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新生『アノーミア』連邦―――
その中心国家であるマルズ国、
旧称マルズ帝国の某所で―――
秘密裡に会合が行われていた。
長テーブルに座る面々……
軍人か貴族か、どちらにしろかなりの上位に
いるであろう衣装に身を包んだ男たちが複数―――
そしてその前、まるで裁きを待つ罪人のように、
2人の男が立っている。
「なぜ、ここに呼ばれたのかわかるかね?」
組織の中でもトップクラスであろう集団の一人が、
2人に向かって質問する。
「さあ? もしかして今回の仕事のご褒美?」
「た、隊長!」
ふざけた口調で返す短く赤い髪をしたアラサーの
男に、筋肉質ではあるが白髪交じりのアラフォーの
部下らしき男が咎める声を上げる。
「相変わらずだな、アラウェン。
少しはフーバーを見習ったらどうだ」
「口調なんて関係ないですよ、
問題は中身でっす」
物怖じせずに言い返す彼に、上層部は
ため息をついて
「では中身を問う事にしよう。
ウィンベル王国のワイバーン騎士隊の設立―――
この軍事力の優位性が覆されかねない情報が、
どうしてこうまで判明するのが遅れたのだ?」
「ンな事言われましても。
そっちは別の部隊のお仕事でしょう?
こっちはこっちで大変だったんですよぉ、
特にあの司祭がやらかしてくれたおかげで」
「ム……」
ズヌク司祭の愚行は、彼らの耳にも入っていた。
同じアノーミア連邦の国家として―――
身内の尻ぬぐいに追われていたとあれば、
さすがに追及する口も重くなる。
「まあいい。
情報は入手した。
『お土産』が豪華だった事……
君たちがとても良い待遇を受け、また楽しんで
きた事など―――
他の情報と照らし合わせても、これといった
差異は見られん」
「では何が問題なのですか?」
副隊長であるフーバーが聞き返す。
「あちらの『意図』だ。
情報を隠そうとする姿勢では無いし、
何を考えているのかさっぱりわからん。
それに―――
『万能冒険者』、これは何だ?」
「あれ? ちゃんと書いてあったと思いますが。
あの司祭の後始末について協力して
頂いたンすよ。
アレとっ捕まえたのも、その作戦の指揮を
取ったのも―――
そのシンって冒険者です」
それを聞いた上層部らしき男たちの間で、
『実在したのか!?』『本当に冒険者なのか!?』
と、動揺が広がっていく。
「つ、つまりこの人物と接触したと?」
「だからそう報告書にあるはずですけど?
あと、それとなく噂について聞いてみたん
ですけどね。
ジャイアント・ボーアを素手で倒した―――
料理や各種施設を作った―――
ドラゴンの妻がいる―――
否定しませんでしたよ。
もっとも、当人は『万能冒険者』という呼び名に
困ったような顔をしてましたけど」
ざわめく上層部を前に、副隊長も説明を補足する。
「印象では、どこにでもいる30代後半の
温厚な中年男性に見えました。
礼儀正しくもあり、決して好戦的な
人物ではないと思われます」
その情報を元に、また彼らは意見を出し合う。
「交渉は可能、というわけか……」
「こちらに与する事は?
結婚しているというからには女嫌いでは
あるまい」
「懐柔策を考えねば―――」
それを聞いていたアラウェンは片手を上げると、
「あ~……
それなんスけどね。
うかつに接触しようとするのは、ちと
オススメ出来ないかなーと」
「どういう意味だ?」
すると彼は少し下を向いて悩む姿勢になり、
「あそこの―――
今は公都『ヤマト』のギルド支部に……
まあその『万能冒険者』が所属しているところの
支部長なんですけどネ。
ちょっと釘を刺されましてねえ」
「だから何だと言うのだ?
