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「それでは行ってくる」
「孫娘と、その子の生まれ育った地を
この目で見てきますわ」
60代半ば、すっかりロマンスグレーと化した
短髪の老紳士と、灰色の長髪を後ろにまとめた
老婦人が軽く会釈する。
ロッテン―――『元』伯爵夫妻は、孫娘夫婦の
住処である、ラミア族の土地へ行く事になった。
ズヌク司祭がレティ夫人に渡した魔導具……
その効果を無効化させた後、彼女の体調は
目に見えて回復していき、
天候の良い日を待つ事5日―――
パック夫妻・ニーフォウルさん一家と共に
『病院箱』で、ラミア族の住処へ行く事に
なった。
とはいえ、顔見せ程度なので一泊二日で
帰ってくる予定だが。
「シンー!
荷物運び入れ終わったよー!」
「ほとんどウドンとラーメンのメン、
そしてそのスープの材料じゃが……
すっかり虜になっておるのう」
そこへ、黒髪セミロングのキツネ目の女性と、
同じく黒髪ロングの2人の妻がやってきた。
以前、メン専門の施設を新たに建てるという
話が出たが―――
人は集まったので、ちょうど冬休みになっている
『ガッコウ』施設の調理実習のスペースを借りて、
メン類の生産へと踏み切った。
作り方は単純なので、身体強化さえ使えれば
誰でも出来―――
また小麦は豊富にあるので、大量生産するのに
支障は無かった。
ラーメンのメンは重曹が必要なので、さすがに
ウドンほどの量は作られず……
ラミア族へのお土産も、ウドン8割・ラーメン2割
くらいの比率だ。
こうしてロッテン夫妻と一行を乗せて―――
『病院箱』は公都・ヤマトから飛び立っていった。
「そういえばシン、これからどうするの?」
「我らは西側新規開拓地区の南―――
例の養殖施設へ行くが」
本格的に冬に突入した事で、肉類の確保が
難しくなり……
ナマズやウナギ、その他の巨大化について一応、
都とギルドからの許可は下りたので、その生産を
フルに行っていた。
例の『進化』については何もわかっておらず―――
ただメルとアルテリーゼがいれば対応は可能なので
現状は目をつむって養殖を続けている。
ちなみにナマズの『進化』は、翼が生えるとか
火を吹くとかそういう事は無かったものの……
一回り巨大化した上で、後ろ足で立ち上がり
歩くという変化を見せたのだった。
「私はドーン伯爵様との商談があるから、このまま
カーマンさんのところへ行くよ。
それが終わったら、宿屋『クラン』で
集まろう」
「りょー」
「ではその頃に、ラッチも連れてきてくれ」
ラッチは児童預かり所に預けているが、
中央区にあり、そこはこちらの方が近いからな。
私はそれを了承すると―――
御用商人の屋敷へと向かった。
「シン殿。お世話になっております」
「あれ? ギリアス様……
伯爵さまは?」
カーマンさんの屋敷、そこの応接室へ入ると―――
部屋の主である白髪交じりの60代の紳士と……
ブラウンの短髪をした20代後半の、いかにも
鍛錬された体格を持つ青年、
そしてその右隣りの席に、2人で隣り合って座る、
焦げ茶・ブラウンのロングヘアーの、年齢より
若く見える女性と―――
同じくブラウンヘアーの、ダブルレイヤーの髪型を
した、少年のような男性がいた。
「父上は所用で、こちらにある別邸へ行って
おりまして……
というより、またどこかの結婚や催しの相談を
受けているのでしょうね」
「ここへ来たら、すぐに捕まってしまいます
からなあ」
ギリアス様とカーマンさんが、苦笑しながら
答える。
そういえば噂では、予約でも2年待ちとか
聞いたな……
もしアレと同じ結婚式を挙げようと思えば、
楽団の他、魔狼やワイバーンまで揃えなければ
ならないし。
「ま、とにかく商談に入ろうぜー。
『浄化水』の契約について来たんだろ?」
「ユーミ!」
「ユーミ姉!」
