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引っ越してきてから一週間。
誰よりも早く登校するのが習慣になっていた。
誰もいない静まり返った校舎を歩き、図書室に行く。
いつからだろう?
私は転校するたびに図書室で一人、本を読むことが秘密の楽しみになっていた。
本棚から一冊の本を取り出す。
恋愛小説。
恋をする主人公の気持ちがきめ細やかに描写されてる。
私は遠い昔に恋をしたことがあったのだろうか?
どんな気持ちだったのだろう?
この物語に出てくる女の子のように恋にときめき、胸を痛め、喜んだり悲しんだりしたのだろうか?
思い出せない……
「よお」
「あっ……おはよう」
祐だ。
「やっぱりここにいたか」
「やっぱり?」
「教室に行く前にいるかなって思ってな」
「それでここに?」
「おまえ、好きだって言ってただろう?ここが」
覚えてたんだ……
私が言ったこと。
「どうして私に?」
「ちょっと気になってな」
裕は鼻の頭をかきながら続けた。
「あれからどうだよ?」
「どうって?」
「ストーカー野郎のことさ。付き纏われてないのか?」
「それなら大丈夫。裕が助けてくれた日から見かけないし」
「それなら安心だな。ひとまず」
「心配してくれてたの?」
「まあな」
「ありがとう……」
なんだか胸の奥が温かい。
「ダチ、できたか?」
「ダチ?」
「友達だよ」
友達……
いつもみんな口にする。
「友達」って言葉。
「どうかな……どうして?」
「こっちにきて一週間くらいだろ?馴染んだかなって思ってよ」
「うーん…どうかな…私って普通じゃないから」
っていうか人間じゃない。
「なんだそれ?」
裕は首を傾げた。
「こんなところに独りでいるのが好きなんて変わってるでしょ?」
適当にごまかすように言った。
「いいんじゃねーの。なにが好きでも」
「そう?」
「おまえはおまえなんだから」
「そっか……」
「またなんかあったら遠慮しないで言えよ」
「ありがとう……でも大丈夫。次は一人で捌くから」
裕をあまり危ない目に合わせたくないと思った。
「あなたが思ってるより強いの。私」
裕の顔を見て微笑む。
裕も私を見て笑みを漏らした。
「そうか」
クスッとして私の頭をポンとすると、背を向けて歩き出した。
「じゃあ、教室でな」
「うん」
私の返事に後ろ手に手を振ると静かに扉を閉めた裕。
図書室に一人残った私はイスに座ると本を開いた。
今なら……
ここに書いてあることが分かるかな……?
その日の放課後。
帰ろうとする私に志穂が声をかけてきた。
「ねえ、これから用事とかある?」
「えっ……ないけど」
「ウチらとカラオケでも行かない?」
「えっ…いいの?」
「うん!行こ!」
私は志穂とその友達に誘われるまま、この学校に来てから初めて遊びに行った。
志穂と友達の女子二人と行ったカラオケは学校からけっこう離れていた。
「この辺ってマジでなんもないからねー」
「そうそう、電車乗ればそれなりのとこあるのにね」
部屋に入ると志穂の友達は、この地域が栄えてないことを愚痴った。
それは私も引越して来たときから感じてた。
繁華街に出るのに電車乗っていったし。
「引っ越してきてからどっか行った?」
連れの二人が歌っている間に志穂が聞いてきた。
「ううん。あまりよく知らなくて」
ドリンクを手にしながら首を振る。
「知れば知るほどなんもないよ」
志穂は笑って言ってからストローに口をつけた。
「変なこと聞いていい?」
「ん?」
「どうして誘ってくれたの?」
「う~ん、ほら、祐っていたじゃん」
「祐って、千葉君?」
あえて苗字を口にした。
「そうそう。なんか気にしてたから」
「気にしてた?」
「うん。なんかあんたが友達いないんじゃないかって」
「そんな……気にしなくて良いのに」
「ほんと。余計なお世話だよね!でもさあ、そういうヤツなのよ。昔っから」
「そんな、余計なお世話だなんて思ってないから」
「なら良かった!」
志穂が笑いながらうなずくと、私も自然と表情が和らいだ気がした。
「あんたって彼氏とかいるの?」
「ううん…」
「そうなんだ!意外!」
「そうかな?」
「うちの学校の男子はあんたのことけっこう狙ってるよ」
「そうなんだ?」
餌には困らないってことか。
もっともいつも行く先々で私は餌に困ったことはなかった。
「清助のやつもあなたに気があるから」
清助?誰だっけ?
でもあえて聞かなかった。
裕以外のものには興味がわかない。
「悪いヤツじゃないからさ」
志穂は笑って言った。
私は特に考えもせずに微笑んで相槌をうつだけだった。
それから3時間くらい歌ったり、話したりした。
志穂という子は、なんだかカラッとしていて気持ちの良い子だなって感じた。
この日を境に、私は志穂たちと放課後に過ごすようになった。
ファーストフード店に行ったり、カラオケに行ったり。
代わりに図書室に行く時間は減った。
でも、そのことがイヤとか苦痛ということはなかった。