テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「また落雷が来ます! セリカちゃん、避けてください!」
「うえっ、急に言われてもっ!? まだ、体が――きゃあっ!!?」
乾ききった砂漠の戦場。 セリカの悲鳴と同時に、禍々しい紫色の稲妻が、天から彼女目掛けて降り注いだ。
幸い彼女自身の反射神経で、間一髪、直撃だけは避けられた。
だが大地を大きく抉るほどの威力を持った落雷だ。その衝撃波だけで、セリカの体は想像以上に高く、そして遠くへと投げ飛ばされてしまう。
「セリカ!?」
「おい! あんまり、前に出しゃばるんじゃねぇ!」
無様に砂漠を転がるセリカの姿に、シロコは即座に駆け寄ろうと、地面を蹴った。
だが、その動きは、驚くほどに鈍重だった。まるで、体に重い枷でも付けられたかのように、一つ一つの動作が、妙に遅い。
シロコだけではない。ノノミも、そしてホシノでさえも、同様の異変に見舞われていた。
原因は先程の雷撃。私の警告が間に合わず漏れなく直撃してしまった。 その結果、生徒たちは、漏れなく、その身に直接雷を受けてしまい、軽度から重度の麻痺症状に苦しんでいる。 そして、囚人たちに至っては、全員がその場で意識を失ってしまったため、私は、余儀なく、一度時計を回すしかなかった。
しかし、時計を回し、囚人たちの意識を取り戻したところで、この絶望的な状況を打開できるわけではない。
「うっ……何だかまともに動けません……」
「ノノミ!あなたはさっさと後ろに!」
〈そっちに突進が来る!〉
生徒たち元来の戦闘方法では、攻撃の余波を受けるたびに、麻痺が蓄積し、やがては、致命的な隙を作ってしまう。
隙を作ってしまったノノミに、電気羊の雷撃の如く、凄まじい突撃が襲いかかる。
ガンッ!!
「ノノミちゃん!」
「ほ、ホシノ先輩!?このままだと……!」
「いいから早く!私が堰き止めてる間に!!」
電気羊の突進はノノミの身体に到達しない。ホシノが展開した巨大な盾によって行手を塞がれ、紫の電光と火花を撒き散らしながら、僅かに勢いを殺されてしまう。
“ホシノが動きを封じてる内に、総攻撃を!”
先生の切羽詰まった号令一下。仲間達が次々と銃弾を浴びせる。しかしそれでも電気羊は体勢を崩さず、その雷を帯びた角でホシノの盾とただひたすらに鍔迫り合いを続けていた。
「おかしい……確かに喰らってるはずなのに。あいつ、びくともしない!」
「物量で攻めるのは……正攻法ではありませんから」
“これでもダメか……”
〈こちらの攻撃で相手を混乱させるには至難の業だ〉
“幻想体……って呼んでたね。一度戦った事があるんでしょ?”
〈あ、あるにはあるけど……〉
私は自信なさげに答えてしまう。
確かにLCB私達は、幾度もあの幻想体と戦った事がある。しかし、今回は今までの常識で戦える個体ではなかった。
「なあ、いつもあった『発電機』はどこにあんだ?」
「むしろ今までの都合よく設置してあったのが、運が良いということでしょうね」
囚人たちが愚痴をこぼしているように……本来、この幻想体を攻略するために必須となるはずの『ギミック』が、この戦場には、どこにも見当たらないのだ。こんな状況で、一体どうしろと……。私がそう言い放ちたかった、まさにその時だった。
「――対象の身体が、強く発光しています! 強力な雷攻撃の前兆です、皆さん、伏せてください!」
「ほ、ホシノ先輩!!」
ドドドドドーッ!
