テラーノベル
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生きてさえいればどうにかなる。
泥水を啜っても、寺から金盗んで追い出されても。
死ななければそれは全て、問題がなかった。
だけど善逸。お前だけは許せなかった。
なんで、壱ノ型しか使えないお前が。
なんで、壱ノ型しか使えないお前が。
先生にみっちりと教えてもらっているんだ。
理解できなかった。
それだけならまだしも、先生は俺と善逸の羽織を色違いにしようとしてくるし。
挙句の果て、二人共同で柱だ?
俺と善逸が同格だっての?
才能のない善逸と俺が?
「お前は壱ノ型以外全て使えるんだから問題ない」と、先生に言われたが、善逸も似たような事言われたらしいし、周りからは好奇と軽蔑の目で見られ続ける屈辱。
嗚呼、不満は心から溢れ続ける。欲望は心の底から増え続ける。
俺にはどうしようもなかった。どうしろってんだ___。
善逸視点
「ここが今回の任務で行く場所___。」
炭治郎はそう呟いた。俺は炭治郎にこう尋ねる。
「え、えっと……、任務の内容ってなんだっけ?」
「『南南西、南南西の村ニ向カエ。複数ノ隊士ヲ送リ込ンダガ行方不明ニナッテイル。現地ノ稲玉獪岳ト行動ヲ共ニシテ、潜む鬼ヲ退治セヨ』だったはずだ。」
炭治郎はそう教えてくれた。
嘘だろ。よりにもよって獪岳?
どんな運の巡り合わせでこうなってんだ?
俺は不思議で不思議で仕方がなかった。
獪岳。
俺の兄弟子の名前。
「爺ちゃんなんて馴れ馴れしく呼ぶな」って桃をぶつけられたことを、よく覚えている。
あいつからは絶えない不満の音が聞こえていたことも。
「紋逸。獪岳?って奴は柱なのか?」
伊之助はそう尋ねた。炭次郎は思い出しながらこう言った。
「柱合会議にそんな人はいなかったから___。」
それを見て、俺は即刻否定した。
「違う、俺の兄弟子。」
「善逸の兄弟子さんかぁ。一体どんな人だろう?」
炭治郎はそう呟いていた。
「_____つじゃないよ」
俺は二人に聞こえないようにそう呟いた。
「紋逸?なんか言ったか?」
俺は首を横に振りながら、「言ってない」と言った。
獪岳視点
『北北西、北北西ノ村ニ向カエ。複数ノ隊士ガ行方不明ニナッテイル。現地デ竈門炭治郎ト合流シ、悪シキ鬼ヲ退治セヨ。』
鎹烏はそう指令を伝えていた。そんなに命かかる任務なのかよ。
帰ろうか、とすら思っていた。しかし。
最近送られた、善逸の手紙に「竈門炭治郎」という者の名前があった。
北北西の村に向かえば、善逸に会えるかもしれねえ。
俺はそう思い直し、北北西の村に直進した。
「久しぶりだな、兄貴。」
善逸は素っ気なくそう話しかけてきた。
俺は軽く嘲笑ってみる。
「相変わらずチビだなぁ、善逸。」
「いやお前が言うなよ!」
相変わらずギャーギャーうるさい声。
こんな奴となんで共同で柱にしようと考えたのか、先生の意図が理解できなかった。
「こいつが紋逸の兄か!俺は嘴平伊之助だ!よろしくな!」
一瞬、鬼かと思った。
真昼間だし、ありえない話なのだが。
「兄じゃねえよ、兄弟子だよ。こんな奴が兄弟とか二度とごめんだ。」
善逸はそう訂正した。
「俺は竈門炭治郎です。よろしくお願いします。」
木製の箱を背負った男がそう名乗る。その声は太陽のように優しく、温かった。
しかし、その箱からは、何か人間ではないモノが入っているような気配がしたような気がした。
身の危険を感じたら、即刻村を出よう。
足先は軽く小刻みに震えていた。
「……夜になったら鬼が出る。それまで、しばらくこの村のどこかで休むぞ。」
「はい!」
炭治郎は威勢よくそう返事した。
善逸は不満そうだった。
猪頭の野郎は____、異様に村の中を走り回っている。
