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頭がイカれてる野郎デス
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#ドズル社
窓の外が、薄暗くなってきた。
「そういえば」
勇斗は、カップを置いた。
「あの二人は、今日何してるんでしょうね」
「舜太は、柔太朗を、どこかへ連れ出す算段をしていると思います」
「柔太朗さんは」
「家から出ないと、言い張っている。……千円、賭けますか」
「賭けになりません。俺も同じ予想です」
仁人が、笑った。
「外から見てると、あの二人、面白いですよね。柔太朗さん、舜太さんの前だとちょっと意地悪で」
「あれは、愛情表現です」
「あ、やっぱり」
「舜太は、気づいていません。……いえ、気づいていて、喜んでいるのかもしれません」
「どっちにしても、幸せそうです」
「そうですね」
仁人は、少しだけ遠い目をした。
「舜太は、ちゃんと欲しいものを欲しいと、言えるようになりました。」
「それ、俺のことですか」
「あなたのことなんて、言っていません」
即答だった。
勇斗は、声を上げて笑った。
「俺は、欲しいものは欲しいと言う主義なんです。……言っても、いいですか」
「……今は、結構です」
「はい。待ちます」
「……」
仁人は、袖口を引いた。
「柔太朗は」
話題を逸らすように、言った。
「舜太を見ていないふりが、とても上手です。本当は、一番見ているのに」
「俺も、そう思ってました」
「あの二人に、俺たちは、どう見えているのでしょうね」
「……」
「少し、気になります」
「たぶん」
勇斗は、少し考えた。
「仁人さんがツンツンしていて、俺がマメで、うまくいってるなって、思われてますよ」
「ツンではありません」
「ツンです」
「……事実を、述べているだけです」
「それが、ツンです」
仁人は、拗ねた顔をして、カップを、口に運んだ。
「夕飯」
勇斗が、言った。
「食べて、いきませんか」
声が、少し硬くなった。断られてもいい。そう決めていた。
「適当に材料も、買ってあるんです。簡単なものなら、作れます」
「……」
「無理なら」
「ローズマリーが、あります」
勇斗は瞬きをした。
仁人は、窓辺の鉢を見ていた。
「大体何でも合います。……摘んで使いましょう。三本ぐらい」
「三本」
「全部摘むと、枯れます。先の若い枝を。根元は残して」
勇斗は、笑いを噛み殺した。
「仁人さん」
「何ですか」
「最初から、使う気で、持ってきましたね」
「……」
「……食べていく気だったんですね」
仁人は、首筋まで赤くなった。
「……お腹は、空きます」
「ですよね」
台所に、二人で立った。
仁人は、ローズマリーを三本、丁寧に摘んだ。勇斗は、鶏ももに塩とにんにくを、すり込む。オリーブオイルを、フライパンに熱する。
「皮から、焼いてください。触らないで、待って」
「また、待つんですか」
「待つと、うまく、焼けます」
じゅう、と音がした。
仁人が、ローズマリーを鍋肌にそっと置く。香りが立った。爽やかで少し苦い、森のような香り。
続けて、仁人は、付け合わせのじゃがいもを切っていた。
沸かした鍋の湯気で、眼鏡が、少し曇った。
勇斗は、反射的に手を伸ばしかけた。眼鏡を外して、拭いてやりたい。そう、思った。
手を、止めた。
まだ、早い。
「……曇ってます」
「あ」
仁人は、自分で眼鏡を外した。袖でレンズを拭う。素顔が、一瞬現れた。
「……なんですか」
「見慣れた顔だなって。いつもの、仁人さんです」
仁人は、眼鏡をかけ直した。
勇斗は、何も言わなかった。
素顔は、見慣れている。眼鏡の仁人は、新しい。どちらを見ても、結局やられるのだ。
鶏は、皮がパリッと焼けた。ローズマリーの香りが、肉の脂に移っている。
仁人は、一口食べて、目を丸くした。
「……おいしい」
「先生の、おかげです」
二人で、笑った。
食後。
ソファに戻った。カヌレを二つ、皿に乗せた。
勇斗は、二杯目のコーヒーを一人で淹れた。仁人は、ソファから見ていた。口を挟まなかった。
一杯目より、湯の落ち方が安定していた。
「……上手です」
「先生が、いいので」
「違います。勇斗さんは、人の話を聞いて、すぐ直せるので」
