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「……おかしい」
とある宿屋の一室で、20代後半と思える
身分の高そうな男がつぶやく。
一般とは異なる広さで、応接スペースもあり―――
さらに照明の魔導具や飲み物用の氷を入れた箱も
備え付けられたそこに、彼らの仲間らしき人物が
複数、思い思いの場所に位置取っていた。
「まだ誰も魔法が使えないのか?」
誰からともなく発した言葉に、諦め気味の
雰囲気が広がる。
「最初に気付いたのは……
俺の範囲索敵が使えなくなった時か。
また隠蔽持ちでもいたかと思ったんだが……」
自分の手を見つめながら、確認するかのように
握ったり閉じたりする。
「『魔力』はある。失ってはいない。
それはわかる。
問題は、『発動』しない……
出来ない事だ」
彼らは王都から町へやって来た騎士団の
一行であった。
その途中、シンによって『魔法』を使えなくされて
しまったのだが、当然その事を知るはずもなく。
また『魔力』そのものは知覚出来るので、困惑は
していたが絶望するまでの状況ではなかった。
「おかしいと言えば―――
この町も相当おかしいぞ」
「ああ。この宿屋だってそうだ。
最新式の水洗トイレ、個人用の風呂の他に
大浴場、さらに氷は無料」
「出てくる料理は王都でも金貨5、6枚はする
シロモノ……
食事は別料金だと言っていたが、昨晩あれだけ
飲み食いして金貨3枚。
それも全員分でと来たもんだ」
彼らがある程度落ち着いているのは、町での
快適な滞在ライフと―――
さらに彼らはいわゆる貴族階級の子弟であり、
当面の生活には困らない、経済的かつ心の余裕も
あった。
「クソ……ッ、『児童預かり所』とやらの発案が
ドーン伯爵家だと聞いたから―――
ここに来たってのに」
「女性騎士団副団長が依頼したのも、
このドーン伯爵領西地区のギルドだろ?
だから少し『返して』もらおうと思った
だけなのによ」
逆恨みもいいところだが、彼らの目的はまさに
それであり……
また伯爵家に対してそういう行動を取れるという
事は、それなりの身分の高さを物語っていた。
「だがどうする?
このままじゃ王都にも帰れねぇぞ?
『魔法』が使えなくなったなんて―――
分家落ちどころか追放モンだよ」
さすがに最悪の事態を想定すると、苦笑すら
誰もせず……
その空気を一変させるかのように、範囲索敵持ちが
声を発する。
「それなんだが……
レオニード侯爵家のアイツを知っているか?」
「あぁ? シーガルだっけ。
最近ヤケにイイ子ちゃんになって、付き合いが
悪くなっちまったヤツだろ」
「今回のガキどもの救出にも絡んでいたな。
ソイツがどうかしたか?」
興味無さげに質問を返す彼らに、彼は続けて
「以前、シーガルは―――
チエゴ国との戦争で、毒にやられ……
王都の治癒魔法の使い手すら、サジを
投げたそうだ」
(41話 はじめての どくけし参照)
そこでようやく何人かが彼に視線を向ける。
「いや、そりゃおかしくねぇか?」
「王都で治せないなら、どこでも治せねぇだろ。
だけどヤツはピンピンしているじゃねーか」
そこで範囲索敵持ちは、はー、と一息つき、
「そのシーガルを治療した薬師が、この町に
いるらしい」
その言葉に全員の視線と顔が、彼へと向かう。
「いやウソだろ!?」
「何でそんなヤツがこんな片田舎に
いるんだよ!?」
高度な魔法を使える人間は全員王都へ行く―――
それは彼らに取って当然であり常識であった。
冒険者ギルドのような『フリー』を好む人間でも、
実力のある人間は王都ギルド所属となる。
何より、一番評価される場所は王都しか無いのだ。
彼らの『世界』の中では……
しかし、彼の見解はそれを否定する。
「片田舎と言うが、どこを見てそう思う?