結論を言いたまえ」
先を促す上の連中に、フー……と大きく
ため息をついた後、
「えーっと、確か……
『シンは良くても―――
あんまり周りでウロチョロされると、
ドラゴンやワイバーンが目障りだと思うかも
知れんぞ?』
だそうで」
「これも報告書にあるはずですが、ドラゴンや
ワイバーンはそのシンという男に恩義がある
ようです。
ですので、立場的にはその冒険者の方が
上かと―――」
その言葉を聞いた上層部はいっそう大きく
動揺したようで、ガタガタとイスが揺れる音、
思わず立ち上がる者も中におり、
「そのシンとやらが―――
ドラゴンやワイバーンを抑えているのか!?」
「信じられん。
人間の身で……?」
「主導権を握られているわけではないと
いうのか……!?」
彼らの言動からは―――
ドラゴンやワイバーンが人間に従うはずはなく、
むしろ人間側があらゆる犠牲を払って、彼らと
組んでいると……
いわば『常識的』な推測が見られた。
「まー、ただツテは出来たんで。
頼み事とか協力したい事があれば―――
取り次ぐ事は可能だと思いますよ?
もっとも敵対するってンなら、
俺はそのまま全速力で逃げますけどね」
上層部の面々は、表情を渋くしながら、
「消極的だが、当面は様子見だ。
ドラゴンやワイバーンという事実を無視して
戦略は立てられん。
決して刺激はするな。
次の接触は―――
今回の礼として何か持っていくがいい。
交易の話を元に、こちらでも何か手を
考えておく」
「わかりましたー。
んじゃこれで」
「で、では失礼いたします!」
対照的なあいさつをして、アラサーとアラフォーの
2人の男は去っていった。
部屋―――
というよりは大広間に近い広さを持つ空間に
残った数名は、席を立たずに言葉を交わす。
「……少々、追及が甘いのでは?」
「仕方あるまい。
それに今回、彼らの言う通り『お土産』は
とんでもないものだったからな。
その功績は評価しなければ」
『お土産』の話が出ると、今度はその話題に
切り替わる。
「ああ、コメや各種果実、メープルシロップなどは
さっそく領地で栽培出来ないか検討している」
「あの水路で育つ貝はすごいぞ。
水魔法で水さえ補充出来れば、勝手に
増えるんだからな」
「そういえば誰か、海に近い領地の者はいないか?
重曹という物を作るのに、海藻が必要らしくて」
こうして彼らの話は諜報から内政の話へ完全に
シフトし―――
ある意味有意義な時間を過ごす事になった。
「まったく、『万能冒険者』とやらはすげぇな。
死んだモンすら生き返らせるんだからよ」
「いやあれ、本当に運が良かった
だけですからね!?」
冒険者ギルド、その支部長室で私は部屋の主と
話をしていた。
魔狼・リリィさんの出産から3日後―――
念のため、パック夫妻の元で経過を慎重に
診ていたが……
容態は安定しただろうとのお墨付きを得て、
母子ともに退院。
今後は―――
元々魔狼の飼育施設があった児童預かり所で、
リリィさんと子供の面倒を見る事になり、
夕方以降にケイドさんの住む部屋に戻る、
という生活サイクルになるそうだ。
「あの方法……
大人にも有効なんスか?」
「そうですね。
ただあれは、本当に最後の最後―――
打つ手が無くなった時の、最終手段のような
ものです。
絶対に助かるというわけではありませんし、
あくまでも助かる可能性が上がる、という
くらいです」
同室にいたレイド君の質問に答え、次いで
ミリアさんも口を開く。
「産婆さんや医療関係者は元より―――
冒険者たちにも覚えてもらえれば、生存率が
上がりそうですね」
「まあ、そのために来たので。
細かい話や条件を詰めましょう」
今回、ギルド支部へ来たのは魔狼関係の報告と、
また心肺蘇生の講習についてであった。
「医療関係者の方は、パックさんがやるのか?」
「すでに産婆さんやスタッフには習得させた
そうです。
そのパック夫妻は今、不在ですが―――
問題は無いでしょう」
ジャンさんの質問に答えると、レイド君が
「え? 今パックさんいないんですか?」
「ポルガ国へ行くって言ってたでしょ!
