「これは……」
「今まで飲んだ事のあるどの酒よりも強く、
そして美味い」
「これに比べれば、王都の高級酒など高い金を
払って飲むのが馬鹿馬鹿しくなってしまう」
王室騎士団が、飲んでいる酒に対しての賛辞を
次々と述べる。
彼らに魔法を『返して』から2日後……
パックさんの提案で、念のため数日様子を
見ましょうと言われた彼らは、町に滞在する事に。
ちょうどその頃、パックさんが蒸留でアルコールを
取り出す事にも成功し―――
それでアルコール度数を高めたお酒を彼らも含め、
試飲する事にしたのである。
これは、町長代理やギルド長、そしてサシャさんと
ジェレミエルさんとも相談した上での事で、
町に警戒心を持たせたまま帰らせるよりも、
友好的に付き合った方が利益になると認識させる
ためであった。
「これがエールだと……!?
冷やしたエールの旨さは知っていた
つもりだったが、コイツは格別だ」
「シンさ~ん。
ワインはともかく、このエールならもっと早く
作れたんじゃないですかぁ~?」
ギルド長が度数を高くしたエールに驚きの
声を上げ、ミリアさんが絡んでくる。
「ミリアさん!
ちょっと酔い過ぎッス!」
レイド君が止めるのを、私は苦笑しながら
「確かにエールはふんだんにあったようですが、
パックさんの技術があってこそですから……」
それに発火性―――
すぐに燃え上がる性質もあるのだ。
私が下手に手を出していたら、火事を起こしていた
可能性もある。
そうなると、却って気付かなかった方がむしろ
良かったのだろう。
「エールなどというのは安酒と思っていたのだが、
ここの肉料理と一緒に食うとたまらん」
「ああ、エールと交互に食っていると……
いくらでも食べられる!」
あれは……唐揚げか。
ビールとの相性は最凶、いや最強の組み合わせ
だよな、異世界でも。
「私たちは何というものに会ってしまったのか」
「お酒なんて仕事の付き合いで―――
無理やり喉に流し込むモノ程度にしか
思っていなかったのに……」
王都の酒に慣れているであろうサシャさんと
ジェレミエルさんも、驚きを隠せないようだ。
そこへ、騎士団のリーダー格であろう……
20代後半の、病的なまでに白い肌と、細身だが
そこそこの筋肉をした男が近付いてきた。
肌と同じような青白い短髪をペコリと下げて、
無表情のまま口を開く。
「王室騎士団が一員―――
ルービック・ワクスです。
ワクス侯爵家の三男であります。
以後、お見知りおきを」
自己紹介は、試飲会に入る前に済ませておいた
はずだけど……
改めて名乗られたので、こちらも返礼として
あいさつする。
「冒険者ギルド所属、シルバークラス―――
シンです。
よろしくお願いします」
と、私の言葉が終わらないうちに小声で、
「そういえばシン殿。
話からするに、これは貴殿が考案された
ものだとか……
どうですか?
我が領内でもワインの生産は盛んですが、
共に組んでこのお酒を『広める』というのは。
我が侯爵家であれば、王都に流通させる事も」
なるほど……
領地でお酒を生産しているのであれば、
確かにこの技術は知りたいだろう。
「あ、作り方にご興味がありますか?
それなら後でパックさんに見せてもらえれば
いいですよ」
ポカン、と口を開けたままになった
ルービックさんの周囲で―――
一瞬静かになった場が、にわかにざわつき始める。
「え!?
じゃ、じゃあ私もいいか!?」
「見せて頂けるのであれば、是非とも!!」
それまで遠巻きに聞いていたのであろう他の
騎士団も、次々と手を上げる。
「……い、いいのですか?
普通、このような技術は門外不出のはず。
もし独占すれば、どれだけの利益を
生み出す事か……!」
そこで一緒に飲んでいた妻2人が参戦し、
「あーねー、シンはそういう事を考えない
人だからねー」
「言えばたいていの事は教えてくれるぞ?
自由に見て回って持ち帰るがよい」
人形のように動かないルービックさんの肩に、
ジャンさんが手を回して
「だいたい、ここは『普通』の町じゃねえって
事は―――
お前さんたちが身を以て知ってるだろ。
今までの『常識』は捨てとけ」
硬直したままの彼に、私は片手を上げて、
「あ、でも一応―――
後でドーン伯爵様に話を通しておいてください。
伯爵様も御用商人のカーマンさんも、最近は
手を広げ過ぎて忙しそうでしたから……
自領生産とか共同事業とか持ち掛ければ、喜んで
了承すると思います」
コクコクと騎士団の面々は素直にうなずく。
すると不意に、妻たちが側へ寄ってきて、
「それはそうと―――
この『新酒』の名前って何?」
「シンの故郷の酒であろう?
