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◇◇◇◇
拮抗していた戦線が、わずかに揺らいだ。
レオニスは、あの呪い斧に触れさせぬよう、戦闘の最初から神経を研ぎ澄ませていた。魔剣で刃を受け流し、間合いを崩し、斧の軌道を逸らす。だがヴァルディウス王国の魔術師団が放つ無数の魔法が、その動きを確実に削っていた。
空気が裂ける。
火が弾ける。
氷が地を穿つ。
その嵐のような魔法の合間を縫いながら、レオニスは戦い続けていた。
そして、ついにグリオラの戦斧の刃が、レオニスの左腕へ触れる。
ほんの掠り、それだけの接触。
だが、それで十分だった。
「チッ!」
鈍い音が響く。
次の瞬間には、左腕が内側から押し潰された。
肉と骨が砕け、形を失い、腕は無残に歪む。
レオニスは、迷わなかった。
右手の剣を振り上げる。
刃が、肩口を一息に走る。
斬ッ!
断ち落とされた腕が宙に舞う。
血が噴き上がる。赤い飛沫が大地へ降り注ぎ、鉄の匂いが濃く漂った。
だが、地に落ちた腕は、そのままでは終わらない。
崩れた肉が、縮み始める。
骨も肉も、血も。
すべてが内側へ吸い込まれるように凝縮されていく。
一瞬で、手のひらに乗るほどの赤い玉となった。
レオニスの肩から大量に血が流れ続けている。
肩口から溢れ、鎧の隙間を伝い、地面へ滴る。
それでも。
レオニスの瞳は、少しも揺らいでいなかった。
硬く強い、強い意思を宿している。
その様子を見て、グリオラの目が見開かれた。
「そんなに早く腕を落とせるものか?」
驚愕が声に混じる。
レオニスは血を振り払うようにして剣を構え直した。
「使えぬ腕などいらん」
短い答え。
「そうかよ」
グリオラは歯を剥いた。
そして、間髪入れず踏み込む。
血を失い、足元が揺らいでいるレオニスへ、怒涛の攻め。
空気を引き裂き、暴風のように戦斧が振り回される。
その一振り一振りが、致命の一撃。
レオニスは片腕で魔剣を操り、必死に受け流す。
火花が散る。
衝撃が腕を痺れさせる。
そして空から、氷の槍が降った。
鋭く細い氷柱が、矢のように一直線に落下する。
回避は、間に合わない。
氷槍がレオニスの太ももへ深々と突き刺さった。
肉を貫き、骨に届く。
その衝撃で、身体が止まる。
ほんの、一瞬。
だが戦場では、それが致命的だった。
グリオラの目が、獲物を捕らえた猛獣のように輝く。
「いっちょあがりィィィイイイ!!!」
咆哮。
巨体が跳ぶ。
空を裂くように戦斧が振り上げられる。
そして、レオニスの頭上から振り下ろされた。
刹那。
戦斧が、あり得ない角度で真上へ弾き飛ばされる。
522
#希望
#感動的
巨斧が空を舞う。
グリオラの目が見開かれた。
「……なにッ!?」
そこに立っていたのは、一人の男だった。
拳を高く掲げたまま、斧を打ち上げている。
「またせたな」
低く響く声。
教皇バルタザールだった。
レオニスは、息を吐きながら言う。
「遅い」
「バリスハリスの王妃に挨拶してきたからな」
「それなら、もう少しゆっくりしててもよかったぞ」
バルタザールが、ガハハと腹の底から豪快な笑い声。
その横で、レオニスもくくく、とくぐもった笑いを見せた。
戦場の中央で、戦場には似合わない光景だった。
グリオラの瞳に、怒りが滲む。
「……エリシュニカ聖教国は、この戦争に手出ししないと聞いていたが?」
バルタザールは肩をすくめた。
「盟友のピンチを助ける」
そして、ゆっくりと言い放つ。
「これに国は関係あるのか?」
「なに!?」
怒声。
バルタザールは鼻で笑った。
「小さい」
そして一歩踏み出す。
拳を鳴らす。
「あぁ、小さな王よ」
重く響く声が、戦場に落ちた。
「胸を貸してやろう」
拳を構える。
「覚悟してかかってこい」
「バルタザール」
グリオラの頬が、ぴくりと痙攣した。