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貴方に恋に落ちたのはいつの時だっただろうか?大雨の日に貴方が家に帰るのを待ってた日か?
それとも3年後に大雨の日にモーテルに向かったあの日か?
それも今はもう思い出せないのである。
あの雨の日を境に、俺の胸の奥では小さなざわつきが生まれていた。
そして、時間が経つごとにそのざわつきは確信に変わっていった。
*****************
ギフンさんは俺らに隠してる事がある。
最初は予想だった。
あの人はこんな事しないと毎日思っていた。
それが1日、1日過ぎることに確信に変わっていった。
「悪い、寝坊した!」
慌てて射撃場に入ってきたギフンは、髪を乱し、シャツのボタンを掛け違えていた。
そして、襟元から覗く赤い痕が――見たくなくても視界に入る。
「……それ、どうしたんですか」
誰かが小さく呟いた瞬間、場の空気が一瞬止まった。
ギフンは咄嗟に襟を直し、何事もなかったように笑う。
その仕草に、周囲は気まずさを誤魔化すように軽口を飛ばした。
「ギフンさん、誰かと会ってるんじゃないの?」
「いやいや、あの歳で? 冗談だろ」
「でもさ、寝坊なんて珍しいよな」
銃声に混じって冗談めいた笑い声が散っていく。
けれど、ジュノだけは笑えなかった。
(……おかしい)
理由は言葉にならない。
ただ、胸の奥に冷たいざわつきが残った。
ほんの小さな綻びのはずなのに、見逃してはいけない気がしてならなかった。
*************
数日後、ギフンが席を外したときのことだった。
テーブルに置かれたスマートフォンが震え、画面が明るくなる。
何気なく視線を向けてしまった――その一瞬。
《今夜も抱かせてほしい。支払いは前と同じでいい?》
《昨日みたいに抱かせてくれるなら、代金はちゃんと払う》
《寂しいから会いたい。またあの声を聞かせて》
次々と浮かぶ見知らぬアイコンと文面。
一つ一つは短い通知なのに、胸をえぐるには十分すぎた。
それはつまり、ギフンが複数の相手と――しかも“抱かれる側”として――関わっている証。
冗談でも、気安い誘いでもない。
(……売春? まさか……そんなはず……)
慌てて視線を逸らしたが、冷たい棘のような予感が心に突き刺さったまま消えなかった。
**********
そして、決定的な夜が来る。
ただ気分を紛らわせようと街を歩いていた雨の夜。
濡れたアスファルトにネオンが滲み、傘越しに雨音だけが響いていた。
ふと前を見上げた瞬間――息が止まった。
見覚えのある背中が、街灯の下に浮かんでいたのだ。
「……ギフンさん」
声にならない呟きが、喉の奥で消える。
その隣には、知らない男。
二人は自然に肩を並べ、ためらいもなくホテルの自動ドアへと吸い込まれていった。
(……やっぱり……)
数日前に目にした通知が、ただの思い過ごしではなかったことを、現実が突きつけてきた。
震える指先で無意識にスマートフォンを構え、シャッターを押す。
雨粒に滲みながらも、その背中は確かに写っていた。
欲しくなんてなかった証拠。
けれど俺は――確かにそれを手にしてしまったのだ。
そしてあの光景は、まぶたの裏に焼きついて離れなかった。
眠ろうとしても、閉じた瞳の奥で繰り返されるのは――
雨に濡れたギフンが、見知らぬ男と肩を並べ、ホテルへ消えていく姿。
信じたい。信じたかった。
けれど、スマートフォンの画面に映る出会い系のプロフィールが、その思いを冷たく打ち砕く。
「温もりを与えてくれる人を探してます」
そこに刻まれた言葉は、ナイフのように胸を抉った。
**********
迎えた翌日
410号室に、向かう俺はもう平静を装うことができなかった。
ジュノは部屋をノックし、ギフンのいる部屋に入った。
ギフンは、テーブルに腰を掛け、何事もなかったかのようにカップを傾けていた。
「おはよう、ジュノ」
コーヒーの香りが漂う、いつもの朝の光景。だがジュノの胸に広がるのは、昨日までと同じ安らぎではなかった。
(……こんな時にまで、平然と……?)