食事や風呂といった生活水準の高さは
すでに経験済みだろう。
それに各区を結ぶ石の連絡橋、魚を育てる水路、
鳥に卵を産ませるための施設もあると聞く。
ある意味ここは―――
王都より数段先を行っているかも知れん」
それを聞いた騎士団の面々は、互いに顔を
見合わせる。
「ま、まあ……」
「言われてみりゃそうだな」
そこで彼は、氷の欠片を飲み物に入れて、
「どうせ打つ手は無いんだ。
ならば出来る事を何でもやってみる他あるまい。
明日からその薬師と―――
この町の事も調べてみよう」
こうして話はまとまり、王家騎士団の面々は
同時に飲み物が入ったグラスに口を付けた。
ところ変わって、王都・フォルロワ―――
シンの一行は、ワイバーン関連の報告と、
王都で建設される児童預かり所の視察、
そして肉の買い付けを終えていたが……
さすがに日帰りとはならず、王都ギルドで一泊だけ
していく事になった。
「あの、ライさん。
ひとつご提案が……」
「ん? 何だ?」
そこで私は彼に持ち掛けた。
少なくともサシャさんとジェレミエルさん、
そしてレイド君とミリアさんに関しては―――
情報共有のレベルを引き上げてもいいのでは
ないかと。
もちろん自分の妻である、メルとアルテリーゼに
ついても、だ。
今回の件で痛感したのは……
共に行動をする事が多くなっている人たちに、
何かを隠し通すのは得策ではない事。
また、言えないばかりに能力を制限されてしまう
可能性があった事だ。
ジャンさんには事後承諾となるが―――
町に戻ってから私から説明しよう。
そうして私たちは深夜、会談を行う運びとなった。
「何スか、話って」
「本部長室でするくらいですから、
重要な事だと思いますが……」
5階建ての最上階の部屋で、さすがにウチの
ギルドの若い男女が不安そうに話す。
「ワイバーンに関する報告は終わったはずですが」
「何か疑問でもございましたか?」
ロングの金髪をした女性は―――
メモ用紙のような紙を指に挟み、黒髪の女性は
眼鏡をくいっと直しながら質問する。
そこで白髪混じりのグレーの短髪をした、
40代くらいの男性が口を開く。
「んじゃまあ、俺からいくか。
冒険者ギルド本部長である俺の名前は、
ライオットという事になっているが。
本名はライオネル・ウィンベル。
前国王の―――兄だ」
それを聞いたレイド君とミリアさん、そして
メルの目は点となり……
サシャさんとジェレミエルさんの表情が
こわばるが、
「で、では次は私から。
えーと……
実は私はこの世界ではない、別の世界から
来た者でして。
魔力はゼロ、魔法は一切使えません。
その代わり―――
私の世界ではあり得なかった事は、
たいてい『無効化』出来ます」
今度は4人の表情が逆の反応となり……
一方でメル、そしてアルテリーゼは涼し気な
表情で、彼女に抱かれているラッチは理解出来て
いないのか、きょとんとしていた。
「う~ん……
まだ驚く事があったとは思わなかったッス」
「しかし王族が、ですか。
打つべき手は打っているんですね」
一通り説明を聞いたレイド君とミリアさんは、
ようやく落ち着いた表情になる。
「シンさんが別世界の出身者……ですか」
「信じられないような、そう聞いて却って
理解出来たような……」
サシャさんとジェレミエルさんもまた―――
自分なりに納得はしてくれたようだ。
そして妻たちはというと……
「シ~ン~、私たちに隠し事は無しって
約束したよね?」
「まあ人間社会の事に興味は無いが、
あまり気分が良いものではないぞ?」
「ピュッピュ!」
私は両側から耳やほっぺたを引っ張られたり、
つねられたりする罰をくらっていた。
「じゃれつくのは部屋に帰ってからにしとけ。
あとはまあバレたついでに―――
シンの世界の事について、ちと質問させて
もらうぞ。
これまでにも何度か聞いた事はあるが、
最近忙しくて機会が無かったからなあ」
こうして一時間ほど各自から質問攻めにあった後、
ラッチはサシャさんとジェレミエルさん預かりに
なり、レイド君とミリアさん、そして私と妻2人は
自室へと戻った。
「メルもアルテリーゼもお疲れ様」
部屋に戻った私は、まず2人を労う。
「ま、まあ……シンもお疲れ」
「ちと我らも調子に乗り過ぎた」
話し疲れというのもあったが―――
妻たちが気にしているのは、自分たちの『質問』の
事だろう。
あの後、本部長からは経済や教育について……
サシャさんとジェレミエルさんからは、演劇や
創作物について聞かれたのだが、
メルとアルテリーゼがよりにもよって―――
コスプレや属性など、夜の生活に言及した事から
その説明に追われ……
そこにカップルになって間もないレイド君と
ミリアさんも興味津々で参戦し、
四苦八苦しながら何とか話を終えたのだった。
「……おかげで『羞恥プレイ』というのは何か
身を以て知った気がする」
「いやマジほんとゴメン」
「こ、今夜は我らがさーびすするでな?」
遠い目をした私に彼女たちが密着し―――
ギルド本部での夜は更けていった。
「おお、シン殿!
