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羽海汐遠
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「アレックス様!!」
後方から僅かに聞こえる悲痛な叫び声。
「……死んだか……? 大人しく帰還しておけば良かったものを……」
フィリップは後方を気にしながらも地下八層への階段を駆け降りていた。
「バカが……。リッチになんて勝てるわけないだろ……」
リッチとの戦闘経験など皆無。フィリップが嘘を付いたのは、そこをどうしても通り抜けたかったからだ。
リッチの注意を引き付ける役として、アレックスたちを使ったのである。
そもそも最初から魔法学院の試験などに興味はなかった。あったのは九条のダンジョンに眠っているであろう魔剣の存在ただ一つ。
最初からそのつもりで、合法的にダンジョンへと入れる手段を模索していたのである。
それに学院の試験を利用した。会場がこのダンジョンだと聞いて急遽ギルドに参加を申し込んだのだ。
そして経験者を探しているアレックスと出会ったのである。さすがは貴族と言うべきか、フィリップにとってはいい隠れ蓑であった。
プラチナプレートである九条が管理するダンジョン。学院の試験に使われるのだから、それほど危険ではなくなっていると踏んだのだ。
ダンジョンで見つけたものは発見者の物。ということは魔剣の所持者も九条になっているはずである。
現にそれを使っているであろう噂は耳にした。|灰の蠕虫《はいのぜんちゅう》という巨大なワームを狩った時、バイスとシャーリーが伝説に相当する武器を所持していたのを見ていた冒険者がいたのだ。
緊急討伐隊として参加していたらしいが、その証言には信憑性があった。複数の冒険者からの証言に加え、その武器の見た目が言い伝えと一致していたからである。
そこから導き出した答えは、『炎の魔剣・イフリート』、『風の魔剣・無明殺し』、『剛弓・ヨルムンガンド』であろうということ。
その三つはその昔、黒翼騎士団と言われていた傭兵集団最強の部隊長たちが所持していた武器である。
このダンジョンで黒翼騎士団の武器が見つかったのであれば、それら以外の騎士団由来の装備の数々が眠っていてもおかしくはない。
バイスは貴族である為、探りを入れることは出来なかったが、シャーリーは違った。
その討伐以来、ヨルムンガンドを所持していなかったことを考えると、可能性として上がるのは売ったか借りたかだ。
伝説とも言われる武器。それを売ったとなれば、その噂が広まってもいいはずなのだが、そんな噂も聞かず、シャーリーの生活環境が変わったようにも見えない。
となると、一緒にいた九条から借りた説が濃厚だろう。
少なくとも伝説級の武器が四つ、このダンジョンに隠されているのだ。まさかこんな近くにあろうとは夢にも思わず、フィリップは心が躍った。
それを探し求める事こそが、自分が冒険者になった理由なのだから。
シャーリーのミスリル製の弓も、アレックスからの報酬も興味はない。あるのは売れば金貨数万枚になるであろう伝説の武器たちである。
所有することに意義がある。それを解析し、構造を紐解けば同じ物が作り出せるかもしれない。夢が広がり、フィリップはそれを押さえきれなくなったのだ。
もちろん、それらを九条から奪えばフィリップはお尋ね者だ。ギルドプレートは剥奪され、追われる身となるだろう。
(それが何だ。国外に逃亡し、ひっそりと生きればいいだけだ。元ゴールドプレートの実力があれば、裏稼業の傭兵として生きることも出来る)
それは人生を賭けても狙う価値がある物だ。
地下八層を駆け抜け、地下九層への階段を駆け下りる。幸い魔物の気配はない。
エンカウントしたとしても、フィリップは全て無視するつもりだった。魔剣を手に入れたら、それで掃除しつつ戻ればいいのだから。
アレックスたちの誰かが帰還水晶を使ったと仮定すると、そこで初めて九条はフィリップの行動に気付くことになる。
ダンジョンまで出向いて来るのにかかる時間はおおよそ二時間。フィリップはそれまでに魔剣を探し出せばいい。時間的には十分余裕があり、万が一追い詰められたとしてもフィリップには帰還水晶がある。
(コット村には、ネストかバイスが待機してるだろうが、魔剣を持った俺に敵うはずがない……)
フィリップが地下九層へと降り立つと、記憶に残る景色が目の前に広がっていた。
長い一本の通路。その両隣には小部屋が並び、奥には金属製の豪華な扉。
最初に訪れたあの時のどんよりとした重苦しい雰囲気はなく、トラッキングスキルがなくとも強敵がいるような気配は感じなかった。
「……懐かしいな……。あの時は逃げ帰るのがやっとだったが、それを九条は倒したんだろうな……」
最早九条には敵わないだろうと、フィリップは肩を落とした。
「あの時はよく逃げられたよ……。ネストなんて確実に死んだと思ったのに……」
そんなネストも、今や魔法学院の教師だ。
物思いに耽りながら通路を進み、扉のドアノッカーに手を掛けると、重苦しく開く扉。
天井は高く、幾重にも並ぶ巨大な柱が多くの影を作り出す。真っ直ぐ伸びるレッドカーペットは鮮やかで、一点の穢れもない。
その上を慎重に進んで行くと、奥に見えてきたのは大きな玉座。そこには誰も座っていないはずだった。
「…………シャーリー……。ここにいたのか――――」
「フィリップ……」
玉座の隣には一角の狼。九条の従魔だ。
「そうか……。バレバレだったか……」
「フィリップ、もうやめよう? 九条は私が説得した。ここで諦めてくれれば許してくれるから……。だから……」
「それは出来ない相談だ。長年探し求めていた物がここにあるんだ。シャーリー……その手に持っている物だよ。それにどれくらいの価値があるかは知ってるだろ?」
シャーリーが左手に持っているのは剛弓・ヨルムンガンド。九条はフィリップを諦めた。だが、シャーリーは諦めきれなかったのだ。
あんなことがあったのにもかかわらず、まだ更生の余地は残っていると信じていた。……いや、信じたかったのだ。長年ペアとして活動していたのだから。
伝説の武器だってここにある物が全てじゃない。未だ見つかっていない物が世界中に散らばっている。それを新たに探せばいいだけのこと。
(いくら近くにあるからと言って、人の物を奪うなんてフィリップらしくない。いつかはそれを見つけ出し、名を上げてやると夢を語っていたフィリップは、こんなことをする人ではなかったはず……。その一心でゴールドプレートにまでなったのに、そんなことで、それを捨ててしまうの……?)
まだ、やり直せるはずである。シャーリーはそれを証明するため、九条に無理を言ってまでここにいるのだ。
コメント
1件
ああ…フィリップ、そういうことだったんだね。初っ端から全部計算済みだったのか…。アレックスたちを囮にしてまで魔剣を追いかける執念、重すぎるよ。でもそれ以上に刺さったのはシャーリーの「信じたい」っていう気持ち。「まだ更生の余地がある」って九条に無理言ってまでここにいるの、切なすぎる…。長年のペアの絆ってそう簡単に切れないんだね。フィリップの歪み方と、それでも手を差し伸べようとするシャーリーの対比が胸にきた🥀