちゃんがあんな所に……」
「ぷぅ……」
ばりばりもしゃもしゃ
はるばる逃げてきたミケミケの横で、大きな口が青い鳥の折り紙を地面ごと口に入れ、咀嚼している。
すると、ドルナ・ノシュワールの背中や頭などの草木が青くなり、発光も青くなっていく。お腹の部分は変わっていない。
「あなた、アリエッタちゃんが作った物が好物なの? 羨ましいわ。私も食べてみたいわぁ」
「ぷっぷー」
「くっ……良い気になってくれちゃって。今に見てなさいよ。絶対ペロペロしてみせるんだから!」
「ぷー? ぷぷっ」
『いやなんでコレと会話してんだよ!』
なぜか意思疎通が成立している…ように見えるミケミケ達を見て、鋭意ヒゲ剃り作業中のシーカー達が総ツッコミ。
離れた腹から見ているロンデルは、頭を抱えている。
「とりあえず、アリエッタさんの紙…というか色を食べて、その力を得ているのは確実ですね。特に危険の無い現象だけですが」
アリエッタがペーパークラフトや折り紙に着けた色に込めた意味は、『発光』『浮かぶ』『動く』という、危険性の全くないものと、元々ノシュワールがやっている事だけである。ちょっと眩しい以外は何の害も意味も無いものだった。
「まぁだからと言って、この大きさで動き回られても困ります。狩りと思って仕留めてしまわなければ」
攻撃性は全く無いのだが、大きい星が生きて動くだけで、周囲の星にとっては危険である。食べ物扱いされて突然齧られたり、大地よりも大きな体に体当たりをされてしまっては、たまったものではないのだ。
その質量のせいで、いちいち普通の行動の規模が大きすぎる。これならば明確な敵意と強大な魔力で大地に大きな穴をあける程度の魔王の方が、よほど無害である。
「ミケミケさん! あとシェラーさん! こちらへ!」
ロンデルは、ミケミケと、丁度近くに飛んでいたワグナージュ人のシェラーという女性を呼び寄せた。
シェラーは背中に翼のような機械を背負い、機械を操作する事で飛ぶ事が出来るシーカー。手には淡く光るナイフを持って、ヒゲと格闘していたのだ。
「あのヒゲは鉱物で出来ている可能性が高いです。おふたりは本部に戻り、クリエルテス人を数名呼んできてください」
『了解』
アリエッタに合流出来ない事に内心落ち込むミケミケだが、それはそれ。今はドルナ・ノシュワールをどうにかする方を優先出来る、ちゃんとしたシーカーなのだ。
2人は星間移動のポイントへと向かい、すぐさま転移の塔のある星に向かって飛んでいった。
「ぷー?」
「うわぁっ! 急に動くなっ」
ドルナ・ノシュワールがヒゲをピクピクさせ、飛んでいるシーカーがその動きに巻き込まれそうになっていた。どうやら『何か小さいのがどこかに飛んでいった』感じの認識をした様子である。
その後、再び毛づくろいをし始め、表面にいるシーカー達を大いに慌てさせるのだった。
「うーむ、わちらはオウエンをヨウセイしにいかないほうが、いいか……」
「うん。この力を食べにくるなら、大事な場所には行かない方がいいかも」
「どういう事?」
何も分かっていないミューゼとパフィに、ネフテリアはアリエッタの力が餌みたいに狙われ、その効力を取り込んでいる事を伝えた。
迂闊に転移の塔に近づき、それがうっかり食べられてしまっては、相当困るのだ。
「ゆるさない! アリエッタを食べるのはあたしよ!」
「ゆるさないのよ! アリエッタを食べるのは私なのよ!」
「問題はそこじゃないから! いたいけな幼女に何しようとしてんのよ!」
「テリアがいうな!」
2人して欲望丸出しである。
アリエッタの力に味を占めたドルナ・ノシュワールが、アリエッタを追いかけてくる可能性は十分に考えられる。ならば討伐されるのを待つのが最善なのだが、それまで大人しくヒゲを切られてくれるのかは分からない。
(この世界って、見れば見る程宇宙っぽいなぁ。明るいけど)
ヒゲが鉱物で構成されているのであれば、鉱物を食料とするクリエルテス人によって処理してもらうのが最善。食べるかどうかは分からないが、食材を加工する技術だってもちろん存在する。ロンデル達はそれを期待しているのだ。
(なんかロボットとか飛んでたらカッコよかったかも。むふふ。男の子の夢だよねー、今は女だけど)
毛づくろいを終えたドルナ・ノシュワールは、周囲に飛んでいるシーカー達を見て、興味深そうに触ろうとしている。
「あれってもしかしてだけど、色のついた武器を食べようとしてない?」
「だよなぁ」
(とりあえずやりたい事は分かったし、僕もミューゼ達を手伝わないとな)
アリエッタはポーチを覗き、中の道具を確認し始めた。
(ロボじゃないし、まだ上手く使えるか分からないけど、やってみよう)
アリエッタの両手に収まる程度の木の板と、様々な色が塗られた薄い木の板を取り出し、パフィの膝の上で組み立てていく。
「何してるのよ?」
「むふー」(よーし、今回はみゅーぜ達を助けるぞ!)
「ん?」
ドルナ・ノシュワールの動きに注意していたネフテリアが、アリエッタの動きに気が付いた。
(コールフォンで上手くいくのは分かったけど、まだ慣れるまでは有線の方がいいな。いつ動くのかもわからないし。紐で繋げてと……よし)
「何これ? 鳥か何か?」
「みたいだけど…アリエッタ、これなーに?」
ミューゼが質問したのは、丁度アリエッタの作業が終わった時だった。
「せんとーき!」(いくぞー、発進!)
アリエッタが手元にある木の板……で描いた『コントローラー』に力を込めると、紐でつながった『戦闘機の模型』が浮き上がる。
『えっ……』
(ふっふっふ、前に大きな虫とやったから、相手が大きい事も想定済み! いくぞ~……)
『コントローラー』のボタンの絵を押しっぱなしにすると、『戦闘機』の両翼にある『砲身』の先端が光り始める。
「ぷ?」
その力を感じたのか、ドルナ・ノシュワールがアリエッタの方向を向いた。
そして、事態を完全に把握している訳ではないアリエッタが、目標を定める。
(狩りだと思うから、ヘッドショットで一気に仕留める!)『はっしゃー!』
ドウッ!
ドルナ・ノシュワールの頭を狙い、アリエッタがボタンから指を離した。その瞬間、『戦闘機』から太いビームが放たれた。
光のエネルギーそのものであるビームは、一瞬でドルナ・ノシュワールに命中。しかし頭ではなく尻尾を貫き、向こう側が見える大穴をあけた。
そのあまりの威力に、その場のシーカー達、そしてミューゼ達の動きが止まった。
「あっ!」(惜しい! やっぱ画面と違って狙いにくいな!)
ゲームの感覚と比べ、呑気に悔しがるアリエッタ。自分の視点と『戦闘機』の視点が違うので、当たり前とも言える。
改めて『戦闘機』の向きを調整し──
『ほわゑええええええっ!?』
「ぉわあっ!?」
心を乱した保護者達の本気の叫びに驚き、思いっきり操作を乱すのだった。
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