そこでは何と呼ばれていたんじゃ?」
そこで私は少し悩む。
今飲んでいるコレは、あくまでも『蒸留』した
成分を加えて、アルコール度数を上げたお酒で
あって……
ワインなら『ブランデー』、ビールなら
『ウィスキー』となるんだけど―――
ストレートで飲んでいるわけではなし、また
とてもじゃないが薄めないと飲めないだろう。
「ワインの方は、『ブランデー』……
エールの方は『ビール』という名前です」
ワインはともかくとして―――
エールの方は度数から見ても、地球の『ビール』と
同じ扱いで差し支えないと思う。
「ブランデーとビールか。
なかなか旨そうな名前だな」
「ええ。このお酒は―――
必ずやウィンベル王国の酒の代名詞と
なるでしょう」
ギルド長の後に、ルービックさんが続き―――
こうしてその後、パックさんと飲み食いしつつ
見学の詳細を詰めて……
『蒸留』を用いたお酒の試飲会はお開きとなった。
試飲会から3日後―――
「すっかり世話になった。
だが―――
礼はそれだけでいいのか?」
馬上の人となったルービックさんに確認され、
私はうなずく。
「はい。王都へ戻りましたら―――
シーガル様、そして王都ギルドへ手紙の配送を
お願いいたします」
「わかった。必ず届けよう。
それでは我々はこれから、ドーン伯爵家へと
向かう。
カーマンの護衛も確かに引き受けた」
騎乗する騎士団の方々の後方に、御用商人である
カーマンさんの馬車が見えた。
ただ馬車は2台あり―――
中身はドーン伯爵家への献上用、そしてそれぞれが
お土産とした『新酒』……
またそれを作るための器具、他に米の種もみや、
各種提供出来る限りの種・苗が詰め込まれていた。
「とは言え―――
魔狼ライダーの護衛もあるんじゃ、何かあっても
俺たちの出番は無さそうだけどな」
「馬を怖がらせないようにお願いするよ、
魔狼さんたち」
他の騎士団の方々が軽口を叩く中―――
こうして町へ来た一行は去って行った。
「ただ今戻りました」
「おう、見送りご苦労さん」
冒険者ギルド、その支部長室へ入ると―――
部屋の主の声が出迎える。
「お疲れ様ッス、シンさん」
「お疲れ様でした」
レイド君とミリアさんも同室におり、私も
あいさつで返す。
「まあ、今回は自分が蒔いた種のような
ものですから……」
ソファに腰を下ろすと、出された飲み物に
口を付ける。
「そういえば、サシャさんとジェレミエルさんは?
ギルドにいなかったような」
「どうせ児童預かり所だろ。
あそこは今はワイバーンの子供もいるしな」
苦笑いしながらジャンさんが答える。
あの2人、私から異世界の知識や技術を聞き取る
という任務があるのに、大丈夫なのだろうか。
「シンさんはこれから何か仕事ッスか?」
「アレ?
でも、メルさんとアルテリーゼさんは
『見回り』に出かけたような」
今日は、あの2人には先に魔物鳥『プルラン』の
生息地確認に行ってもらっている。
私は私で用事があった。それは……
「レイド君、ちょっとこれから児童預かり所まで
付き合ってもらえませんか?」
「へ? 俺ッスか?」
急な申し出だったのか、彼は目をパチクリと
させる。
「お、何だ?
レイドに何かさせるのか?」
「でも児童預かり所へ行くんですよね?