人の話を聞いていなさい!」
容赦ないツッコミがミリアさんからチョップと
一緒に入る。
本来、ポルガ国へニーフォウル一家を迎えに行く
予定を、リリィさんの出産日が近付いていたため
伸ばしていたのだ。
「そういや、ポルガ国は―――
ドラゴンを見て騒ぎにならなかったのか?」
「以前行った時は、領地の手前で降りてから
向かったとか……
『病院箱』は後から呼んだ人や馬車を使って
運ばせたようです」
アルテリーゼと一緒に王都に行く時も、
『乗客箱』を放置して向かう以外は
同じような感じだったしなあ。
今はワイバーン騎士隊がいるから、直接
王都へ乗り込めるけど。
「ドラゴンの離着陸なんて、想定しているワケ
ないッスからねー」
「せっかく乗っていける箱があるのに、
不便じゃないですか?」
どこかズレた感想を2人が述べるが……
すっかりドラゴンに慣れてしまった人間からすると
そんなものかも知れない。
「あー、今朝見送りましたけど―――
『病院箱』、改良されていましたよ。
どうせ馬で運ぶならという事で、
車輪付きになってました」
「……何かどんどん、ドラゴンがいるのが
前提の生活になっちまってる気がするなあ」
ギルド長が私と同じ懸念に達し、両目を閉じて
腕組みすると、
「そんなの今さらじゃないッスか」
「それにあちらさんだって―――
もう人間と一緒にいるのが前提の生活から、
戻れないと思いますよ」
それもそうか、と私とジャンさんは顔を見合わせて
苦笑し―――
心肺蘇生の講習会の予定だけ決めて、ギルド支部を
後にした。
それからさらに3日経って……
パック夫妻がポルガ国から戻ってきたのだが―――
「え?
ロッテン伯爵夫妻も一緒に?」
「は、はい。
他に複数の身の回りの世話をする方々も」
公都『ヤマト』に戻ってきた2人と、
私たち一家は情報共有がてら、宿屋『クラン』で
食事をする事になったのだが……
ニーフォウルさん一家だけではなく、
ロッテン伯爵家の方々もなぜかやってきた、
という事を知らされた。
「そりゃ何でまた?」
「その者は貴族であろう?
そう簡単に行き来したり出来るものなのか?」
「ピュピュー?」
黒髪のミドルとロングヘアーの妻2人、
そしてドラゴンの子供が疑問を口にする。
その問いに、シルバーの短髪、そして長い
白銀の髪の夫妻は
「正確に言いますと、もうロッテン夫妻は
伯爵ではありません」
「……!?」
何か問題があったのかと身構えるが、
すぐにパックさんは手を垂直に立てて振り、
「いえ、隠居です。
代替わりという事です」
「話すと長くなるんですが―――」
そこでシャンタルさんも説明に加わり、
詳しく聞く事になった。
「あー……」
「んんん~……」
「バカバカしいのう」
「ピュッ!」
一通り聞いた後、私たち一家は呆れとも
疲れとも取れない言葉が口から漏れた。
つまるところ―――
孫娘の生還、そして一族への復帰。
ひ孫のエイミさんの認定と……
取り敢えずするべき手続きは全部行ったのだが、
それを聞いた子息や親戚が―――
『もしかしたら、一族の実権を彼女たちに
継がせるのでは?』と邪推したらしい。
それがロッテン伯爵の耳に入り、
『そんな事を言うのであれば、今すぐ
継がせてやる』
と、後継ぎの長男に家督を継がせて―――
自分は隠居表明。
元々高齢だった事もあり、代替わり自体は
問題なく行われたらしいのだが―――
そもそも彼が今まで当主をしていたのは、
あまり出来が良くない身内の不祥事の後始末や、
まとめ役として必要だったらしく、
隠居するのはいいが、伯爵家から離れないでくれと
懇願されたのだという。
身勝手を通り越してムシのいい要求だが―――
そこで母エイミさんの祖母、つまり伯爵夫人が
『今まで、この子に祖父・祖母らしい事を
してあげられなかったのだから―――
残りの余生をこの子のために使っても
いいでしょう?』
そう説得された一族は反対出来ず……
せめて連絡だけは付けられるようにして欲しいと
妥協案を出され、それで決着。
今後はニーフォウルさん一家、ラミア族と
行動する事に決めたとの事だ。
「とはいえ、夫妻ともに高齢ですから、
まずはラミア族の住処の湖近くにある、
あの村を余生を過ごせる場所にしたいと」
「なので、お金に糸目は付けないので