その仕草一つ一つが、かえって嘘くさく見えて仕方がなかった。
ジュノは無言でギフンを見つめた。
その視線の鋭さに気づいたのか、ギフンはカップを置き、落ち着かない様子で笑みを作る。
「……どうした? 朝からそんな顔して」
答えず、ジュノはポケットからスマートフォンを取り出した。
沈黙が重たく部屋に落ちる。
ギフンの指先が小さく震えた。
やがて、ジュノはテーブルにスマートフォンを置き、画面を向ける。
「ギフンさん、これ……どういうことですか?」
ジュノは震える指先でスマートフォンを突きつけた。
画面に映っているのは、出会い系サイトのプロフィール。アイコンは顔を隠しているが、首や、肩幅も、誰の目から見てもギフンだった。
「……っ」
ギフンの顔が一瞬で青ざめる。
「“温もりを与えてくれる人を探してます”……?」
ジュノの声は低く、しかし押し殺した怒りで震えていた。
「お金に困ってないのに、どうして……。なぜ、ギフンさんがこんなことを?」
ギフンは口を開きかけて、すぐに閉じる。
「それは……違うんだ、俺は——」
遮るように、ジュノはもう一枚の写真を突きつけた。
一週間前、ホテルに入っていくギフンと見知らぬ男。証拠は残酷なまでに鮮明だった。
「言い逃れできないですよね?」
ジュノの瞳が揺れている。怒りとも悲しみともつかぬ感情が溢れ、涙になりそうで、それでも必死に堪えていた。
「……俺は、ずっと信じてたのに」
ギフンは椅子の背に手をつき、俯いた。息が荒く、言葉が出ない。
喉まで込み上げてくるのは言い訳でもなく、ただ惨めな沈黙だった。
沈黙に耐えきれず、ギフンは唇を震わせながら搾り出した。
「……自分の存在意義が欲しかったんだよ」
その声はかすれ、今にも消えてしまいそうだった。
ジュノは思わず目を瞬かせる。怒りの熱が一瞬で冷え、代わりに胸を締めつけるものが込み上げてくる。
「存在意義……?」
ギフンは俯いたまま、拳を握りしめた。
「……サンウが死んだ日以降ずっと全てお前のせいだって苦しめられていた、少しでも自分のせいじゃないって思いたかったんだ。ただ、それだけで……。金なんかどうでもよかった。ただ“代金を払う”って形がある方が……俺を必要としてるって信じられた。俺なんかでも、いいって……生きててもいいんだって言ってもらえる気がしたんだ」
その告白は言い訳でもなく、惨めなほど小さな本音だった。
ジュノの指先がスマートフォンを握りしめる力を失い、画面が伏せられる。
「……だったら……」
震える声でジュノは呟く。
「だったら俺がいるのに」
ギフンは顔を上げられない。
その言葉がどういう意味か、理解してしまったから。
部屋には重たい沈黙が落ち、二人の息遣いだけが微かに響いていた。
怒鳴り合いも、問い詰める声も消えたあとに残ったのは、互いにどうしようもなく届かない想いだった。
ギフンの「……誰かに必要とされてるって思いたかったんだ」という言葉に、ジュノは拳を握りしめたまま動けなくなった。
怒りはまだ胸の奥で燻っているのに、それ以上に、押し寄せるのはどうしようもない哀しみだった。
ジュノの「だったら俺がいるのに」という言葉が空気に沈んでいったあと、ギフンはぎゅっと目を閉じた。
「……ジュノ、もう来るな」
「……え?」
「二度と来るなって言ってんだ!」
ギフンは怒鳴り、椅子を蹴り飛ばすように立ち上がった。
「お前はまだ若いんだ! こんな歳の離れた俺といてどうする! 俺には資格なんてない!」
胸を裂かれるような叫びに、ジュノは思わず腕を伸ばし、ギフンの手を掴んだ。
「若い? まだ子ども扱いですか!」
涙があふれる。
