テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#白い結婚
夕凪ゆな
373
#異世界転移
新城かいり
1,076
19
猫とろ
458
その報せが王都エスパハレに届いたのは、ダフネ・エレノア・ライオールを乗せた嫁入り行列が出立してから数日後のことだった。
「陛下。ランディリック・グラハム・ライオール辺境伯より、急ぎの書簡が届いております」
執務室へ入ってきた側近の言葉に、アレクトは顔を上げた。
「ランディリックから?」
「はい。雪鷹を使って届けられたものです」
その言葉に、アレクトは眉をひそめた。
雪鷹は、ランディリックが遠く離れたアレクトのもとへ急ぎの報せを届けるために用いる鳥だ。
通常の書簡よりもはるかに早く情報を伝えられる反面、その数には限りがあり、基本的には一方通行。アレクトからランディリックへ書簡を送る場合は、飛来した雪鷹に返信を託すしかない。
国境を守るランディリックが、わざわざ雪鷹を使ってきたということは、隣国マーロケリーとの関係に影響を及ぼしかねない何かが起きたのかもしれない。
ましてや、ダフネ嬢を王太子妃候補として送り出してから、まだ幾日も経っていないのだ。
(……まさか、ダフネ嬢の身に何か?)
胸の内に生じた嫌な予感を振り払うように、アレクトは側近へ手を差し出した。
「……貸せ」
差し出された書簡を受け取り、封を解く。
そこには、マーロケリー国へ向かっていたダフネの嫁入り行列が、ノルディア街道で賊の襲撃を受けたことが記されていた。
「……嘘だろ」
アレクトは思わず声を漏らした。
書簡によれば、襲撃が起きたのは、国境へと続くノルディア街道沿いの山中。
賊は複数の方向から現れ、行列を取り囲むように襲いかかったという。
護衛たちは応戦したものの、賊の数が多く、荷馬車を守りながらの戦闘は困難を極めたらしい。
結果として護衛には多数の死傷者が出ており、荷馬車に積まれていた嫁入り道具も、金目のものを中心にその大半が奪われたと記されていた。
「……ランディリックのことだ。抜かりない警護を付けていたはずだよな……」
アレクトは険しい表情のまま、さらに書簡を読み進めた。
しかし、そこに記されていたのは、略奪による被害だけではなかった。
襲撃の際、現場の護衛はダフネの安全を最優先に考え、儀礼馬車を先に逃がしたという。
ところが、逃走の途中で馬が暴走し、御者が振り落とされてしまった。
制御を失った馬車は、そのまま街道を外れ、崖下へ転落。
谷底では馬車の残骸と馬の死骸が発見され、同乗していた侍女一名も負傷した状態で救出された。
御者も命に別状はなく、後続の馬車に乗っていた侍女二名についても、すでに無事が確認されているという。
だが――。
「……ダフネ嬢が、行方不明……?」
アレクトはその一文を、思わず声に出して読み上げた。
――何かの間違いではないか。
そう思って何度も読み返したものの、そこに記されている内容が変わるはずもない。
馬車が転落した谷底には、モビ山脈の雪や氷を水源とする川が流れているらしい。
水量が多く、流れも非常に速いため、もしも川へ落ちていた場合、下流へ流された可能性があるという。
しかし、ダフネが川へ転落したという確証はない。
現場周辺・および河川下流では現在も捜索が続けられているものの、本人はおろか、その所持品すら発見されていないとのことだった。
「……まさか」
アレクトは書簡を握りしめた。
ダフネが嫁入り行列とともに王都を発ったとき、これでようやく一件落着するものと思っていた。
もちろん、マーロケリー国との和平が、この婚姻ひとつですべて解決するわけではない。
それでも、セレノ・アルヴェイン・ノルディール王太子殿下の妃として、我がイスグラン帝国の貴族令嬢を迎え入れてもらうことは、両国の関係を安定させる大きな一歩になるはずだった。
そのために、ウィリアム・リー・ペインとランディリック・グラハム・ライオールには、万全の支度を整えるよう申しつけていた。
費用が不足するようであれば、国庫からの支出も辞さないとさえ伝えてあった。
それほどまでに、この婚姻を滞りなく成立させることが重要だったのだ。
それが、まさかこんなことになるとは――。
「……よりにもよって、何故花嫁の一行が狙われたんだ……」
思わず漏れた呟きに、傍らの側近が不安げな表情を浮かべた。
「陛下……?」
「いや、なんでもない」
アレクトは小さく首を振り、再び書簡へ目を落とした。
末尾には、ランディリックからの報告が添えられていた。
現地では引き続きダフネの捜索を行うとともに、逃走した賊の追跡と、襲撃の詳しい経緯について調査を進めているという。
また、新たな情報が入り次第、速やかに報告するとも記されていた。
アレクトは深く息を吐き、椅子の背もたれに身を預けた。
ダフネは、ただの貴族令嬢ではない。
元々の出自はどうあれ、今はマーロケリー国王太子セレノの正式な婚約者なのだ。
その女性が、嫁ぎ先へ向かう途中、イスグラン帝国内で襲撃に遭い、消息を絶った。
これがどれほど重大な事態であるか、考えるまでもないだろう。
和平のために送り出した花嫁が、国境を越えることなく消えた。
しかも、生きているのか死んでいるのかさえ、わからない。
「……厄介なことになったな」
その声は、自分でも驚くほど重く響いた。
コメント
3件
アレクト殿下どうするんだろう?
確かに厄介な事になったよね😔
うわ……第263話、読み終わりました。 ダフネ嬢が行方不明……嫁入り行列が賊に襲われて、崖から落ちた馬車の残骸しか見つかってないって、本当に重すぎます……。アレクト陛下が「まさか」って繰り返すシーン、胸がぎゅっとなりました。和平のための花嫁が国境すら越えられずに消えるって、これってただの事故じゃないですよね……?🌙 これからどうなるんだろう。続きが気になりすぎます。れんさんの重厚な展開、本当に引き込まれます。