朱里との飲み会の翌日、ベッドから起き上がる嶽丸の気配を感じて、私も目を覚ました。
部屋のクローゼットを開けて、黒のスーツを取り出している。
「え…?仕事?」
「あー…起こしちゃったか」
見ていると嶽丸がTシャツを脱いで私に放ってくる。
ふわり香る、嶽丸の匂いに頬がほころんだ。
「朝食簡単に作っていくから、後で食べな」
「…え?朝食なんて…」
作らなくていいよ…と言いかけてぱっと目をそらす。
嶽丸がTシャツに続いてハーフパンツも脱いだから…
「…なにか言いかけた?」
「いや…あの…」
目のやり場に困るから、パンツ一丁でこっち向かないで。
「テレてる?かわい…」
顔が赤いことがバレて、ニヤケた顔が近づいてくる。
「ち、違うって!」
逃げるくせにちゃんとTシャツは抱きしめてる…そのことに気づいた嶽丸は、楽しそうに私をからかってきた。
やがてつかまって、迷うことなくキスを落とす嶽丸。
確か私は、旅行で真剣な告白をしてくれた嶽丸の気持ちに、素直になれなかったはずなんだけど…。
そして、じゃれ合う嶽丸とのひと時が、とっても楽しかったと思い知るのは…もう少し先の話。
「あのさ、昨日酔って帰ってごめん…確か、おんぶしてここまで連れてきてもらったような」
「…楽しかった?」
「え?飲み会…?」
「いや、俺におんぶされて『高ぁ〜い!』ってはしゃいでたから、楽しかったのかなって思ってさ」
「う、うん。天井に届きそうで、楽しかった」
「帰ったら、今度は抱っこしてやるよ。天井にタッチしたかったんだろ?」
軽く頭を撫でられて、視線が私の高さまで落ちてくる。
嶽丸って私を小さい子供扱いすることがあって…実はそれが、とても心地良かったりする。
年下なのに、お兄ちゃんみたいに可愛がってくれるのが、すごく嬉しい。
話しながらシャツに袖を通し、クローゼットの扉についている鏡を見ながらネクタイをしめる嶽丸。
「…夏なのにスーツにネクタイを強要してくるって…うちの会社、クールビズって言葉を知らねぇのかって話だわ」
ダル…と言いながら振り向いた嶽丸は、襟元のボタンもネクタイも、緩んだまま。
その姿は色気がダダ漏れで、逆に危ない気がするけど、どう忠告していいかわかるないから…口をつぐむことにする。
「じゃ…大っ嫌いな満員電車に、死ぬ気で乗り込んでくるわ…」
「うん…頑張ってね」
すでに青い顔になっている嶽丸に緩めのエールを送り、玄関先まで見送ったのは、今まで私もそうしてもらってたからで…
「…行ってきます。みゃー…愛してるよ」
見慣れないスーツ姿の嶽丸にそんな殺し文句をつぶやかれ…私は不覚にも、膝から崩れ落ちそうになった。
ホント…イケメンのスーツってヤバいわ。
……………
出勤するんじゃ大変だから作らなくていいよ、と言ったのに、キッチンにはきれいに三角のおにぎりと卵焼き、お新香と野菜スープが出来ていた。
「…いったい、いつの間に作ったんだろ」
イケメン遊び人のくせに、家事能力凄すぎて、その落差はいまだ健在。
ここに来た時とまったく同じく、自然と家事をこなしてくれるあたり、本当にそれが得意で苦ではない事がわかる。
「はぁ…美味しい」
嶽丸の作るご飯は、どれも美味しくて、優しい味。
それが…私の好みを探った上でたどり着いた味だと、知っているからより特別感は増す。
「…嶽丸って、誰にでもご飯作ってあげるのかな…」
ふとわいた疑問の中に、スプーン一杯の独占欲が混ざっていることに、気づいているのに気づかないふりをする。
私はどうしようもなく拗れたアラサーだ…
………
ヘアショーも終わり、忙しかった仕事も一段落した私の出勤は遅い。
たまには洗濯をしてから仕事に行こうと、洗濯機を覗くも…もうすでに靴下の一足もない。
昨日朱里との飲み会で出かけた私の留守に、すべてやっておいてくれたみたいだ。
ふと、昨日朱里に言われたことを思い出す。
「美亜はもう…解放されてもいいんじゃないの?」
そうなのか、そうじゃないのか…私にはわからない。私には判断できない…
気づくとソファに座ってて…嶽丸と違って私には、家事能力はまったく備わっていないと改めて感じながら、仕事に行く準備を始めた。
…………
「おはようございます。…3日間の有休ありがとうございました」
出勤してすぐに顔を合わせたケンゾーにお礼を言う。
…今日もアシスタントたちは早朝から練習に励んでいたらしく、慎吾先輩の顔も見えた。
「美亜…ちょっと事務所にいいか?」
「あ…はい」
ケンゾーに続いて事務所に入るも…以前より少しだけ緊張してしまう。
それは…ヘアショーの打ち上げのとき、ケンゾーが話していたことを思い出したから。
私を狙う?とか…好かれたいとか落としたいとか…アプローチしたいとか…あっそうだ!
私だけに「ケンゾー」呼びを許すとも言ってたな。
「…どうした?」
そんなことを思い出せば、ケンゾーの仕草や言葉の色が、以前とは違っているような気がする…
気づいたそばから、そっと背中に手を置かれて、促すようにソファに座らせてくれたり…。
「俺はな…」
ぎこちなくソファに座ると、正面に座ったケンゾーが、少しだけ視線を泳がせて話し始めた。
「…はい?」
「この年で、女性に本気になったことがない」
「え…?」
コメント
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嶽丸〜、早いとこケンゾー始末しとかないと大変な事になるよ!
嶽丸〜!最大?最強?のライバル動き出したよ!!!ケンゾー!!! みゃーちゃんの心は不安定だからしっかりしないと〜