仁人は、淹れたてのカップを、受け取った。自分の膝の上に置く。まだ、湯気が立っている。
飲まずに、待つ。
勇斗も、隣で、自分の分を啜った。熱かった。舌が少し痺れる。
カヌレを齧る。外が、かりっとして、中は、しっとり。
「うまいです」
「……よかったです」
「並んだ甲斐が、ありましたね」
「並んでいません」
「十分、並びましたよね」
「……しつこい」
勇斗は、笑った。
夜が深くなっていった。窓の外は、すっかり暗かった。部屋の灯りは、柔らかい。
「あの」
仁人が、言った。
「山梨の夜を、覚えていますか」
「雪の」
「はい。縁側で、私は、話しかけてやめました」
「覚えてます」
「あなたは、追いませんでした」
「追ったら、閉じると思ったので」
仁人は、カップの縁に、目を落とした。
「……そうですね」
「やっぱり」
「あのとき、追われていたら、私は、完璧な嘘をついたと思います。追われなかったから、あとで話せました」
勇斗は、胸の奥が、じんと熱くなった。
あの夜の、自分の判断は間違っていなかった。
「仁人さん」
「はい」
「あのとき、実は、追いたかったです」
「……分かっていました」
「ばれてましたか」
「あなたの手が、膝の上で、握られていたので」
また、見られていた。
「じゃあ、オフィスの夜は」
「俺がキスしようとして、後輩が来た夜」
勇斗は、わざと軽く言った。
仁人の肩が、ぴくりと動いた。
「……助かりました。あの後輩には」
「俺は、まったく、助かってません」
「……あなたは、そうでしょうね」
「あと三秒、遅かったら」
「三秒」
「三秒です」
仁人は、カップの湯気を見つめていた。
「……私も」
声が、小さくなった。
「少しだけ、残念でした」
勇斗は、息を止めた。
仁人は、顔を上げなかった。耳が真っ赤だった。眼鏡の奥で、睫毛が伏せられている。
静かな、沈黙が落ちた。
さっきまでの、軽い沈黙とは違う。緊張でも、気まずさでもない。柔らかい、湯気のような沈黙だった。
仁人が、カップの縁に、息を吹きかけた。
もう、十分、ぬるいはずなのに。癖のようにそっと。その唇の形を、勇斗は見てしまった。
「……見ないで、ください」
「見てません」
「見ています」
「……見てます」
勇斗は、正直に認めた。
「すみません」
「……いえ」
仁人は、カップを両手で包んだ。
「勇斗さん」
「はい」
「熱いものは」
「はい」
「少しずつ、冷ましてからでないと、飲めません」
勇斗は、瞬きをした。
「……コーヒーの、話ですか」
「……コーヒーの、話です」
仁人は、カップを見つめたまま言った。
「……それだけではありません、けど」
勇斗の心臓が、大きく鳴った。
そういう、ことか。
熱いものを、一気には受け止められない。
少しずつ冷まして、少しずつ慣れて、それから、やっと口をつける。
「待ちます。冷めるまで、いくらでも」
「……待たなくて、いいです」
仁人は、顔を上げた。
眼鏡の奥の目が、まっすぐだった。
仁人は、自分のカップをテーブルに置いた。ことり、と小さな音がした。
それから、二人の間のクッションを、そっとどけた。
距離が、なくなった。
肩が触れる。ニットの柔らかい感触。洗いたての洗剤の匂い。ほんのり、ローズマリーの香り。
勇斗は、自分のカップを置いた。
視線が、仁人の顔に行く。眼鏡のフレームが、灯りを拾っていた。
「……仁人さん」
「はい」
「眼鏡、外してもいいですか」
仁人の喉が、動いた。
「……見えなくなります」
「近いので、大丈夫です」
「……」
「嫌なら、外しません」
仁人は、答えなかった。代わりに、ゆっくり、瞼を伏せた。
許しだった。
勇斗は、両手を伸ばした。こめかみの横。フレームのテンプルに、指をかける。耳の後ろに、指先が触れた。柔らかい髪。熱い耳。
仁人の息が、微かに震えた。
そっと、持ち上げる。
眼鏡が、顔から離れた。
素顔が現れた。
さっき、台所の湯気の中で見たはずの顔。見慣れた顔のはずだった。
凛々しい眉。大きな目。いつもの仕事の顔。それなのに、焦点が、少し甘かった。
潤んだ目が、勇斗を、探すように見ている。仕事の顔のまま、仕事のときには、絶対にしない目で。
「……見えますか」
「あなたの、顔だけ」
仁人は、囁いた。