長く続いたホシノと電気羊の鍔迫り合いは、突如として終わりを告げた。
幻想体の全身が禍々しい紫色に発光し、その羊毛から凄まじい数の電光を全方位へと放ったのだ。 その放電を盾越しとはいえ、至近距離でまともに喰らってしまったホシノ。彼女もさすがに、これには耐えきれなかった。
「ぐうぅっ……!?」
高電圧の衝撃が、彼女の体の自由を完全に奪う。ホシノは膝から崩れ落ち、その場に膝をついてしまった。
そして幻想体は、その一瞬の、しかし致命的な隙を決して見逃さなかった。 雷を纏った角を、がら空きになったホシノの体へと向け、すかさず追撃の突進を敢行する。
ホシノは鈍い思考の中、その殺気に気がつく。しかし体が追いつかなかった。 彼女の小さな体はまるでボールのように軽々と宙を舞い、背後にあった施設の硬いコンクリートの壁へと、凄まじい勢いで叩きつけられた。
「そんな……。ホシノ先輩!!」
「メソメソしく、ただ眺めてんじゃねぇ! 次の追撃が来るぞ!」
致命的な攻撃を受けたホシノに、悲しんでいる暇などない。 幻想体は再び頭を下げ、前足を掻き、その鋭い角を突き出す。突進の構えだ。 あの強烈な一撃が、今度は、地面に倒れたままの、無防備なホシノの体に降り注ごうとしていた。
〈イシュメール!〉
「分かっています!」
「……私も、行く」
これ以上、仲間を傷つけさせるわけにはいかない。 必然的に思考が一致した仲間たちの中、一番最初に駆け出したのは、イシュメールとシロコだった。
「シロコさんは、奴の誘導をお願いします!」
「ん。了解」
電気羊のもとへ辿り着くや否や、シロコがその顔面目掛けてアサルトライフルを連射する。 もちろん、致命傷になるはずもない。だが、その意識をこちらへ向けるための、挑発としてはそれで十分だった。
電気羊が鬱陶しそうにシロコへと視線を向ける。 その隙にイシュメールは電気羊の足元へと滑り込み、いつもの銛と盾へと装備を持ち替えると、その強靭な四肢へ次々と、的確な攻撃を叩き込み始めた。
突然の足元からの執拗な攻撃。 不意を突かれた電気羊は、それを排除しようとあの黒く長い脚で、イシュメールを薙ぎ払い、あるいは踏み潰そうと苛立たしげに、そして乱暴にその巨体を揺らす。 それでもイシュメールはまるで波間を踊る小舟のように、その全ての攻撃を最小限の動きで躱し、いなし、そして的確に銛を突き立て続けた。
ついにその連続攻撃に耐えきれなくなったのか、電気羊は足元から飛び出してきたイシュメールに向かって、怒りの咆哮と共に、再びあの雷撃を纏った突進を敢行した。 しかし、イシュメールはもうその攻撃に怯まない。 彼女は突進の真正面にその身一つで立ちはだかると、完璧なタイミングでその盾を突き出した。
ゴウッ!
凄まじい衝撃。だが電気羊の突進は、その一点で軽々と完全に受け止められてしまう。
そしてイシュメールは、動きが止まった電気羊のその無防備な頭部目掛けて、オーダーメイドのライフルから、ロープ付きの銛を至近距離で撃ち放った。
――キンッ!
しかし 手応えがない。
銛はまるで分厚い鋼鉄にでもぶつかったかのように、甲高い金属音と共に、あっさりと弾き返されてしまったのだ。
「なっ……!?」
その予想外の硬さに、一瞬面食らったイシュメール。 電気羊は怒りに身を任せ、 再び雷を角に集中させ追撃の突進を放つ。
イシュメールは 咄嗟に身を翻し、その突進を紙一重で回避した。 だがその頬には、冷たい汗が一筋、伝っていた。
「ちっ……!シロコさん!ホシノさんを救出できましたか?」
「うん、無事に救出できたよ」
「うへっ……悪いねシロコちゃん。おじさんならあれぐらい簡単に受け流せると思ってたんだけど……」
“さっき雷撃をもろに喰らってたでしょ、あんまり無理しないでね”
2人のおかげで無事にホシノを救出する事が出来た事なので、少しは肩の荷を下ろせただろう。
「ダンテさん!」
〈人格ね、待ってて〉
イシュメールの声に促され、私はPDA端末を取り出し、新たな人格を彼女に同期させる。
現在、彼女は電気羊の注意を引きつける、いわば『タンク役』だ。何よりも、耐久力が必須となる。
ということで、今回、彼女に同期させた人格は――。
人格《西部ツヴァイ協会3課 イシュメール》
ドンッ!
