テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
20
あまね🍡💠
75
コメント
1件
「予想外」、読み終わりました。まず、蒼井さんの能力が超怪力だったことにも驚きましたが、それ以上に「力任せじゃない」使い方が印象的でした。崩れるリスクを読んで瓦礫を動かす判断力、あれは訓練と経験の積み重ねなんでしょうね。それから第18話の「綺麗事だけじゃ助けられない」という言葉が、湊くんの中で少しずつ具体像を持ち始めた瞬間が好きでした。最後の蒼井さんの回想――あの「届かなかった手」が何を意味するのか、すごく気になります……次が待ち遠しいです。
「日下部教官!」
湊の声が響いた。
「子供が!」
「立入禁止区域に入っていきました!」
日下部の表情が変わる。
「どこだ。」
「あそこです!」
湊が指を差す。
立入禁止の看板。
その先には、まだ安全確認が終わっていない区域が広がっていた。
地面には大雨によって流れ込んだ泥。
倒れた木。
崩れかけた建物。
そして。
規制線の奥に、小さな子供の姿が見えた。
「九条。」
「はい。」
「進路を確保しろ。」
「蒼井。」
「周囲の安全を確認。」
「分かりました。」
日下部の指示と同時に、二人が動き出す。
九条が前へ出る。
両手を向けると、道を塞いでいた木材や小さな瓦礫がゆっくりと浮かび上がった。
そのまま安全な場所へ移動していく。
蒼井は周囲を見渡す。
地面の亀裂。
傾いた壁。
瓦礫の重なり方。
一つずつ確認していく。
湊はその姿を見ていた。
昨日まで。
蒼井の能力を知らなかった。
だが。
次の瞬間。
蒼井は道を塞いでいた巨大な瓦礫に手をかけた。
「……ふっ!」
持ち上げる。
湊は目を見開いた。
大人が何人集まっても動かせないような巨大な瓦礫。
それを蒼井は、一人で持ち上げていた。
「すごい……。」
思わず声が漏れる。
超怪力。
それが蒼井源太の能力だった。
しかし。
蒼井はすぐに瓦礫を動かさなかった。
持ち上げたまま、周囲を見る。
「九条。」
「右側の瓦礫を先に動かせ。」
「これを先に抜いたら、向こうの壁が崩れる。」
九条が視線を向ける。
「……分かった。」
念力で別の瓦礫を動かす。
蒼井はそれを確認してから、ゆっくりと巨大な瓦礫を移動させた。
力任せではない。
どこを動かせば。
何が崩れるのか。
一瞬で判断している。
湊は蒼井の言葉を思い出した。
『そんな綺麗事だけじゃ、人は助けられない。』
今なら少し分かる。
人を助けるには。
気持ちだけでは足りない。
力だけでも足りない。
知識。
判断。
経験。
その全てが必要だった。
「朝霧。」
日下部の声が飛ぶ。
「子供は見えるか。」
湊は前を見る。
「……いません。」
先ほどまで見えていた子供の姿が消えていた。
「どこへ行った……。」
湊は周囲を見渡す。
日下部も辺りを確認する。
「九条。」
「分かりません。」
「蒼井。」
「こっちにもいません。」
子供の姿がない。
湊は規制線の奥を見る。
どこへ行った。
なぜ。
一人でこんな場所に。
その時。
泥の上に、小さな跡が見えた。
「……足跡。」
湊はしゃがみ込む。
大人のものではない。
小さな足跡。
一つ。
二つ。
泥の上に続いている。
「日下部教官!」
日下部が振り返る。
「足跡があります。」
「子供のものだと思います。」
日下部たちが集まる。
湊は足跡の先を見る。
「こっちです。」
四人は足跡を追った。
やがて。
足跡は、崩れた建物の前で途切れていた。
「この中か。」
日下部が建物を見る。
入口は瓦礫で塞がれている。
その横。
人一人が、やっと通れるほどの隙間があった。
九条が中を覗く。
「狭いな。」
蒼井が隙間を見る。
「俺たちでは入れない。」
湊も隙間を見た。
そして。
「僕なら入れます。」
蒼井が振り返る。
「駄目だ。」
湊は蒼井を見る。
「でも。」
「中の安全が確認できていない。」
「入った瞬間に崩れるかもしれない。」
蒼井の声は厳しかった。
第18話と同じ。
湊を否定するような言葉。
だが。
今は少し違って聞こえた。
日下部が建物を見る。
地面を見る。
周囲の状況を確認する。
「九条。」
「はい。」
「上部の瓦礫を固定できるか。」
九条が建物を見る。
「短時間なら。」
「蒼井。」
「入口周辺は?」
蒼井は壁と地面を確認する。
「今すぐ崩れる状態ではありません。」
「ただし、長くは持たないと思います。」
日下部は湊を見る。
「朝霧。」
「はい。」
「中に入ったら、すぐに子供を探せ。」
「見つけても勝手に動くな。」
「必ず状況を伝えろ。」
湊は強く頷く。
「はい。」
日下部は一度だけ隙間を見る。
そして。
「……行け。」
「はい!」
湊は隙間へ身体を滑り込ませた。
――――――――
中は薄暗かった。
泥の匂い。
湿った空気。
どこかで水の滴る音が聞こえる。
「君!」
湊が声を上げる。
「どこにいる!」
返事はない。
ゆっくりと進む。
「聞こえたら返事をして!」
