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あまね🍡💠
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翌朝。
育成プログラムのメンバーは、いつもより早い時間に訓練場へ集められていた。
全員が整列すると、日下部が前に立つ。
その隣には、一人の女性教官がいた。
「今日は予定を変更する。」
日下部の言葉に、メンバーたちの表情が引き締まる。
「数日前の大雨で被害を受けた地域から、国を通じて復旧支援の要請が入った。」
訓練場の空気が変わった。
訓練ではない。
本当の被災地。
本当に助けを必要としている人たちがいる場所。
湊は静かに日下部の話を聞いていた。
「今回の要請に向かうのは、俺と九条、蒼井の三名だ。」
名前を呼ばれた二人が、真っ直ぐ前を見る。
「今回の被害状況を確認した結果、二人の能力が最も復旧作業に適していると判断された。」
日下部は一度言葉を切る。
そして、湊を見た。
「朝霧。」
「はい。」
「お前は見習いとして、特別に同行する許可が下りた。」
「……僕もですか?」
思わず聞き返す。
「ああ。」
「ただし、勘違いするな。」
日下部の声が少し低くなる。
「お前はまだ何もできない。」
その言葉に、湊は黙る。
「だからこそ、見てこい。」
「訓練と現場がどう違うのか。」
「人を助けるということが、どういうことなのか。」
湊は真っ直ぐ日下部を見る。
「はい。」
日下部は残りのメンバーへ視線を向けた。
「他の者は、地域の防災訓練へ参加してもらう。」
すると、隣に立っていた女性教官が一歩前へ出た。
「今日、みんなと一緒に行く富山美鈴です。」
柔らかな声だった。
「防災訓練だからって、気を抜かないでね。」
美鈴は笑顔で続ける。
「災害は、訓練通りに起きてくれないから。」
「はい!」
メンバーたちの返事が響く。
日下部が静かに頷いた。
「現場だけが学ぶ場所ではない。」
「それぞれの場所で、しっかり学んでこい。」
「以上だ。」
メンバーたちが一斉に動き始める。
湊も準備へ向かおうとする。
その時だった。
「朝霧。」
振り返る。
蒼井が立っていた。
「昨日みたいにはいかないぞ。」
「……はい。」
「本物の現場だからな。」
蒼井はそれだけ言うと、先に歩いていった。
湊はその後ろ姿を見つめる。
昨日の言葉を思い出す。
『毎回、絵に描いたように上手くいくわけじゃない。』
『そんな綺麗事だけじゃ、人は助けられない。』
湊は静かに息を吐いた。
そして、蒼井の後を追った。
――――――――
車が被災地域へ近づくにつれ、窓の外の景色が変わっていった。
道路の端には泥が積もっている。
倒れた木。
壊れた塀。
家の前に積み上げられた、泥だらけの家具。
湊は窓の外から目を離せなかった。
テレビでは見たことがある。
ニュースでも見たことがある。
でも。
実際に目の前で見る光景は、まるで違った。
車を降りた瞬間。
湿った土と泥の匂いが鼻を突く。
多くの人が復旧作業をしていた。
泥をかき出す人。
壊れた家具を運ぶ人。
住民へ水を配る人。
疲れ切った表情で、自分の家を見つめている人。
湊は言葉を失った。
訓練場とは違う。
ここにある瓦礫は、誰かが用意したものではない。
壊れた壁も。
泥だらけの家具も。
全て、誰かが大切にしていたものだった。
「朝霧。」
日下部の声で我に返る。
「はい。」
「何を見ている?」
湊は周囲を見渡した。
「……全部です。」
日下部は何も言わなかった。
少しだけ間を置く。
「助けを求める声は、大きいとは限らない。」
「えっ?」
「覚えておけ。」
それだけ言うと、日下部は歩き出した。
湊には、まだその言葉の意味が分からなかった。
――――――――
復旧作業が始まった。
九条が両手を前へ出す。
念力によって、大きな瓦礫がゆっくりと浮かび上がる。
数人がかりでも動かせないほどの瓦礫だった。
周囲から驚きの声が上がる。
「すごい……。」
湊は思わず呟いた。
蒼井も迷いなく作業を進めていく。
二人が選ばれた理由が、湊にも分かった。
現場に必要な能力。
その時、その場所で、最も人の役に立つ力。
ただ強いだけではない。
必要とされる力がある。
湊は自分の手を見る。
自分には何もない。
瓦礫を浮かせることもできない。
一度に多くの物を運ぶこともできない。
「朝霧!」
日下部の声が飛ぶ。
「はい!」
「止まるな。」
「今のお前にできることを探せ。」
湊は周囲を見渡した。
何ができる。
自分に何ができる。
瓦礫は動かせない。
なら。
湊は泥の中に落ちていた木材を拾い、運び始めた。
