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「お待ち頂きたい、貴殿はこの戦いの意味を理解しておられるのか?」
「意味? 」
男はゆっくりと立ち上がり、グランドを真っ直ぐ見詰め語った。
「人が殺されている。そして悲しみに打ち拉《ひし》がれている者が此処に居る。理由ならばそれだけで十分だろう」
「一歩間違えれば貴殿は一つの国をも敵にするかもしれないのだぞ? それが貴殿方の総意なのか? 」
「総意? 総意ならばこの醜い戦争と言う争いを根絶する為に此処で俺は立ち上がる。それが俺達の総意だ。そして今、その罪を裁き、罰を背負い、全てを終わらせる為に俺の剣がある。立ち開かる者は何人たりとも許さない」
「貴殿と言う男は…… 」
グランドはかなりの時間思考を巡らし、ヴェインとカシューに視線を送る。二人の頷く強い意思を確認すると、深い溜息と倶《とも》に一つの答えに辿り着く。
二人のやり取りの最中、掌《たなうら》を胸の前で組み、母親は只管《ひたすら》に肩を震わせ頭を垂れていた……
「ならば我々も同じ十字架を共に背負おう。然し少しばかり時間を頂きたい。やらなければならない事が有る」
グランドは万感交到《ばんかんこもごもいた》る表情をみせると漸く腰を上げた。
「グランドすげー旨いぜ力が沸き上がって来やがる畜生…… 」
愁《うれ》いが溢れぬ様にヴェインは天を仰ぎ悲壮な思いを悟られぬよう大袈裟に歓喜する。
「そうだね、勇気が湧いて来るね」
震える声でカシューが続く。
「当たり前だ、俺が手塩に掛けて育てて来た子だ、不味いわけないだろう」
顔を伏せ涙を滲ませながら詰まる想いと一緒に飲み込む。
「連れて行ってやりたいんだ、どこまでも一緒に、俺が見る景色を…… 」
大粒の涙を流しながら、皆に懇願する。
「頼む、沢山食べてやってくれ、狼共に大切なこの子を譲る訳にはいかないからな、そして、忘れないでやってくれシルヴァの事を」
【食葬】その肉体を食して弔う事で魂を自らの内に取り入れ、新たな命の糧とする。その歴史は長く、過去に多く執り行われてきたと記録に残る。
グランドは今まで忠義を尽くしてくれた親愛なる家族に敬意を払い、思いを馳せ、自らの血と肉とする事で愛するシルヴァを弔った。
共に何処までも走り続ける為に……
村の中心地に陣取られた営火場は、変わり果てた人間の姿であった。幾重にも無造作に重ねられ、高く積み上げられた恐ろしい程の屍の山は、火を放たれ異臭を放っている。まるで八熱地獄の阿鼻叫喚
軒に吊るされた者は首が伸び切り糞尿を垂らし、串刺しにされた者はその断末魔を天に叫び、四肢を悪戯に捥《も》がれた者は息も絶え絶え手足を探す。そう、それはもう、この世の終わりの様相を呈していた。
縄で繋がれた女や子供は、逃走防止の為か衣服は全て剥ぎ取られ、若い女達は縛られたまま辱められ、大勢の男達の慰み者となる。永遠と続く激しい凌辱に、気を失っては水を掛けられた。
その脇にうつ伏せに転がる小さな幼き遺体には、数えきれない程の剣が背中に刺されたままであり、動かぬ的にして甚振ったのであろう頭部には、極悪非道の数だけ矢が突き刺さっている。
「おねがいじまずぅどうか剣を抜いであげでぐだざい、あの子が痛がっています、痛いと叫んでいます、おねがいじまず、私はどうなっでも構いません、あの子に刺さっでる物を抜いてあげてぇぐだざぃ」
母親は子供の遺体の前で男達に犯され続け、狂い哭《な》き叫び慈悲を乞う。
「いひひ、いい声で鳴くじゃね~か、まだだ、まだまだたっぷりとお前を楽しんでから殺してやる」
「お願いじまずぅ早く殺じでぐださい、お願いじます殺して、早くあの子の元へ」
人の皮を被った悪魔達は、終わる事の無い地獄絵図を描く。笑いながら酒を煽り、小さな女の子でさえも欲望の捌け口にする。神と云う大儀を得た悪魔達は、強者に媚びを売り、慈悲も残さず善と言い張り弱者を殺す。
何人もの者達が、もう生きる意味を失いかけたその時、突然、営火場がドカンと大きな音を出し、辺り一面に火の粉を飛び散らせた。エマが投爆薬を焚火に放り込んだのである。次々と灯火がエマによりかき消され、辺りは故意に暗闇へと誘われる。突然の脅威に怒号が響き渡り、ゆっくりと怒りの炎が漆黒に生きる者の頭を擡《もた》げた。
「敵襲―――――!! 」
地獄の釜の蓋が開き―――――
魏魏蕩蕩ゆらりと何かが迫り寄る。
ソレは薄闇の中、風を伴い現れた。その為人《ひととなり》は人に非ず。悪魔か果たして死神か、血に染まる歴戦の証、千切れ舞う外套は恐ろしくも赤黒く月明りを鈍く返し、闇夜にたなびいていた。