「俺はもう三十を超えた大人です! 自分の意思で、ギフンさんを選んでるんです! 守られるだけじゃない、俺が守りたいんです!」
「……っ」
ギフンは唇を噛みしめ、俯いたまま黙り込む。
「俺を見てください!」
ジュノは必死に顔を上げさせようとする。
「どうして俺じゃ駄目なんですか!」
次の瞬間、ギフンはその手を乱暴に振り払った。
「出て行け!!」
その怒声は、裂けるように部屋に響いた。
ジュノは硬直したまま後ずさる。
涙を堪えきれず、けれど必死に笑顔を作った。
「……そうですか。なら……わかりました」
唇は笑っているのに、声は震えていた。
「さようなら、ギフンさん」
そう言って扉に背を向け、去っていく。
閉まる直前、笑顔は崩れ、嗚咽が零れた。
――沈黙。
残されたギフンは、両手で顔を覆い、その場に崩れ落ちた。
「……ごめん……ジュノ……」
声が震え、こらえきれぬ涙が指の隙間から滴る。
怒鳴り散らした喉の奥は痛み、胸は締めつけられる。
「俺の……せいで….全部、壊してる……」
誰もいない部屋に響くのは、嗚咽と荒い息遣いだけだった。
突き放すしかなかったはずなのに――ギフンの涙は止まらなかった。
********
あの日以来、ジュノはモーテルに顔を見せなかった。
ギフンは「放っておけば、いつかまた来るだろう」と心のどこかで思いながら、自分からは連絡を取らなかった。
それからの日々は、どこか楽だった。
ベッドの上で寝返りを打つたび、隣に気を遣うこともない。
腕枕が痺れて目を覚ますこともなく、寝ぼけたまま煙草をくわえても咎める声はなかった。
食事を抜いても、誰かに心配されることもない。
自由で、楽で、静かな日々――のはずだった。
けれど、不意に思い出す。
部屋から出る直前に泣きそうに笑っていた、あの日のジュノの顔を。
胸がちくりと痛んで、煙草の煙がやけに苦く喉に残った。
(……あの時、ジュノの想いに向き合えていたら……変わっていたのかな)
答えのない問いが、夜ごと胸に重く沈んでいく。
あの日から一週間。
ギフンはずっと、同じように過ごしていた。
隣に人がいないベッドは広く、寝返りを打っても誰にもぶつからない。
伸ばした手が空を掴むたび、どこか間違えているような感覚だけが残る。
部屋には空のペットボトル、コンビニ弁当の空き箱が積み重なる。
誰も「まともに食え」と言ってくれる奴はいない。
それが楽なはずなのに、どこか落ち着かなかった。
夜中、煙草の煙を吐き出す。
けれどあの日のジュノの笑顔――涙で滲んだ、無理に作った笑顔が頭に蘇る。
そのたびに胸が締めつけられて、煙がやけに苦かった。
「……バカだな、俺」
声に出してみても、返事をする者はいない。
自由なはずの日々は、空っぽで虚しいだけだった。
楽をしているはずなのに、どんどん心が重く沈んでいく。
頭の中に、ジュノの声が残っては消えない。
もう幻聴みたいに、まとわりついて離れなかった。
――「飯は食ったんですか」
――「体に悪いですよ」
耳の奥で、優しくて、でも鬱陶しいほどに気にかけてくる声が繰り返される。
(……俺は、何をやってるんだ)
ギフンは煙草を押し潰すように灰皿に落とした。溜まった吸い殻が崩れ、ガタリと音を立てて灰皿ごとひっくり返る。
散らばった灰を前に、ふっと笑えてきた。
楽になったはずなのに。
いない方が楽なはずなのに。
なのに、ジュノが居ない日々は退屈で、味気なくて、どこか薄暗い。
あの日、「二度と来るな」と言い放ったときの、無理に作った笑顔と柔らかな涙が、どうしても胸から消えてくれない。
「……俺から言ったのに。なんで、こんなに後悔してんだ」
