「供物共が騒ぐので来てみれば、混ざりモノが二つ。ん? オヤオヤこれはこれは、まだ生き残りがいたとは、これは驚きですねェ。それと…… ソノ魔紋、貴方何です? 何故、理《ことわり》を跨げるのですか? 」
―――鬼丸が今まで見せた事が無い程に激しく暴れる……
(何だ此奴は、何処から現れた…… )
突如目の前に現れた存在は最早、形は人なれど人に非ず。この世界では見た事も無いような奇怪な武具を身に付け、人の言葉を使う。黒髪は蠢き先端には刃が蛇のように舞踊る。
無機質な肌は罅割《ひびわ》れ青白く闇に映え、頭には大羊の巻角の様な角を生やしていた。その胸にはぽっかりと穴が開き、黒炎に包まれた心臓であろう脈打つ物が、剥き出しに赤黒く浮遊している。
両の目が在るべき場所は、見た事も無い文字の羅列が書き込まれた布帯《ぬのおび》で塞がれ、その上背から生えた異常に長い腕の先には、地に着く程の鋭く太い爪が横たわる屍を突き刺している。
「エマ!! 気を付けろ、此奴は敵だ」
「ククク、貴方達には少し違和感がありますが、敵と認識してくれたのなら、貴方達はやはり冥界軍と言う事なのですか? しかし驚きましたねェ~ まさか冥界軍が人界に斥候《うかみ》を送り込んで虫ケラ《人族》掃除をしてるとは、何故です? それ、戦争条約違反ですよ? 」
(冥界軍だと⁉ ならば此奴は…… 魔人なのか⁉ )
「そう呼ばれてますねぇ」
―――心が……
「ええ、読めますよ、読心眼です」
「何だと…… 」
「私《わたくし》…… 奈落連合軍、特殊急襲制圧部隊 少尉 レイドリュー・ヴァー・ゾイル男爵と申します。どうか御見知り置きを」
自らを魔人と名乗った異形の者は、右の腕を胸の前で抱えるように曲げ少し腰を落とし貴族のそれと何ら変わりのない所作を示す。
「さて、その口振りですと、貴方達は冥界軍では無いようですねェ。私《わたくし》の勘違いといったところでしょうか? では貴方達は何なのですか? 是非教え願いたい。返答次第では丘の上の虫けら《人族》も掃除しなければなりません。見てましたよ、貴方達のお仲間なんでしょう? 」
猛烈な殺気が空気を振動させ、一気に場を凍らせる。その様子を丘の上から見下ろしていたグランド達は驚愕し、驚きを露わにし喉を鳴らす。
「何アレ…… 何が降って来たのグランドねえ? 何アレ⁉ 」
空から落ちた閃光に、異質な存在を感じたカシューがグランドの肩越しに詰め寄り覗き見る。
暗闇に包まれた眼下は、薄っすらと人影を確認出来る程度であり、視界を適度に包み隠した。ギアラは何かの危険を本能的に察知し、血相を変えて突如丘を駆け下りる。
「おっおい、猫ちゃんが…… 」
「心配ないヴェイン、黒豹は俊敏だからな、いざとなれば逃げるはずだ。己の身よりも主が心配なのだろう」
シルヴァーとの想いが重なりグランドが胸を焦がした正にその時、魔人がその長い両手を広げゆっくりと迫り寄る……
「そうですねェ貴方達には少しばかり聞きたい事――――― 」
―――――!!
刹那、森閑の闇夜にガキャンと甲高い金属音が響き渡り、衝撃の後に遅れて周囲が埃立つ。そう、魔人が話終わる前に一気に間合いを制し一足一刀、閃光を伴い刃を刻んだ。
⦅先手必勝名乗る必要無し。問答は相手に有益な刻限を与える。敵と見做《みな》したら迷わず討て、そして刀を抜いたら最後、慈悲を懸けるな。⦆
「ククク、素晴らしい!! 何という判断力か、剣に迷いが有りません。然《しか》し貴方の攻撃は全てお見通しですよ? 」
魔人は長い爪で以《も》ってして片手で難なく俺の剣技を去《い》なす。
此奴は俺達が敵だろうが味方だろうが、己の疑問が晴れれば必ず悪戯に俺達を殺すだろう。今やらなければ必ずやられる。加之《しかのみならず》、此奴は間違いなく俺達よりも格上の存在―――――
鍔際《つばぎわ》を躱し体軸を躍らせ、左膝で腹部を狙い誘いを掛ける。魔人はその挙動を感じ、後ろに飛退き思わず隙を伺《うかが》わせた……
―――――当機立断 、機に臨《のぞ》み変に応ずる。
瞬《まばた》き一つに訪れた次元の中で、全ての力を反応速度に注ぎ追撃する。魔人の間合いの更に内側に潜り込み、咄嗟に右手に刀を添え、渦巻く気勢を力に変える。零 《ゼロ》距離からの剛拳で以《も》って一点撃破を誓いソレを叩き込む……。