兄と弟から同時に注意され、彼女はそれを
軽く流す。
そして、交渉がスタートした。
「……では、高級品として売るのはこちらの値段、
一般用はこちらという事で」
話がまとまり、書面に書いて確認を促す。
「どちらも、中身や効果は同じなのに―――
バカバカしい事ではありますが」
ザース様が内容に目を通し、消極的に語る。
浄化水―――
塩素水の事だが、材料や作り方が同じである以上、
その成分に違いはない。
ただ、ザース様が作る分だけは、貴族であり
王族とも縁続きになったドーン伯爵家の者が
作ったと主張出来る。
そこでザース様が作った分は『高級品』として、
他が作った分は『一般用』として売ろう、
という話になったのである。
「ザース……」
ギリアス様が申し訳なさそうな目で弟を見つめる。
特に彼は、弱い雷魔法しか使えないので……
それなりの扱いを受けて来たのを知っているの
だろう。
「まーもらえるモンはもらっておけって。
今までの分を返してもらうつもりでさ」
姉のユーミ様が、ザース様の肩をバンバンと叩く。
「ですが、出来れば大勢の方の役に立てばと」
彼が心配しているのは、高級路線になれば、
いずれ全てがその値段になってしまい―――
低所得の人間に行き渡らないのではないかという
事だろう。
「そうするためにも、二極化が必要なのです」
ここで私は―――
むしろザース様の思う通りにするために、
こうするのだと説明する。
「私が初め、ここでマヨネーズや一夜干しを
作った頃は―――
住人には破格とも言える値段で提供して
おりました。
なぜなら、それは宣伝費と割り切って……
王都に売る分で回収しようと思っていたので」
「そういえばそうでしたな。
下手をしたら1/100か、それ以下の値段で
こちらでは売られていて―――
驚いた記憶があります」
カーマンさんがその時の事を思い出して、
補足してくれるように話す。
「逆を言えば―――
王都が高く買ってくれる分、こちらで安く
売る事が可能だったのです。
この『浄化水』も、効果が知れ渡れば必ず
売れるでしょう。
そこで、一部の高く買ってくれる人にはお金を
出してもらい……
その分、大勢の人に安く売るのです」
ザース様はそれを聞いて理解しようと努めて
いるのか、両目を閉じて、
「なるほど……
そういう考え方もありますね。
確かに、高く買ってくれる人がいるのなら、
その分他を安くする事が可能です」
「そーゆーこった。
中身が一緒でもわざわざ高く買ってくれる
バカがいるんだ。
そのバカのおかげで大勢に提供出来るんなら、
それでいいじゃん」
「言い方!」
ユーミ様の言い様に思わずツッコミを入れて
しまい―――
室内は笑い声に包まれた。
いったんそれが落ち着くと、ギリアス様が
真剣な表情になり、
「ですが、本当にこれでよろしいのですか?
ここにはシン殿の権利や利益が―――」
この件はパック夫妻にも一任されているが、
権利のほぼ全てをザース様へ譲渡するよう
頼まれていた。
こちらの要求は、独占の禁止と一定数を継続的に
公都『ヤマト』へ卸す、それだけである。
ただあまりにも一方的な、相手有利な条件なので
理由を話す必要があった。
「それについてはこちらの事情もあります。
今、この公都では妊娠している方が大勢
いるんです。
だからこそ『浄化水』の製造と大量確保は
急務だったわけで……
本当にホッとしています。
間に合って良かった」
と、ここまで言い訳を並べたところで……
余りにもご立派な理由に気恥ずかしくなる。
そこで私は視線を反らして、
「あとはまあ―――
よく私宛にいろいろな相談や面倒ごとが
持ち込まれるんですけど……
そういうのはいったんドーン伯爵家に
話が行ったり通されたりしまして……
その、迷惑料と思って頂ければ」
そこでカーマンさんは『あー……』と微妙な
表情になり、
「いいっていいって!