声に出した瞬間、胸の奥がぎしりときしんだ。
それでも幻聴は止まらない。
――ギフンさん。
耳の奥でまた呼ばれる。
笑えなかった。
こんなにも楽なはずなのに、こんなにも寂しい。
その答えの出ない矛盾に縛られたまま、ギフンはまた煙草に火をつける。
――ギフンさん。
耳の奥で呼ばれる声に、思わず顔を上げた。
けれど、当然そこには誰もいない。
静まり返ったモーテルの部屋には、時計の秒針と、煙草の燃える小さな音しかなかった。
ギフンは深く息を吐き、目を閉じる。
(……居るわけ、ないだろ)
幻聴だとわかっている。
なのに、ジュノがふいに戻ってくるような錯覚が胸を掻きむしる。
玄関のドアが開いて、「また煙草ですか」なんて呆れ声が飛んでくる――そんな気がしてしまう。
だが、その扉はもう二度と開かない。
現実は残酷なほどに静かだった。
「……俺から言ったんだ。二度と来るなって」
声にしてみると、ひどく虚しく響いた。
楽なはずの日々は、ただ寂しく、ただ空っぽなだけ。
それでも時間は過ぎていき、ジュノが戻ってこない事実だけが確かに積み重なっていく。
ギフンは灰皿に押し潰した煙草を見つめ、掠れた声で呟いた。
「……やっぱり、俺は……失くしてからじゃないと、わからないんだな」
部屋の片隅で、孤独だけが形を持っていた。
******
静かな部屋。
煙草の煙がゆらゆらと漂うだけで、時間さえ止まっているようだった。
(……もう戻ってこない)
何度もそう言い聞かせても、胸の奥の虚しさは消えなかった。
その時――コン、と扉の方で音がした。
ギフンは一瞬息を呑む。
考えるより先に、扉が静かに開いた。
そこに立っていたのは、ジュノだった。
泣き腫らしたような顔ではなく、静かに澄んだ瞳で。
「……ジュノ」
声がかすれる。
「久しぶりですね、ギフンさん」
柔らかく笑っているのに、どこか冷たい。逃げ場を塞ぐような笑みだった。
ギフンは反射的に吐き捨てた。
「もう来るなって言っただろ!」
しかしジュノは一歩も引かない。
「でも、俺は来ました」
淡々とした声が胸に突き刺さる。
「もう来るなって言っただろ!」
ギフンは反射的に怒鳴り、ジュノの胸を突き飛ばした。
その手には必死さが滲んでいた。
「帰れよ! 二度と来るなって俺が……っ」
声は裏返り、震えていた。
だがジュノは倒れもしなかった。突き飛ばされても、一歩も退かずに立ち続ける。
「……だから来ました」
静かな声。
「何度突き放されても、俺はギフンさんのそばに居たい」
「ふざけるな……! やめろ……!」
振り払おうとした手は空を切り、力が抜けていく。
次の瞬間、ジュノが腕を伸ばし、ギフンを抱き締めた。
拒絶の言葉を重ねても、温もりは離れない。
「やめろ……触るな……」
弱々しく振り払う手は、もう力を失っていた。
ジュノはその手ごと包み込むように抱き寄せ、耳元で囁いた。
「……泣かないでください。俺がそばにいますから」
ギフンの肩が震える。必死に拒もうとした言葉が、涙に濡れて喉で詰まった。
「俺は……お前を……」
最後まで言えないまま、嗚咽が漏れる。
「大丈夫です」
ジュノはそう囁くと、ギフンの顎に手を添え、強引に顔を上げさせた。
「俺が守ります」
そして迷いなく口づけた。
「……っ」
唇を押し当てられた瞬間、ギフンは目を見開いた。
突き飛ばすはずの両腕は、もはや力なくジュノの胸に預けられるだけ。
口内を塞がれ、逃げ場もなく、ただ震えながら甘い熱に呑み込まれていく。
「ん……っ……やめ……」
声にならない抗いは、舌を絡められるごとに掻き消されていった。
ジュノはそのままベッドへと連れていき押し倒す。
