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そして翌日――
「で? 説明してもらおうか?」
私の仕事用デスクに座り、足をくんで厳しい視線を向けてくるトモくん。
その前で、私はフローリングに正座して頬をポリポリと掻きながら、そっと視線を逸らした。
「え、えーとですね…………アハハハハァ……」
視線を逸らした先にあるリビングの惨憺たる光景に、バツの悪い笑みを浮かべる私。
そう、昨夜は嬉しさのあまりハメを外し過ぎてしまった。
浮かれた私は由姫達と朝までどんちゃん騒ぎ。そのまま全員リビングで寝落ちしてしまい、目を覚ましたのはトモくんが鳴らしたインターフォンの音――
当然、リビングの片付けなどする時間などなく、身支度を整えるだけで精一杯。
結果、寿司桶にお菓子の袋、そしてビールの空き缶が散乱するリビングにトモくんを招かざる負えない状況に陥ってしまったのだ。
ちなみに、とても|人様《ひとさま》にはお見せ出来ないくらい、だらしのない格好で眠っている由姫達は寝室に放り込んである。
「まっ、オマエが実は『片付けられない女』だったからと言って、別に驚きはしないけど――」
「ムッ……」
トモくんのセリフに反論し掛けたが、リビングの現状を前にしては何も口に出来なかった。
ホントの私は、ケッコー綺麗好きなのに……グスン。
「それに、オレには十円カルパスをツマミに銀麦を出しておいて、そのあとに寿司をツマミにプレモルをこんなに空けた事も、別に全然、まったく、ちっとも気にしてないけど――あぐっ」
寿司桶に残っていた鉄火巻きを頬張るトモくんの冷ややかな視線に、ドンドン肩身が狭くなっていく。
「でも、コレだけは、キッチリ説明してもらわないとな」
トモくんは呆れ顔で、私の目の前にB4サイズの紙の束を突き出した――
そう、醤油とお酒が飛び散って、見るも無残な姿になってしまった私の原稿である。
「え、え~とですね……昨日は由姫の誕生日だった事を急に思い出して、そのぉ……急遽パーティなどを……」
なんとかこの場を凌ごうと、取って付けたような言い訳を始める私。
しかし……
「はあぁ? あのチンチクリンの誕生日は、確か八月だろ?」
「えっ? ちょ、ちょっと待ってっ! 何でアンタが由姫の誕生日知ってんのよっ!?」
トモくんのセリフに、狼狽する私。チームで活動していた時期が被っているのだ、トモくんが由姫を知っているのは当然だろう。
でも、誕生日まで知ってるって、どうゆう事? 普通、顔見知り程度じゃ誕生日なんて知らないわよね?
もしかしてトモくん、由姫に――
「ああ? 恵太に聞いたんだよ」
変な妄想に走りかけたとこで、トモくんの口から出た真相。
でも……
「恵太? 恵太って、アンタの跡を継いでR-4の頭張ってた子でしょ? その子が何で由姫の誕生日知ってんのよ?」
「何でって………………え? オマエ、もしかして知らないの?」
「な、何をよ?」
驚いた顔で尋ねるトモくんに、私は首を傾げる。いきなり『知らないの?』と言われても、なんの事か分からないわよ。
そんな私の反応に、トモくんは少し呆れ気味で口を開いた。
「あの二人、デキてんだよ。で、夏休みのたびに恵太から誕生日プレゼントの相談されてたからな」
一瞬、私はトモくんの言葉の意味が理解出来なかった。
えーと…………デキてる……? あの二人が……?