別に危険な事では無いかと」
ギルド長とミリアさんが興味津々で聞いてくるが、
私はレイド君へ視線を向けて、
「―――レイド君。
魔狼ライダーのように……
ワイバーンライダーになる気はありませんか?」
そこで室内の時間が数秒ほど止まり、
意味を理解した人から驚きの声を上げた。
「はあ、なるほど。
そういう事でしたら」
「また面白い事を考え付くモンだね」
児童預かり所で、ティーダ君に話を通す。
横にはルクレさんが当然のように一緒におり―――
「ではまず、簡単な合図から決めて
いきましょう」
私は彼を通して、ワイバーンたちへ用件を伝える。
ティーダ君を呼んだのはもちろん通訳のためでも
あるが、いちいちそれで意思疎通するのは非効率。
それにいつまでも彼が一緒にいるという保証も
無いのだ。
ただ、女王との会談でわかった事だが……
こう言っては何だが、ワイバーンの知能は非常に
高いものに感じた。
細かい条件を理解し、また逆に提案もしてきた。
ならば訓練次第で魔狼のように、パートナーに
出来ると踏んだのだ。
またレイド君を指名したのも理由がある。
あの後、『何で俺ッスか?』と聞かれたが……
アルテリーゼの『乗客箱』の中で、範囲索敵を
してもらった時に、その効果を見て思いつき、
そして確信した。
『空中移動出来る範囲索敵持ち―――
これは私の世界でいうところの早期警戒機です。
現代戦ではこれが無ければ話になりません。
侵略的行動に対していち早く察知出来る……
こちらの世界では圧倒的に安全性と優位性を
確保する事が出来るでしょう』
私の説明をレイド君とギルド長は納得したように
うなずいていたが、ミリアさんが
『でも、レイドの主としている魔法は
範囲索敵ですし……
彼よりも攻撃魔法に優れている人は
今のギルドにはいます。
その人を乗せた方がいいのでは』
建て前はギルドの事を思って―――
本音としてはレイド君の身を案じての事だろう。
そう聞かれた私は、
『攻撃に関してはワイバーンそのものがすでに
強力な戦力です。
私がレイド君に望むのは―――
有事の際、徹底して危険を回避して情報を
持ち帰る事。
いざという時の、周囲を把握する目となって
欲しいんです』
あくまでも戦闘ではなく、偵察としての役割を
期待しているのだ―――
そう説明するとようやく折れて……
レイド君を児童預り所へ連れて来る事が出来たの
だった。
決して見回りや空を飛ぶ仕事が出来る仲間が
増えて、こちらの負担が減らないかなーという
理由だけではない。
「じゃあ、まずは……
『乗せる』『離陸』『着陸』―――
このあたりからやろうか」
「了解ッス!」
そして、レイド君のワイバーン・ライダーとしての
訓練がスタートした。
「おお~……
私たちもドラゴンに運んで頂いた事が
ありますが―――」
「騎乗となると、気持ち良さそうな怖いような」
金髪の女性は魔狼とラミア族の子供を、
黒髪の眼鏡の女性はワイバーンの子を抱き枕の
ように抱きしめながら、上空を見上げる。
その先には、レイド君を乗せて飛ぶワイバーンの
姿があった。
「一応、職人さんに頼んで馬の鐙と鞍を
ワイバーン用に作ってもらったので―――
命綱も付けてますから」
アルテリーゼの時は巨大で乗るスペースも広く、
また妻という事で細心の注意を払ってもらい、
これといった道具は使わなかったのだが……
騎士団も存在する世界で、乗馬するための
道具が揃っていた事もあり、構想した時から
職人さんたちに発注していたのである。
「あのワイバーンに乗っているの、
レイド兄ちゃん!?」
「すっげー!!
レイド兄ちゃん、カッコいいー!!」
子供、特に男の子たちは憧れの表情で彼らを
見上げる。
空を飛ぶのもそうだが、何かに乗りたいと
いうのは、本能的なものだろう。
「……ン?