公都『ヤマト』、引いてはシンさんの
協力をお願いしたい、との事です」
パック夫妻から事のあらましを聞いた私は、
少し考え―――
「……そういえばあの村ってウィンベル王国
でしたっけ?」
「そこが微妙なんですよ。
一応、湖を挟んで南側がポルガ国、
北側がウィンベル王国という事になって
いますけど―――
あまりに辺境過ぎて、未開拓地域という
扱いになっているんじゃないかと」
そういえば以前、マウンテン・ベアー討伐で
聞いた事があるけど……
どこの支配下にもなっていない土地があるという
話だったっけ。
(49話 はじめての まうんてん・べあー参照)
そもそも母エイミさんの一家が魔物に襲われた
場所の近くだし、所有権にこだわるほどの土地では
ない事は確かだろう。
「一応、王都には確認を取って―――
いざとなったら共同開拓という形を取れば
いいか」
「そんで、今その伯爵様一行は?」
メルが横入りして質問し、
「西側新規開拓地区の、高級宿にいます。
さすがにこの時期、馬車でもあの湖に
行こうとするのは無謀ですからね。
本格的に行くのは春になってからかと。
ただ、ラミア族には一度顔見せしたいと
言っておりますので―――
近いうちにニーフォウルさんの移送時に
一緒に連れて行こうかと思っています」
トップがいつまでも不在にしているわけには
いかないからな。
ドラゴンであればひとっ飛びだろうし。
「ン? 我の『乗客箱』で連れて行くわけでは
ないのか?」
「ピュウ?」
不意にアルテリーゼが口を開く。
そういえばラミア族の移送は、彼女が今まで
やっていた事だ。
「今回は少人数の顔見せ、移動に過ぎないので、
わたくしとパック君だけで十分かな、と。
伯爵夫人も一応、病み上がりの身ですので、
パック君が同行すれば心強いですし」
「なるほどのう」
もともとあの村はパック夫妻の診療の巡回コースに
入っていた。
少人数を送り届けるだけであれば、アルテリーゼの
『乗客箱』を使うまでもないのだろう。
そもそもラミア族に出会ったのが半年くらい
前だし、『乗客箱』の移動も冬に行った事は無い。
「ちなみにアルテリーゼ、冬というか吹雪の中、
飛ぶ事は出来るのか?」
私の質問に彼女は少し考え込んで、
「あー、我だけであれば可能だが……
『乗客箱』を抱えてとなると難しそうじゃ」
となると、冬季の飛行移動は今後の課題だな。
そこでまた、いろいろと意見交換がなされ―――
食事の時は過ぎていった。
「お久しぶりです、ロッテン伯爵様」
「おお、シン殿か!
その節は世話になった。
あと伯爵様はやめてくれんか。
もう隠居の身なのでな」
ロマンスグレーの紳士が、くだけた態度で
出迎える。
翌日、今までの関わりもあり―――
あいさつはしておこうという事で、パック夫妻・
家族と共に宿泊先の宿へ訪問した。
ニーフォウルさん一家は、今後の事をラミア族へ
伝えるため、児童預かり所やギルド支部など各所へ
出かけている。
「あなたがシン殿ですか。
レティ・ロッテンです。
初めまして。
孫娘やひ孫から、貴方の事は聞いておりますわ。
とても面白いお方のようですね」
灰色の長髪をなびかせ―――
年相応だが、上品な気品を身にまとう夫人が
こちらに頭を下げる。
衣装こそ高価な素材を使っているように
見えるが、一体感があり……
何より装飾品がほとんど見えない事が、
当人の人柄と人格を物語っていた。
「初めまして、シンの妻・メルです」
「同じくアルテリーゼじゃ。
確かに我が夫といると退屈せぬぞ?」
「ピュイッ」
家族のあいさつ―――
特にラッチの鳴き声に、夫人は目を細める。
「お体はどうですか、レティ様」
主治医のようにパックさんがたずね、
「朝はまだ思わしくない時がありますが、
ここへ来てからというもの―――
美味しい料理や見た事も無い物の連続で、
どんどん元気になっている気がしますよ」
その答えに夫のロッテンさんは微笑むが……
「ん?」
「ム?」
「ふむ」
私と妻2人は違和感を覚えてパック夫妻へと
視線を同時に移す。
パックさんは―――
シャンタルさんと結婚し、交わった事により
その影響を色濃く受けた人物だ。
浄化も魔力も何もかも結婚前の比ではなく、
『生きてさえいれば』どのような病気、ケガでも
