テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
あの日、涼ちゃんから聞いた話では、今まで交際に発展した恋はないとの事。
なんだ、俺も涼ちゃんも、恋愛に対してはこんなにも不器用だったんだ。やっぱり似てるね、俺たち。
そんな嬉しくない共通点を確認したところで、この気持ちをどうすればいいのか全くわからない。ミセスのために、蓋をし続けるつもりだったのに、涼ちゃんは自尊心が低すぎるし、そんな彼に対して俺は心が暴れ回るし、もうなんだか訳がわからなくなってきた。そこで、俺は不本意ながら、若井の意見を聞いてみることにした。
若井をゲームに誘い、俺の部屋に来てもらった。久しぶりのゲームに若井はテンションが上がっている。
「よぉーし、じゃあ俺から選んでいい?」
「いいよ。あのさ、俺、涼ちゃんが好きなんだよね。」
へぇ、と画面を見ながら答えた若井は、なんの反応もない俺を不思議に思ったのか、丸い目をしてこちらを振り向いた。
「え?どゆこと?」
「なにが?」
「え、今なんて言ったの?」
「俺、涼ちゃんが好き。」
「だよね。」
若井は少し上を向いて、また俺に向き合う。
「改めて言うって事は…これは、ラブって事だよね?」
俺は頷く。若井は、ゲームどころじゃなくなったのか、床のクッションにコントローラーを投げた。
「まじか!?え、元貴がこんな話俺にすんの初じゃない!?」
「初だね。」
俺はなんだか若井の反応が面白くて、ニヤけながら答える。
「だって、今まで彼女できたっぽい時も別になんも言わなかったし、そもそもこれ系の話元貴嫌いだと思ってたし、えーーー何で今?」
俺もコントローラーを一旦足の間に置いて、ソファーに深くもたれかかる。
「今までのはねー、なんか違ったの。向こうが来るから付き合っただけで。勝手にもう無理とか言って離れてったけど。」
「おう、結構ひどいな。」
「でもね、涼ちゃんは違う。全然違うの。絶対離したくない。」
「お〜。」
若井が何故か照れながら感心している。照れるな、俺だって恥ずい。
「いーね、元貴と恋バナだね、恋バナ。」
揶揄う若井の肩をグーで殴る。あいてっ、と言って、でも顔は嬉しそうに肩をさすった。
「そんでさ、前に涼ちゃんに聞いてみたの。どんな恋愛してきたのかって。」
「わおド直球。」
「そしたらさ、涼ちゃんも、人を好きになるのが怖いとかって言ってて、俺も涼ちゃんもこのテに関してはめっちゃ不器用な事がわかったの。」
「ほう。」
「若井はさ、なんで付き合ってんの?付き合う意味って何?なんで付き合わなきゃダメなの?」
うーん、と若井は手を顎に当てて考える仕草をして、俺の馬鹿みたいな質問に真剣に答えてくれようとしていた。
「元貴はさ、誰かに涼ちゃんを取られるのヤじゃない?」
「…嫌だけど…。でも本当に好きなら、相手の幸せを願う、みたいな事も言うじゃん。取られたくないから、独占すんの?そのために付き合うの?」
「そういう訳じゃないけど…。俺、好きな人のために身を引くってアレ、意味わかんないんだよね。」
「なんで?」
「だって、俺がその人を最高に幸せにしたいもん。自分じゃなくても、誰かがその人を幸せにしてくれるなら…とかって意味わからん。その誰かが幸せにするかどうか関係ないじゃん。俺が、全力でその人を幸せにしたいから、付き合う。俺はね。」
なるほど、誰かに託して身を引くってのは、つまり自分が幸せにする自信がないって事にもなるのか。俺は…もちろん涼ちゃんを幸せにしたい。俺が、したい。でも。
「ぶっちゃけ、バンド内でこういうのってヤバいよな?」
「それは…まあ確かに。うまくいけばいいけど、万が一拗れたら、地獄よな。」
俺は恋愛沙汰で解散したバンドをいくつも見てきた。それだけは避けたい、絶対に。ミセスがなくなってしまうのは、涼ちゃんを失う事とイコールなのだ。
「やっぱ無理かぁ…。」
「いやいや待て待て。感情のままに突っ走らなけりゃ大丈夫だと思う、元貴と涼ちゃんなら。」
「まじ?」
「知らんけど。」
俺は若井を蹴った。
その日は結局、まずはデートにでも誘って、様子を見ろと若井にアドバイスをされた。若井が言うには、 デートというのは、自分の中で相手と付き合うイメージを固め、同時に相手に『俺と付き合うとこんな感じの楽しい毎日が待ってるよ』とアピールする場、らしい。
デート?
