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「さあ、お嬢様。渾身の出来栄えをとくとご覧ください!」
ばばーん! と口ずさむミラーナに連れられ、全身鏡の前に立つ。
私を包む美しいコバルトブルーのドレスは、アベル様の瞳と同じ色。
婚約破棄後にアベル様が出席する夜会に着ていけたらと、ずいぶんと前に注文していたものだ。
「さすがお嬢様。どんな素晴らしいドレスでも、お嬢様の美しさを一層引き立てるだけですね!」
「ミラーナの腕がいいのよ。ドレスさえ着てしまえば、髪型もアクセサリーもミラーナに任せて、私は座っているだけだわ」
このドレスだって、ミラーナに相談しながら決めたもの。
アベル様と並ぶにふさわしい、彼への想いを託したドレス。
選んでいた時はあんなにもワクワクして、着れるその日を心待ちにしていたのに。
今はどうしてか、心が曇っているかのよう。
(ルキウスはもう、帰ってきているのかしら)
きっと会えないだろうと言っていたあの日から、ルキウスは一度も訪ねてこなかった。
それとなく爺やに聞いてみたところ、本部には二度ほど戻ってきていたような動きがあったそうだけれど。
随分と忙しいのか、はたまた違う理由からか。ルキウスからは手紙ひとつさえ届いていない。
つまり、「やっぱり席はひとつで」という言付てもないということ。
それは私に会いに来ずとも、手紙を出さずとも。本日エスコート予定のご令嬢は、お誘いになっていた事実を示す。
(昨晩帰ってきたというのなら、今朝、顔をみせにきそうなものなのに)
この時間になっても一向に訪ねてきてくれないのは、やっぱり、本日エスコートする予定のご令嬢の元に向かっているからで――。
「お嬢様? どこか気に入りませんか?」
「へ!? い、いいえ! 今日も最高の仕上がりよ、ミラーナ!」
振り返った私に、ミラーナはにいと両目を細めて、
「ルキウス様。こんなにも長いことお顔をお出しになられないの、初めてですものね」
「!? ち、ちちち違うわ!! 別にっ、ルキウス様のことなんて……!」
「でも私としましては、ルキウス様がお目見えになられなくてほっとしました。お嬢様のその姿、ルキウス様には少々刺激が強そうですし」
「刺激が強い? ちゃんと正装に相応しい布量で仕立てていると思うのだけれど……」
「露出度の話ではありません、お色です! こんな、アベル様の持つお色のドレスを着た姿なんて見られたら……」
「み、見られたら……?」
「後日大量にドレスをお届けになられ、何度もお着替えしての鑑賞会待ったなしです!」
「なっ、ありえ……っ!」
「ない、と言い切れます?」
「…………」
いえない。むしろミラーナの言う通りの未来が軽々と想像できてしまう。
私の沈黙から察したのだろう。ミラーナは「でしょう?」と笑んで、
「私とお嬢様のためにも、本日はルキウス様にはお会いになられないよう過ごさなくては。それに今日のお嬢様は、”謎のご令嬢”ですしね」
すっと眼前に差し出されたのは、細かなダイヤとパールが散りばめられた純白の美しい仮面。
今日の為にと、アベル様から事前に贈られたもの。
この仮面をつけている間の私は”ルキウスの婚約者”ではなく、”アベル様の連れ人”になる。
夢にまでみたはずの、アベル様のパートナーに。
(そして、ルキウスのパートナーは……)
「このような立派な仮面をご用意くださるなんて、アベル様も本日のご同行を楽しみにされているようですね。お二人きりになられる場も多いでしょうし、存分にアピールをしてきてくださいませ!」
「え、ええ。そうよね。……頑張るわ」
告げながら、手にした仮面を見つめる。
言葉と心がかみ合っていないような感覚に陥るのは、どうしてなのだろう。
(……そういえば)
ふと、ミズキ様の言葉が脳裏に浮かんだ。
『マリエッタ様にはちゃーんとご自分の意志で、心に向き合ってほしいしね』
『マリエッタ様は、変化を恐れずに受け入れていく強さをお持ちだよ』
心。私の、心。
この、晴れない心の靄の正体を、ちゃんと知らなければいけない気がする。
「お嬢様、お迎えの馬車がご到着されました」
扉の外から届いた爺やの声にはっと意識を浮上させ、「いま行くわ」と了承を伝える。
(今はとにかく、気持ちを切り替えなくっちゃ)
私はアベル様が好き。この感情に、変わりはないはずだもの。
ミラーナの言う通り、今日はめいっぱいアピールをして、少しでもアベル様に好いてもらわなきゃ。
(ルキウスと婚約破棄した後に、アベル様へ婚約のお伺いを立てやすくしておくためにも……ね)
「……よし」
(ロザリー。必ず約束は守るからね)
赤い薔薇の咲くハンカチをしっかりと鞄におさめ、ミラーナと共に部屋を出る。
向かった先。門前で待っていた馬車は一級品の装いだけれども、王家の紋は描かれていない。
というのも、王家の馬車が我が家に止まっていたと噂されては、せっかくの仮面も意味がなくなってしまうから。
従者の手を借り、カーテンにて目隠された馬車の中へと乗り込む。と、
「……来てくれて、ありがとう」
「! アベル様……!」