静かな力だったが、抗う余地はない。
ギフンの背がシーツに沈み、頭上に覆いかぶさるジュノの瞳が見えた。
それは怒りでも悲しみでもなく――ただまっすぐな、揺るぎない熱。
「ギフンさん……」
名を呼ぶ声は優しくて、でも拒絶を許さない。
「離しません」
涙に滲む視界の中で、ギフンは悟った。
突き放そうとしたのに、結局この腕からは逃げられないのだと。
ジュノはギフンの涙を指で拭い、囁くように言った。
「……ギフンさん。俺は――愛してます」
ギフンの目が大きく揺れる。
「やめろ……俺なんか……そんなふうに言うな……」
「……俺じゃ、駄目だろ……」
必死に首を振っても、顎を掴む手は離れない。
「ふざけてなんかいません」
ジュノは静かに続ける。
「愛してるから……何を言われても、俺は離れられないんです」
再び口付けられる。
今度は激しくなく、ただ確かめるように、優しく深く。
ギフンの瞼が震え、涙が零れ落ちる。
「俺なんか……」
掠れた声で呟いた瞬間、唇を重ねられ、言葉は塞がれた。
顎を掴む手に力を込め、低く静かな声で告げる。
「何度でも言います」
「俺はギフンさんを愛してる」
「どれだけ拒まれても、突き放されても、それでも――愛してる」
強い宣言が胸を突き刺す。
耳を塞ぎたくても、両手首はシーツに押さえつけられて動かない。
「っ……やめ……」
涙が溢れる。声は震え、抗う言葉は力を失っていく。
ジュノは微笑んだ。だがその笑みは優しさと同時に逃げ場を塞ぐ。
「何度でも言います。俺はギフンさんを愛してる」
再び口付けが落ちた。
深く、強く、息を奪うほどに。
甘さと力強さが混じり合う熱に、ギフンの抵抗は崩れ落ち、涙を流しながらその腕に沈んでいった。
****************
「大丈夫です」
ジュノの囁きはひどく優しいのに、腕は容赦なくギフンをベッドに縫い留めていた。
唇が額から頬、首筋へと降りていき、ひとつひとつに熱が残される。
「やめ……っ、もう……」
ギフンは震え声で抗う。だがその度に、胸元や鎖骨に柔らかな口付けが落とされ、抗う気力が削がれていく。
「泣かないでください」
涙を拭うように唇を重ねられ、目尻に落ちた雫さえ舌で掬われる。
甘やかすような仕草が、逆に逃げられない縛りになっていった。
「……っ、やだ……」
声はもう拒絶よりも切ない震えに変わっていた。
ジュノはゆっくりと服の隙間に指を差し込み、肌に触れる。
撫でるような愛撫は優しいのに、その手は腰を強く抱き寄せて、シーツに押し沈める。
「ギフンさん」
耳元で名前を呼び、低く熱を帯びた声で囁いた。
「俺は愛してます。だから……離しません」
次の瞬間、甘やかす唇が一転して深く貪る。
舌を絡められ、呼吸を奪われる。
ギフンは涙を流しながら胸を押すが、力は入らず、ただ震える手をジュノの肩に縋らせるしかなかった。
「んっ……やめ……っ」
口内で零れた声は、唇ごと呑み込まれて消えていく。
やさしく焦らすような愛撫と、逃げ場を与えない強さ。
相反するはずの二つに絡め取られて、ギフンは徐々に力を失い、熱の中に沈んでいった。
そして――
「……ギフンさん、俺のものにします」
耳元での囁きと共に、最後の境界が押し破られた。
「……ギフンさん」
ジュノの声は低く、吐息と混じって耳を打つ。
「もっと感じてください……俺だけで」
「や……っ、無理、もう……っ」
ギフンの声は涙で濡れ、かすれて震えていた。
強い律動が重なるたび、シーツを掴む手が小刻みに震える。
「んあっ……! あぁ……っ!」
背中が大きく反り返り、喉が勝手に声を押し出す。
拒むはずの身体が、追い詰められるように震えて快感を受け止めてしまう。
