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日曜日。

急に開かれたガーデンパーティなのに、忙しいはずの親族がほとんど集まっていた。


落ち着いた緑の庭園で、談笑している人々に、統吉が呼びかけた途端、静かになる。


統吉は多忙なところ、呼び出してすまないと詫びたあとで、蓮を呼んだ。


派手さを抑えた赤に黒い柄の振袖を着た蓮が祖父の側に行く。


ポニーテールのように高く結い上げて飾りをつけた長い髪を揺らして、蓮は深々と頭を下げた。


「丈一郎の次の後継ぎは、正式に蓮に決めようと思う」


集まった親族がざわつく。


それはもう決まっていたことだが、此処でいよいよ、蓮の夫となる人物が紹介されるとみな、身構えたからだ。


誰に媚を売るべきか、早速算段しているものと思われる。


「蓮の夫は……」


統吉は視線で、和博を探す。


だが、先程までそこらで調子に乗っていた和博が何処かに行ってしまっていた。


人間あそこまで調子に乗れるものだろうかな、と思うくらい調子に乗っていたのに。


さすがのおじい様も不安を覚えるほどに。


「蓮の夫は俺だ、ジジイ」

と声がして、屋敷の方から渚が現れる。


うん。

まず、言いたいことがある。


ジジイはないだろ。

ジジイは……と蓮は頭を抱えた。


どうして、最初から喧嘩腰なんだ?


だが、渚がなにを言ったわけでもないのに、こちらに来る彼のために、勝手に人波が割れ、道が開かれる。


客観的に恋人を見ながら、蓮は、こういうのがカリスマ性があるって言うんだな、と思っていた。


ちなみに和博には、それはない。


だが、祖父は、和博はあくまで蓮のサポートだと思っているので、そこのところは問わないようだった。


「稗田社長じゃないか」

と何人かが呟くのが聞こえた。


しかし、それにしても……。


こんなときになんなんだが。


やっぱり格好いいな、渚さん。


うちの一族も美形ぞろいだと思うが、一際目を引く、と蓮は思っていた。


……まあ、好みの問題かもしれないが。


「稗田渚です。

蓮をください」


統吉の前に進み出た渚は、統吉を見下ろし、そう言った。


上から言うな。

しかも、上から目線で言うな。


いや、言葉としては丁寧なのだが、なんだか口調がそんな感じだ。


『大丈夫だ。

俺が土下座しても、ジジイに頼んでやる』


確か夕べ、そう言っていた。


だが、現実には、渚は統吉を上から見下ろし、威圧的に物を言っている。


逆らうなら、斬る! くらいの勢いだ。


いや、もしかして、この人、これでもへりくだっているつもりなのか?


「蓮をください、ジイさん」


ジイさんもおかしいよっ?


だが、さすが、百戦錬磨の統吉は、若造の一睨みを見返し言った。


「和博をどうした?」


「さあ?

トイレから出てこられないみたいですが。


なんせ、此処の家の手錠は、なにをやっても外れないらしいので」


離れた位置で未来が笑っている。

統吉は、ちらとそちらを見ていった。


「……あの未来を抱き込んだか。

さすがだな」


さすが渚は野生の勘で、気を抜いたらやられる相手だと悟ったらしい。


「蓮を渡せ、ジジイ」

と更に高圧的に言ってきた。


土下座しに来たんじゃなかったんですか? 渚さんっ。

最初の目的、覚えてますかっ? 渚さんっ。


だが、もちろん、統吉も負けてはいない。

普通の人間ならそれだけで怯む眼力で渚を見上げる。


「蓮はわしが手塩にかけて育てた孫じゃ」


いえ、育てたの、友江さんですけど……。


「泥の中でも凛と咲く蓮の花のようにと育てた娘じゃ」


ほう、と腕を組み、渚は言う。


「その穢れない孫娘様は、もう俺のお手つきで、けがれてしまったから、よそ様には差し上げられないよな」


渚さーんっ!


「誰も引き取り手がないだろうから、俺がもらってやろう」


さすがの祖父も此処で呆れたように、疑問をていしてきた。


「……お前。

頭下げて蓮をもらいに来たんじゃないのか」


「下げてるだろう」


一度も下げてないですよっ?


