テラーノベル
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そんなある日の帰り道、私たちは5人一緒に帰っていた。イブラヒムが「たまにはさ、ブラブラして帰ろうぜ」と言い出したのがきっかけだ。商店街を歩いていると、何やらザワザワとした人だかりが見えてきた。
「なんだ、あれ?」
ローレンが首を傾げると、人混みの中からスーツを着た男性が私たちの方へまっすぐに歩いてくる。なんだろう、と見ていると、その男性は私たちの目の前で立ち止まった。
「すみません、あなた方、少しお時間よろしいでしょうか?」
男性はにこやかに話し始めた。
「実は私、〇〇事務所の者で、あなた方のような魅力的な方々をぜひうちの事務所でスカウトしたく…」
スカウト、という言葉に、私と彼らは顔を見合わせた。確かに彼らはいつもどこに行っても目立つし、そのルックスは抜群だ。モテモテなのも納得だ。
「特に、そちらの4名様、もしよろしければ一度、お話だけでも…」
男性の視線は、葛葉、ローレン、イブラヒム、不破の4人に注がれている。私には目もくれない。まあ、当然だ。私はごく普通の一般人だし。
すると、不破がにこやかに口を開いた。
「えー、俺たちですか? 嬉しいんですけどねぇ…」
不破の言葉に、私も彼らがどうするのか注目した。きっと断るだろうな、とは思ったけれど、彼らならモデルとして活躍するのも簡単に想像できる。
「すみませんねぇ…」
イブラヒムが申し訳なさそうに言うと、ローレンが突然私の肩に腕を回した。
「それに、俺たち、お姉ちゃんが心配で、あんまり遠くに行けないんすよ」
「は?」
唐突に「お姉ちゃん」と呼ばれて、私は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。隣を見ると、ローレンはいたずらっぽく笑っている。葛葉は、一瞬だけ目を見開いたけれど、すぐにいつもの無表情に戻った。
「そ、そうなんすよ! このお姉ちゃん、ほっとくとすぐ変な男に騙されるんで!」
葛葉が、とんでもないことを言い出した。慌てて彼を見ると、彼は私を指さして、妙に真剣な顔をしている。騙されるって、ひどすぎるでしょ!
「いやー、ほんと困っちゃうよねー、お姉ちゃんが心配で心配で」
不破まで、満面の笑みで私を「お姉ちゃん」と呼んでくる。イブラヒムも、こらえきれないといった様子で肩を震わせている。
男性は、きょとんとした顔で私たちを見ている。私の困惑と、彼らの真剣な(?)表情のギャップに、私はなんだか面白くなってきてしまった。まさか、モデルのスカウトを「お姉ちゃん」を理由に断るとは。
「え、お姉様がいらっしゃるんですか? てっきり皆様同級生かと…」
男性が困惑したように言うと、葛葉がすかさず口を開いた。
「そうっすよ。この人がいないと、俺たちだめになっちゃうんで。大事なお姉ちゃんなんで、モデルとかやってる場合じゃないんす」
そう言って、葛葉は私の頭をくしゃくしゃと撫でた。ローレンも不破も、ニコニコと頷いている。イブラヒムはもう笑いを堪えきれないといった表情で、口元を押さえている。
突然のことに驚いたけれど、彼らが私を巻き込んで、しかも「お姉ちゃん」と呼んでまでスカウトを断ろうとしている姿が、なんだか面白く感じた。普段はかっこいいライバーとしての一面しか見ていなかったけれど、こういう一面もあるんだ、と新鮮な気持ちになった。
結局、男性は困惑しつつも諦めて、名刺だけを渡して去っていった。男性の姿が見えなくなると、不破が腹を抱えて笑い出した。
「いやー、まさかお姉ちゃんって呼ぶとはなー!」
「葛葉が一番ノリノリだったの、ウケる」
ローレンもゲラゲラ笑っている。イブラヒムは涙目になりながら「お前らバカみたい」と私に言ってきた。
「ちょっと、私を理由にするのはいいけど、変な男に騙されるとかひどくない!?」
私が文句を言うと、葛葉はふいっと目を逸らした。
「だって、そうでも言わないと信じないじゃん」
悪びれる様子もなく言う葛葉に、私は呆れつつも、なんだか胸が温かくなった。彼らが私を理由にスカウトを断ってくれたこと、そして「お姉ちゃん」と呼んでくれたことが、少しだけ嬉しかった。
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私兄弟いないので、お姉ちゃんって言われてみたいですね…。
うほほほほほ