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街の中心の広場に屋台が並び始め、日が暮れると暖かな光で通り過ぎる人たちを出迎え、身体を温めるための飲み物なども売られるようになりだした頃、眼下の冬特有の賑わいを見下ろしていたウーヴェは、ほぼ一年前に恋人と交わした言葉を思い出していた。
過去に巻き込まれた事件の為に自らに関係する祝い-イースターやクリスマス、そして最大の祝いであるはずの誕生日を祝わなくなった彼は、皆が祝うクリスマスを祝うこともなかった。
クリスマスの前日と当日は敬虔深い人たちならば教会に出向いて祈りを捧げ、その後家族揃って食事を楽しみ、子ども達はクリスマスプレゼントの中身に顔を輝かせているのだろうが、祝うことのないウーヴェにとっては周囲の空気が暖かになっているだけでいつもと何ら変わらない休日だった。
そんな例年通りのクリスマスシーズンを過ごすはずだった去年、クリスマスを迎える4週間前から始まるアドベントにはこれが無いと物足りないと言ってアドベントクランツーいわゆるクリスマスリースを作ると材料をウーヴェの家に運び込んだことがあった。
その時はクランツなど飾るつもりもなかったし、またアドベントの空気を楽しむつもりもなかったウーヴェは乗り気ではなかったが、己の恋人が年中行事は心から楽しむタイプだったことを思い出し、その楽しみを奪う罪悪感に沈みそうになった時、クリスマスを祝っても誰も何も言わないし二人で蜜蝋に火を付けマザー・カタリーナが作ってくれたシュトレンを食べようと笑ったため、何とか自身を納得させて意外なほど手慣れた様子でクランツを作るリオンを見守っていたのだ。
一年前の出来事を思い出して今年も作るつもりだろうと苦笑するが、今年の初夏から秋にかけて自分たちに降りかかった悲しい出来事の余韻が所々に見え隠れする恋人は、クリスマスを祝う気持ちにならないかも知れないと気付き、二重窓に手を付いて窓に息を吹きかける。
表立ってはいつもと変わらず陽気で騒々しいほどの恋人だったが、二人きりになるとそんな騒々しさは形を潜め、以前よりは改善されたが調子が悪い時には一人になることを未だに嫌悪する時があった。
仕事をしているときは誰かが必ずいる上にプライベートな問題は可能な限り抑え込む為、仕事を離れ自宅で二人になるとその反動のように常にウーヴェの存在を求めるようになっていて、あまり良くない兆候のように思えていたが、さりとて医者や職場のカウンセラーがしたり顔で忠告したとしても明るく本心を覆い隠すのは目に見えている為、そんな恋人を心配しつつも時間という偉大な医者が治療してくれることを期待し、時が補えないものは己が何とかしようと腹を括っていた。
そんな恋人からつい先程仕事が終わったことを電話で教えられてクリニックで待っていることを告げたのだが、眼下のクリスマスを祝う為の品々を買うことの出来る屋台を何気なく見ているたのだ。
そして、その電話から程なくウーヴェの耳にノックとは決して呼べない音が入り込み、恋人を思って思案していた顔が一気に呆れたようなものになり、溜息を吐いてどうぞと声を掛けると、冬の女王か王がここに現れれば働き過ぎの罪でお泊まり保育をさせてやると文句を垂れながら、くすんだ金髪にうっすらと雪を積もらせた恋人が鼻を啜りながら入ってくる。
「鼻をかめばどうだ?」
「へ? あーうん……ティッシュちょうだい」
ウーヴェの呆れたような声に顔を上げてきょろきょろと周囲を見回した恋人、リオンは、ティッシュを持ってないことをけろりと告げて手を差し出した為、ウーヴェが呆れた色を隠さないでデスクから取りだしたティッシュを差し出す。
「ダンケ」
一言礼を言って受け取るが早いか盛大な音を立てて鼻をかむリオンにただため息をついたウーヴェだったが、今日も一日頑張ってきたのかと問い掛けながらデスクを回り込み、一人がけのソファの肘置きに腰を下ろすと、鼻をかんですっきりした顔のリオンに笑いかける。
「もちろん、頑張ってきた」
「そうか。――お疲れさま、リーオ」