お久しぶりです」
「シンさん!」
翌朝、門の外まで肉を運ぶ手配をレイド君と
ミリアさんに手配してもらって、私たち一家は
王都にあるドーン伯爵邸へあいさつに来ていた。
子供たちの救出に関しては、事の顛末を本部長や
サシャさん・ジェレミエルさんから聞いていたが、
後にアリス様が応援に来てくれたと聞いて、それに
対し感謝を伝えるためである。
「この度、アリス様がニコル様と共に応援に
駆け付けてくれたと聞いて、ここに礼を―――」
そう口上を述べる私の前で、ブラウンの
ショートカットの髪をした彼女は、すでに
ラッチを抱きしめながら、
「とんでもありません!
今回はドーン伯爵家も大きく関わっていたの
ですから」
その隣りでアリス様の兄、ギリアス様が、
「それに我が家としては全面的な協力を約束して
おりましたので、これくらいは当然です。
それより妹のマリサの依頼を受けてくれた事、
解決に尽力してくださった事―――
心より感謝いたします」
その鍛錬された、いわゆる細マッチョ系の体で
頭を下げると、アリス様もつられて礼をする。
深々と頭を下げる伯爵家の次期当主と令嬢に、
思わずこちらが恐縮してしまう。
そこで方向を変えようと別の話題を振る。
「あ、えーと……
そういえば商売の方はどうでしょう。
うまくいってますか?」
すると兄妹は顔を見合わせ、
「そうですね。
一夜干しや、卵、マヨネーズ……
干し柿やメープルシロップなどの甘味、
米といった食べ物は、一時期より落ち着いた
感じです」
「今の主力はやはり娯楽品―――
あと髪や手洗いに使う衛生用品もありますが、
一番の売れ筋は、あの5日限定と10日限定の
品でしょうか」
それに対しメルとアルテリーゼも、
「おー、アレね」
「確かにアレは美味しいからのう」
と、納得したようにうなずく。
アリス様が言っているのは卵とマヨネーズの事だ。
しかし、当然ながらただのそれではない。
パックさんに浄化魔法をかけてもらった卵と、
それで作られたマヨネーズなのである。
卵とマヨネーズに関しては危険性を考えて生食を
禁止し、原則加熱用として販売していたのだが、
パックさんにより浄化されたそれは―――
生でそのまま食べられる上、適度に冷蔵管理
さえしていれば……
生卵は約2週間、マヨネーズは1ヶ月間保存出来る
事が判明した。
町から王都までの道のりは約5日ほどなので、
ちゃんと管理されていればもっと持つのだが……
念には念を入れて、王都到着後それぞれ5日間と
10日間で食べ切ってもらう設定にしたのである。
おかげで、通常の卵とマヨネーズのコストは
かなり下がっている一方で、『生食用』は
とんでもない売上を計上しているのだという。
主に用途は―――
高級料理のトッピングや、しゃぶしゃぶのように
味付け用に使われているとの事だ。
「そういえばカーマンから、ワインの買い付けを
シン殿に頼まれたと聞きましたが―――
また何か考えておられるのですか?」
すっかり敬語で話すようになったギリアス様に
戸惑いながらも、
「ええ。お酒の加工品をちょっと考えて
おりまして。
もし出来ましたら、また伯爵家を通して
販売してもらおうかと思っております」
そこでさらに2、3雑談を交わした後―――
私たちは伯爵邸を後にした。
「ん??」
「あれ??」
「おや?」
「ピュ?」
すでに門の外へ出ていたレイド君・ミリアさんと
合流する。
荷車と一緒に運び出された肉もあり……
それはいいのだが―――
「あ、シンさん」
「何ポカンとしているんですか?