シンさん、何か来るッス!」
「えっ!?」
真上で待機していたレイド君が、何かの発見を
告げる。
レイド君の視線の先は空中であり―――
目を凝らしても、私には何も見えない。
「詳細はわかりますか?」
「えーっと……
2体ほど空を飛んでこちらに向かって
来ていて……
あ、これ多分あれッス。
巣に卵を届けに行ったワイバーン夫婦が
戻ってきただけッス」
その答えに、一緒にいたサシャさんと
ジェレミエルさんも緊張を解く。
考えてみれば、敵味方以前に空を飛ぶ相手なんて
限られているし―――
警戒は必要だけど、あまり神経をとがらせるのも
良くないか。
「しかしよく見えるねー。
ウチには何もわからないよ?」
「僕にも全然見えません。
人間より視力は良いはずなんですけど」
ルクレさんとティーダ君も、レイド君の視線の先を
眺めながら、感想を漏らす。
「見えているわけじゃないッス。
範囲索敵を使ってみたら、引っ掛かった
だけッスよ」
視界の範囲外を感知出来るのか……
確か人間の視程は大気の透明度にもよるが、
(霧やモヤがかかっていたりする場合もあるので)
およそ最大でも50kmほどが限界のはず……
その半分くらいだとしても、時速100km程度の
速度のものから襲撃を受けたとして―――
15分前にそれを知る事が出来るのだ。
そう分析しているうちに、彼とワイバーンが
地上へと降り立ち、
「それはそうと、次はどうするッスか?」
「今日はこれくらいにしておきましょう。
他の2体も同じように、人を乗せる事に慣れて
もらおうと思っていますので」
そこでティーダ君に地上待機していた、残りの
2体のワイバーンにもそれを伝えると―――
『わかった』というように、首を上下に振った。
「そういえば、女王の命令でこの町へ来てもらった
わけですけど、何か不自由している事とか、不満
とかはありますか?」
ティーダ君を通して待遇について聞くと、今度は
その長い首を左右に振り、
「食事も住処も申し分ないそうです。
それに、今までこれという仕事が無かったので、
ようやく何か命令が来てホッとしていると」
町や人に慣れさせる、という意味もあったのだが、
律儀というか生真面目というか……
「あと言っておきますが、別に一生拘束するとか
そういう意思はありませんから―――
里帰りしたいとか、家族に会いたい時があれば
言ってください。
休日を用意しますので」
それを伝えると、理解に時間がかかったのか
しばらくワイバーン同士で顔を見合わせていたが、
やがてブンブンと首を上下に振った。
「あ、見えて来たッスね」
レイド君の声に振り向くと―――
巣に卵を届けに行っていたワイバーン夫婦の姿が、
視界に入ってきた。
「魔狼ライダーの次はワイバーンライダーか。
シンはいろいろと考え付くねー」
「いっそドラゴンライダーも募ってみるか?
我が仲間に口を利いても良いぞ?」
「ピュウ~」
あの後、ギルドへ行って情報を共有し―――
夕方になって帰宅した私は、家族に今日の出来事を
食事の席で報告していた。
「アルテリーゼが頼めば、すぐにでも実現
出来そうだけど……
今のところは控えたいかな」
「へ? 何で?」
「なにゆえ?」
「ピュ?」
こぞって疑問を口にする家族に、私は立ち上がって
ラッチの頭を撫でる。
「魔狼にしろワイバーンにしろ、今のところ
お互いに同意した上で、パートナーになって
もらっているけど……
こういう事が『可能』だとわかると、
真似する連中が出てこないとも限らない」
妻2人はきょとんとして、
「いやー真似するったって……」
「そうそう出来る事ではなかろう?」
苦笑しながらメルもアルテリーゼも否定するが、
「……簡単なのは、子供の頃から仕込む事だ。
卵か、まだ幼い頃に『入手』して―――」
「あ……」
「うむ……」
そこまで言って2人の顔がこわばり、
アルテリーゼはラッチをギュッと抱きしめる。
それ目当てで、卵を盗んだり―――
まだ幼いうちに個体を捕まえたりするのは、
容易に想像出来る手段だ。
「だから今のところはレアケース……
『非常に珍しい成功例』として振る舞いたい。
幸い、魔狼もワイバーンも―――
助けを求めてきた『事情』があるしね」
「そだねー」
「我もシンに助けてもらったからのう。
そういう事であれば」
「ピュ!」
少し重苦しくなった雰囲気が変わったところで、
別の話題を振る。
「あと、巣に卵を届けている例のワイバーン夫婦と
話してきたんだけど……」
結局あの後―――
『子供たちの分だけでも』という話だったのだが、
子供は200体おり……
200個でも300個でも同じだろうという事で、
週に二度、300個ずつ届ける事になった。
これで確実に子供は週に二個、卵を食べられる
ようになり―――
余剰分は母親や、ケガをしたり体調の悪い者へ
優先して食べさせるようにしている。
これは女王の方針らしい。
「まずは子供、次にお母さん……
そしてケガ人病人かー」
「順位としては妥当じゃのう」
「ピュー」
おかげで、巣の栄養事情は見違えるほどに
改善したらしく―――
女王が大変感謝していたとの事だ。
「でも一つ問題が。
女王様が卵を食べないらしいんだよね。
全て自分は後回しって感じで―――
あと、まだ獲物をこちらに回せないのを
相当気にしているみたいでさ」
こちらとしては、正当防衛以外で人を襲わない、
という約束を取り付けられただけでも十分だと
思っているのだが。
「何か自分に厳しそうな感じだもんね、あの女王」
「組織の長として気張っておるのじゃろう」
「ピュウピュウ」
何か共同で出来ればいいんだけど……
ついさっき、一緒に行動可能と見られる事は
積極的にやるべきではない、との懸念が出た
ばかりだからなあ。
「ねー、シン。
狩りで成果が出ていないのなら、何も獲物に
限定する必要は無いんじゃない?」
「と言うと?」
メルの質問に私は聞き返し、
「そうじゃのう。
我やシャンタルに要求したように、何か珍しい
物でも探してもらえばどうじゃ?