人格を同期完了したと同時に、凄まじい衝撃音が響いた。それは大剣を担ぎ、白いアーマーを被ったイシュメールが、電気羊の図体に剣を振り下ろした音だった。
「また姿が変わってる……」
「ねぇダンテ。今の所イシュ1人でも大丈夫そうだけど……」
〈加勢しようか。イシュメール1人でも対抗は出来ているけど、すぐに倒せるって訳じゃないから〉
「まだまだ打開はできないって事ですね……」
ツヴァイ協会3課は耐久力、攻撃力共に優れた人格だが、かと言ってソロで戦い切れるかは話が変わってしまし、同時に打開できる手段も思いつかない。
とりあえず備えあれば憂いなしという言葉に従って、他の囚人にも人格を同期させる。
人格《リウ協会4課部長 ロージャ》
人格《R社第4群ウサギチーム ヒースクリフ》
〈とりあえず頑張って攻略法を見つけるから……〉
「……早く見つけろよ」
特に意に返さず、すんなりと戦地へ出る囚人達。生徒達も重症のホシノ以外が、再び闘気を宿し同様に戦地へ赴いた。
さてどうしたものか。今回戦う幻想体は知っているように感じて、未知な部分が新たに現れてきている。その情報からまとめよう。
〈今回のケースは今までと違って、本来のギミックが足りていない……〉
“本来何が必要なんだい?”
〈奴の体に直接高電圧を流せる発電機が必要なんだけど……〉
“……だったらここの施設の中から探せばいいんじゃないかな?”
〈あっ、そうじゃん〉
先生のあまりにも単純明快な答えに、目から鱗が出る思いをした。
そうだ。 これまでの戦闘では、あの発電機も幻想体の一部として出現していたから、完全に思考の前提から抜け落ちていた。だが別に幻想体の発電機である必要はない。普通の発電機でも、高電圧を流すという目的は同じように達成できるはずだ。
それさえ見つければ、従来通りの確実な攻略が可能になるじゃないか。
〈……先生、頼みがある〉
“なんだい?”
〈君のそのシッテムの箱を貸してはくれないだろうか。施設の内部構造をスキャンして、発電設備の場所を特定したい〉
“なるほど、そういうことか。分かった、持っていくといい”
先生は即座に私の意図を理解し、その貴重なタブレットをためらうことなく私へと手渡してくれた。
「……うへ~。なんだか、面白そうな話になってるねぇ」
突然声のした方を見ると、いつの間にかホシノが壁に寄りかかりながらこちらを見ていた。まだ顔色は悪いが、自力で歩ける程度には回復しているようだ。
“ホシノ!?体調は……”
「うへっ。まだ足はふらつくけど歩けるぐらいには回復したよ〜。それでさ、ダンテ先生は1人で行くつもりだったでしょ?」
私は頷いた。
「やっぱり。先生達ってこういう時に油断しがちだよね〜。もし施設内に敵がいたらどうするのさ。そういうことだから、ついていくよ〜」
〈……ありがとう〉
“じゃあ頼むよ、ホシノ”
「りょ〜かい」
こうして私とホシノは、打開策を見つけるべく施設内の探索を開始した。
囚人達が電気羊と戦っている間、本来のギミックである発電機を見つけるべく、戦場となっている謎の施設の内部に足を踏み入れた。
外の喧騒に反して、内部は不気味に思えるほど静か。護衛のようなドローンやオートマタは配置されてない。ただ、捨てられたと感じさせるような機械の散らかり具合と、片付けられていない砂の山が点在するだけだった。
〈……ありそう?〉
「うーん、少し難しいですね。確かに発電機らしき反応はあるのですが……正確な位置を特定するのがこれまた難しくて……」
〈あんまり、無理しないでね〉
特定に苦戦している中、私の横を歩いていたホシノが突然口を開いた。
「……ねぇ、ダンテ先生」
〈どうしたの?ホシノ〉
「……私さ、正直、まだ信用してるわけじゃないんだよね」
〈……というと?〉
「あの黒服とかいう奴と、一緒にいたでしょ、最初。アンタもあいつらと同じ、ゲマトリアの仲間なんじゃないかって、まだ、少しだけ疑ってる」
ホシノはこちらの顔を覗かず、ただ虚空に向かって呟くように話し続けた。
「……でもさ。先生とヒースクリフ君と一緒に、アビドスのみんなのために必死になってくれてるのを見てるから。……まあ、少しだけ、ほんのちょっとだけ見直してあげてもいいかなーって、思ったり、思わなかったり」
〈はは……それは、光栄だよ〉
「……もう一つ、聞いてもいい?」
〈ああ〉
「あの力。……ヒースクリフ君たちを生き返らせる、あの力さ」
