テラーノベル
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夕暮れ。
崩壊した街の上空に、
巨大な影が差し込む。
秘匿戦艦《アマノハシダテ》。
その腹部から噴き出す噴射炎が、
瓦礫を吹き飛ばし、
土煙を巻き上げる。
ゆっくりと。
慎重に。
戦艦は、
街の中心部へ降下していく。
⸻
その頃、地上。
朝倉恒一は、
汗を滲ませながら瓦礫だらけの路地を走っていた。
肩で息をし、
肺が焼けるように痛む。
戦場から離れたはずの場所なのに、
空気はまだ重く、
街は沈黙したままだ。
視線の先に、
見慣れた家屋が見えた。
——自分の家。
足が、
自然と速くなる。
玄関の前に立った瞬間、
恒一は息を整えることも忘れ、
しばらくその場に立ち尽くした。
扉を開け、
中へ進む。
リビング。
割れた窓ガラスの破片が床一面に散らばり、
家具は倒れ、
壁には衝撃の痕が残っている。
棚から落ちた家族の写真立てが、
伏せるように転がっていた。
拾い上げることは、
できなかった。
恒一はそのまま、
自分の部屋へ向かう。
ドアを開ける。
机も、
ベッドも、
無事ではなかった。
だが、
誰もいない。
それだけが、
救いだった。
胸の奥に溜まっていたものを、
息と一緒に吐き出す。
——戻らなければ。
戦艦へ。
踵を返し、
玄関へ戻ろうとした、その時。
入口の外に、
何かが置かれているのが目に入った。
少し大きめの、
白いアタッシュケース。
瓦礫に囲まれた中で、
異様なほど綺麗だった。
汚れも、
傷もない。
恒一は近づき、
しゃがみ込む。
取っ手に手を伸ばした——
その瞬間。
ケース中央の小さな液晶が、
淡く光った。
白い筐体に浮かぶ、
冷たい文字。
「少し遅くなったね、誕生日おめでとう」
息が、
止まる。
誕生日。
忘れていたわけじゃない。
ただ、思い出す余裕がなかっただけだ。
誰が知っている。
誰が、ここに置いた。
白い戦艦。
白いモビルスーツ。
そして、白いケース。
偶然ではない。
液晶はそれ以上、
何も語らなかった。
その時。
恒一の耳元で、
通信が弾ける。
「朝倉恒一、こちら《アマノハシダテ》
帰投準備を——」
恒一は、
白いアタッシュケースを見下ろしたまま、
答えなかった。
何かが、
始まろうとしている。
戦いとは別の——
もっと個人的で、
もっと深い何かが。
夕暮れの光の中、
白いケースは静かに、
そこにあった。
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