「それ以外は、何も」
勇斗は、眼鏡を折りたたんで、テーブルに置いた。カップの隣。かたん、と小さな音がした。
それから、手を戻した。
頬に触れる。滑らかな頬。指先に、熱が伝わってくる。親指で、目尻を撫でた。
仁人は、目を閉じた。
視線が、下に落ちる。
襟ぐり。柔らかく開いたニットの縁。首筋の細い線。鎖骨のくぼみ。
喉仏が、ゆっくり上下した。
指先で、首筋をそっとなぞった。耳の下から、鎖骨の手前まで。
仁人の肩が、びくりと跳ねた。
「……っ」
「すみません。」
仁人は、目を閉じたまま、小さく首を振った。
「くすぐったい、だけです」
勇斗は、ゆっくり息を吐いた。
顔を近づける。仁人の睫毛が、影を落としている。
唇が、触れた。
柔らかかった。少し、冷たくて、少し、震えていた。
勇斗は、静かに、それを受け止めた。急がなかった。ゆっくり、ゆっくり。冷めていく。
離れる。
仁人が、目を開けた。
「……熱い」
小さな声で言った。
勇斗は、瞬きをした。
「え」
「……勇斗さんの、唇が」
仁人は、顔を真っ赤にして、目を逸らした。
「熱い、です」
勇斗は、一瞬固まった。それから、腹の底から笑いが、込み上げてきた。
「……ふ、はは」
「笑わないでください」
「だって、そんな」
「笑わないで、ください」
仁人は、拗ねたような声で、言った。
「けれど」
そう言って、勇斗のシャツの胸元を掴んだ。
引き寄せられた。
二度目のキスは、仁人のほうから、だった。
さっきより、少し深かった。
手が、勇斗の胸に置かれている。ニットの長い袖から、指先だけが覗いていた。
勇斗は、仁人の背中に、腕を回した。ニット越しに細い背中。華奢な体。
抱き寄せると、体が一瞬強張って、それから、ゆっくり、力が抜けた。
唇が、離れた。
額が、触れ合った。
息が、混じる。
「……仁人さん」
「はい」
「今夜は、数えないことに、します」
「……何を」
「あなたの、言わなかったことを」
仁人は、目を閉じたまま、小さく笑った。
「それは、助かります」
「全部、聞かせてください。言葉で」
「……努力します」
勇斗の指が、ニットの裾に触れた。
ほんの、端。柔らかい編み目に、指先がかかっただけ。
仁人の体が、微かに固まった。
止めるのかと、思った。
違った。
仁人の手が、動いた。長い袖から出た指が、勇斗の指の上に重なる。
裾に触れた、勇斗の手を、上から押さえるように。
動かさなかった。ただ、重ねたまま。
許す、というよりも、預ける手だった。
それから、仁人は顔を上げた。
目は、焦点が甘いまま。それでも、まっすぐに見ていた。
「……勇斗」
勇斗は、息を止めた。
初めて、呼び捨てにされた。低い、静かな声で。けれど、はっきり、と。
「……はい」
「もう」
仁人は、目を逸らさなかった。
「冷めました」
勇斗の胸の奥で、何かが音を立てて、ほどけた。
言葉が、出なかった。
ただ、頷いた。立ち上がる。仁人の手を取る。指が絡んだ。握り返してきた。しっかりと。
リビングの奥の、扉に向かって、歩いた。
テーブルの上には、二つのカップと、折りたたまれた眼鏡が、残っていた。
どちらも、飲み残されたまま、ゆっくり冷めていった。
眼鏡のレンズが、灯りを小さく映していた。
寝室の扉が、閉まった。
結局、先に好きになった方が負けです。諦めましょうっていう話。天然あざとい。
前後で一万字overって。なんで…仕事の契約はもっとさくさくしてたんじゃん…。
コメント
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最高すぎて悶えております😭😭2人の距離がゆっくりゆっくり縮まって、ついにゼロになるのがんもう🥹🥹🥹るり様絶対に天才です…(吐血)

あーもーーーー(感謝) 静かな展開なのにずっと心臓の音がうるさくて😆 るりさんの小説の登場人物大好きなのですがこの🩷💛ペアがとにかく好きなんです✨ 山梨の夜も今回も 静寂の中に灯る炎のような展開に読後にトキメキのため息がーーー 今回もありがとうございますーーー!!
二人の距離がゆるやかに縮まっていく様子がとても自然で凄いです……。口付けの直前の描写も丁寧で、こちらまで緊張感が伝わってきました。素晴らしいお話をありがとうございました…!