一緒に町へ戻りましょう」
サシャさんとジェレミエルさんの姿もあり、
さらには町まで一緒に帰るつもりらしい。
私は、ギルド支部の若い男女へ視線を向けると、
「王都は今は落ち着いているとの事で、
本部長から町に行けと命令されたらしいッス」
「あとは、時間のある時にシンさんから―――
異世界の知識をなるべく吸収して来いとも
言われたそうで」
今はあの王室騎士団も町にいる事だし……
何かトラブルがあった場合は、確かにこの2人に
いてもらった方がいい。
それに異世界の知識についても、いちいち王都の
本部長のところまで行って、伝えるのは非効率的
だしな……
「情報も『共有』した事ですし、
シンさんから何か聞いたり、行動を共にする
制限は無くなりましたからね」
「それにジャンドゥ支部長に今回の件を話すにも、
私たちがいた方が早いでしょう」
今後を考えての事だったけど、独断専行もいい
ところだったから、それについてはありがたい。
こうして町から王都へ来たメンバーはそのまま、
肉を追加して帰還する事になった。
「ギリアス様とアリス様に会ってきたッスか」
「奥様は?
第一夫人のレイラ様はいなかったの?」
全員が乗り込み、空へと舞い上がった
『乗客箱』の中で―――
何気ない会話が交わされる。
(荷車は外側にロープでくくり付けた)
「何でも領地にある屋敷へ行っているんだって。
第二夫人と仲良くしているそうで」
ミリアさんの質問に同性の妻が答える。
するとそこへ同性の王都職員も加わり、
「珍しいですね。
仲が良いに越した事はありませんが」
「何かこう……
もっとドロドロしているような関係かと
思っていました」
貴族の正妻と側室・年齢・身分差と……
上手くいっている方が珍しいだろうからなあ。
「だけど、基本的にレイラ様は王都の本屋敷で、
第二夫人のフィレーシア様は領地の屋敷に
いたんじゃなかったっけ」
人様の家庭環境に詳しいわけではないが、
両方とも別件でそれぞれ顔は見知っている。
そんなに接点があったとは思えないんだけど……
私の疑問に、メルが顔を赤らめて
「あーね、そのぉ~……
ホラ、レイラ様がマリサ様の事で相談しに来た
事があったじゃない」
(56話 はじめての かていもんだい参照)
ああ、そういえばあの時―――
『母親に難あり』として、同性同士で話を
してみるとか言って、家に招待したような。
「それでね、レイラ様に―――
アルちゃんと一緒に、夜の夫婦活動について
レクチャーしちゃったりして?」
あー、確かに君たちも2人で私を相手にしている
もんね。
それで第一夫人と第二夫人が仲良くなったって
事は、つまりそれってドーン伯爵様も……
「……今度、ウナギを多めに献上しておこうか」
「そ、そだねー」
気まずそうに言葉を交わす私とメルだが、
すいっ、とミリアさんが片手をあげ、
「すいませんその話詳しく」
次いでサシャさんとジェレミエルさんも
筆記用具を出して、
「メモの準備は出来ております」
「異世界の知識は余すところなく、記録する
所存でありますので」
それから町へ到着するまでの間―――
私とメルは、質問攻めにあう事になった。
「―――なるほどな。
まあ、アイツが王族って事はいつまでも
秘密にしているつもりは無かった。
時期的には、レイドにギルド長を譲った時点で
話そうかと思っていたんだが」
その日、すっかり暗くなった頃に町へ着いた
私たちは、さっそく支部でジャンさんに
『情報共有』について報告した。
肉の運搬は職人や町の住人たちに任せ―――
王都へ行ったメンバー全員で、支部長室で
対応する。
「シンさんの『異世界の知識』に付きましては、
なるべく聞き出すよう命令が来ています」
「もっとも強制はしません。
能力的にも出来ないでしょうが―――」
金髪のロングヘアーの女性と、黒髪ミドルの
眼鏡の女性が、真剣な表情で語る。
「情報の取り扱いには十分注意してくれ。
くれぐれも、な」
ギルド長の言葉に、レイド君がスローな声で、
「慎重にならざるを得ない情報もあるッスから
ねえ~……」
「おう。お前もわかってきたじゃねえか」
私と女性陣は微妙な表情でそれを見守り、
「あ、そ、それとですね。
王室騎士団の連中が来たはずなんですけど。
何か騒ぎは起こしていないでしょうか?」
ミリアさんの質問に、ジャンさんがボリボリと
頭をかいて、
「シンが魔法を『使えなく』したんだろ?