彼女は、そこで一度、言葉を切った。 そして、何かを、必死に、心の底から願うように、絞り出すように、続けた。
「……あの力って、囚人じゃない、他の人にも、使えるの……?」
その問いに、私は何と答えるべきか迷った。 彼女が、誰のことを想って、その質問をしているのか。そしてこの答えが彼女を失望させることを 分かってしまったからだ。
無意味な時計の針が少しの間刻まれると、やっと意味のある音となった。
〈……すまない。私のこの力は、契約で結ばれた……囚人たちだけにしか作用しないんだ〉
私のその申し訳なさそうな返答を聞いた、彼女の反応。
「……そっか」
たった、三文字。悲しむこともなく、怒ることもない。 そのあまりにも静かで、感情が抜け落ちたかのような呟きには、諦念とそして打ち砕かれた希望の、全ての音が詰まっていた。
彼女はそれ以上何も言わなかった。
「あっ!特定しました!数歩進めば着きますはずです!」
〈本当か!〉
気まずい静寂の中、アロナの明るい報告が、ようやく差し込んだ一筋の光のように感じられた。
指示通りに数歩進むと、確かに道の脇にそれらしい機械を見つけることができた。
〈……しかし、本当に起動できるのか?〉
「うーん、かなり旧式のアナログモデルみたいですね……」
「ダンテ先生。ここは、私に任せて」
〈……ホシノ?〉
その発電機とやらはどう見ても古めかしい代物だった。 アロナの助けを借りたとしても、起動にはかなり苦戦するだろう。 そんな中、ホシノが率先してその発電機の前に立った。
「生徒会に所属してた頃、こういう旧式のヤツ結構触ってたからさ~」
彼女は、淡々とどこか余裕のある様子で、手際よく配電盤を操作し始める。 私には何が何だかさっぱり分からない。だがこのままホシノに任せれば……と眺めていると、やがて唸るような低い音と共に、古びた発電機は再びその命を吹き返した。
だが、ホシノはそこで手を止めない。
「……うへ~。やっぱこれくらいの出力じゃ、あの子にはただのマッサージぐらいにしかならないか。……しょうがない。ちょっと荒っぽくいっちゃうよ」
彼女はさらに配電盤の奥深くへと手を伸ばし、いくつかの安全装置を躊躇なく引き抜いていく。
途端に、発電機は先ほどとは比べ物にならない、悲鳴のような甲高い音を立て始めた。
本体の至る所から激しい火花が散り、今にも爆発四散しそうなほど危険な状態へと変貌する。 そして、接続されていた一本の極太ケーブルの先端が、バチバチと音を立てながら禍々しい色の高圧電流を、その身に纏い始めた。
〈ちょちょっと!?危ないよ!?〉
「大丈夫だよ、慣れきってることだからね〜」
ホシノは、そんな危機感のない声で私の警告を受け流すと、すぐさま施設の出口へと駆け出していった。 彼女の容態を心配し、私もその後を追うように走り出す。 出口から差し込む日の光が急速に強くなっていく。そして私たちは、再びあの戦場の真っ只中へと戻っていた。
〈ロージャ!〉
「ダン……!? ああ、なるほど、そういうことね!」
電気羊を攻略するための、重要な注意事項をホシ-に伝えたかった。だが、今さらシッテムの箱を借りていては間に合わない。
そこで私は、ロージャの名を呼び、伝言を託した。
「ホシノ! あいつは、体に『プラグ』を接続されるのが、一番の弱点なの!」
「プラグ……? あ~なるほどね、そういうことか」
ホシノが納得したように頷く。 その視線の先にはあらゆる方向から銃弾やら大剣やらの猛攻を受けているにも関わらず、ひときわ強い敵意を、ただ一人ホシノにだけ向ける電気羊の姿があった。 その紫色に光る瞳は、ホシノが持つあの高圧ケーブルだけを、明確な脅威として捉えていた。
電気羊の絶対的な弱点。 それは体に直接『プラグ』を接続され、体内に高電圧を流し込まれることである。
高圧電流を流し込まれた電気羊は苦痛に悶絶し、最終的には自らの体内に蓄積していた全ての電気を、暴走するように放電。そして まるで深い夢でも見るかのように、完全に無防備な気絶状態へと陥ってしまうのだ。
この幻想体はその事実をまるで本能に刻み込まれているかのように知っている。 だからこそプラグに類するもの、あるいは強力な電気エネルギーに対して、極端な警戒心と敵意を見せる。 たとえ、それがこれまで戦ってきた個体とは別の全く新しい個体であったとしても。 その存在の根幹に刻まれた『恐怖』だけは、決して変わることがないのだから。
メ#※@/%?&!⬛︎ーー!