特にあそこは人も踏み入らぬ岩の深山―――
木でも石でも草でも、まだ人が見た事の無い物も
あろうて」
なるほど……
となると、パック夫妻にも参加してもらった方が
いいかも知れない。
「明日あたり、パックさんにも相談してみよう」
こうして話は一段落し―――
明日に備える事になった。
「なるほど……!
ワイバーンの巣なら人間は立ち寄れませんし、
手付かずの薬草があるかも……!」
「新種を発見する可能性もありますね!
一体何が出てくるやらうへへへへへ……」
翌日の午前中に、パック夫妻の自宅兼研究施設兼
病院を訪れたのだが……
昨夜、メル・アルテリーゼと相談した話をすると、
白に近い銀髪を振りながら、シャンタルさんも夫と
共に私の提案に乗る。
そして今の時間は児童預り所へ行っているはずの
ゴーレムのレムが、2人の足元を行ったり来たり
していた。
「ただその場合―――
一部に限定した方がいいでしょうね」
「ええ。貴重な素材を根こそぎ採取してしまう
恐れもありますし、まずは種類ごとに一本・
一個とか制限をかけた方が」
さすがに学者肌の2人、目の付け所が違う。
後でティーダ君を通して、ワイバーンの夫婦に
伝えておこう。
「あ、それはそうと蒸留の件お疲れ様でした。
騎士団の方々、ちゃんと覚えていきました?」
技術提供も兼ねて騎士団の面々にパック夫婦の
実験を直接見てもらったのだが、
「もともと高度な教育を受けてきた人たち
でしょうから、飲み込みは早かったですよ」
「発火の危険性についても、実際に目の前で
燃やしてみせましたからね。
下手な事はしないでしょう」
そこまでやってもらったのであれば、彼らも
十分注意するだろう。
感謝して深々と頭を下げる。
「お、お疲れ様です。
えーと、お礼と言っては何ですが、
何か欲しい物や足りない物はありますか?」
するとパックさんとシャンタルさんは
顔を見合わせて、
「……そういえば、シンさんがいましたね」
「そうだね、パック君」
夫妻が何か同意しながら話すが―――
私には何の事やらわからず、
「あの、何か?」
私が問うと、2人は立ち上がって、
「ええと、ちょっと見てもらいたい物が
あるんですけど」
「多分シンさんなら大丈夫だと思うので……」
そして訳が分からないまま―――
私は2人にある場所へと案内された。
「……これは?」
パックさんの屋敷の地下にある倉庫らしき部屋で、
目の前にある物を前に、私は困惑していた。
人形というかそれは、どちらかというとロボットに
近い物で……
「えっとまあ、あのー、以前シンさんに聞いた
『ろぼっとあにめ』に感化されまして」
「レムの『魔力核』を研究していたら、
人工的にそれを模した物を作る事に成功
しまして。
それでシンさんの言っていた『ろぼっとあにめ』
に出てくるようなゴーレムを作れないかなー、
と思っていたらこんな事に」
3メートル近い高さのそれは―――
私のイメージを取り入れたのか、ゴーレムと
いうよりは、こちらの世界では鎧騎士……
私の世界ではSFのアンドロイド、人型寄りの
外観をしていた。
「動くんですか?」
振り返って質問すると夫妻は、
「その実験をしたかったんですけど、
もし暴走とかしたら―――」
「わたくしがいれば破壊して止める事は
出来ますが……
その、レムちゃんがいるので」
私が視線を足元の小さなゴーレムに落とすと、
「私とシャンタルが作った『魔力核』には、
レムのような意思や自我はありません」
「そこでレムちゃんに、動作の伝達を伝える
機械と合体してもらって、制御してもらおうかと
思っていたんです」
レムはもともとロックゴーレムだったし―――
大きさも、今目の前にあるゴーレムくらいは
あった。
(40話 はじめての せきざいさがし参照)
確かに制御する『パイロット』的な役割としては
最適だろう。
本人もまんざらではないのか、手をパタパタさせて
『早く早く』と急かしているように見える。
「そうですか。
ですがその前に―――
区別をしておきましょう」
「区別とは?」
私の提案にパックさんが聞き返し、
「私の能力は恐らく『概念的』な物でしょうから、
もし『魔力で動くゴーレムなんてあり得ない』
と発動してしまうと―――