言葉に出せる思いも出せないそれも、今感じた思いをすべてその一言に込めて手を伸ばすと、冷え切っている大きな手が壊れ物にでも触れるような丁寧さで掌を重ねてくる。
それがおかしくて小さく笑ったウーヴェが掌が重なった瞬間を狙い定めて腕を引き、前のめりになるリオンの身体をしっかりと受け止めて背中をぽんと叩くと、それがリオンの中の何かを溶かしたのか、ウーヴェに寄り掛かる身体から力が抜け、耳のすぐ後ろから子どもが零したような溜息が聞こえる。
「今日は何を食べたい?」
「んー……どうしようかなぁ。寒いからなぁ。温かいスープが食いたい」
「後で買って帰ろうか」
「うん。……あれ、後って何か用事があるのか?」
ウーヴェのその言葉にリオンが青い目を瞬かせ、もたれ掛かっていた身体から少し離れて眼鏡の下のターコイズを見下ろすと、ウーヴェの首が軽く傾いで頭の先が二重窓の外を指し示す。
「屋台?」
「ああ。……そろそろアドベントクランツを作るんだろ?」
「あ、忘れてた。そっか……オーナメント、買いに行くって決めてたよな」
「ああ。どうする?」
その問いかけには幾つもの意味が込められているが、最も重要なそれを感じ取ったリオンがウーヴェの手を両手で包んだ後、押し戴くようにそっとその手を額の高さに持ち上げる。
「うん。ちゃんと作る。オーヴェと約束したし。なあ、今年はどんなリンゴのオーナメントを買おうか?」
口調が変わると同時に手が離され、少しだけ残念に感じつつも今年はガラス製のものが欲しいとウーヴェが笑うと、リオンも少しだけ考え込むが大きく頷いて賛成を示す。
「リンゴのオーナメントとテディベア、松ぼっくりなんかも良いよなぁ……」
去年は円形のクランツを作ったが、今年は横一列にキャンドルを並べるデザインも良いかと笑った直後、リオンの表情が一瞬だけ曇り、危惧していたことが起こらないようにと胸の内で祈りながらウーヴェが逆にリオンの手を取り、頬にまだ冷えている掌を押し当てながら笑みを浮かべる。
「ガラスのオーナメントに統一しないか?」
「……へ? あ、ああ、それも良いな……」
「よし。じゃあマザーとお前の姉のゾフィーとの約束のボールのオーナメントもガラス製にしようか」
掌と重なる頬から思いが伝われと願いつつ、今年の約束のオーナメントは彼女達のようにきれいなものにしようと笑うとリオンの唇が噛み締められるが、無言で頭が上下したときにはいつものように笑みが浮かんでいた。
「ガラスのテディベアもあると良いなぁ」
「そうだな。探してみようか」
去年までは自らアドベントクランツ作りを提案するなど考えも出来なかったが、今年は綺麗なガラス製のオーナメントを探してそれを飾り付けようと笑うと、リオンも同じように笑った為、立ち上がって湿り気を帯びているくすんだ金髪をくしゃくしゃに撫で回す。
「オーヴェ?」
「何でもない。閉めるから少し待っていてくれないか」
「ん、じゃあ外で待ってる」
「ああ」
一足先に外に出ていることを告げてウーヴェの頬にキスをしたリオンは大股に診察室を出て行こうとするが、ぴたりと足を止めて振り返り、何かを思い出した顔でウーヴェを呼ぶ。
「どうした?」
「オーヴェ、忘れ物」
「は?」
何事だと目を瞠るウーヴェの前に足早に戻って来たかと思うと、目を瞬かせるウーヴェの頬を両手で挟み、ただいまとお疲れ様の労いのキスをする。
「オーヴェもお疲れ様」
「ああ」
互いを労うキスをまだ交わしていなかったことを思い出して悪戯っ子の顔で笑って再度小さな音を立ててウーヴェの唇にキスをしたリオンは、待っているから早く来てくれと言い残して軽やかな足取りで診察室を出て行き、その背中を見送ったウーヴェも苦笑しつつその言葉を叶えるように手早く片付けを終えるのだった。
ウーヴェのクリニックがあるアパートのすぐ前の広場にはクリスマスを祝う為の大小様々なものを売る屋台が並んでいて、この季節特有の光景を見せてくれていた。
目当てのオーナメントを買い求める為、右の屋台を覗いては左の屋台の店主から情報を仕入れたりと、顔や身体を左右に向けることに忙しいリオンの少し後ろを歩いていたウーヴェは、身体が冷えてきたことと喉の渇きに気付いて周囲を見回し、目的の屋台を発見してリオンに声を掛けずにそちらへと足を向ける。
