ワイとケイナは、収穫したマンゴーを市場に出した。またたく間に評判は広まった。
「ナージェのマンゴーは、まるで蜜のようだ!」
「市場に並ぶマンゴーとは別格の甘さ……!」
そんな声が、街のあちこちで飛び交っとるらしい。市場の露店で買った貴族の婦人が感嘆し、屋敷に持ち帰る。口にした家族や客人がさらに噂し、街の上層階級に知れ渡った。おまけに、そこの料理人たちまで「こんな果実、初めてだ」と驚き、デザートの主役としてこぞって採用したらしい。そら話題にならんわけがない。
となれば、次に動くのは商人たちや。評判を聞きつけた連中が、目の色変えてワイの農園へと競うように押しかけてきた。
「おい、頼む! 次の収穫分、全部うちに卸してくれ!」
「は? ふざけんな! こっちはリンゴ販売のときからのお得意先なんだ! ここのマンゴーはうちが買い取る!」
市場でも農園でも、マンゴーを巡る争奪戦が勃発しとる。取引っちゅうのは普通、値引き交渉が当たり前や。でも、ここのマンゴーに関してはそんなもん一切ない。むしろ、ワイが提示した価格でも「それでも安い」と言わんばかりに、誰も躊躇せんかった。額の汗を拭いながら、商人たちは必死で競り合っとる。
「金ならいくらでも出す! だから頼む!」
「うちの店にこのマンゴーが並べば、貴族たちが殺到するんだ!」
――金は、もはや笑いが止まらんレベルや。
帳簿を広げ、流れ込む金額を確認する。黒々としたインクが踊る数字の列。その桁が、以前とは比べものにならん。ゼロが増えるたびに、現実味が増してくる。最初は慎重に数えてたが、途中から馬鹿らしくなってきたわ。どこをどう見ても、ワイの農園はもう「儲かる果樹園」なんてレベルやない。黄金を生む楽園や。
「す、凄い……。こんなお金、見たことない」
ケイナが驚きと戸惑いの入り混じった声を漏らす。手にした帳簿を見つめ、指が震えとる。そりゃそうやろな。今まで借金に苦しんでたワイらが、一瞬でこの財産や。
「ああ。ちゅーても、金に溺れるつもりはないけどな」
「何かに使う予定があるの?」
「そんなん決まってるやろ。ケイナを奴らから買い取るんや」
「……えっ!?」
弾かれたような声が上がった。ケイナの動きが止まり、目を大きく見開いとる。驚きすぎやろ、そんなに意外か? ワイとしては最初から決めてたことやのに。
「わ、私なんかのために……?」
彼女の声は震えていた。信じられん、というように。驚き、戸惑い、そしてほんの少しの希望が入り混じった響きやった。
けど、こっちは最初から決めてたことや。迷いなんか微塵もない。ケイナは、もう誰のものでもない。ただ、自由に生きればええ。それがワイの決めた答えや。
「今さら嫌や言うても、もう遅いで。乗りかかった船や。ワイの畑で、これからもずっとキリキリ働いてもらうからな!」
軽く笑いながら言うたら、ケイナの瞳に力が戻るのが分かった。
「これからもずっと……。う、うん!!」
その声には、もう迷いはなかった。はっきりとした意思を持っとる。目には光が宿り、顔には安堵の色が浮かんどる。改めて、彼女自身が「ここにいてええんや」と思えたんやろ。
本人の意向は固まったな。金策の目処もついたし、あとは目標額まで貯めやんとあかん。
「――しかし、ボロい商売やでホンマ」
指でペンを転がしながら、ぽつりと呟く。
思えば、この成功の裏には【ンゴ】スキルがあった。リンゴを育てたときもそうやったが、マンゴーの市場価値は段違いや。甘くて濃厚、香り高い果実。それがふんだんに手に入るとなれば、そら市場は放っておかん。しかも、まともに出回っとるマンゴーは限られとる。この状況で高品質な果実を独占できるのは、もはや奇跡に等しい。
「マジで錬金術やん、これ」
ワイはニヤリと笑いながら、帳簿を閉じた。ペンを置き、椅子を蹴って立ち上がる。そのまま農園へと足を向けた。
外に出ると、暖かな日差しが肌を撫でた。澄み切った青空の下、果樹たちが静かに風に揺れとる。枝葉がさわさわと音を立て、甘い香りを含んだ空気が鼻腔をくすぐる。
「はぁ……ここ、もうただの農園やないな」
呆れるほどの楽園やった。
見渡す限り、果実の赤とオレンジが陽光を浴びて輝いとる。リンゴとマンゴーや。風に揺れる葉の間から、瑞々しい実が覗いとる。枝は重さに耐えかねて少ししなり、たわわに実った果実が、まるで誘うようにワイの目の前にぶら下がっとる。
ワイはじっくりとその光景を眺め、ゆっくりと手を伸ばした。指先がリンゴの皮に触れた瞬間、ほんのりとした温もりを感じる。太陽のぬくもりが染み込んどるんやろな。手のひらに包み込めば、ずしりとした重みが伝わる。続いてマンゴーにも手を伸ばし、そっともぎ取った。指先がほんのわずかに沈む柔らかさ。張りのある表面を撫でると、しっとりとした質感が心地ええ。
ワイはナイフを取り出し、慎重に皮を剥いでいく。リンゴの薄紅色の皮がくるりと巻かれ、果肉の白が覗く。マンゴーの黄金色の果肉が、滑らかな切り口を見せる。鼻先をくすぐる芳醇な香りに、思わず喉が鳴った。
躊躇うことなく、果肉にかぶりつく。
――瞬間、口の中で弾ける甘み。
リンゴはシャクッと歯を押し返し、溢れる果汁が舌を満たす。爽やかな甘みと酸味のバランスが絶妙や。マンゴーは舌の上でとろけ、濃厚な甘さが喉を滑り落ちていく。まるで蜜そのものを味わっとるみたいや。
「……うっま!! 何度食っても美味いな!!」
思わず声が漏れた。指についた果汁を舐め取りながら、ワイは満足げに笑う。
「こら、高値つくのも当たり前やで」
この味を知ったら、誰もが虜になるやろう。リンゴは庶民に愛され、マンゴーは上流階級の贅沢品。どちらも市場での需要は計り知れん。
「これはもう、フルーツの王として君臨するしかないやん。果物王に……ワイはなる!」
冗談めかしてつぶやきながら、ワイは遠くを見やった。風が頬を撫で、果樹の葉を揺らす。その向こうに見えるのは、ワイが目指す未来や。
金の問題はほぼ解決した。次にやるべきことはただひとつ。ケイナの正式な買い取り手続きを進めることや。
「待ってろや、ケイナ……もうすぐ自由にしたるからな」
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