何も出来ねえはずだ。
とはいえ―――
いつどうやって『戻す』か、だな」
ギルド長はアゴに手をあてて考え込む。
「まあ早い方がいいでしょうね。
あんまり長引かせてその事を周囲に知られたら、
そこから私の『能力』がバレてしまう可能性も
ありますし」
メルとアルテリーゼもソファに深く
腰を掛け直して、
「手間のかかる人たちだねー、ホント」
「まったく、面倒くさいものよのう」
「ピュ~」
ややゆるい空気が流れたところで、サシャさんと
ジェレミエルさんが仕事モードの顔に戻り、
「確認したい事がひとつ……」
「シンさんが『異世界人』だと知っている人は、
他にはおりませんか?」
情報管理とその把握も彼女たちの任務に入って
いるのだろう。
「あとは、パック夫妻だけだ」
「どのような人物で……?」
ジャンさんの答えに、すかさずサシャさんが
聞き返す。
「パックさんはこの町の薬師ッス。
あと奥さんが―――」
「妻のシャンタルさんがドラゴンで、その関係で
シンさんとも家族ぐるみの付き合いです」
ふむふむ、とうなずきながらジェレミエルさんが
手持ちのメモに記録していく。
「じゃあ、パックさん・シャンタルさんとも―――
本部長が王族だという事を共有しておいた方が
いいですかね」
チラ、と王都ギルド所属の職員の視線がギルド長へ
向かう。
「あの2人は信用出来る。
学者バカだから、興味を示さんかも知れんが」
「近い内に話し合いの場を設けましょう」
事務的にミリアさんがまとめると―――
今日のところはお開きという流れになり、
「じゃあ、明日あたり都合の良い日を聞いて」
と私が言いかけた時、ノックの音が響いた。
「ん? 何だ?」
ギルド長がドアに向かって問う。
「あの、薬師のパックさんが来ておられますが」
女性職員らしき人の言葉に、室内の全員が
顔を見合わせた。
「あ、みなさんいらっしゃいますね」
「夜分にすいません。
ですが、早急に話しておくべき事だと
思いまして」
パック夫妻が席につき、レイド君とミリアさん、
そしてジャンさんが立ち上がる。
自分たちは立って話を聞くという姿勢と
意思表示なのだろう。
しかし……
「ええと、こちらのお二人は」
席から立ち上がらない女性2人について、
パックさんが疑問を呈す。
「あー大丈夫だ。
サシャとジェレミエルは、もうシンの事は
知っている」
彼の質問にギルド長は答え、そして新事実を
追加する。
「ここにいる者と、あと王都本部長、他上層部
数名で情報を共有する事になった。
ちなみに本部長は前国王の兄だ。
極秘情報だが、パックさんとシャンタルさんも
それは覚えておいてくれ」
夫妻はそれを聞いて王都ギルドの2人に目をやる。
応じるように彼女たちはコクリとうなずき、
「あ、そうですか。
まあ研究に関係なさそうだし……」
「でも待ってパック君。
王族なら、門外不出の薬や古文書とか融通して
くれるかも」
そっちに食い付くか。
本当に学者肌の2人だなあ……
しかも王族である彼を知識欲のために利用しようと
しているし。
「ま、まあそれは後々。
それで、どうしたんですか?」
「そうでした。
ええとですね……」
そしてギルドへ来た用件を説明し始めた。
その話の内容は―――
「患者ッスか」
「あの騎士団の人たちですね」
パックさんの話によると―――
私が魔法を使えなくした連中が、西地区の彼の
病院を訪れたらしい。
『症状』を聞いたパックさんは、すぐに私の
『能力』と目星を付け……
ギルドへ相談しに来たのだという。
「連中にゃ、何て対応したんだ?」
「聞いた事のある症状ですので、調べる時間を
くださいと言っておきました」
なかなかいい判断だ。
