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翌日の夜明け前、ミューゼは重大な事を思い出して、勢いよく起き上がった。


「しまった! あまりにも可愛すぎて、森から出る事を伝えるの、忘れてた……」


なんと、あれから寝るまで、いたいけな少女を愛で続けていたのだった。

そんな中身おっさんの可愛い少女は、2人の過剰なスキンシップによって、内心ボロボロになっていた。

今もベッドの上で、柔らかいモノに包まれる夢を見て軽くうなされている。


「こんなにもうなされて……1人で森の中にいたもの、きっと今までずっと緊張し続けてきたのね。可哀想に」


自分達がうなされる原因だとは夢にも思わず、優しく寝汗を拭いてあげると、部屋の中を見渡した。


「パフィは…外か」


家の外では、パフィが見張りを兼ねて、料理を作っていた。

畑にある野菜は、調べたり栽培する為に、実や葉の一部を持って帰りたいからと、持参した調味料と狩った肉、そして野草を使っている。


「これでお昼は現地で炒めるだけなのよ。あの子が気に入ってくれると嬉しいのよ」


暗い中で、楽しそうに独り言を呟きながら、食材を捌いていく。

下ごしらえをした昼の分を、洗った葉に包んで袋に入れると、次は鍋をかき回し始めた。


「ふふっ、調味料多めに持ってきておいて正解だったのよ。あの子の美味しい笑顔は私のものなのよ」


何のしがらみもなく少女を愛でているミューゼに軽く嫉妬をしつつ、自らは料理を振舞って喜んでもらおうとしている。


(はい、召し上がるのよ)

(んむっ……おいしい!)

(良かったのよ。私でよかったらずっと作ってあげるのよ)

(うれしい! パフィけっこんして!)

「あら、おませさんなのよ、うふふ」


丁寧に調理を進めながら、器用に妄想の世界を展開していた。


「いや貴女がおばかさんみたいよ?」

「ふきゃっ!?」


家のドアを少し開けて、ミューゼがジト目でツッコミを入れる。


「ずいぶん楽しそうに料理してるね。あの子の為に気合入れちゃって、とっても美味しそう」

「いいいいいいつから?」

「ん? いつから聞いてたかって事なら……『私でよかったらずっと作ってあげるのよ』『うれしい、パフィけっこん』の──」

「わあああ! 一番ヤバイ所なのよ! 忘れるのよ!」


なんとパフィの妄想は声に出ていた。料理中の痛恨のミスである。

そんな様子を見たミューゼは、思わせぶりにニヤリと笑った。


「な、なんなのよ」

「何でもないよ。まさかパフィがそこまであの子を気に入るとはねー。まぁ気持ちは分かるよ」

「違うのよっ! 美味しいものを食べさせてあげたいだけなのよ!」

「うんうん。じゃあそろそろ夜明け近いし、あの子起こしてくるね。もちろんあたしの目覚めのキスで♪」

「何しようとしてるのよーっ!」


パフィの叫び声を聞きながら、ミューゼはドアを閉めて戻っていった。

鍋から手が離せないパフィは、ものすごく悔しそうに顔を歪めている。


「……ミューゼの肉の半分は、あの子の皿に入れてやるのよ」


このささやかな嫌がらせは、少女から食べ物を取るなんてことが出来ないミューゼに、致命的なダメージを与えたのだった。

テーブルに頭をつけて、ようやく肉の量を戻してもらえたミューゼは、ごはん作ってる間は揶揄わないようにしようと誓った。

そして…そんなやり取りを、何を言ってるのか分からない少女は不思議そうに眺めていた。




「それじゃあ、まずは泉まで戻るのよ」


食事を済ませ、野菜や昼食を袋にいれた3人は、家を出発した。

といっても、足がまだ痛むのと、小さな体では歩幅が足りないということで、とりあえずパフィが抱えて移動することにした。

ちなみに、まだ森を出る事は伝えられていない。


「泉に着いたらすぐに水を容れるね。今回は動物の相手とかしてられないから、少し急ぎ足で行きましょ」

「何か来たら、すぐに教えるのよ」


落書きの上を進み、何事も無く泉まで来ると、ミューゼが杖を水の上に突き出した。

すると、水が杖に吸い込まれていく。


「おー!」

「……? あ、そっか。魔法を知らないのよね」


昨日に引き続き、初めて魔法を見る少女は、目の前の不思議な光景に見とれて、目をキラキラ輝かせている。


(すっげー! やっぱり魔法が存在してたんだ!)