その時。
小さな音が聞こえた。
「……クゥン。」
湊は足を止める。
犬の鳴き声。
「こっちか。」
音のする方へ向かう。
崩れた壁の奥。
そこに。
子供がしゃがみ込んでいた。
腕の中には、泥だらけの小さな犬。
「いた!」
子供が顔を上げる。
「お兄ちゃん……。」
「大丈夫?」
湊が近づく。
「怪我は?」
子供は首を横に振る。
「この子を……探してたの。」
腕の中の犬を強く抱きしめる。
「雨の日から、いなくなっちゃって……。」
「ここから鳴き声が聞こえたから。」
湊は犬を見る。
震えている。
だが、大きな怪我はなさそうだった。
「見つかって良かった。」
子供が頷く。
その時。
ミシッ。
音がした。
湊の表情が変わる。
天井から、小さな砂が落ちてくる。
「日下部教官!」
外へ向かって叫ぶ。
「子供を見つけました!」
『状態は!』
日下部の声が返ってくる。
「怪我はありません!」
「犬と一緒です!」
『すぐに戻れ!』
「はい!」
湊は子供を見る。
「帰ろう。」
「うん。」
湊は子供の手を握る。
ゆっくりと来た道を戻り始める。
だが。
突然。
地面が揺れた。
「えっ?」
次の瞬間。
大きな音とともに、足元の地面が崩れた。
「危ない!」
湊は咄嗟に子供を抱き寄せる。
地面に亀裂が走る。
出口までの道が崩れていく。
「朝霧!」
外から蒼井の声が聞こえる。
「大丈夫です!」
湊は叫ぶ。
だが。
目の前の道は塞がれていた。
戻れない。
子供が震えている。
「お兄ちゃん……。」
「大丈夫。」
湊は子供の前にしゃがむ。
「絶対に帰れるから。」
そう言ったものの。
どうすればいい。
瓦礫を動かす力はない。
崩れた地面を飛び越えることもできない。
自分だけなら。
何とかなるかもしれない。
でも。
子供と犬がいる。
その時。
外から蒼井の声が響いた。
「朝霧!」
「はい!」
「右側の壁から離れろ!」
湊はすぐに子供を抱き寄せる。
「こっち!」
壁から離れる。
次の瞬間。
大きな音が響いた。
目の前の瓦礫が動く。
「えっ……。」
巨大な瓦礫が、ゆっくりと持ち上がっていく。
その向こうに。
蒼井がいた。
両腕で巨大な瓦礫を支えている。
「蒼井さん!」
「話は後だ!」
蒼井は周囲を見る。
地面の亀裂。
崩れかけた壁。
瓦礫の重なり。
一瞬だけ確認する。
「九条!」
「分かっている。」
九条が念力で上部の瓦礫を固定する。
しかし。
地面はまだ少しずつ崩れていた。
蒼井が叫ぶ。
「朝霧!」
「左から来い!」
「真ん中は踏むな!」
湊は地面を見る。
「でも……。」
「俺がここを支える!」
蒼井の腕に力が入る。
「今のうちに行け!」
湊は子供を抱き上げた。
「しっかり掴まって。」
子供が湊の首に腕を回す。
犬を胸に抱く。
湊は走った。
蒼井が作った道を。
九条が守る道を。
一歩。
また一歩。
「止まるな!」
蒼井の声が響く。
「はい!」
湊は走る。
そして。
最後の亀裂を飛び越えた。
日下部が子供を受け取る。
「よくやった。」
湊が振り返る。
「蒼井さん!」
蒼井はまだ巨大な瓦礫を支えている。
「九条!」
「もういい!」
九条が念力を解除する。
蒼井も一気に後ろへ下がる。
その直後。
大きな音を立てて瓦礫が崩れた。
土煙が舞う。
「蒼井さん!」
湊が駆け寄る。
土煙の中から、蒼井が歩いてくる。
「騒ぐな。」
「この程度でどうにかなるか。」
湊は思わず笑った。
「良かった……。」
蒼井は何も言わなかった。
子供の元へ視線を向ける。
湊も振り返る。
子供は地面に座り、泥だらけの犬を抱きしめていた。
「良かった……。」
「本当に良かった……。」
犬が子供の顔を舐める。
子供は泣きながら笑っていた。
その姿を見て。
湊も笑った。
少し離れた場所。
蒼井が黙って立っている。
湊は蒼井を見る。
蒼井も湊を見る。
ほんの一瞬。
二人の目が合った。
言葉はなかった。
「ありがとう」も。
「認める」も。
何もない。
それでも。
昨日までとは。
何かが少しだけ違っていた。
――――――――
「良かったね。」
子供の声が聞こえる。
「もう大丈夫だからね。」
犬を抱きしめる姿。
その光景を。
蒼井は黙って見つめていた。
その時。
頭の中に。
一瞬だけ。
別の光景が浮かんだ。
『助けて!』
誰かの声。
伸ばされた手。
自分も手を伸ばす。
だが。
届かない。
あと少しだった。
あと少しで。
届くはずだった。
「……。」
蒼井は強く拳を握った。
「蒼井。」
九条の声が聞こえる。
蒼井は目を閉じる。
そして。
「何でもない。」
それだけ言うと、歩き出した。
九条は何も聞かなかった。
ただ、その後ろ姿を静かに見つめていた。
本物の現場。
そこでは。
訓練では起きなかったことが起きる。
一人では、できないことがある。
力だけでは、届かないことがある。
でも。
誰かの目が。
誰かの力が。
誰かの判断が。
一つにつながった時。
届かなかったはずの手が。
届くこともある。
第20話 予想外 完