『聞いた事のある』と言われれば、希望も持てる
だろうし―――
ある程度時間がかかっても彼らは待つだろう。
「あの人たちは、シンさんに何かしたんですか?」
パックさんの問いに、私は正直に答える。
「特に害があったわけではないのですが、
念のため無効化しました」
「明らかに町へ行く馬車を狙っていたッス」
レイド君が範囲索敵で得た情報を分析して話し、
「襲うまではしないでしょうが、因縁を付ける
つもりではあったかと」
「ただ魔狼ライダーが護衛としてついていたので、
私たちが接触するまでは、手を出しかねて
いたのでしょうね」
サシャさんとジェレミエルさんの補足に、
ふむふむ、とパックさんとシャンタルさんは
お互いにうなずき合う。
考えてみれば、王都でもマリサ様の依頼に合わせた
タイミングで現れたし……
ましてや全員が貴族階級なら、こちらがメインで
動いている事を突き止めるのは容易いだろう。
つまり彼らは、自分たちが損害を受けた
『原因』として―――
明確にここを狙って来たという事だ。
「となると―――
ただ『戻して』終わり、というわけには
いかなそうですね」
「治療したように見せかけるのは可能ですけど」
パック夫妻が一応の解決策を提案する。
要は彼らが『治す』フリをする横で、私が無効化を
解除してやればいいだけだが……
「それで大人しくしてくれりゃいいんだがなあ」
「そもそも八つ当たり出来る獲物を、探している
ような感じですからね」
そんな彼らが『治った』ところで何をするか……
「―――仕方ない。
あの2人に協力してもらいますか」
私の言葉に室内の全員が集中し、そしてある考えを
提案した。
翌日の夕方―――
冒険者ギルド支部・訓練場……
数々の試合が組まれたそこへ、例の騎士団が
呼ばれていた。
「何つーか、全てが規格外だな」
「なんなんだよこの町は。
いくら公都となる事が決まっているとはいえ」
屋根付きの、ドーム状の会場にもなるその広さに
彼らは驚き呆れるような声を上げる。
「こんなところで治療をするのか……?」
範囲索敵持ちの一人がつぶやいたところへ、
複数の人影が姿を現した。
パックさんにシンとギルド長―――
そして、ルクレセントとティーダである。
「先生、その人たちは?」
騎士団の一人がパックに質問する。
「ここの冒険者ギルド支部長、ジャンドゥだ」
突然のゴールドクラスの出現に、彼らは
身を固くする。
構わず自己紹介を続け―――
「同じく冒険者ギルド所属、シンです」
そして黒髪・やや褐色の肌をした少年と、
シルバーのロングヘアーをした女性が、
「チエゴ国出身、ティーダです」
「ルクレセントだ、よろしくな」
状況が呑み込めない、といった感じの彼らだが、
一人がやっと口を開き、
「獣人族が―――
それも敵国の者がなぜここに?」
「治療のために我々は呼ばれたのではないのか?」
その質問に、パックさんが近付いて、
「その前に、お聞きしたい事があります。
この町の―――
魔狼に害をなそうとした事はありますか?」
一瞬、彼らはぎょっとした表情を作るが、
「治療に何の関係が?」
「何のつもりか知らんが―――
平民ごときが無礼な真似をするな」
そこでティーダ君がルクレさんにアイコンタクトを
取って、
「この町の魔狼たちは、神獣であるフェンリル様の
加護を受けています。
彼らに害をなそうとすれば―――
その力を『封じられる』事に」
「聞いた事のある症状と言ったのは、その事です。
ですので、確認をしたく……」
パックさんが彼の後に言葉を続けるが、
「ふざけるな!
治療のためというのでなければ帰るぞ!!」
「我々は王家騎士団だ!
