テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
夏帆が待ち合わせの店の駐車場に到着したのは十八時半だった。
「少し早かったかな」
夏帆は軽くお化粧を直した。それでも待ち合わせまでは時間があった。
(先にお店に入って待っていよう)
夏帆は一足お先に店へと入ることにした。店の中に一歩入ると、慣れ親しんだスパイシーな香辛料の香りが鼻孔をくすぐってきた。
(ああ、これこれ。匂いだけでお腹がすいてくる)
「いらっしゃいませ。お待ち合わせですか?」
女性の店員が夏帆に笑顔で声をかけてきた。
「は、はい」
「成瀬さまですね。こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
「ご予約は十九時でしたね。お連れ様がいらしたら、ご注文をお伺いしますね」
「よろしくお願いします」
夏帆が通されたのはワンフロアーの端っこで背の高い観葉植物で囲われた半個室のような席だった。
(ここに通されたの初めて。個室感覚でいいなあ)
店は電球色のLEDが優しく温かい光で照らしている。このライトが夏帆の心と頭をリラックスさせて心の凝りをじんわりとほぐしてくれる、そんな気分だった。
十九時まであと十五分。
(この十五分間でさえ、私にはトキメキをくれる貴重な時間――)
もう少ししたら、あの入口からやってくる。夏帆の顔を見た途端、優しく微笑んでくれる。お待たせしましたと言いながら夏帆の目の前に座るんだ。そんな成瀬の姿を想像をしながら、夏帆は心地いい緊張感に酔いしれる。逸る気持ちを落ち着かせながら夏帆は成瀬が来るのを待つのだった。
店の大きな壁かけカラクリ時計が十九時の鐘を鳴らした。自動で開いた小さな扉から、軽快な音楽とともに可愛い動物たちが飛び出しクルクルと回っていた。夏帆は顔をあげて入り口を見つめた。
(成瀬さんがくる)
夏帆の胸は最高潮にはずんでいた。
19:15
待ち合わせから十五分が経過していた。多少の遅れは誰にでもある。夏帆はあまり気にしてはいないがスマホをタップして成瀬からのメールを確認した。連絡は何も入ってはなかった。夏帆はメールをいれようかと悩んだが指先をひっこめた。
(連絡しても運転をしていたら出れない。もう少し待とう)
カチカチカチ…
先ほどまでは耳に入ってこなかった壁掛け時計の秒針音が聞こえるようになった。
(どうしたんだろう、なにかあったかな……)
先ほどまでのトキメキが薄らいでいくのがわかった。
「あの、お客様…」
先ほどの女性店員だった。
「お連れ様は、まだお越しになりませんか?」
「すみません。もう少しだけ待っていただけますか?」
「かしこまりました」
丁寧に会釈をして引き返していった。夏帆が掛け時計を見上げると、すでに十九時半を過ぎていた。
(あの成瀬さんが連絡もしないなんて、やっぱりおかしい)
「連絡を入れてきます」
夏帆は店員に声をかけてスマホを片手に店の外に出た。成瀬の番号をタップしようとしたその時だった。夏帆のスマホの着信音が響いた。
(成瀬さん!)
それは成瀬からの着信だった。夏帆は素早くタップした。
「もしもし、成瀬さん⁈」
「夏帆さん、よかった。時間に連絡できなくてすみませんでした」
「いえ。それよりどうしました?」
「それが……急遽、船が出航することになってしまって」
「船が直ったの?」
「ええ。それで午後には延期になっていた演習に出ることが決定してしまって。その準備に追われてずっと連絡ができずにいました」
「そうだったんだ……今日は遅くなりそうですか?」
「―――実はもう、船は出航していて……」
「え? じゃあ……」
(来れないの?)
「今日は本当に申し訳ないです。帰ってきたら必ず夏帆さんの誕生をお祝いのリベンジさせてください」
「……いつ、帰ってくるんですか?」
「二週間後です。本当にすみません……」
(二週間も?)
夏帆は思わず絶句してしまいすぐに返事ができなかった。
「夏帆さん、もうすぐ船が外洋にでます。電波が届かないと電話もつながらなくなるので、何かあったらメッセージを残してください。なるべく確認をするので――――」
成瀬は早口で説明をしたが、最後の言葉が終わらないのに通信が途絶えてしまった。
「…成瀬さん? い、いやだ……」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!