≪鞍馬流 徒手空拳 秘烈底掌撃 奪命波≫
ドンッと地場が揺れ振動が迸《ほとばし》る。掌から生まれた衝撃が、腕を伝い鼓膜に響く。一瞬にして闇を裂き、捻《ねじ》り放った掌底が、メリッと鳩尾《みぞおち》に食い込むと、魔人の身体が音も無く吹き飛び、家屋を幾重にも突き破ると地表に溝を刻み、その身を簡単に沈めてみせた。
咫尺《しせき》で放つ一撃は、吹き飛ばすだけにのみ非ず、その内より肉と骨を絶つ夜叉の拳。
「来るぞ、エマーリア!! まだだ」
―――轟音が雄叫びを上げ炎火が周囲を赱《はし》る……
「烈火の如く ᛁᚾᛓᚢᛖᚱᚢᚾᛟ ᛋᚫᚱᚲᚢᚱᚢ《インフェルノサークル》―――――」
―――――なんだこれは、魔術⁉
この感じ、何処かで―――――
直後、村全体を灼熱の焰の壁が取り囲む。不意に見上げると其処には闇夜に禍々しい翼を広げ佇む魔人の姿があった。
「いや~素晴らしいですねェ。心を読めると思ったんですが、貴方、考えるよりも早く本能で戦術を途中で変えましたねェ? 見た事も無い戦闘術に興味が尽きませんねェ。剣と体術の複合技ですか~ ククク、いいですねェ貴方…… 舞台は用意しましたよ、逃がしませんからねェ」
「無傷だと…… 」
「無傷⁉ いいえ、貴方、私《わたくし》の自慢の鎧を砕きましたよ、ほら」
パラパラと鳩尾《みぞおち》周辺にヒビが走り崩れ落ちる。
「参りましたねェ私《わたくし》の一張羅でしたのに。人族如きが傷一つも付けれない鎧を、いとも簡単に一撃で破壊するとは、堪りませんねェ。退屈凌ぎに単独で偵察に出て良かった。この素晴らしい出会いに感謝しますよ」
―――奴の姿がブンッと唸りをあげ視界から消える……
「さて、どの速さまで私を捉えていられますかねェ? 」
がっ―――――!!
閃光を伴い猛烈な衝撃が鼓膜を破り、その場に吐血だけを残し身体が家屋を突き破る。腹部の互解は呼吸を奪い、思考を低下させ五感を麻痺させると漸く瓦礫の中で身体が止まった。
「がっはっ…… 」
―――何が起こった、何をされた?……
「お返しですよ、それ位で死なれては困りますよ? さぁもっと楽しみましょう」
同時にエマが円月大輪《チャクラム》を展開し鞭《むち》を夜空に躍らせる。魔人は動じず寸前で鞭を薙ぎ払うと顔面間際でドガンと暴力的な爆風と衝撃を受けた……
「なにっ―――――⁉ 」
エマは撓《しな》る鞭の先端に投爆薬を絡め魔人の顔面に叩き込んだ、魔人は周章に退避ろぐと足元を蹣跚《よろ》けさせる。厄災と謳われた少女が、身に宿りし暗殺者の血を滾らせ、凶《まが》つ厄災を討ちに押し迫る。
鞭を投げ捨て二つに分かれた双薙刀を連結させる。土を弾くと同時に直打法《じきだほう》により放つそれは留手裏剣《とめしゅりけん》に非ず、責めで以《も》って貫く棒《ぼう》手裏剣。
爆裂により視界を遮られた魔人は反応が遅れ、砕けた鎧の隙間に棒手裏剣の必殺を許す。
「ぐっ――――― 」
エマはその場に双薙刀を地面に突き刺すと、天に右の掌と左の拳を合わせ胸元まで引き寄せる―――――
≪―――――怨――≫
その心魂《しんこん》の念を切っ掛けとし、ドガンと魔人の腹部に突き刺さった棒手裏剣が業火と共に爆発し、青い体液を辺りに撒き散らす。
「なん、ですかコレは…… 貴女《あなた》も奇っ怪な技をお持ちなのですねェ、油断しました。流石に生き残りと言った所でしょうか、しかも貴女、心が壊れていらっしゃる。通りで予測出来ない訳ですねェ」
魔人は抉《えぐ》られた傷口を押さえると腹に力を込め止血を試み、迫り来る光輪を片手で弾く。
「ここまで手傷を負ったのは初めてかもしれませんねェ、然し残念ながら貴女は私《わたくし》の敵では無い…… 」
右手の長い爪をクイッと天に向けると見えない手首がエマの首を空中に吊り上げる。
「がっ―――――⁉ 」
「敵は…… 」
話終える魔人の背後から音速を越えて一閃抜刀、何がが通り過ぎた……
一瞬にして魔人の右腕が宙に飛ぶ―――――
「ほらね、この方だけですよ、脅威なのは」
闇夜に蔓延る剣呑至極。地獄の烈火に誘われて、奔る刃は死灰復燃ゆ。失われようとする灯に、亡者達は手招きをするのであった。
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