「なあ、オーヴェ、このオーナメントは……あれ、オーヴェ?」
小振りのガラスのボールを手にとって振り返ったリオンは、いるはずのウーヴェがいない事に気付いて周囲を見回し、店主にすぐに戻ってくるからこれを取り置きしておいてくれと頼み、予想した屋台を探して少しだけ歩くがウーヴェではなく見慣れたシスターの衣装に身を包んだ小柄な女性を発見する。
「マザー!!」
「……リオン? もう仕事は終わったのですか?」
まさかここでマザー・カタリーナに会うとは思っていなかったリオンは、不在のウーヴェを探すのも大切だが母親代わりの女性に会えたことへの喜びを彼女に伝える為に少し血色の悪い頬にキスをする。
「マザーはどうしたんだ?」
「……クランツとツリーに飾るオーナメントを探しに来たのですよ」
「ツリー用のオーナメント?」
「ええ」
リオンが育った児童福祉施設は教会が細々と寄付と補助金で運営していて、クリスマスともなれば教会行事だからという理由と施設で育っている子ども達が寂しくないようにとの思いから可能な限り盛大に祝っているのだが、それに必要不可欠な飾りを新調する為に来たことを教えられ、確かに自分が小さな頃とあまり変わらないものが今も飾られていたことを思い出す。
「あー、そっか」
「あなたも何か探しているのですか?」
「あ、うん。オーヴェと約束したから」
「そうなのですね――ウーヴェが来たみたいですよ」
ウーヴェとの約束をすっかり忘れていた事を告げて髪に手を宛がったリオンは、マザー・カタリーナの口から楽しそうな笑い声が流れ出した事に無意識に胸を撫で下ろし、己の身体の横からウーヴェを見つけたらしい彼女に気付いて身体事振り返って肩を竦める。
「自分だけグリューワインを買ってきてる! 俺も飲みてぇのになぁ」
「だと思ったが赤と白のどちらを飲みたいのかが分からなかった。だから好きな方を買ってくればどうだ? ……こんばんは、マザー。何か探しているのですか?」
口を尖らせるリオンに肩を竦めたウーヴェだったが、オーヴェの意地悪、トイフェルといつもの文句を口の中で転がした後に買いに行って来ると言い残して立ち去るリオンを見送り、マザー・カタリーナに笑顔を向けてリオンと同じ問いをする。
「ええ。ツリーの飾り付けに使うものを買いに来たのです」
「そうですか。……マザー、お聞きしたいことがあるのですが……」
「どうかしましたか?」
ウーヴェの言葉からマザー・カタリーナも何かを察したようで、屋台が並ぶ場所から少し離れた場所に設置されている背の高い丸いテーブルにウーヴェがマグカップを置き、マザー・カタリーナも手荷物を置いてウーヴェの言葉の続きを待つ。
「マザーとゾフィーがクランツには必ずボールのオーナメントを使うことにしていると去年聞いたのですが、それはどうしてですか?」
ウーヴェの唐突な問いかけに彼女の目が見開かれるが、何故数あるオーナメントの中でもボールなのか、その理由を話した事が無いと気付いた彼女が拳を口元に宛がって苦笑し、ウーヴェも出来るのならば教えていただきたいと肩を竦めるが、教えられた事実に思わず口を開け放ってしまう。
「リオンが3歳の頃でしたか、いつものようにツリーを出したのですが、ボールのオーナメントを手にしたまま離さなくなったのです」
「え?」
「随分と気に入ってしまったらしくて、取り上げるとひどく暴れたのでそのまま持たせていました」
それを見ていたゾフィーがリオンが喜ぶのだからこのオーナメントは毎年必ず飾り付けようと決めた為、自分たちが作るクランツやツリーにはボールのオーナメントが数多く使われていると教えられ、その言葉がもたらす温もりとどうすることも出来ない疼痛を胸に秘めつつも小さく笑みを浮かべて教えて貰った礼を告げる。
「それはわたくし達の決まり事ですが、あなたとは何か決めましたか?」
「え? ……リンゴのオーナメントを必ず使おうと決めました」