「……ギフンさん、可愛い……」
耳元に落とされる甘い囁き。
「俺の腕の中で……泣きながらこんなに震えて……」
「ち、が……っ、俺は……やめろっ……!」
言葉は最後まで言えず、突き上げられるたびに掻き消される。
涙が頬を伝い、シーツに落ちて滲む。
「大丈夫です……」
ジュノは腰を抱き寄せ、さらに深く貫いた。
「全部……俺に委ねて」
「っ……やっ……! あ、ぁぁ……!」
ギフンの声が高く跳ねた。
胸の奥で張り詰めていたものが、一気に弾ける。
震える喉からは喘ぎと嗚咽が混じり合い、指先はシーツを破るように掴んだ。
腰が痙攣し、抗いながらも、甘い波に飲み込まれていく。
「……そうです、いい子です……ギフンさん」
囁きと同時に、ギフンの身体は絶頂へと突き落とされていった。
全身が痙攣し、シーツに沈み込むように力を失った。
胸は荒く上下し、熱と涙でぐしゃぐしゃになった顔を、ギフンは両腕で隠そうとする。
「……っ、はぁ……はぁ……」
掠れた吐息が震え、声にならない。
「……俺なんか……ずっと一人で居ようと思ってたのに……」
ギフンは涙を拭いもせず、震える声で笑った。
「寝返りできるのが楽だと思ったし……腕が痺れて起きなくていいのも……楽だと思った」
そこで言葉を切り、視線を落とす。
「でも……結局、寂しかったんだ。お前の腕の中じゃないと……眠れなかった」
ジュノは優しく髪を撫で、微笑んだ。
「じゃあ……これからは、俺の腕の中で眠ってください」
「っ……バカ……」
そう吐き捨てながら、ギフンはまた胸に顔を埋めた。
ギフンは震える吐息の合間に、小さく呟いた。
「……もう痺れてもいい……重くてもいい……」
涙を滲ませながら、顔をジュノの胸に埋める。
「俺は……お前の腕の中でしか、眠れない……」
ジュノの瞳がやわらかく揺れた。
そっと髪を撫で、額に口づけを落とす。
「大丈夫です。……これからはずっと、俺が抱いてますから」
少し間を置いて、ジュノはさらに低く囁いた。
「でもそれだけじゃない。俺は、もう二度と離しません。たとえギフンさんに嫌われても……あなたを一人にしない」
その言葉に、ギフンは小さく息を呑み、腕の中で震える。
「……なんで、そこまで……」
ジュノは静かに目を閉じ、胸の奥にある痛みを吐き出すように言った。
「俺は奪ったんです。ギフンさんの孤独も、涙も……全部この手で背負いました。だから最後まで一緒に背負わせてください」
涙が頬を伝いながらも、その呼吸は次第に穏やかに整っていく。
静かな夜。
ベッドを包むのは煙草の匂いではなく、温かな体温と重なる鼓動だった。
やがてギフンは、ジュノの腕の中で静かに眠りに落ちていった。
その顔には、寂しさの残滓と、安らぎの影が同時に滲んでいた。
ジュノは抱き締めたまま、決意のように呟いた。
「……愛してます。どんな代償を払っても」
静かな夜。
二人を包むのは煙草の匂いではなく、互いの体温と重なる鼓動だけだった。
やがてギフンは涙を乾かしながら、ジュノの腕の中で眠りに落ちていった。
──その翌朝。
目を覚ましたギフンの頬にはまだ熱の残滓があり、枕元には煙草ではなく温かなマグカップが置かれていた。
「おはようございます、ギフンさん」
ジュノの声はどこまでも穏やかで、昨夜の激しさが嘘のようだった。
ギフンは答えられず、ただ小さく息を吐く。
昨日までの孤独に戻れることは、もう二度とない。それが苦しくもあり……どこか安堵でもあった。
カーテンの隙間から朝の光が差し込み、灰色だった部屋を少しだけ照らす。
まだぎこちない二人の始まりを、優しく見守るように。