漆黒の闇の中、ランタン一つも持たず、ただその猛烈な存在感だけが突如、月夜に浮かび上がり、怒り荒ぶる般若面を見た兵士の心を簡単に打ち砕いた。
「ひっ⁉ ばっ、化け―――――」
見てはいけない物と遭遇した兵士は、声も出せずに力無く腰を抜かし、知らずして命の危機を感じた身体は、意思に反して奥歯を鳴らす。化け物はゆっくりとその熱息を白く吐き出し、またゆらりと身体を揺らす。
逃げ惑う事、能《あた》わざるなり。
そして一歩、また一歩と踏み出すたびに埃立ち、喰らうは私利私欲に蠢く人の欲望。貪る程に容赦無く、奪い尽すは鬼の性。次に現れた映像は、首を無くし、天高く血飛沫を巻き上げる己の佇む身体であった。
心千切れ一滴の涙に燃ゆる般若面。漸う漸うと理の扉を解き放ち悲しみを絶つ。邪知暴虐《じゃちぼうぎゃく》と許すまじき所業の数々、猶《なお》あらじと迫り寄る。見た者はこれで最後と黄泉へと誘《いざな》い、これを以って全てを滅却倩《めっきゃくせん》とする……
その剣の名は―――――
―――――鞍馬剣
一閃により闇夜に放たれたそれは月影を返し、消えかけた希望の光を取り戻す。己の存在意義を、失われた命の尊さを、審判の刃に乗せ自らその禁忌を侵す。
⦅命の取った取られたは堂々巡り。復讐が怨恨となり報復がまた意趣《いしゅ》となる。不倶戴天《ふぐたいてん》を抱いてはならぬ、死の連鎖を生むだけじゃ⦆
「老師…… 俺は――――― 」
張り詰めた壊れそうな感情に魂を振動させる。一つ脈打つ度に一つ命が消え、踏み出す度に脈動は鬼と為り一瞬にして全てを焼き尽くし屍を越えて行く。
叫ぶ事も叶わずに、次々と汚れた肉片が夜空の大河を深紅に染める。
エマは混乱に紛れ、囚われた村人をグランド達が待機する村の裏手の小さな丘へと導いた。眼下で行われる一方的な戦いを目の当たりにしてグランドは唇を噛みしめ声に出来ずに呟いた。
「一人で罪を背負う気なのか…… 貴殿は…… 」
「なんてこった、あいつに全部押し付けちまった…… グランド俺は」
ヴェインは両手を地に着け大きな体を震わせ涙に濡れる。
カシューはその残虐な行為に目を背け、良心の呵責に心を痛める。グランドはヴェインの両肩を起こし瞳に熱を込めてこう告げた。
「忘れるんだヴェイン、カシュー、忘れるんだ、今日で全て忘れるんだ…… あの人の為に俺達の為に、でなければ心が救われん」
一方的な戦いはやがて終焉を迎え、たった一人の男によって一夜にして一個小隊五十人は為す術もなく全滅。命乞いをする暇さえ与えては貰えなかった。
「やめろ、くっ来るなぁ、おっお前は一体」
「お前達を迎えに来た――― 死神」
兵士は最後の声を上げると血潮の海へと沈んでいった。
俺は屍の山で膝を着き、血に滴る両の手を広げ天を仰ぐ。答えの出ない自問自答に自然と涙が溢れ、赤く穢れた般若面を洗い流した。
押し寄せる後悔の波に苛《さいな》まれ感情が心を壊す。
甘んじていた。心の奥底で何処か話し合いで解決出来るのでは無いかと。自分に都合のいいように考え、このような最悪の結果は望んでは居なかった。
抑えきれず、沸き上がる憎しみを理性が抑える事が出来なかった。老師の言葉通り、死の連鎖を生むだけで、俺はただ人を大勢虐殺してしまったと云う事実だけが残り、とうにしていたはずであった覚悟は今、自責の念が潰そうと覆いかぶさる。
心に大きな傷跡を残し何ら解決には至らなかった。
(本当にこれでよかったのか? )
―――正義の名の下に人を殺す兵と何ら変わりないのでは?……
(老師…… 貴方は何故…… 俺は)
天に答えを求め噎《むせ》び泣く俺に屍を越えエマがゆっくりと歩み寄る。
俺は仮面を外し愁歎《しゅうたん》に喘ぐ顔で不器用に自嘲の笑みを曝す。
「はは、見てくれエマ、両手が人の血で汚れてるんだ、これは洗い流す事の出来ない罪だ。大罪を犯しても尚、答えが…… 見つからないんだ…… どれが正解だったのか、こんな俺に教えてはくれないか? 」
大量の生き血を浴び、張り裂けそうな罪の重さに大粒の涙を落とす。心が悲鳴を上げ全てが壊れ掛かっていた。
「こんなんじゃ、もう誰も俺を抱きしめてはくれない…… 」
エマはそっと歩み寄り赤く穢れたその身体が癒えるまで黙って俺を抱きしめた。
その直後! 突然闇夜に閃光が走りドガンと稲妻が地を揺らす。幾重にも重なり連なる屍を巻き上げその中から何かが姿を現した。
「ククク、こんばんわ…… まだ戦えますか? 」
余りにも大きな大罪は功罪相償うに非ず。澎湃は闇と混じり合い、時を許さず深閑を汚し現れる。運命は悪戯に微笑み神は試練を与えた。