「なるほど、それでアルシエラさんは今もランバット伯爵家のお膝元にいる訳ですか?」
「ええ、まあ、それも理由の一つでしょうか……」
オルマナは、やけに上ずった声で私に問いかけてきた。
東の拠点に行った時の話を聞く彼女のテンションは、明らかに今までと違った。なんというか、とても楽しそうだったのだ。
その理由は、なんとなくわかっている。恐らく彼女は、私とギルバートの話に興味を抱いているのだろう。
「ああ、それじゃあやっぱり、ギルバートさんが理由ですか?」
「それも一つではありますが、全てという訳ではありませんよ。私がここにいるのは、様々なことが重なった結果です」
「ほえー」
オルマナの変な声に、私は思わず頭を抱えてしまう。
この取材の間で、彼女に対する印象は何度も変わった。初めは緊張する新人だったはずなのに、今となってはこんな感じだ。
もっとも、その変化は別に悪い傾向という訳でもないだろう。余裕ができるということは、彼女にとってはいいことであるはずだ。
「……おや?」
「あれ?」
「すみません。来客中でしたか?」
私がそんなことを考えていると、部屋の戸が開いて一人の男性が入ってきた。
その姿を見て、私はまたも頭を抱えることになった。彼が入ってくるタイミングが、あまりにも悪かったからだ。
「もしかして、あなたが件のギルバートさんですか?」
「え? ええ、僕はギルバートですけれど、あなたは?」
ギルバートは、ぐいぐい迫ってくるオルマナに困惑していた。
取材のことは伝えていたが、具体的な日時や場所は彼も把握しきれていなかったのだろう。故に状況が、わからないといった所か。
「あ、申し遅れました。私はこういうものでして……今日はアルシエラさんの取材をさせてもらっているんです」
「ああ、そうでしたか。お邪魔してしまって、申し訳ありません」
「いえいえ、邪魔なんてそんなことはありませんよ。今は丁度ギルバートさんとの馴れ初めを聞いていた所で」
「馴れ初め、ですか? そ、それはなんというか、恥ずかしいですね……」
ギルバートは、私の方をちらちらと見てきていた。
恐らく、助けを求めているのだろう。
ただ、私も正直どうしていいかがわからない。オルマナは一体、どうやった止まってくれるのだろうか。
「素敵ですよね、お二人の出会いは……ああ、羨ましいです。私も、そんな風に殿方と出会いたいものです」
「……そんなにロマンチックな出会いはしていないと思いますよ。ただ単に、僕が道に迷っていたというだけですし」
「でも、ギルバートさんはその後人生という名の道に迷っていたアルシエラさんを救ったではありませんか。すごく素敵な馴れ初めだと思います!」
「え、ええ、ありがとうございます?」
オルマナの勢いに、ギルバートは思わずお礼の言葉を述べていた。
そんな様子に、私は思わず笑ってしまう。なんというか、幸せだったのだ。
あの時から色々とあったけれど、それでもこうやって今私は笑えている。それはひとえに、ギルバートがいてくれたからだ。
そんな彼からもらった指輪を、私はゆっくりと撫でる。色あせることのないこの幸福が、きっといつまでも続くものだと信じながら。
「ギルバートさんは、今お時間ありますか?」
「え? ええ、今は手が空いた所ですけれど……」
「よろしかったら、ギルバートさんにも二、三聞きたいことがあるんですけど……」
「僕にですか? まあ、構いませんけど……」
オルマナからの提案に、ギルバートはゆっくりと頷いた。
彼は恐る恐る、私の隣に腰掛ける。その表情には、まだ困惑の色があった。
「いや、旦那さんからも話を聞けるなんて幸運ですね……それじゃあ早速、奥さんの好きな所とか聞いてもいいですか?」
「え? そういう質問もされるんですか?」
「ええ、今回はアルシエラさんを取り上げますからね。旦那さんからの視点も、重要になってくると思うんですよ」
「な、なるほど……」
ギルバートは、オルマナの説明に納得している様子だった。
確かに、彼女の言っていることは一理ある。ただ、少し腑に落ちないような気もしてしまう。
「しかし、それは中々に難しい質問ですね。アルシエラの好きな所ですか……」
「あらまあ、それは駄目ですね。奥さんの好きな所くらいスパッと言えないと……」
「ああ、いえ、思いつかないという訳ではありませんよ。たくさんあって、どれを言うべきか迷ってしまうという意味です」
「なるほど、すごいですね!」
私の夫は、少しキザなことを言っていた。
彼には、そういう所がある。時々、柄にもないことを言うのだ。
そういうことを言った後、彼は必ず頬を赤らめる。恥ずかしがっているのだ。それならそんなこと言わなくてもいいのに、どうして言ってしまうのだろうか。
「まあでも、強いて一番好きな所をあげるとすれば、笑顔でしょうかね?」
「笑顔、ですか?」
「ええ、アルシエラの笑顔は本当に美しいんですよ」
ギルバートは、照れを誤魔化すためなのかそのようなことを言い出した。
しかし、その内容も普通に考えれば言うのが恥ずかしいはずだ。
それなのに、ギルバートは呆気からんと言っている。こういう時には照れないのは、何故なのだろうか。彼の基準がよくわからない。
「もう、すぐに惚気ちゃうんですから」
「惚気……ああ、そうですかね? すみません」
「いや、聞いたのは私ですから」
「ああ、そうでしたね……」
オルマナは、なんというかかなり調子に乗っているようだった。
もしかしたら、彼女は大物になるかもしれない。自由奔放な彼女の態度に、私はそんなことを思った。
「それで、いい記事がかけそうなんですか?」
「え? ええ、どうでしょうかね? まあ、上手くやりたいとは思っていますけど……」
「色々と書き辛いこともあるでしょうから、困ったら相談してくださいね?」
「アルシエラさん……助かります!」
私は、いつの間にか楽しみになっていた。
オルマナは一体、どのような記事を書いてくれるのだろうか。それを考えながら、私は取材を受けるのだった。