テラーノベル
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私はその後、あろうことかお姫様抱っこで、殿下の言う医務室へと運ばれた。そこにいた医師の先生に体調を確かめてもらうと(まあ外傷はまったくなかったので、結局何もされなかったんだけど)、濡れた服と髪を、殿下の魔法で乾かしてもらう。実際目にすると、めっちゃ便利だなぁ、魔法。
その後医務室のベッドの中で、先生から手渡された手鏡を使い、私は自分の顔を見て、想像したとおりの顔に少し安心した。
緩くウェーブした亜麻色の髪をハーフアップにして。ナチュラルな前髪の奥には、エメラルド色の瞳が二つ。それはまさしく、ソフィア・セムラン、その人だった。
「アイつか(『アイレンツィアでつかまえて』の略称)」の主人公エリザベスの親友で、クラマンテ王国の侯爵家令嬢。学園都市アイレンツィアの二年生。ゲームでは基本的にエリザベスを手助けし、攻略対象との仲を取り持つキャラクターだ。
彼女ソフィア(今はもう私なんだけど)とクラウス殿下は、ゲーム中で一度だけ会話するシーンがあった。そこでしれっと、ソフィアと殿下は幼馴染であることが明かされたけれど、それ以外、二人の関係性について言及するシーンは、作中なかった。……殿下の数少ない登場シーンとして覚えていて良かった。
私は顔の前に持ってきていた手鏡を下ろし、傍らで椅子に座る殿下に目を向ける。心配そうに私を見ていた彼は、そんな不安を隠すようにふっと微笑んでくれる。……のは嬉しいんだけど、やばいやばい。生の殿下、ちょっと直視できない……。まぶしすぎる…………。
顔を背けた私の態度を殿下はネガティブに受け取ったようで、ゆっくりゆっくり、優しい声音で私に話しかけてくれる。
「大丈夫かい、ソフィア。色々と不安だろうけど……安心して。君が良くなるまで、僕がちゃんと側にいるから……。先生の話だと、雷に打たれたショックで最近の記憶をなくしてしまったんじゃないかって」
殿下と医師の先生と色々話してみて、私はそういう診断をされた。なんとも私に都合のいい展開だけど、別に嘘じゃない。私は気が付いたときにはもうソフィアになっていて、そしてそれまでのソフィアについては、何一つ思い出すことができなかったからだ。
ゲーム中で明かされた彼女の情報は記憶しているけれど、それも実のところサブキャラでしかない彼女の情報は、あまり多くなかった。主人公の親友で、王国の令嬢で、殿下とは幼馴染。ゲームの都合上、いろんな場所へ顔を出すアウトドア派の女の子で。自身の領地の果物が大好き――本当にこれくらいしか知らない。
だって、ゲーム中ではまったく明かされることがなかったから。だから私は今、自分の家族構成すら知り得ない。
……不意に、そっと手が握られた。殿下が両手で私の右手を包み込み、優しく撫でてくれる。あぁ、今はダメです、殿下! 私今、手汗が……!
「……やっぱり、何も思い出せないかい?」
「は、はい……」
ダメだ、殿下の顔を見ていられない。すぐに視線を逸らしてしまう。
「もしかして……ソフィア、緊張してるのかな? 大丈夫だよ。僕と君は幼馴染。小さい頃からの知り合いだから。もし信じられないなら、そうだな……。セルウス……君のことを知っている、僕の弟を呼んでくるよ」
「で、殿下……大丈夫です。そのお言葉、信じますから……」
手を引っ込めたいけど……でもそうしたら、彼はまた不安そうな顔をしそうで……。ううっ、私どうすればっ!?
「殿下だなんて……そんな他人行儀に呼ばなくても大丈夫だよ。僕のことは今までどおり、クラウスと呼んでほしいな」
寂しそうにそんなことを推しに言われてしまったら、誰だって絶対に断れない。
「クラウス……様」
「うん。やっぱり、そのほうが嬉しいな。……あれ? でもソフィア、あのとき僕のことはクラウスだって分かってたよね? 殿下って呼んでくれてたし……」
「あぁ、えっとぉ…………幸い、クラウス様のことだけは覚えていたみたいです」
「ふふ……自分の名前すら忘れちゃったのに、僕のことは覚えてただなんて。……僕のこと、そんなに大事に思ってくれてたのかな?」
「ソ、ソウカモシレマセン……」
声が裏返ってしまった。魅惑的な微笑みで心臓がバクバクと暴れ回る。口から出てきそう。クラウス様、マズイです、その表情は……! そんな顔、女性に向けてはいけません、勘違いしてしまいますっ!!
「嬉しいなぁ……君とは親しかったけど、そういう話はしたことなかったから。もう身体が平気なら、今からここのことを少し案内しようと思うんだけど、どうかな?」
「ぜひ、お願いします」
ベッドを出て立ち上がろうとすると、自然な動作で手が差し出された。
「お手をどうぞ。あんなことがあったあとなんだ。転んでしまってはいけないからね」
「……はぃ」
何この走馬灯。何もかも、私に都合が良すぎるっ!!
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