治せるくらいの力があるはず。
体質や再発はどうにもならないだろうが―――
これまで病気が『完治』しなかった事はほとんど
無く……
つまり無くはないが、非常に珍しいケースなのだ。
「寝つきがお悪いのですか?」
医者であるパックさんは、さすがに何事も
無かったかのように、話を続ける。
「そうですね……
パックさんに診て頂いた後は、しばらく
安眠出来ていたんですけど。
年甲斐もなく、興奮しているのかも知れません。
やっぱりいろいろありましたから」
そしてしばらく雑談を続けた後、レティ夫人の
体調を気遣って、彼女を休ませた後にまた
話をする事になった。
「いや申し訳ない。
すっかり良くなったと思っていたのだが」
部屋を変えると、改めてロッテン様とそれぞれの
夫妻が向き合う。
2・3雑談を交わした後、意を決したように
パックさんが口を開き、
「失礼ですが―――
レティ様のご病気は治ったはずです。
再発する様子も見られませんでした。
気になるのは体力の回復くらいでして……
何か変わった事はありませんでしたか?」
彼の浄化魔法により、あっという間に治ったのを
目の当たりにしているであろう彼は……
真剣に記憶から情報を探す。
「ここ数日はこれと言って……
それに妻の体調がおかしいのは―――
数年前からだったと思う。
なので、変わった事と言われても」
となると体質によるものだろうか?
だが、数年前というのが気にかかる。
ロッテン様の口ぶりからすると、
『それまでは普通に健康だった』とも
取れるのだが……
それとも年齢だろうか?
ふと、シャンタルさんが片手を上げて、
「その数年、治療や診せていた方はいますか?」
「……ズヌクだ。
あれでも一応司祭だからな。
少しは浄化魔法も使えるので、妻の具合が
悪くなる度に診てもらったのだが」
そこで我々は、互いに顔を見合わせた。
―――同じ頃、ポルガ国のとある宗教施設で、
一人の男が小部屋に軟禁されていた。
「いったいワシをいつまでここに閉じ込めて
おくのだ!!
このワシにこんな事をして、タダで済むと
思っておるのか!?」
見張り役であろう、2人の神官らしき青年に
彼は大きなお腹を揺らしながら悪態をつく。
「落ち着いてください、ズヌク司祭様」
「ロッテン伯爵家の目がありますので……
ほとぼりが冷めるまでは」
強力な風魔法の使い手でもある彼の処遇は、
派閥の中でも割れていた。
一つは、ロッテン伯爵家の怒りが収まるまで、
どこか連邦の中でも遠い国に異動させる事。
もう一つは―――
完全に飼い殺しにする事である。
この場合の飼い殺しとは……
『命だけはまっとうさせてやろう』という意味で、
出世どころか、二度と外に出られない場所での
監禁であり、事実上の終身刑でもあった。
(クソ!! どうしてワシがこんな目に―――
だが見ておれ、いずれロッテン伯爵家から
ワシに頭を下げにくるわ!!
何せ奥方の『病気』は……
ワシ以外には治せんのだからな……!)
ウィンベル王国・公都『ヤマト』では―――
レティ夫人の『病気』を何とかするため、
話し合いが続けられていた。
「ズヌク司祭の事は、夫人には?」
「心配をかけさせまいと、伝えてはいない。
いずれ何らかの形で、ごまかして話すつもり
だったが」
ズヌクが何らかの形で、夫人に害を成しているのは
間違いないだろう。
しかし彼はもう裁きを待つ身であり、遠く離れた
この地で何か出来るとは―――
「何か、普段身に着けている物とかは?」
「そうじゃ。
魔導具とか呪いのアイテムというのは
定番じゃぞ?」
ロッテン様はその問いに首を横に振る。
「あまり妻は、そういった類の物を
身に着けないのだ。
せいぜい、外出する時に腕輪やネックレスを
するくらいで……
共に隠居してからは、化粧も最低限に
しているくらいだ」
確かに、さっき会った時も派手な装いでは
なかったし―――
だとすると一体どうやって……
「…………
朝、起きた時に体調が悪いのだとすれば―――
例えば寝間着や就寝時だけに身に着ける
何かがあれば」
パックさんの言葉に、老紳士がハッとして
顔を上げる。
「す、すぐに調べよう」
そこで私は彼を制し、
「待ってください。
夫人にはズヌクの事を隠しておきたいん
ですよね?
