テラーノベル
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#王子
「――フィア!! ソフィアッ! おい、しっかりしろっ!! 返事をしてくれ!! ソフィア!!」
必死に呼びかける声で目が覚めた。でも、ひどくまぶたが重い。すぐには目を開けられそうにない。冷たい風が吹き、私は体が濡れていることに気が付いた。
ぐっしょり濡れた服が肌に張り付き、風でどんどん体の熱を奪っていく。そんな私の体を、誰かが必死に揺り動かす。聞いたことのない、男の人の声……。
「おい、ソフィア! 嘘だろ、死ぬんじゃないっ! 目を開けてくれっ!! ソフィアッ!」
私は、死にそうなの……? でもどうしてそうなったのか、全然思い出せない。……いや、違う。真っ白だった頭に、直前の記憶がぼんやりと浮かんでいく。
私は確か……頒布をしていた同人誌即売会の帰り道、急な雨に降られて。どこかで雨宿りしようとして、それで……。
「っ、ぁ……」
呼吸を思い出したかのように、口が開いた。そのまま何度か、ゆっくりと呼吸する。記憶を反芻して、私は状況を理解しようと努めた。
(私、雷に打たれた……?)
雨宿りしようとした私は、突然轟音と閃光に包まれ……。記憶はそこで途切れている。
でも雷に打たれたとするなら、今の状況はおかしい。だって雷に打たれて、生きているはずがないもの。
(運よく助かった、のかな……)
そこまで考えて、私はもう一つの違和感に気が付いた。私の名前は、「ソフィア」ではない。
私は友利知恵。日本に生まれて、幼い頃に両親を亡くし、その後は施設で育った。なんとか高校までは通わせてもらい、運よく卒業と同時に就職することができて、もうかれこれ五年。
慎ましく平穏に暮らしていて。そして、さっきの状況に遭遇した。だから、私が「ソフィア」と呼ばれるのは、どう考えてもおかしい。
友利知恵の記憶が、何かの偶然で生まれた偽物の記憶だったとしても、今の私に「ソフィア」の頃の記憶はない。今の私は、友利知恵でしかない。だから、この状況が心の底から、理解できなかった。
「ソフィア、お願いだっ! 目を開けてくれ!! こんなっ、これじゃ君があまりにも……可愛そうだ。ソフィア……」
誰かは知らないけれど、この人は私のために泣きそうな声で訴えていた。ううん、もう泣いているのかもしれない。それを確かめたくて、私はまぶたに力を込めた。ゆっくりと目を開き、薄暗い視界の中に声の主を見つけた。
美しい金髪に、つややかな青い瞳。少し長めの前髪と、背中でまとめられた長髪が濡れていて。彼の頬を伝った水か涙か分からないものが、私の頬に落ちた。
多分、これは涙だ。だって、あたたかかったから。水も滴るいい男ってこんな感じなのかなと、私はぼんやり考え――
ようとして、私の頭は一気に覚醒した。この顔、見覚えがある。というか、この顔を例え雷に打たれて死んだとしても、忘れるはずがない。忘れるわけがない。
だって彼は私の唯一の推し、クラウス・ソル・クラマンテ。その人だったから。でも、ゲームの中の存在、画面の向こうの彼がどうして目の前に……?
(ってか、ヤバ……本物のクラウス殿下、ビジュ良すぎ…………)
思わず手を伸ばして、彼の頬を撫でる。濡れているけど、あたたかい。これは私の見ている、走馬灯なんだろうか。雷に打たれたとき持っていた同人誌も、クラウス殿下を描いたものだったし。
短い人生だったけど、最後に推しに看取られるなら、それも悪くないかもしれない……。
私が諦観して頬から手を離すと、彼はすぐにその手を取った。そっと握って、柔らかく微笑む。ゲームでも見たことのない表情に、すぐ胸が高鳴る。
「あぁ、良かった……。君が死んでしまったんじゃないかと。ダメだ、ソフィア。そのまま、目は閉じないで。すぐ医務室へ連れていくから……」
「……医務室? ここはどこですか、殿下」
なんだろう。この走馬灯は、そんな先の展開まで見せてくれるんだろうか?
クラウス殿下はぽかんとした表情を見せると、すぐにふっと笑みを浮かべた。
「そんな他人みたいに呼ばないでくれ、ソフィア。僕ら、幼馴染だろう?」
「……幼馴染?」
小さく首をかしげる。えっと……?
殿下の幼馴染で、ソフィアという名前。殿下の登場する乙女ゲー、「アイレンツィアでつかまえて」。この条件に当てはまるキャラクターが、確かにゲームには存在する。
「ソフィア、大丈夫か? ……まさか、君。雷に打たれて――」
コメント
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8話くらいまでは1週間以内に投稿するので、 少しお待ちください!
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