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釣り小屋には大きめの窓がある。私とリズは慎重に近付き、見える範囲に少女の分身がいないかを確認した。この窓は湖側に面していて、バルコニーへ行き来ができる。湖上に作られたバルコニー……テーブルと椅子も置かれていて、ここで景色を眺めながら食事なんてしたら素敵だろうな。こんな状況でなければ、リズと一緒に盛り上がれたのに。
バルコニーには今の所分身たちの姿は無かった。入り口の扉だけでなく、窓も何かで塞がないと。
「クレハ様! あそこ、桟橋の上……」
自分達がいる場所から釣り堀と、そこに繋がる桟橋が見える。リズは私にそちらを見るよう促す。桟橋の上にはレナードさんとあの黄色い少女がいた。
レナードさんは少女と戦っている。彼と戦っているあの少女が本体だとルイスさんは言っていたな。さっきは動転していて同じにしか見えなかった少女達が、比べてみるとかなり違いがあったことに気づく。本体と呼ばれている方は、少女と見間違えてしまうくらい人間と変わらない姿なのに対して、さっき私達を襲おうとした分身の方は、動作も緩慢で顔立ちものっぺりしていて、より作り物めいていた。どちらも無表情なのは変わらなかったが。
「……レナードさんとルイスさん、お二人共強いですね」
「うん……」
桟橋を見つめながらリズが呟いた。レナードさんに切り落とされたはずの少女の腕が治っている。体を液状化させた後、再び人の姿を形成した時に元に戻ったのだろう。少女は治った腕を剣のように変形させてレナードさんに応戦しようとしているが、また切断されてしまうのも時間の問題な気がした。少女はレナードさんからの攻撃を受けるのが精一杯という感じだったからだ。
分身よりは身のこなしが軽快で、流石本体と言ったところではあるけれど、レナードさんに攻められっぱなしで反撃することができていない。彼のしなやかで長い腕から繰り出される斬撃は鋭く重い。剣がぶつかる度に少女はバランスを崩して倒れそうになり、立ち位置も桟橋の端へと追いやられていく。
包丁を握り締めて戦う決意表明をしたのはいいけど、私達がこれを振り回す機会は無さそうだ。それほどまでにレナードさんとルイスさんの強さが圧倒的だった。未知の生物に慌てることもなく、冷静に対応している。彼らはレオン直属の部隊兵……弱いはずが無かった。
大したことないとルイスさんが語ったように、彼らにとって少女の戦闘能力はさほど脅威ではないのだろう。私から見ても少女達はふたりに対して全く歯が立っていないのが分かる。
しかし問題は、少女達は切られても時間が経つと復活してしまうことだ。本体の少女を討ち取れば分身も消えると予想されてはいるけど。その本体をどうやって倒せばいいのだろうか。
その時、ドンという鈍い音と共に窓ガラスが揺れた。至近距離にいた自分の顔にもその振動が伝わってくる。
レナードさんが消えた……? いや違う、何かに視界を遮られた。驚き過ぎると声って出なくなるんだな。私の目を覆ったのは手の平だ。ガラス1枚隔てた向こう側から、私の顔面に平手をするかのように叩きつけられた手の平……もしガラスが割れていたら大惨事になっていただろう。
ガラスに両手をつき、へばり付いていたのはさっきまでいなかった少女の分身だった。時間にしたらほんの僅かな間だったのだけど、桟橋の方に気を取られている隙に接近されていた。
「クレハ様!!」
リズが私の腕を掴み、無理やり窓際から引き離した。動悸がする……呼吸が苦しい。恐怖でまた体が動かなくなっていた。こんな有り様でよく戦うなんて言えたものだ。
「ありがとう、リズ。私ったら戦わなきゃなんて偉そうに言ったクセに格好悪いね……」
「そんなことありません……クレハ様はここまでずっと私を気遣って助けて下さいました。一緒に頑張りましょう」
包丁の切っ先を少女の分身へ向けながら、リズは強張った体を支えてくれた。私も負けじと、さっき落としてしまった包丁を拾い上げ構える。分身は私とリズの威嚇など気にも留めず、窓を破ろうと腕を上げた。しかし、その腕が下ろされる事はなく、分身の体はどろどろと崩れていった。
分身が腕を上げる直前に、屋根の上から何かが落下してきたのだ。更に少女の分身が増えたのかと警戒したが、すぐにその正体が分かったので私達は胸を撫で下ろす。
「危ないから外から見えないように、もっと部屋の奥にいてね」
「ルイスさん……ありがとうございます」
屋根から降りて来たのはルイスさんだった。窓にへばり付いていた分身を、背後から一刀両断。あっという間に倒してくれた。
彼は普段より早口で私達に忠告すると、バルコニーにあるテーブルを足場にして、再び屋根の上に飛び乗った。ルイスさんは見晴らしの良い屋根の上を基点にして、小屋に近づいてくる分身達を順番に倒しているようだ。分身の数は数十体だっけ……いくらルイスさんが強くても、その数を相手にするのは大変だろう。分身は倒しても復活するのだ。ルイスさん達の足を引っ張ってはいけないな。
「クレハ様、ルイスさんの言う通りにしましょう」
「うん……」
ルイスさんの指示に従い移動することにした。窓の少ない隣の調理室へ向かう。
バルコニーには少女の崩れた体の残骸が散らばっていた。これもしばらくしたら元に戻ってしまうんだな……。蠢くそれらを眺めていると、その中に奇妙な物が混ざっているのを発見した。白い紙切れのような……
「ねぇ、リズ。あれ何だろう」
「あっ! 駄目ですよ、近付いちゃ……」
少しだけだからとリズを説得して、もう一度窓際へ向かう。近くでよく見ると、やはり紙だった。5センチ角くらいの白い紙。そういえば少女が紙の束を持っていた。その後すぐにレナードさんが少女へ切り掛かって……私とリズは釣り小屋へ向かって走ったから、紙をどうしたのかは見ていない。分身の体の中にあったのかな……あの時少女が持っていた紙と同じ物なのだろうか。
紙はぼんやりと光を放っていた。黄色のようなオレンジのような淡い光。まるで……
「この光、魔法みたいだ……」