鬼が出る夜になるまで、彼らは宿屋で泊まることとなった。
生憎、部屋は二つしか取れなかったから、くじ引きで部屋を決めることにした。
その結果、
・炭治郎と獪岳
・善逸と伊之助
で、部屋を分けることとなった。
善逸はこの部屋分けに不満があるようだった。推定、禰󠄀豆子と同じ部屋に入れないことだろう。
炭治郎と伊之助は、この部屋分けに対して、特に気にすることがなかった。
獪岳は、「あの善逸と同じ部屋にならなくてよかった」と、心底安心していた。
獪岳視点
「稲玉さん。」
炭治郎は獪岳にそう話しかけた。獪岳は明後日の方向を向いている。
「なんだ?」
「あの……、稲玉さんって____。」
何を言われるのか、怖かった。
「何かに不満を持ってます?」
その発言に衝撃を受けた。
思っていてもそれを馬鹿正直に話す奴がどこにいるんだよ。頭いかれてんのか。
「あ、いえ…。迷惑に思ったならすみません。でも______。」
他にもまだ何か言うのか。俺は眉を細めながら聞こうとしていた。
「これだけは伝えたくて。少しだけ、自分を信じてみてください。自分を信じてみたら、今よりももっと強くなれるんじゃないかと。」
別に俺は強くなりたいわけじゃない。
生活のために鬼殺隊やってんだ。
でも、そんなことを直接言ったらその純真無垢な瞳に悪いような気がした。
だから、軽く相槌を打ってその後は黙ってそっぽを向いた。
善逸視点
その日の夜。
おそらく鎹烏が言っていたであろう鬼は、現れた。
「実に馬鹿だな。鬼狩りが何人増えても同じことだと言うのに。」
その鬼は、十二鬼月に近い強さを持っていた。身の危険を感じる。手には冷や汗が流れ落ちる。
本当は逃げたかった。泣き出したかった。喚きたかった。気絶したかった。
けど、獪岳の前だから泣き喚くわけにはいかなかった。気絶するわけにもいかなかった。逃げるわけにもいかなかった。
「俺だってやれるんだ」って、証明するために。
「伊之助と俺、獪岳と善逸で二手に分けて戦おう。」
炭治郎はそう提案した。伊之助も賛成する。
「それはなかなかいい案だな!よくやった!カン十郎!」
相変わらず名前は間違えていた。誰だよ、カン十郎って。
獪岳は、「なんであのチビと一緒なんだよ」と、ボソボソ呟いているようだった。
チビってなんだよ、チビって。俺にははっきりと聞こえてんだよ。
俺も炭治郎の提案に賛成する。本当は、獪岳と同じ気持ちなんだけど。
「作戦は練った?じゃ、こっちから攻めてあげるよ!」
その鬼はそう言った。
一同、身構える。
………ケッキジュツ・ユウネンユウソウ
その鬼の血鬼術は、自身の心の闇を具現化して、その闇の中に閉じ込めてしまうものだった。
俺は運良くその術の効果範囲外に入っていた。炭治郎と伊之助は範囲内だったが、心の闇がなさすぎてかからなかったのだろう。
唯一かかったのは、獪岳だけだった。
「____兄貴!」
獪岳視点
俺は気がついたら、水の中に沈んでいた。
息はできるが、抗えない。
壁はあるが、触れられない。
この水の中は深すぎて、底が見えない。
どこもかしこも暗かった。
悲鳴嶼さん、先生、善逸、炭治郎、___。
様々な人の顔が思い浮かんだ。
「誰か……助けて、くれ……」
助けを求めても、水の中で反響し続けるだけ。
誰も助けてはくれなかった。
___、このまま俺は死ぬのかもしれない。この命が絶えるのかもしれない。
そんなのは怖い、耐えられない。
誰か助けてくれ、助けてくれ。
そう願い続けた時だった。
〈少しだけ、自分を信じて、認めてみてください。自分を信じてみたら、今よりももっと強くなれると思いますよ。〉
今の言葉。
炭治郎が俺に言ってくれた言葉だった。
自分を信じる?認める?