こんな片田舎で、平民ごときに妙な疑いを
かけられるいわれは無い!!」
うん、まあそうくるだろう。
そこで今度は、私とギルド長がルクレさんに
目配せする。
同時に彼女は、巨大な獣となり―――
シルバーの長毛を誇るように、彼らを眼下に置く。
もちろんこれらは打ち合わせての行動だ。
パックさんが治せる症状だが―――
一芝居打って欲しいとティーダ君、ルクレさんの
2人に頼んだのだ。
白銀の毛皮を身にまとった狼に見下ろされ、
騎士団の面々は口をポカンと開けたままになるが、
「フェンリルのルクレセントだ。
ウチの加護を受けた者に危害を加えようと
すれば―――
ちょうどお前たちのようになるのだが。
本当に、身に覚えは無いのだな?」
ビクッ、と体を揺らすに彼らにジャンさんが、
「俺には『真偽判断』がある。
だからお前たちがウソをついているかどうかは
わかる。
だが、神獣サマを前にして―――
コレは使いたくはねえ。
正直に話してくれる事を望むぜ」
それを聞いた彼らは互いに顔を見合わせる。
その中から、リーダー格のような雰囲気の男が
歩み出てきて、
「……我々は誰も傷付けてはいない。
町へ入ってからも、これといった騒ぎは起こして
いないはずだ」
多分それは事実だろう。
正確には、起こそうにも起こせなかった、
だろうけど。
私は今度はティーダ君と視線を合わせる。
彼はそのリーダー格の男に歩み寄り、
「……魔狼は敏感に気配を察知します。
あなた方にその気はなくとも、何らかの状況で
誤解した可能性は考えられます。
接近したり、接触したり―――
威圧感を与えた事はありませんか?」
そう問われた彼は両目を閉じてしばし考え、
「この町へ向かう際―――
行先が同じ馬車があったような……
我々は王室騎士団であり、武を尊ぶ者。
それで魔狼を警戒させてしまった可能性は
否定出来ない。
ただそれは役目上、どうかご理解されたい」
確かに警戒はさせてしまったが、決して意図的に
したわけではない―――
そして立場上、安易に謝罪は出来ない、か。
このあたりがまあ落としどころだろう。
私は目線でティーダ君とルクレさんに合図を送る。
「意図的ではない、という事か。しかし―――」
ルクレさんが頭をティーダ君へと近づけ、
「ルクレセント様……
人間には人間の役目がございます。
この方々は自分の仕事に忠実だっただけです。
どうか寛容なお心で―――」
「…………」
彼女は、少年から頭を上げて騎士団の方を見る。
その眼光に気圧され、彼らは一歩引くが、
ティーダ君が首を抱きしめるようにして、
フェンリルを押しとどめる。
「ルクレセント様……!」
そこで彼女は大仰にため息をついて、
「……ティーダにそこまで言われてはな。
わかった、力は『返して』やる」
フェンリルが片手をかざすように上げると、
訓練場内を風が吹き抜ける。
その風の音に紛れて、私は小声でつぶやく。
「魔法を使う騎士は―――
この世界では
・・・・・
当たり前だ」
そして風が止んだ後、ルクレさんは人間の、
ロングのシルバーヘアーの女性に戻り……
それを見た彼らは思い思いに、自らの魔法を
確認する。
「つ、使えるぞ!
身体強化が……!」
「俺もだ!!」
「こ、これで王都に戻れる……!」
あちこちで、小さな火柱や雷撃が出現する。
まあそのために訓練場へ呼び出したんだけど。
「範囲索敵も戻った……
これが、神獣の力か……」
リーダー格の男も、その力を実感しているようだ。
そこへ人間の姿となったルクレさんがティーダ君を
連れて、
「ティーダの執成しもあったから、
今回は戻してやる事にした。
次からはせいぜい気を付けるがいい」
「…………」
そう言うと、そのまま2人は訓練場を後にした。
彼はそれに対し一言も返さなかったものの、
ゴクリと喉が鳴った音は聞こえた。
「念のため―――
もし体調が悪い人や、調子がおかしいと
感じた人はこちらへ」
パックさんが騎士団に声をかけ、
「あと、戻った力を確認したいってんなら、
俺が相手になるぜ」
にこやかにギルド長が彼らに『提案』すると、
騎士団の方々は全員、パックさんの方へと
助けを求めるように走っていった。