(本当に嬉しそうに観ているのよ。ファナリアに戻れば日常で見られるから、きっと驚くのよ)


魔法を見て、すっかり少年の心を取り戻した中身中年男性の少女は、はしゃいで暴れる事はなくとも、練習して無駄になった言葉遣いも忘れる程に、内心かなり興奮していた。


「よし、必要な分は容れ終わったよ。それじゃ森から出ましょうか」

「その前に、一応森の外に一緒に行く事は伝えるのよ。通じなくてもやるべきだと思うのよ」

「……そうね、やってみる」


すっかりミューゼの魔法に魅せられた少女の頭を撫で、指差しでジェスチャーをしながら説明を始めた。


「貴女のこの怪我を治すのに、あたし達と一緒に、森から出るの。勝手に連れて行くけど、ごめんね」


怪我の個所、自分、泉の入り口を順に指差し、最後にもう一度撫でる。

元々外に行きたいと思っていた少女は、その意味を完全に理解する……わけではなかったが、少し考えてコクコクと頷いて、パフィにしがみついた。


「みゅーぜ! ぱひー!」(よくわかんないけど、違う所にいくんだよね! 絶対行く! みゅーぜと一緒に行く!)


了承し、一生懸命に一緒に行くという意思を示した事で、パフィとミューゼの2人も安心した。


「たぶん大丈夫なのよ」

「うん、きっと解ってくれたよね」


こうして、ついに少女は、森の外への第一歩を踏み出した……パフィの足で。




泉を出発した3人は、かなり順調に進んでいた。

危険な動物も現れないまま、太陽が真上まで昇っている。


「ふぅ、急ぎ足だから、ちょっと疲れたね」

「仕方ないのよ。この子の為に、危険な場所は早めに抜けてしまうのよ。おかげでもう半分以上は進んでるのよ」


少しだけ速足で進んだ為、ミューゼは少し息が荒い。


「お昼みたいだし、ここで休憩にするのよ。ちょっとこの子を降ろして、薪になる枝でも拾ってくるのよ」

「うんお願い。準備しておくね」


怪我をしている少女は座らせ、それぞれ昼食の準備を始めた。

パフィが拾ってきた木にミューゼが火を点け、その焚火を使ってパフィが朝前に下ごしらえをしておいた肉と野草を、荷物から出したフライパンで炒めていく。

すぐにいい匂いが立ち込め、少女のお腹から可愛い音が聞こえてきた。


「あはは、育ち盛りだねー」

「食べさせ甲斐があるのよ」

(うぅ……また……恥ずかしいってば)


警戒は緩めないままに、なんとも和やかな食事となった。

使った食器やフライパンは、ミューゼの水魔法で洗い、少しだけ休んでから再出発。

しばらく進んだところで、ミューゼが何かに反応した。


「パフィ、そのへんに2体潜んでるよ」

「2体は厄介なのよ。この子は預けるから、手を離しちゃ駄目なのよ」

「まかせて、こっちに来たら守りに徹するね」


2人が武器を構える姿を見て、何か危ない物が来ると察した少女は、ミューゼの手をギュッと握った。


「絶対に守るからね」

「いたのよ! ヴァンスネイグなのよ!」


叫んだパフィが、木から垂れ下がっている蔓に斬りかかる。すると、蔓が動いてナイフを躱した。


(何あの蔓……蛇? すっごい体長い!)

「もう1匹は……いた。……よし、援護するよ!」


他に隠れていないかを魔力で確認し、ミューゼは杖から蔓を出して、ヴァンスネイグに絡みつかせた。

そこにすかさず切りこむパフィ。

あっという間に、決着がついた。


「擬態する奴は、バレたら大した事ないのよ」

「それにこいつは毒も無いしね」


不意打ちさえなければ、この森で苦労する事なんてないと自覚している2人は、先日のディーゾルの件があったのと、今は戦えない少女が一緒という事もあり、一切の油断もしていなかった。

一方、戦う2人を見た少女はというと……


「なんかその子にすっごいキラキラした目で見られてるのよ……」

「うん、さっきも同じ事思ったけど、かなり照れくさいね」

(凄い! かっこいい!)


実際に戦闘行為を初めて見て、2人の勇ましい姿をみたせいで、すっかりテンションが上がっていた。


「ところでヴァンスネイグどうするの?」

「良い臨時収入だけど、2匹はさすがに持って帰れないのよ。1匹捨てて行くしかないのよ」


そう言って、1匹を巻いて担ぎ、もう1匹は思いっきり遠くに投げ捨てた。細くても体がかなりの長さの為、かなりの大荷物になっている。

それからはミューゼが少女を抱え、森の外を目指す。警戒を緩めるという事はしなかったが、運の良い事に何事も無く、森の入り口へとたどり着いた。

からふるシーカーズ

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