羊の鳴き声と呼ぶにはあまりにも不気味な、電気羊の哀鳴が轟く。 その直後ホシノが立っていた位置に、紫色の閃光が走った。
「おっと! 今のおじさんはすばしっこいんだからね~?」
にも関わらずホシノは軽々とコードを持ちながら、ひょいと雷撃を避ける。 そして、そのまま電気羊の懐へと一気に駆け込んでいった。
“――また来るぞ!!”
「任せてください」
電気羊は怯まない。 再び突進の体勢に入り地面を強く蹴った。 しかしその電気羊とホシノの間に、敢然と別の影が割り込む。
「――最善の防御を!」
西部ツヴァイ協会3課、イシュメール。 彼女はその巨大な大剣を、地面に突き刺すように立て、盾とし、電気羊の突進の衝撃をその身一つで完全に吸収してみせた。
「ナイスだよ~、イシュメール先生!」
ホシノはこの一瞬の好機を決して逃さない。 彼女はイシュメールが作った足場を蹴って高く宙を舞う。 そしてがら空きになった電気羊の胴体に向かって、その高圧ケーブルの先端をプラグのように、勢いよく突き刺した。
「や、やりました……! ってホシノ先輩! 危ないですから早く離れてください!」
「おっと、ごめんよ~」
アヤネの言葉にに、ホシノは悪戯が成功した子供のように笑い、その場を離れる。
作戦は無事に成功した……。後は奴が気絶するのを待つだけだ。 誰もが、そう思った。
ビリッ!ビリリリリリリーーッ!ドドドドドーッ!
その瞬間、苦痛に悶えていた電気羊の体から、凄まじい数の、そしてこれまでとは比較にならないほど強靭な稲妻が、全方位へと無差別に放出された。
その紫色の奔流は、明確な殺意をもって私たちへと襲いかかってくる。
〈嘘っ……!?〉
予想外の最後の悪足掻き。 そのあまりの出来事に、私は即座に反応することができなかった。 私に向かってくる、避けようのない死の光。
「おい、時計ヅラ!」
その光に飲み込まれる寸前、ヒースクリフが私にタックルするように飛び込んできた。 衝撃で地面に強く体を打ち付けられ仰向けの姿勢になる。 そして上空を見上げると、ほんの一瞬前まで私の頭があった場所を、紫色の稲妻が薙ぎ払うように走り抜けていくのが見えた。
流れるように電気羊が立ってるであろう地面へ頭を傾けると、予想外なことにまだ立っていた。
身体中のあらゆる所から、強靭な稲妻を発生させ、苦痛に堪えるように前屈みとなっているその姿を。
「……まさか、あの装甲?」
〈……装甲?〉
この場にそぐわない言葉を呟くイシュメール。私は一瞬何のことだか分からなかった。電気羊の体に起こっている一つの異常を発見するまでは。
「なんだか……青く光ってる所がありませんか?」
「確かに……特にイシュメールが殴った箇所がより強く光ってる」
四肢の一部、そして頭部に何やら青い亀裂が走っているのを確認できた。
「待てよ!なんであいつぶっ倒れねぇんだ!?」
〈あの装甲……もしかしたら、制御装置の類いかも〉
今までの異常現象を統合し、一つの推測が私の頭に浮かんだ。 もしかしたら、あれは電気羊自身の膨大なエネルギーを、外部から無理やり制御している装置なのではないかと
「じゃあ、あのまま、ずっと、やばい電気を走らせてるってこと!?」
“……まずい状況だ”
各々が絶望に染まっていく中、私は、必死に思考を巡らせ、一つだけ 残された、あまりにも力ずくな方法を思いついていた。
〈ヒースクリフ……行け〉
「死ねってことか!?」
〈違う!EGOを叩きつけるんだ〉
「EGOですか……?ですが、あの制御装置とやらで、たとえそれ以上の電圧をかけたとしても……」
“……ちょうど壊れかけてるあの頭部の制御装置を壊して、そこに叩き込むってことだね?”
