テラーノベル
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「……たす……け……」
「生きているぞ!」
それは、ダフネと同じ馬車に乗っていた側付きの侍女だった。
護衛たちは慎重に彼女を救い出し、比較的足場の安定した場所まで運んだ。
持参した水を少しずつ飲ませ、傷の状態を確かめる。
侍女はひどく衰弱していたし、目を逸らしたくなるような大怪我をしていたが、意識はあった。
「ダフネ様は!? お嬢様はどこにいらっしゃる!?」
その問いに、侍女の顔がくしゃりと歪んだ。
「……分かり……ません……」
「一緒に乗っていたのだろう!?」
「はい……でも……」
震える唇から、途切れ途切れに言葉が漏れる。
「馬車が……崖から……」
侍女はそこで苦しげに息を吸った。
「何度も……ひっくり返って……身体が……あちこちに……」
転落した馬車は、馬を繋いだまま急斜面を何度も横転しながら落ちていったという。
その間、侍女は何が起きているのかさえ分からなかったらしい。
車内では身体を支えることもできず、ダフネも侍女も座席や壁へ激しく叩きつけられたという。
やがて、大きな衝撃とともに馬車の扉が壊れて――。
「その時……私だけ……外へ……」
「投げ出されたのか?」
侍女が小さくうなずく。
「もう……駄目だと……思ったんです……。でも……木に……」
そのおかげで、それ以上落下せずに済んだらしい。
しかし――。
「ダフネ様は!?」
護衛が重ねて尋ねる。
侍女の瞳から涙がこぼれた。
「……まだ……」
「まだ?」
「私が最後に見た時には……ダフネ様は……まだ、馬車の中に……」
護衛たちの間に、重い沈黙が落ちた。
「馬車は……そのまま……馬ともども……下へ……」
侍女は震える手で谷の底を指そうとした。
けれど、その腕を持ち上げる力さえ残っていなかった。
「……お嬢様……」
そう呟くと、彼女はとうとう意識を失った。
***
捜索は、その後も続けられた。
谷の斜面では、儀礼馬車から外れたと思われる車輪の一部や、砕けた装飾品が見つかった。
さらに下った岩場では、馬車を引いていた馬の死骸も発見された。
そして、谷底近くまで辿り着いた護衛たちの耳に、凄まじい水音が飛び込んできた。
谷底には、モビ山脈の雪解け水を集めた川が流れていた。
夏を越えたとはいえ、モビ山脈の高所には未だ厚い雪と氷が残っている。そこから流れ出す幾筋もの水流を集めた川は、豊富な水量を保ったまま、岩と岩の間を白い水沫を上げて激しく流れ下っていた。
川面から立ち上る冷気は、近づくだけでも肌を刺すほどに冷たい。
もしも人が落ちれば、たとえ泳ぎに長けた者であっても、あの激流の中で岸へ辿り着くのは容易ではないだろう。
ましてや、身を切るような冷水の中では、まともに身体を動かせる時間も限られている。
「……あったぞ!」
護衛の一人が声を上げた。
川岸の岩場に、原形を留めないほど大破した馬車の残骸が散乱していた。
豪奢な装飾が施され、ダフネがあれほど気に入っていた儀礼馬車。
それはもはや、馬車だったと知らなければ分からないほどに壊れていた。
だが――。
「……いない」
鷹槻れん

17,825
#強引
#シングルマザー
水羽凛
806
#異世界転移
新城かいり
1,030
残骸を調べていた護衛が、低く呟いた。
「ダフネ様が……いらっしゃらない」
馬車の中にも。
周囲の岩場にも。
木々の間にも。
どこを捜しても、ダフネの姿は見当たらなかった。
「まさか……川に……?」
誰かが呟いた。
護衛たちの視線が、一斉に濁流へ向けられる。
雪解け水を大量に呑み込んだ川は、岩にぶつかるたびに白い飛沫を巻き上げ、轟々と音を立てて流れていた。
もしも転落の途中で馬車から投げ出され、そのまま川へ落ちていたとしたら――。
あの流れに呑まれた者が、どこまで運ばれてしまうのか。
考えるだけでも恐ろしかった。
しかし、ダフネが本当に川へ落ちたのかどうかさえ分からない。
川岸には切り立った岩壁が迫り、足場のない場所も多い。水流も激しく、川の中を直接捜索することなど到底できそうになかった。
「下流も捜せ! 川沿いに人を回せ!」
指示が飛び、捜索隊はさらに範囲を広げていった。
けれど、日が傾き始めても、ダフネの手掛かりは何ひとつ見つからなかった。
あれほどの高さから馬車ごと転落して、無事でいられるはずがない。
同乗していた侍女が助かったのも、途中で木々に引っ掛かったという、奇跡に近い偶然があったからだ。
仮にダフネも途中で馬車から投げ出されていたとして、果たして同じような幸運に恵まれただろうか。
それとも――。
あの凍てつく激流に、呑み込まれてしまったのだろうか。
誰にも分からなかった。
生きているのか。
それとも、すでに命を落としているのか。
そのどちらも、確かめることができない。
こうして、マーロケリー国王太子セレノ・アルヴェイン・ノルディールのもとへ嫁ぐはずだったダフネ・エレノア・ライオールは、イスグラン帝国北部――国境へと続くノルディア街道沿いの山中で消息を絶った。
コメント
3件
行方不明!
ダフネの事だから生きているんじゃないかしら ただじゃ死なない気がする😔
読了しました。今回のエピソード、本当に胸が締め付けられました……。馬車ごと崖から転落したダフネ様の安否がまったく分からないまま、凍てつく川の描写が重くのしかかってきます。無事を信じたい気持ちと、あまりにも過酷な現実との間で揺れる護衛たちの焦燥が痛いほど伝わってきました。侍女が「お嬢様……」と呟いて意識を失う場面、涙が出そうでした。どうか無事でいてほしい、続きが気になって仕方ないです……!