誰かに呼ばれたわけでも無く、何故か、ただそこに行けば会えると直感的に感じたのだ。そう思った時にはもうその場所に足を進めていた。あまり目立たない場所にひっそりと存在を表すバー・ルパン。ドアを開ければ直ぐに一人の男の姿が目に入った。その綺麗な赤髪が店の灯に照らされて仄かに夕焼け色が映る。
青い瞳が太宰を捉えると男は片手を軽く上げて挨拶をする。マスターは太宰が何も言わずともいつもの酒を太宰がいつも座っている座席の目の前へと置いていた。
「やあ、織田作。今日は早いじゃないか。」
「仕事が早く終わったからな。然し、それを言うなら太宰もそうじゃないのか?」
「奇遇だね。私も仕事が早く終わったのだよ。」
「そうだったのか。」
無論。嘘である。太宰は仕事が早く終わったわけでも無くかと言って今日が非番だったわけでもなかった。要するにサボりだ。然し、後の仕事は今日殲滅した組織の書類をまとめて首領に渡すだけだった。別に急ぎでもない訳だったから、この場所に寄ってみただけだったのだ。勿論この男、急ぎであろうが無かろうがこの場所に来たい時には行くようにしていた。
「そうだ!織田作!今日偶然本を見つけてねぇ。」
「どんな本なんだ?」
「ハロウィンについての本なのだよ。織田作はハロウィンについて知っているかい?」
「ハロウィン…秋の行事だったな。」
「そうそう!ハロウィンというのはね誰にでも悪戯をしても良い日なのだよ。」
「そうなのか。知らなかった。」
自慢げに話す太宰に淡々と返答する織田。間違ってはいないが合ってもいない説明をする太宰と天然ゆえか何故か納得してしまっている織田。この地獄の空気を破る声が扉の方から聞こえてきた。
「何度も言いますが、織田作さんは太宰君の戯言に騙されないでください。太宰君も織田作さんで遊ばないでください。」
「やあ、安吾。いつも通りだね。否、少し隈が濃くなったかな?」
「はい、絶えず僕の元へ書類が送られてくるものですから七徹目です。」
「それは大変だねぇ。」
「大丈夫なのか?しっかり寝るんだぞ。」
「それが出来たら苦労してません…。」
安吾の嘆きに太宰は他人事のように反応し織田は的外れな事を言いながらもしっかりと友人を労っていた。安吾はこの後書類仕事がまだ山のようにあるそうでマスターにそれを言えばトマトジュースが目の前に置かれた。
「ところで太宰。安吾に騙されるなと言われたが、あれは嘘なのか?」
「嘘なものか!あれは正真正銘の事実だよ!」
「そうか。」
「正確にいえば違いますよ。」
「ちぇー。」
「嘘なのか。」
「ハロウィンというのはね。この世とあの世の境界線が曖昧になる時期と言われていてね。お化けなんかの仮装をして悪霊から身を守る。って言う日なのだよ。元々秋の収穫を祝う村のお祭りだったのだけどね、それが段々変化して子供が仮装をしてお菓子を貰ったり、親族や友人があの世から帰ってきて一緒にパーティーをする。なんて意味に変わったんだよ。」
「成程。」
「所で何故ハロウィンの話になったんですか?」
「暇だったから本を読み漁っていたら偶然見つけてねぇ。ハロウィンについての本なんだけどね。起源や成り行きハロウィンの飾りの作り方、料理のレシピも載ってる。」
「全部覚えたんですか…」
「料理だけは上手くいかないかったよ…」
「じゃあ、練習しないとだな。」
「そこじゃないと思います。」
「上手くできたら織田作にも安吾にもお裾分けしてあげるよ!」
楽しそうに話す太宰には年相応の子供らしさがあった。この三人でいる時太宰はポートマフィア最年少幹部などと言う肩書きが嘘かのように笑顔で(物騒な事を話す時もあるが)今日の出来事を共有する。それは織田にも安吾にも言える事だった。
「そう言えば今日は三十一日でしたね。」
「そうなのだよ!と言う事で、トリック・オア・トリート!」
「太宰君!僕がお菓子を持っていない事を知ってて言っていますよね?」
「悪戯は何が良いかな?」
「簡単に出来るやつがいいかもな。」
「そうだねぇ。くすぐりでもしようか!織田作!」
「分かった。」
「織田作さん!納得しないでください!!」
太宰は安吾に思う存分悪戯が出来て楽しかったと言うように笑顔になっていた。普段こんなに幼稚な悪戯は絶対にしないが、相手が織田作や安吾だからなのかとても可愛らしい悪戯だった。だからと言って生ぬるい悪戯というわけでもなかった。酸欠になる程くすぐられていたのだから、大分きつい物だったのかも知れない。
「次は織田作だよ!トリック・オア・トリート!」
「これで良いか?」
「何で飴なんか持ってるんですか?」
「フリイダムに行ったら子供達に同じような事を言われて悪戯をされた。その後持ってなさすぎると言われて飴をいくつか貰ったんだ。」
「何子供に情けをかけられてるんですか…」
「子供達に先を越されてしまったのか…」
太宰は織田作に飴を貰えて嬉しい反面悪戯出来なくてつまらないと言う感情と先を越されて悔しいと言う感情が複雑に混ざり合って微妙な顔になっていた。安吾は織田の話に色々突っ込みたかったが先程の悪戯で気力が出ないのか突っ込みに勢いが無くなっていた。
「次は太宰の番だな。」
「え?」
「「トリック・オア・トリート!」」
「お菓子は勿論持っていませんよね。」
「俺があげた飴は返却不可だぞ。」
「一寸、二人ともこっちにじわじわと近づかないでくれ給え?!」
「さっき散々にくすぐられたんです。仕返しはしますよ。」
「諦めろ太宰。」
「一寸!二人とも!!」
やられたらやり返す。倍返しだ。と言わんばかりの勢いで止まる事を知らないくすぐりが太宰を襲った。あははと店に響き渡る。幸い今店内は三人とマスターだけで迷惑にはならなかった。やがて疲れ果てたのか太宰は、はあはあと息を切らして幸せそうに笑っていた。そうして息を整え口を潤そうとグラスを口元に寄せ一口。頬を膨らませて、文句を垂れる。
「酷いじゃないか。其処迄酷い事はしていない筈だよ。」
「倍返しです。」
「楽しそうだったが。」
「楽しかったよ。…また、来年もこうして集まりたいな。次はお菓子の一つや二つ用意でもしてから来ないとだねぇ。」
「そうだな。」
「そう…ですね。」
太宰の口から“また来年”と言う言葉が出てきて二人は少しでも生きようと思ってくれた事が嬉しかった。それが自分達に向けられていると分かれば尚更。静かな空間にガラスの音が溶ける。太宰の願いは叶わぬ事を誰も知らずに彼らは今を生きていた。
コメント
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行事があるたびにこんな感じの小説書こうとするけど間に合わないです。