〈そう!〉
「ふーん、いい考えじゃない!」
作戦は、決まった。 あまりにも無謀で、一歩間違えれば、ヒースクリフ自身があの稲妻に飲み込まれてしまう危険な賭け。 だが、もうこれしか、活路はない。
“――みんな! ヒースクリフの道を、切り拓け!”
「ん、了解!」
「全力をかけて、撃ちますよ〜☆」
「喰らいなさい!!」
「じゃ行くよ〜!」
先生の号令のもと、生徒たちの銃口が一斉に火を噴く。 放たれた弾丸は見事に亀裂が目立つ電気羊の頭部へと、ピンポイントで集中した。
その衝撃を受けるたび、奴が放つ稲妻の勢いはさらに増していく。そしてその奔流は、最も接近しているヒースクリフへと、牙を剥く。
だが、ヒースクリフはお構いなしにウサギチームの超人的な脚力で、その紫電の豪雨の中をただひたすらにまっすぐ突き進んでいく。
ヒースクリフと電気羊の距離はもうすぐといった所で私はヒースクリフに装着しているEGOの一つを発現させる。
「よし!内臓まで焼いてやる!」
ヒースクリフ覚醒E.G.O 《電信柱》
その物騒なセリフと共に、彼の姿が変貌する。 狼の毛皮をその肩に羽織り、頭には鋭い狼の耳。顔の一部分は、まるで雷に打たれたかのように、黒く焦げ付いている。そしてその手には、バチバチと禍々しい電光を迸らせる巨大な電信柱が握られていた。
「対象の制御装置の破壊、確認!」
〈よし!ヒースクリフ行け!!〉
ビリリリリリリーーッ!ドドドドドーッ!!
ヒースクリフが振り下ろした電信柱が電気羊の頭部に直撃した瞬間、辺りは真っ白な光に包まれた。
あまりにも強烈な閃光に、私は反射的に目を瞑ってしまい状況を把握することができない。
やがて、瞼越しにその光がゆっくりと衰えていくのを感じ、恐る恐る目を開けると……。
「……倒したぞ」
そこに立っていたのは、いつものLCB囚人の姿に戻ったヒースクリフだけだった。 電気羊の姿は、どこにもない。
「ゆ、夢見る電気羊……撃破、確認……!」
「や、やったぁ!」
「……やっと勝てた」
ヒースクリフの勝利宣言とアヤネの報告が耳に入り、生徒たちが次々と歓喜の声を上げる。
“ふぅ……。なんとか勝てたね”
〈電気羊が急に暴走した時はどうなるかと思って緊張したよ〉
「あっ、ダンテさん。あの、この卵……」
〈ああ、そうだった。回収しないと……〉
“卵?”
電気羊が倒れていたはずの地面。そこには奴の姿はなく代わりに、電気羊の外観をどこか踏襲したかのような、奇妙な模様の卵が一つ、静かに置かれていた。
「これは……?」
「幻想体って不死身なんですよ。仮に倒されたとしてもこうして卵の状態に変化して時が経てば、再び孵化して出現する……って感じです」
「ん。不死鳥みたいな生態だね」
私は、その卵の付近まで近寄り、そっと手に取る。
……しかし。そういえば、これを回収したとして、一体どこへ持って行けばいいのだろうか。このまま持ち歩いていては、そのうち孵化してしまうかもしれないし……。
私がその卵の処遇に悩んでいる、まさにその時だった。
「――そちらの物は、我々が回収しておこう」
〈あっ、ありが――〉
突然、前方から見知らぬ声がした。 私はその声に反応しぱっと顔を上げる。 私の顔を覗き込んでいたのは、スーツを着こなした大型のロボットだった。
〈……誰だ?〉
「おっと失礼。大事な自己紹介を省いていましたな……。私、こういう者です」
シッテムの箱に表示された私の言葉を一瞥すると、そのロボットは芝居がかった仕草で、胸ポケットから一枚の名刺を取り出した。
〈……カイザーPMC、理事……。カイザー!?〉
その名刺に書かれた文字を読み、私は、絶句するしかなかった。
コメント
3件
カイザー!絶対コイツら兵器として改造するきやろ!