レムちゃんも巻き添えになる可能性が」
「あ、それは確かにマズいですね……」
シャンタルさんの言葉に対し、私は続けて
「ですから、この大きいのは『ロボット』、
レムちゃんはそのまま『ゴーレム』―――
そう区別して認識しておけば大丈夫かと
思います」
「そうですね」
「これはロボットこれはロボットこれはロボット
これはロボット……」
うなずくパックさんと、呪文のように唱える
シャンタルさん……
そしてそれを心無しか心配そうに見つめるレム。
「じゃ、じゃあ始めましょうか」
こうして実験はスタートする事になった。
「~♪ ~♪」
「大丈夫? 気持ち悪くなったりしたら、
すぐに教えなさいね」
跪かせた『ロボット』の胸のあたりに、
シャンタルさんがレムを持ち上げる。
そこにはちょうどレムが入るくらいの四角い
スペースが空いていて、コードやら何やら
詰まっている感じだ。
すると今度はそこへパックさんも加わり、
パチパチと何やら装着する音が聞こえてきた。
「さてと、これで……」
「さ、レムちゃん。
動いてみなさい」
夫婦が話しかけると、ゆっくりとその巨体が
起き上がる。
モーターやら機械的な電動音がしないのは
何とも違和感を覚えるが……
関節が動く音だけが室内に響き渡る。
「おお~……」
感心して見ている私の前で、それはズシン、
ズシンと足音を立てて歩き始め―――
腕を上げたり、その場で向きを変えたりと、
一通りの動作をやってのけた。
「一回目のテストにしては上出来かな」
「レムちゃん、もういいですよ。
戻ってきて」
パック夫妻が『ロボット』に向けて話しかける。
しかし……
それは急に早歩きになったかと思うと、
ある地点で方向転換したり、また後ろ向きに
早足で戻ったりし始めた。
「ちょ……コレ、大丈夫なんですか?」
不安になった私は夫妻に問うが、
「いや、コレは」
「大丈夫じゃないかと。
止めないと」
その時、ちょうどこちらに胸の中にいる
レムの姿が見えたが、明らかに動揺した感じで
両手を前に向けてパタパタと動かす。
「シャンタル!
レムを取り外してくれ!」
「わかったわ、パック君!」
ドラゴンである彼女は人間の姿のままでも、
本気を出せば身体能力はすさまじく―――
あっという間に『ロボット』のフトコロに入ると、
すぐにレムを引き離した。
「え!? どうして止まらないんだ!?」
思わず私は驚きの声を上げる。
目の前の『ロボット』は、制御部分―――
レムを取り外されたにも関わらず、その動作を
全く止めていなかったからだ。
「人工の『魔力核』がありますから、
動作に必要な魔力は各部分に供給されて
いる状態かと。
問題は制御していたレムがいないのに、
勝手に動き続けている事ですが」
距離は離れているし、動作は早足になったと
言っても、鈍重な事に変わりはなく……
避けるだけなら何とかなりそうではある。
だがいつまでもこのままという訳にもいかない。
事前に打ち合わせた事を2人に確認する。
「止めますか?」
「魔力は直に尽きるでしょうが……
何が起こるかわかりませんし、お願いします」
「最悪、わたくしが壊せば何とかなりますが、
原因究明のため状態は良いままで止めて
頂けると助かります」
早急な安全確保よりもまず知識ですねわかります。
学者の神髄を見た。
私は暴走している『ロボット』へ向けて口を開き、
「魔力で動く『ロボット』など
・・・・・
あり得ない」
その途端、目の前で動いていたそれは、手を
慣性の法則のまま振り回したかと思うと、やがて
足も止まり……
やがて片膝をつくようにして、その動作を完全に
停止した。
やれやれ、と思っていると―――
いつの間にかパックさんとシャンタルさんが
『ロボット』の前にいて、
「うーん……
『魔力核』に異常は無かったと思うんだけど」
「手足の部分に魔力が流れた後、循環が上手く
いかなかったのでしょうか」
レムを抱きながら、妻の方が『ロボット』の
腕を持ち上げたりボディを触ったりして……
それについてパックさんが見解を述べ―――
その光景は、私が声をかけるまでしばらく
続けられた。
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