後はその時に気に入ったものがあれば使うことにしますと苦笑したウーヴェは、己の心が感じた痛みとは比べられないものを目の前で穏やかに笑う彼女も感じていることに気付き、せめてこのクリスマスだけでも心穏やかに過ごせますようにと胸の裡で祈ると、マグカップ片手に戻って来たリオンを出迎える。
「マザー、買い物は済んだのか?」
「ええ。すべて買い終わりましたよ。昨日シュトレンを焼きました。時間のある時に取りに来て下さいますか?」
「マジ? 行く行く! オーヴェ、明日仕事終わったらホームに行く」
「分かった。マザー、いつもありがとうございます」
「リオンもあなたも、もちろんゾフィーも……わたくしの大切な子どもです。その子達が喜んで食べてくれるのは本当に嬉しい事です」
胸の前で手を組んで短く祈りを捧げる彼女に目を伏せ、明日もらいに行くから一番大きなものを持って帰ると宣言したリオンは、好きなものを持って帰りなさいといつも変わらない笑顔で頷かれて口笛を吹く。
「そろそろわたくしは帰りますね。リオン、ウーヴェ、風邪を引かないように気をつけるのですよ」
「ありがとうございます。マザーもお気を付け下さい」
「マザーはクリスマスシーズンが終わるまで忙しいんだから、風邪なんか引くなよ?」
「そうですね。気をつけます」
笑顔で踵を返す彼女を見送った二人はそれぞれのグリューワインを飲み干し、そもそもの予定であったオーナメント探しに今度こそ二人で屋台を覗き込んでは店主と話し込んだり、二人でささやかだが大切な事に頭を悩ませるのだった。
屋台で買い求めたガラスのリンゴと同じくガラスのボールのオーナメントを、いつかのクリスマスとは違って壊すことなくリビングのコーヒーテーブルに置いたウーヴェは、マザー・カタリーナが教えてくれた所以を思い出し、背後から空腹を満たしてくれた料理に感謝の言葉を告げながらやってくるリオンを振り返る。
幼い頃はほとんど笑わない子どもだったそうだが、そんな笑わない気難しい子どもが気に入ったのがボールのオーナメントだった。
喜ぶリオンが見たいから、彼女が真っ先に考えたのは小さなその願いだけだったろうが、それは理由を語られることもなく毎年毎年受け継がれてきていた。
そうして受け継がれるものがあることは孤児である為に自らのルーツを辿ることが難しいリオンや彼女にとってはウーヴェが思う以上の意味が込められているようで、その思いを結果的に引き継ぐことになるクランツ作りが、己が考える以上に重要な意味を持つことのように思えてくる。
去年は二人で思い出を積み重ねていこう、その為にこのクランツ作りをしようと笑ったリオンだったが、その言葉を発した心にはどんな思いが籠もっていたのか。
そして、自分たちが作るそれには必ずリンゴのオーナメントを使おうと笑った時、どんな未来を思い描いていたのかに思いを寄せると、今夜買い求めたガラスのオーナメントが別の意味を持ってしまったように思えてきて、取りだしたそれを暖炉の上の大切なものを並べている一角にそっと加える。
今夜は無理だが次の休みを利用して二人でクランツを作る時までここの場所から自分たちを見守って貰おうとリンゴを撫でると、冬になると置くことに決めたソファベッドに足を投げ出して座り込んだリオンが首を傾げてウーヴェを呼ぶ。
「オーヴェ?」
彼女がリオンの為に抱いた小さな願い、それがどうかこの先も連綿と続きますようにと祈り、首を傾げるリオンの腿に腰を下ろして前髪を掻き上げてやる。
「……今日はもう無理だけど、次の休みにクランツを一緒に作ろう」
去年は罪悪感からどうしても言えなかったことだがと苦笑し、姿を見せた額に約束のキスをする。
自分たちのは去年と同じリース型で、買い求めたガラスのリンゴと松ぼっくり、星の形をした赤い蜜蝋のキャンドルを立てようと囁き、青い眼を一瞬瞠った後で嬉しそうに細めるリオンのこめかみにもキスをし、小さく深呼吸をした後、青い眼を真っ直ぐに見つめて思いが届けと祈りながら囁く。
もう一つはリースではなく横一列にキャンドルを並べ、その間にこれもまたガラスで出来たボールのオーナメントと、賛美歌を歌っているような天使像を並べて暖炉の上に飾ろうと耳に囁きかけると、リオンの喉が細い音を立てる。