蓮の横で、腹を抱え、爆笑している男が居る。


「笑いすぎです、お父様……」


息ができないくらい笑いながら、父、丈一郎じょういちろうは、

「さすがだ、蓮」

と言ってきた。


なにがですか、と赤くなる。


よくあんなもの見つけてきたな、と言いたいのだろう。


母はといえば、渚を上から下までチェックし、頷いている。


愛らしく賢い孫を連れて歩きたい、と言っていたから、とりあえず、渚でオッケーなのだろう。


そういう人だ。


次に、側に居た友江をちらと窺う。


この人が一番気になるんだが、と思っていると、

「未来が認めて、手を貸した相手です。

私も認めましょう。


それに」

と言う。


「それに?」


「徳田さんが育てたお坊っちゃまだから、大丈夫じゃないですか?」


そう淡々と言う。


「えっ、徳田さんと知り合いなのっ?」


「今日、渚さまと来て気づいたのですが」


背後でした声に、わっと振り向く。


いつの間にか、後ろを取られていた。


さすがだ。

徳田さん……。


こうして見ると、友江と徳田はよく似ている。


「女学校時代の同級生でございました」

とお互いを手で示す。


そ、そんな感じですね。

っていうか、どんな学校なんですか、そこ。


メイド長養成学校みたいだな、と蓮は思った。


そんな中、渚は、

「蓮と別れるなんて選択肢はない」

と統吉に向かい、言い切っていた。


「心臓持ってかれたみたいに、ずっと蓮のこと考えてるのに、それはない」


真顔で言う渚に、祖父の斜め後ろに居た祖母が、まあ、と赤くなる。


統吉の袖を引き、

「いいじゃありませんの。

まるで若い頃の貴方みたいですわ、この方」

と言う。


その言葉を聞いた統吉が少し照れる。


この老夫婦は今でもラブラブなのだ。


大事な妻にそう言われ、統吉は低く唸ったあとで、


「わかった。

じゃあ、好きにせいっ」

と言った。


「おじい様っ」


負け犬の遠吠えのように統吉は、

「せいぜい飽きるほど側に居るがいい。

飽きたら返せよっ」

と渚に言っていた。


「いえ、返しませんよ」

「なに?」


「飽きたら、今まで俺をさんざ振り回した罪で奴隷にでもします」


……渚さん。


なに言ってんだ、と項垂れる蓮の横で、統吉は笑い出した。


「お前はほんにわしと似とる!」


そうですね。

似てるかもしれませんね。


この強引なとことか、ワンマンなとことか、人でなしなところとか。


ぐったりする蓮の横で、統吉はご機嫌だ。


「つまりは、蓮はわしが好きなんじゃな」

「はあ……そうかもしれませんね」


まあ、おじい様の機嫌がいいなら、それでいいか、と思って、その話は流した。


「まあ、お前も蓮に飽きんじゃろう。

わしもまだ、富子に飽きとらんからのう」

と祖母に言い、祖母は、まあ、と頬を赤らめていた。


「ああそうだ、蓮。

わしは別に具合は悪くない」


「……わかってましたよ」


そんなツヤツヤした病人が居ますか、と言う。


「でも、おじい様ほどの方が、あんなつまらぬ三文芝居を打つから、そこまで切羽詰まっているのかと乗ってさしあげたんですよ」

と言うと、そうか、と言う。


「だが、なにも嘘は言っとらん。

わしも老人じゃ百年以内には死んでおる」


「そんなの私だって、死んでますよ……」


そこで、渚は、統吉を見て言った。


「結婚を許してくださってありがとうございます」


ようやくまともになった渚の口調に、統吉も威厳を取り戻し、うむ、と頷く。


「貴方の望み通り、蓮にはこの家を継がせてください」

「えっ?」


「俺が稗田の家を出ます」

「渚さんっ」


渚がそんなことを考えていたとは思わなかった。


慌てる蓮の後ろで、統吉が、

「お前は、阿呆か」

とそんな渚の決意を切り捨てる。


「蓮がこの家を捨てられぬようにお前も捨てられんじゃろう。

まあ、子供でも作れ」


祖父の言葉に、またか、と思う。


「何人か産んだら、誰かがそれぞれを継ぐだろう。

わしもそれを見守ろう」


「何十年も元気な想定だな」


すげえな、ジジイ。

気に入った、と小声で渚が呟いていた。




渚はしばらく、統吉と、寄ってきた親族たちと話していた。