だったら、手を考えませんと」
足を止めた老人と、その他の視線が私に
集中し、
「今、奥様は寝室で休まれているんですよね?
だったら―――」
同室の全員が、私の顔をのぞき込むように
集まった。
それから1時間ほどして……
レティ夫人の寝室のドアがノックされた。
「レティ、起きてるかい?」
「あ、貴方―――
ごめんなさい、少し眠っていたみたい
ですわ」
彼女が上半身を起こすと……
ロッテンが入ってきたドアの開いた隙間から、
いい匂いが流れ込んでくる。
「あら? この香りは」
「ああ、シン殿が消化のいいものをと、
『ナベヤキうどん』なる料理を作って
くれてな。
どうする?
ここで食べるのなら、持ってくるが」
するとレティ夫人は起き上がり、
「大丈夫ですよ、ちょうどわたくしもお腹が少し
すいてきたところですので……
作ってくださったのなら、食べに行きます」
そこで夫妻は一緒に部屋を退室し―――
入れ替わりに、20代とアラフォーの男が
音を立てないようにドアの前に立つ。
「失礼しまーす……」
「時間はかけられませんからね。
パックさん、お願いします」
ロッテン様はまず妻を先に行かせて―――
カギをかけるフリをして音だけ立てて、
寝室のドアを開けたままにしていた。
その後、私とパックさんが侵入し……
恐らく夫人に害を成しているであろう、
魔導具なりアイテムを捜索・発見。
それを処分した後、レティ夫人のいる部屋へ
姿を見せる、という計画だった。
また時間稼ぎのため、女性陣とラッチは
夫人と同席し、話し相手をする段取りだ。
部屋に入ると明かりは点いている。
そこでパックさんに『見て』もらうと―――
「ありました」
「もう!?」
一直線にベッドの横、小さな床頭台のような
引き出しを開ける。
そこから取り出されたのは腕輪のような魔導具。
私にはわからないが、どうもこれが夫人の病気の
『原因』らしい。
「明らかに禍々しい魔力を発しています。
今は微かにわかる程度ですが―――
数日に一度とか定期的に深夜、寝入っている間に
発動するよう、出来ているのではないかと。
恐らく、これを着けて寝るようにとか言われ、
診察の際、浄化魔法で治す度にこれの魔力を
補充していたのでしょう」
マッチポンプというワケか。
それにしても、本当に呪いの魔導具とは。
私や娘エイミさんに使った魔導具が禁忌に近い物、
と聞いていたので、予想はしていたが……
「で、どうしましょうかねコレ」
私はそれを手に取り、裏返したり逆さまにしたり
して観察するが、やはり何もわからない。
「あの司祭の事なので―――
単純に破壊したり、また隔離しようとしたら
何か発動するような仕掛けを用意していると
思うんですよね」
それはあり得るだろうなあ……
とパックさんの話に耳を傾け同意する。
ロッテン様との話し合いで、レティ様に
なるべく気付かせない・わからないように
処分すると決めていたが―――
ダミーを用意しようにも、似ている程度なら
気付くかも知れないし、何よりそんな都合よく
似た魔導具など、すぐに取り寄せる事も無理だ。
それなら、当初の予定通り―――
「無効化しちゃいましょうか」
「無効化しちゃってください」
そこで私は、魔導具を前にしてつぶやく。
「人体に害を与える魔導具など―――
・・・・・
あり得ない」
こうして、レティ夫人の病気の『原因』の魔導具は
何の変哲もないただの腕輪となり……
同時に、ズヌク司祭の企み―――もとい希望も
潰えたわけだが、それを当人が知る由も無かった。