「リースのものはどこに飾りたい?」
「……オーヴェは……どこが良いと思う?」
「そうだな……ベッドルームに飾ろうか」
「……うん」
一つは去年新たに自分たちの間で交わした決まりを守る為のもので、もう一つは彼女とお前が築き上げてきた決まりを今も守っていることの証として飾ろうと囁くと、のろのろと上がった手がウーヴェの背中に回され、ぎゅっと拳に力が込められる。
「……ダンケ、ウーヴェ」
「まだ作っていないぞ、リーオ」
礼を言うのならば二人で二つのクランツを作ってからにしないかとくすんだ金髪に手を差し入れて耳に囁きかけたウーヴェは、無言で頷かれた事に小さく安堵の溜息を零し、明日ホームに戻ってシュトレンを貰って帰って来てくれとも告げると、今度は明らかに歓喜の滲む頷きが返ってくる。
「――リーオ。俺の太陽」
どうかいつも笑顔でそれを俺にも分けてくれと少しだけ身体を離したリオンの目を真正面から見つめて歌うように告げたウーヴェは、満足そうな笑いにお前も俺を笑顔にしてと混ぜ込まれて目を細め、青い石のピアスが光る耳朶に口を寄せる。
「太陽の光がないと月は輝けないんだ」
「…………うん」
月は自力で光ることは出来ないのだからお前の光で俺を照らしてくれとリオンの頭にキスをし頬を軽く押し当てたウーヴェは、合図のようにリオンの背中を一つ叩いて腿から降り立つ。
そんなウーヴェをリオンが眩しそうに目を細めて見上げ、一年前ならば己が楽しみにしている行事を心から一緒に楽しめない事への罪悪感に満ちた目でクランツ作りを拒否されていたのに、その際に交わした約束を守る為に今年は自ら進んで作る事を提案してくれるウーヴェの心が嬉しくて、真正面から見つめることが出来なくなってしまう。
今年の夏に経験した哀しい事件を乗り越え、改めて互いの存在の大きさや重さを知った自分たちだからこそ、交わす約束は何があっても守りたかった。
守る為に努力を惜しむ訳にはいかなかった。
だが、その思いは強制するものではなく、二人こうして一緒にいる為に必要不可欠な決まりなのだとひっそりと誓ったものだった為、今もまたごく自然にウーヴェが約束を果たしてくれているのだ。
約束を果たしてくれるウーヴェに思いを伝える為に小さく名を呼び、小首を傾げてその声に応えてくれたのを見ると同時に立ち上がる。
ひとつひとつは小さなものでも交わした約束は必ず守ってくれるウーヴェの存在が本当に奇跡としか思えず、細い腰に腕を回してしがみつくと苦笑一つで受け止めてくれ、それが嬉しくて満面の笑みを浮かべてしまう。
「オーヴェ、ベッドでクロスワードをしても良いか?」
「うん? ああ、良いぞ」
今日の新聞にもクロスワードが掲載されていた筈だと笑い、ソファ横のマガジンラックから新聞を取り出したウーヴェに笑いかけ、寝るにはまだ早いから一緒にシャワーを浴びて二人で温まってからベッドに入ろうと笑うと、ウーヴェが斜め上を見ながら小さく相槌を打つ。
「それも良いな」
いつもならばあまり喜ばない筈なのに今夜はどんな風の吹き回しなのか、ウーヴェが一緒にシャワーを浴びると笑った為、リオンの顔に浮かんでいた笑みの質が変化する。
「……今、何を考えたんだ、リーオ?」
「ん? 何って決まってんだろ?」
愛してやまないお前と一緒にシャワーを浴びるのだ、互いの身体を洗いあえば当然ながら行き着く先は一つだとウーヴェに囁きかけたリオンだったが、じろりと冷たく睨まれて眉尻を下げる。
「バカたれっ!」
「えー、健康優良成年男子なんだぜ? 恋人と一緒にいれば考える事は一つだろ?」
「そうか。なら俺も同じことを考えても良いと言う訳だな?」
「へ!?」
不意にウーヴェの顔に浮かぶ笑みも質を変え、それを目の当たりにしたリオンの青い眼が左右に泳ぐが、顎を掴まれて視線を無理矢理ぶつけさせられると、碧と蒼の瞳が互いを映しあい、その中に男の欲と決して消えることのない情を見いだした二人は、どちらからともなく互いの腰に手を回して身を寄せ、早くシャワーを浴びようと囁きあうのだった。
そんな二人を、暖炉の上の宝物コーナーから、ガラス製のオーナメント達がただ静かに見守っているのだった。