………………
…………
……
「えぇぇーーーーっ!! あの二人がデキてるぅぅーーーーっ!?」
勢いよく立ち上がり、私はトモくんに詰め寄った。
「ちよっ、ちょっと待ってよっ! しかも夏休みとかって、高校のときから付き合ってるワケっ!?」
「あ、ああ……高一の時からデキてたぞ、あの二人。てかオレは、それに気が付かないオマエにビックリだよ……」
私は崩れ落ちるように、ペタリと座り込んだ。
「だ、だって……鬼怒姫には、鉄の三禁が……」
そ、そう……鬼怒姫には三つの禁止事項『鉄の三禁』がある。
その三禁によって、鬼怒姫では『ドラッグ』『カツアゲ』『男』の三つが禁止されているのだ。
しかし、呆然とする私に対して、トモくんは苦笑いを浮かべた。
「そんなのもあったなぁ……でも、ドラッグにカツアゲはともかく、男禁止なんて律儀に守ってたの、オマエくらいじゃねぇの?」
「そ、そうなの……?」
「ああ。この寿司屋の……確か梅子だったか? アイツとか|一般人《カタギ》のフリして、医大生と付き合ってたしな。まっ、高三の夏にはフラレてたけど。あむっ――この寿司、美味ぇな。ちょっとシャリが硬くなってっけど」
ショックを受ける私へ、更に追い打ちをかけるトモくん。
私が横目に寝室の方を睨みつけると、ドアの隙間からコチラを覗いていた二人が、さっと消えて行った。
ア、アイツら……あとでセッキョーだ。
「そんな事より、今はコッチだ」
そう言って、私の前に原稿を――いや、かつては原稿と呼ばれていた、紙の束をつき出すトモくん。
「か、描き直すわよ。ネームは残ってるし、締め切りまで時間はあるから、ヨユーで間に合うわよ」
「クオリティを落とさずにだぞ」
「分かってるわよっ!」
睨む様なトモくんの視線から、逃げるようにソッポを向く私。
その私の視界にふとっ、舞浜で買ったネズミのぬいぐるみが入って来た。
「ちょっと待って……」
「ん? なにを?」
首を傾げるトモくんを余所にユックリと立ち上がる私。
そう、そのぬいぐるみが目に入ると同時に、私の中へ素晴らしい計画が舞い降りて来たのだ。
「やっぱり今のナシッ! いま言った事、全部忘れてっ!」
「はあ? オマエ、なに言って――」
「いいから、忘れなさいっ! そして、私の歌――じゃあなくて、私の話を聞けぇーっ!」
私は強引にトモくんの言葉を遮り、彼の前に仁王立ちで立ちはだかった。
「いい? コレは、ワザとよっ! ワザと原稿を使えなくしたのっ!」
「い、いや、だから、オマエ何言って――」
「黙って聞くっ! 実はこの話より、もっといい話を思い付いたのよ。つまりこの話はボツ!」
「ボツって……この話は歩美さんもOK出してんだろ? オレもネーム読んだけど、いい感じだったと思うぞ」
すっかり汚れてしまった原稿に、目を落とすトモくん。
場面的には、ちょうどダンスコンテストの予選が始まるところである。確かに自分でも、いい感じにまとめられたとは思う。
だが、しかーしっ!
「ちょっと話を急ぎ過ぎてると思うのよ。ここは本題の話を進める前に、千菜乃と充流の仲をより深める為、デートシーンを挟むべきだと思うわっ!」
「デートシーンねぇ……」
トモくんは私の話を聞きながら、真剣な表情で原稿に目を落としている。その表情は私の目から見ても、れっきとした編集者の顔だ。
そして、その仕事に打ち込む男の顔に胸を高鳴らせる私。
も、萌える……写メ撮りてぇ。とゆうか、鼻血が出そう……
「悪くはないわな……むしろ、いいアイデアだとは思う」
「でしょでしょっ!?」
「ただ、今からネームを練り直して、間に合うか?」
「それは問題ないわ、まだ三週間以上もあるし。同人描いてた頃に比べれば、ヌルいくらいよ」
そう、高校時代なんか、三日徹夜で同人誌一本仕上げた事だってある。
「――OK。ただ、今回の原稿までは歩美さんの担当だから、オレの一存じゃ決められねぇ。取りあえず、ネーム描いてみろよ。出来が良ければ、歩美さんに掛け合ってやる」
よっしゃー! 掛かったっ!
心の中でガッツポーズをする私。さて、ここからが計画の本番だ。
「分かったわ。じゃあ明日、取材に付き合いなさい」
「はぁ? 取材ぃ……?」
「そう取材よ。デート中の背景資料の撮影に遊園地に行くから、アンタも着いて来なさい。作家の取材に同行するのも担当の仕事でしょ?」
そう、コレが私に舞い降りて来た計画。
コレなら合法的に、トモくんとデートが出来るではないかっ!
「ま、まあ、取材に同行するのは構わんが、どこ行くんだよ? 栃の実ファミリーランドか?」
「アホかぁーっ! あんなローカルで乗り物が13個しかないショボい遊園地、中坊のカップルだって行かないわよっ!」
「ひでぇ言い草だな、オイ……じゃあ那須ファイランドパークか? そう言えば、今あそこでガン○ムのイベントやってたな」
「アンタ……東京に住んでるクセに、どうしてこの県から出たがらないの?」
ジト目を向ける私に、大きくため息をつくトモくん。
そりゃあトモくんとだったらどこに行っても楽しいとは思うけど、仮にも初デートなのだ。それなりの所に行きたいと思うのが乙女心だろう。
「じゃあ、どこ行きたいんだよ……?」
「決まってるでしょ? 遊園地と言えばTDL一択よ」
「だから、オマエは舞浜市の回し者か……?」
「いいじゃないっ! 平日だからわりと空いてるし、私は年間パスポート持ってるから経費だって安くつくし。なにより私が車出すから、交通費だってかからないし」
再び大きくため息をつく、トモくん。そして、諦めたとばかりに肩をすくめた。
「はぁ……仕事ならば、作家様には逆らえません。でも、助手席に座ってるクマのぬいぐるみは置いてけよ。アレ抱えて助手席乗るのは、もう御免だからな」
やったっ、計画通りっ! まさに、嬉しい誤算。災い転じて福となす。
神様ありがとぉぉーーっ!!