水を必要としている人に水を届ける。
作業区域へ入ろうとする住民に声をかける。
重い物を一つで運べないなら、誰かと一緒に運ぶ。
能力がなくても。
自分にできることはあった。
小さなことばかりだった。
誰かに褒められるようなことではない。
それでも湊は、止まらなかった。
その姿を、少し離れた場所から蒼井が見ていた。
「……。」
何も言わない。
ただ、しばらく湊の姿を見つめていた。
――――――――
作業は続いた。
湊が水を運んでいると、一人の高齢の女性が目に入った。
家の前に立ち、泥の中をじっと見つめている。
周囲では多くの人が忙しく動いていた。
しかし、その女性だけは動かない。
湊は一度、その横を通り過ぎる。
だが。
足を止めた。
『助けを求める声は、大きいとは限らない。』
日下部の言葉が頭に浮かぶ。
湊は女性の元へ戻った。
「あの。」
女性が顔を上げる。
「何か、探しているんですか?」
「……いえ。」
女性は小さく首を横に振る。
「皆さん忙しいから。」
「こんなことで、手を止めてもらうわけにはいかないわ。」
湊はしゃがみ込んだ。
「こんなことって、何ですか?」
女性は少し迷ったあと、泥の中へ視線を向けた。
「写真立てがあったの。」
「写真立て?」
「亡くなった主人との写真が入っていてね。」
女性は寂しそうに笑う。
「大雨で、どこかへ流されてしまったみたい。」
「でも、仕方ないわ。」
「家もこんな状態だもの。」
「写真くらいで、皆さんの手を止めるわけにはいかないから。」
湊は泥の中を見る。
そして、持っていた水を地面へ置いた。
「どの辺りにありましたか?」
女性が驚いた顔をする。
「でも……。」
「探します。」
「えっ?」
「僕にできることなので。」
湊は泥の中へ手を入れた。
一つずつ。
木片を動かす。
泥をかき分ける。
簡単には見つからない。
それでも探し続けた。
しばらくして。
指先に硬い物が触れた。
「……あった。」
泥の中から、小さな写真立てを取り出す。
ガラスにはひびが入っていた。
写真も泥で汚れている。
それでも。
二人の姿は、まだ残っていた。
湊は泥を拭い、女性へ差し出した。
「これですか?」
女性は何も言わなかった。
震える手で写真立てを受け取る。
泥の付いた写真を、何度も何度も指で拭う。
「……この人です。」
女性の目に涙が浮かぶ。
「主人です。」
湊は何も言わず、女性の隣に立っていた。
「ありがとう。」
小さな声だった。
周囲の作業音に消えてしまいそうなほど、小さな声。
「本当に……ありがとう。」
女性は写真立てを胸に抱く。
「私にとっては、これも助けてもらったのと同じです。」
湊は少し驚いた。
そして。
日下部の言葉の意味が、少しだけ分かった気がした。
助けを求める声は、大きいとは限らない。
叫ぶ人ばかりではない。
助けてと言えない人もいる。
遠慮する人もいる。
諦めてしまう人もいる。
だから。
見なければならない。
聞かなければならない。
その人が、本当に困っていることを。
「見つかって良かったです。」
湊は笑った。
少し離れた場所から、その光景を見ている二人がいた。
九条と蒼井だった。
九条は何も言わない。
ただ、静かに湊を見ている。
蒼井も黙っていた。
瓦礫を動かしたわけではない。
多くの人を救ったわけでもない。
たった一枚の写真を見つけただけ。
それでも。
女性は泣きながら笑っていた。
蒼井は何も言わなかった。
ただ。
昨日までとは少し違う目で、湊を見ていた。
――――――――
その時だった。
湊の視界の端に、小さな影が映る。
一人の子供。
周囲を気にしながら、ゆっくりと歩いている。
その先には。
立入禁止の看板。
規制線。
まだ安全が確認されていない区域。
子供は規制線の隙間から、中へ入っていく。
湊の表情が変わる。
「……あの子。」
すぐに日下部の方を見る。
「日下部教官!」
日下部が振り返る。
「子供が!」
湊が指を差す。
「立入禁止区域に入っていきました!」
日下部の表情が変わった。
湊はもう一度、子供が消えた方向を見る。
訓練ではない。
本当の現場。
予想外のことは。
何の前触れもなく起きる。
第19話 初めての現場 完
コメント
1件
第19話、読み終わりました。現場の空気感がすごく伝わってきました。訓練場の綺麗な瓦礫と、本物の泥や匂いの違い――湊くんが「全部」と答えたところで、彼の感じた衝撃がこちらにも染みました。写真立てを見つけた場面は、日下部さんの「助けを求める声は大きいとは限らない」という言葉が初めて腑に落ちる瞬間で、とても良かったです。最後の子供のシーンで次回が気になります!