無理に決まっていた。そんなこと、できるわけがなかった。
〈獪岳、そう何度も『無理』って言うな。お前にはきっとできる。きっとだ。〉
先生___。
でも、俺はこんなにも弱くて___。
〈もし、獪岳が怖い目にあっても、私が守る。だから、安心しろ。〉
悲鳴嶼さん____。
今、やってみるから。見ててくれ、みんな。
「【雷の呼吸肆ノ型・遠雷】!」
善逸目線
獪岳はまだ戻ってこない。
禰󠄀豆子ちゃんが「起きて」と言わんばかりにゆすったりしているが、一向に起きる気配がない。
炭治郎も伊之助も、別の術に引っかかっているから戦いに加勢できそうにない。
どうやら、この状況を打開できるのは、俺しかいないようだった。
「鬼狩りはこの程度か?じゃ、この耳飾りの鬼狩りを殺すとす___、」
そう言いかけた時、禰󠄀豆子ちゃんがその鬼に思いっきり蹴りを入れた。
「ゔがっ”!なんだこの餓鬼!」
よくやった、禰󠄀豆子ちゃん。
それと同時に、獪岳がこう叫んだ。
「【雷の呼吸肆ノ型・遠雷】!」
獪岳の目がゆっくりと開く。
その瞳は、覚悟の決まりきったようなものであった。
何かを頑張ることに必死な瞳。
「おせぇんだよ、いつもいつも。」
俺は悪態をついた。
獪岳は軽く睨む。俺の発言が気に障ったようだった。
「わりぃな。なかなか出てこられなくて。」
「鬼狩りが何人増えようと、同じこと。」
その鬼はそう言って、また術をかける準備をした。
「【血鬼術・有念……!」
「その手には乗らねえよ。」
そう言いながら真っ先に鬼の腕を斬りつける。
雷の呼吸肆ノ型・遠雷。
その速度は俺の霹靂一閃より劣るが、実に正確な動きだった。
「んな……ば、馬鹿なっ……」
鬼は悔しそうに口を噛み締める。
獪岳はそれを見て、こう言い放った。
「覚えておけ、俺は二度同じ手にかからねえ。」
そして、獪岳は刀を構え直す。そして、また技を繰り出した。
「【雷の呼吸弐ノ型・稲魂!】」
四方八方に広がる、稲妻のような斬撃。
鬼の体はバラバラに砕け散る。
「よし。あとは…、【雷の呼吸……」
獪岳が再び技を繰り出そうとした時、鬼はこう術を唱えた。
獪岳の四肢は空中で止まり、それ以上動けなくなった。
「クソがっ!なんじゃこりゃ!」
「先程威勢よく『同じ手にはひっかからねえ』と言ったのは、どこのどいつかな?」
鬼は獪岳の悔しそうな顔を見て、喜ばしそうにしていた。
___兄貴、ありがとう。
おかけで、俺も技を繰り出せるようになったよ。
「【雷の呼吸壱ノ型……」
「またそれか?もう飽きたぜ。」
鬼は呆れたような口を開く。俺を舐めているようだった。
「霹靂一閃・六連】!」
六回に渡り素早く移動し、鬼の首を斬りつける。
首は二・三回程度回転し、やがて真っ逆さまに地面に落ちた。
同時に、三人にかかった術が解ける。
開口一番、伊之助はこう言った。
「腹減った!なんか食わせろ!」
「いや開口一番にそれかよ!」
俺は呆れた。伊之助がこんな奴だとは知っていたけど。
炭治郎の術が解けた時、禰󠄀豆子ちゃんは炭治郎の方に駆け寄った。
「ムー!ウームー!」
何を言ってるのかはわからないが、嬉しそうなのはよく伝わる。
よかった。全員生きていて。
「お前あんなこともできたんだな。」
獪岳はそう呟いた。
「知らなかったのかよ。俺はあんたに見せてないから知らないのも当然か。」
「なんだと?」
そう言いながら、俺の髪を強く掴む。
「い”だい”い”だい”!い”だい”よ”!ハゲる!頭ハゲる!」
「ハゲろよチビ!」
「なんだと!このカス!」
兄弟喧嘩のような馴れ合いが続く。
兄貴とこうやって喧嘩できたのは、今回がはじめてだった。
今までは、兄貴に一方的に責められるだけだったから。
獪岳視点
夕飯の時、俺は炭治郎達に過去のことについて話した。
俺は孤児だったこと。寺の金を盗んで責められた挙句、寺から追い出されたこと。その逆恨みから藤の香炉の火を消して、鬼に寺にいた子供達を売ったこと。他の型は全てできたが、壱ノ型だけは唯一できなかったことなどを。
「最低だな、お前。」
善逸は率直な感想を述べる。言われて当然だった。
「お前山賊か?」
伊之助はそんな疑問を俺にぶつけてくる。
俺は反論する。
「断じて、山賊なんかじゃねえよ。」
炭治郎はそれを聞いて、しばらく考え事をしているようだった。
それが固まったのか、俺に向かってこう言った。
「大丈夫だ。罪は一生消えないが、人はきっと生まれ変われるから。」
その瞳は誰よりも優しく、温かい。
泣きたくなるような慈愛の心に満ちていた。
「俺、ずっと不安だったんだ。こんな俺でも、人助けができるのかって。」
俺は安心したようにそう言った。
炭治郎は「きっとできる」と、肯定してくれた。
あの一件から一週間ぐらい経った時のことだった。
俺がお世話になっている藤の花の家紋の家の中から、先生にもらった羽織が出てきた。
海のように青く澄んだ、善逸と色違いの羽織。
もらってから一度も袖を通したことがなかったせいで、綺麗なままだった。
俺はしばらくそれを眺めてから、こう独り言を呟いた。
「今ならわかる。先生が言おうとしてくれたこと、考えていたこと。」
そして、今まで一度も着たことのないソレを、たった今着てみる。
全身鏡には、羽織に袖を通した俺がいた。
「……はは、似合ってねえな。」
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