デートって、なんだ?
確かにいつも2人きりの時は、俺が弱ってるのを一方的に慰めてもらってばかりだ。デートか…安直かもだけど、買い物にでも誘ってみるか。
次の休みに、俺は涼ちゃんを誘って、雑貨屋に来ていた。おしゃれなインテリアを見ているだけでも、心が弾んだ。涼ちゃんも、目をキラキラさせていろんな小物を物色している。
「元貴は何を買いに来たの?」
「いや、別に何って訳じゃ無いんだけど、涼ちゃんとどっか出かけたくて。」
「そーなんだ、なんか嬉しいな〜。」
2人で会うのなんか、夜に俺のメンタルケアするためだけだったもんな、なんかごめんな涼ちゃん。1人ちょっと反省をする俺をよそに、嬉しそうに鼻歌まで出している涼ちゃん。それを見て、これはなかなか好感触なんじゃないか?と俺は考えていた。
俺は、とある棚の前で立ち止まり、それぞれの商品説明を熟読し始めた。涼ちゃんは少し離れたところをうろうろしていたが、俺があんまり真剣に商品を見ているからなのか、俺のそばにやってきた。
「なんかいいのあった?」
「んー、これさ、良さそうじゃない?」
ルームフレグランスの棚にある、いくつかの香り。スティックタイプや、スプレータイプなど形も様々だ。
俺はいくつかテスターを試す。涼ちゃんも横で、これいい香り〜、と楽しんでいるようだ。
「これ、どうかな?」
俺はテスターを涼ちゃんに渡す。涼ちゃんは顔の前でテスターの紙をパタパタと振る。
「うん、いいね、優しい香りだ。」
「これ、涼ちゃん好き?」
「うん、これくらいの香り、大好き。」
俺は、スプレータイプとスティックタイプの両方を持って、ちょっと買ってくるね、と涼ちゃんに告げる。涼ちゃんは、もう少し店内を楽しむために、1人で他の棚へ向かって歩いていった。
適当なカフェで、ランチを食べて、俺たちは帰宅の途についた。
歩きながら、俺はさり気なく涼ちゃんの左手を取る。涼ちゃんは優しく手を握り、そのまま他愛もない話をしながら歩いてくれた。
別れ際、俺は涼ちゃんに、先程のルームフレグランスを手渡す。ちゃんとプレゼント包装済みだ。
「え?これ元貴が自分に買ったんじゃないの?」
「ちがうよ、これはー、なんて言うか、いつものお礼?」
「えー…嬉しいありがとう〜。」
涼ちゃんは両手でショッパーの持ち手を広げて中を覗く。プレゼント包装のそれを見て、とても嬉しそうに微笑んでくれた。
それからも、相も変わらず俺は、1人の夜に飲まれそうになると、涼ちゃんに会いに来てもらった。
黙ってハグをしてくれて、その肩に顔を埋めると、あの優しいフレグランスが香る。俺は、自分のマーキングを確認するかのように、彼のその香りを胸いっぱいに吸い込むのだった。
どうしても貴方を独占したい気持ちが消えない。これは完璧な愛じゃないかもしれない。貴方を振り回している自覚はあるし、今はこのハグだけでも充分過ぎるほどだ。
だから、だからどうか、俺のそばからいなくならないで、と願いを込めて、彼の香りで自分を満たすのだった。