テラーノベル
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桃が美味しい季節になった。
果物のなかで桃が一番好きだと言う仁人にとっては嬉しいのか、「昨日食べた桃が美味しくてさー」とにこにこ報告してくるのが無邪気で可愛らしい。桃を見るたびにきらきらと目を輝かせるのが面白くて、桃のスイーツを見かけては購入するのを繰り返している。
「はよー、仁人よかったらこれいる?」
「おお、おはよ……あっ桃!良いの?」
「どうぞどうぞ。1個しかないからみんなが来る前に食べちゃいな」
「ありがとう!」
紙袋から慎重にグラスを取り出した仁人は両手で掲げてほぅ、と感嘆した。透明な瓶のなかにぎっしりと桃のコンポートが入っている。下にはムースも入っており小さなパフェのようなスイーツに仁人の目がきらめいた。
「すごい美味しそう……嬉しいけどほんとに俺がもらって良いの?」
「いいってば。俺仁人が美味そうに食ってるのを見るのが趣味なの」
「なんだその趣味やめろよ」
悪態をつきながらも喜びを隠せきれずに表情は緩んでいる。仁人は一緒に入れられていたスプーンを取り出すとそっと桃をひとくち頬張った。
「うっま……勇斗これうまい!」
「よかったねぇ」
「ええー、すごい……すごいうまい……めっちゃ桃……」
感動しているのかいつもの堪能な語彙が溶けている。その様子を頬杖をつきながら眺めていると、急にスッと目の前にスプーンが差し出された。
「勇斗もこれ食べてみて!」
「えっ……いやいいよ仁ちゃん全部食べなよ」
「美味しいから食ってみろって!ほら!」
断っても引かずに更にずいとスプーンを近づけてくる。匙の上に載せられた桃は鮮やかなピンク色をしていて、興奮して色付いた仁人の頬とそっくりだった。
せっかくの好物なのだから独り占めすればいいのに、何でも共有したがっている子どものようで思わずニヤける。「何だよ」と眉を寄せた仁人の機嫌を損ねないうちにぱくりと口にした。
「ん、これうまいな!」
「でしょ!桃の瑞々しさとムースの甘さが丁度良くてさぁ」
まるで自分の手柄のように胸を張った仁人は満足気ににこーっと笑った。勇斗の同意が得られて嬉しいらしい。喜びすぎだろ、と微笑ましい気持ちになる。満面の笑みを浮かべる彼に「仁ちゃんは本当に桃が好きねぇ」とからかうと、仁人はパチリと瞬いて少し照れたようにはにかんだ。
「うん、大好き」
「…………」
はぁ、と思わずため息が出る。
「お前ほんとあざといな……」
「あん?」
時々その無自覚さに心配になってくる。だがこの無自覚さが彼の沼たる所以なのだろう。一度入ったが最後、どんどん深みに嵌って抜けられなくなるのだ。
夢中で食べ進める仁人を見ていると日々の疲れが取れるようだ。ウサギがシャリシャリと葉を食べている姿を見て癒やされるのと似ている感覚がある。ひたすら仁人の様子を眺めていると「おはよぉ。あ、なんかええもん食ってんなぁ」と太智が眠そうに楽屋に入ってきた。
「おはよ太智。……ひとくち食う?」
「……あーええわ大丈夫。勇ちゃんもほどほどになぁ」
「ははは、いやぁついね」
勇斗がこうして仁人に桃関連のスイーツを献上していることは太智たちメンバーにはバレている。見ていると癒されるのだと滔々と説明したはずだが、毎回「あ、また勇ちゃんがよっしーを餌付けしてる」「吉田さん貢がれてんなぁ」「餌付けっていうか給餌やない?求愛行動の」などと好き勝手言われている。
どうせこの一夏だけのことだ。もう少し楽しませてもらおうと再び視線を向けると、んぐ、と仁人がくぐもった声を漏らした。
「あーあ、おいちゃん何やってんの」
どうやら頬張りすぎて果汁が口の端から垂れたらしい。明らかに失敗したと眉根を寄せて、服が汚れないよう固まっている。
「拭いてやるからじっとしてな」
「ん」
テーブルの上に置いてあるティッシュ箱から数枚手に取る。仁人はぎゅっと目をつむり拭ってもらうのを素直に待っている。
「…………」
こうして目を閉じているとまるで絵画のようだとぼんやり思う。目鼻立ちがはっきりしていて色白で柔らかそうな肌の質感など、どことなく神聖ささえ感じるほどだ。それでいて唇が果汁でしっとりと濡れているのが淫靡でもあった。
「勇斗?まだ──」
──ちゅっ
──ブハッ
ハッとして横を向くと太智がペットボトルを片手に持ちながら盛大に口元を濡らしていた。さっきの音は水を思い切り噴き出した音らしい。
「だ、太智大丈夫か?ティッシュ使う?」
「いやいやいやなに平然としてんねん!?え!?いまなんで吉田さんにキスしたん!?」
「え?キス?……えっ俺いま仁人にキスした?」
ぎょっとして仁人に顔を向けると目を見開いて固まっている。大きな音にびっくりしている猫のようだ。
「あー……完全に無意識だったわ。ごめん」
「うわーーーいややメンバーのキスシーン見るの!キッッッツいて!おれのいないとこでやって!」
「ほんとごめんて……」
太智がソファに倒れ込みながら暴れている。ファンに向けた年長組の絡みに人一倍無関心な彼にとっては多大なストレスを感じたらしい。
恐る恐る仁人へと視線をやれば怒るでも戸惑うでもなく、何故かひどく心配そうな顔をしていた。何を言われるのかと思えば仁人は「お前大丈夫か……?」と深刻そうな声音で呟いた。
「勇斗ちゃんと寝れてる?疲れてるんじゃ……?」
「いや全然元気……」
「無意識にキスするなんて絶対やばいって!今日は帰ったらちゃんと飯食ってすぐ寝ろよ?インライするのも無しだからな!?」
「あっはい……」
てっきり照れたり動揺するだろうと思っていただけに寧ろ心配をかけて申し訳ない気持ちになる。熱はないかと額を触ってくる仁人の唇に自然と目が向く。何となく自らの唇を舐めればほのかに桃の味がした。
「あー……」
耳が熱い。手で顔を覆ってうなだれる。仁人の「勇斗?」と困惑した声にも返事をする余裕もなかった。
ミスったな、と自嘲する。
これでは桃を見るたびにあの柔らかさを思い出してしまう。
#阿部亮平
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コメント
1件
あら、いい話……! 桃の描写から始まって、仁人くんの桃好きが可愛いなって思ってたら、まさかあのラストに繋がるとは。勇斗くんの無意識の行動、ドキッとしました。太智くんのリアクションも最高で、思わず笑いました。日常の何気ないやりとりがこんなに甘やかで温かいなんて。桃の味がするキス、というラストも印象に残りました。続きが気になります!