調子のいい人たちだなあ、と蓮は、池のガゼボから、その親族たちを眺める。


「そろそろ和博さん出してやろうか?」


側に立つスーツ姿の未来が言った。


「いやあ、もうちょっと置いておいて。

今出してくると、面倒だから」


「薄情な従姉妹だね」

と未来は笑う。


未来が女の子たちに呼ばれ、行ってしまったあとで、蓮はひとり、ガゼボの白いベンチでうつらうつらとしていた。


夢の中では、まだ咲かぬ蓮の花が咲き乱れ、その中を誰かがこちらへ歩いてきていた。


頭になにか軽いものが載せられる。


蓮は目を開けた。


「うん」

と花はなくとも、美しい蓮の池を背に、渚が頷く。


「着物には間抜けだが、よく似合うぞ」


「だから間抜けなときに載せないでくださいよ~」

と赤くなりながら、ティアラを外そうとしたが、その手を止められた。


ひざまずいた渚が蓮の両の手首をつかんだまま、口づけてくる。


目を閉じると、涼やかな池の風が感じられた。


「蓮、結婚してくれ」

そう言う渚に、蓮は微笑む。


「じゃあ、飽きるまで側に居てください」

「……どっちが?」


「貴方がに決まってるじゃないですか」


「まあ、そうだな。

いっそ、飽きさせて欲しいかな」

と渚は言い出す。


「仕事中も、ついついお前のこと考えてるし」


「なに言ってんですか」

と蓮は赤くなる。


渚を見つめて言った。


「渚さん、此処まで来てくださってありがとうございます」


「連れて逃げるのは簡単だが、出来るなら、みんなに祝って欲しいからな」


お前もそう思ってるから、この場に来たかったんだろう? と言われる。


「私は、年寄りに弱いんですよ……」


あんな我儘わがままなジイさんですが、と蓮は言った。


それでも、大事な祖父には違いない。


「だから、渚さんに期待してるだろう、渚さんのおじい様も失望させられません。

今度は、私がご挨拶に伺います」

と言うと、渚は、うん、と頷く。


そのとき、

「蓮」

と声がした。


「お兄様」


渚が手を離して、立ち上がる。


スーツではないが、比較的、フォーマルな格好をしたこうが立っていた。


昔は自分とよく似ていたが、さすが、年とともに、顔も雰囲気も変わり、今では、港は父に似てきていた。


……のはいいのだが、その後ろに誰か連れている。


「……羽田はださん」


そちらを凝視したまま、渚が言う。


「誰だ」

「課長代理です」


「これがか」


「実は、お兄様が真面目に働いてらした頃のお友達なんです」


最初はそれで親しく話すようになったんだったと遠い過去を思い出す。


「蓮、真面目に働いてた頃ってなんだ」

と港は苦笑いしている。


「秋津は飛び出したが、俺は今でも、ちゃんと働いてるぞ」


そりゃわかってますけどねー。

おじい様からしたら、放蕩ほうとうですよ、と思っていると、


「蓮」

と羽田が呼びかけてきた。


「……結婚決まったんだってね。

おめでとう」


頭のティアラを見ながら、羽田が言う。


いや、ちょっと間抜けかもしれないので、見ないでください、と思いながらも、


「ありがとうございます」

と頭をさげた。


少し寂しそうに羽田は微笑む。


「じゃあ、またあとで、ゆっくり」

と兄は渚に言い、二人は池の中の小道を通って帰っていった。


「……蓮」

「はい」


「あれ、男の俺から見ても、びっくりするくらい綺麗な男だぞ」

「そうなんですか?」


そうなんですかって、と渚がつまる。


「いいのか?

大丈夫か? 後悔はないか?」


えー? と蓮は不満の声を上げ、

「でも、渚さんの方が百万倍、格好いいですよ?」

と疑いもなく言った。


「……蓮、お前の目はおかしい」


蓮は笑い、

「そうかもしれませんね。

きっと……最初から」

と微笑む。


『お前、俺の子を産んでみるか?』


いきなりそんなことを言ってきた渚を呆れて見上げたあのときから。


目を合わせた渚が笑い、ずれかけた蓮のティアラを両手で直すと、そのまま口づけてきた。


閉じた瞼の向こうに、あの日の夜景に輝いたティアラよりも鮮やかに、明るい昼の光が見えていた。





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