あのクソオヤジなら、いくらでも迷惑
かけてくれ!!」
「ユーミ姉!」
少女のような外見の女性がカラカラと大笑い
すると、弟がそれをたしなめる。
「ハハハ……お手柔らかに」
「では合意した契約書にサインを―――
後は立会人としてここへ……」
ギリアス様が苦笑し、カーマンさんが手続きを
促して―――
契約は無事締結された。
そして帰り支度を全員がし始める中、
伯爵家の長男が私の方へ振り向き、
「あ、そういえばシン殿。
王都ギルド本部長ライオット殿から、
言伝がありまして」
「ライさんから?」
手を止めて改めて向き合い、彼に話を聞く。
「ええ、何でも……
『急進派』と呼ばれる連中が、この公都へ
向かったと思われるので、接触には注意して
くれとの事」
その言葉に、ザース様の顔は暗くなり―――
ユーミ様は舌打ちする。
「ったく、あのアホどもが来るのかよ。
気分良く帰れると思ったのに」
「えーと……
何ですかその『急進派』というのは」
フー、と彼女の隣りからため息が漏れ、
「魔力・魔法至上主義、とでも言いましょうか。
強力な魔法や膨大な魔力こそが―――
最高の価値と位置付ける連中です」
「まとまった組織があるわけではありませんが……
一部、過激な言動を取る者もおるようです。
弱い魔法や魔力しか持たない―――
そういう者を見下したり……
もちろん、どこでもそういう風潮がある事は
否めませんが、中には行き過ぎた考えを持つ
人間もおりますから」
カーマンさんが追加で説明してくれ、こちらも
ようやく状況を理解する。
魔法前提のこの世界―――
最初から持っている魔法の才で、一生が
左右される事も珍しくはない。
裏を返すと、生まれ付き強大な魔法・魔力を
持っている者は将来の成功が保証される。
だからこそ、選民思想というか……
特別な権利だと思い込む人間もいるのだろう。
現に会ったばかりのドーン伯爵様からは、
ブロンズクラスというだけで理不尽な要求を
受けた事もあるし、
今目の前にいるギリアス様も、実の妹である
アリス様を、『使えん魔法しか持たない無能』
と罵っていたくらいだからなあ。
「でもよ、ギリアスの兄貴。
シンさんはどちらかと言うとそういう連中とは
対極の位置にいるような人だろ?
そいつらがシンさんに何の用があるんだ?」
ユーミ様が私より先に疑問を口にする。
「…………
シン殿は、各種料理やザースの浄化水など、
強力な魔法を使わなくても出来る事を次々と
考えてきました。
なので、敵対にしろ懐柔にしろ―――
目を付けられたのではないかと」
なるべくこの世界の価値観と衝突しないようにと
心掛けてきたつもりだが、妥協点の無い連中って
いるからなあ。
面倒な事にならなければいいけど……
と思っていると、
「まあ公都で悪さをするようなヤツを見かけたら、
すぐに報せるようにするよ」
「そうですね。
『浄化水』の生産のために、まだしばらくは
ここに残るつもりですし」
「お願いします。
ただ見つけても手は出さないようにして
ください。
狙いが私なら、まあ……
私がお相手するべきでしょうし」
姉弟の提案を受け、私はそれを了承して頭を下げ、
御用商人の屋敷を後にした。
同じ頃―――
ウィンベル王国・王都フォルロワにある
冒険者ギルド本部で……
一人の男が自室から窓の外を眺めていた。
白髪が混じったグレーの短髪、顔に刻まれた
シワは、老い以上に鍛え上げられた過去と
経歴を思わせる。
「ったく……
新生『アノーミア』連邦とリープラス派が
大人しくなったと思ったら」
同室にいる秘書風の―――
背中を隠すような金のロングヘアーを持つ女性と、
眼鏡のミドルショートの黒髪を持つ2人が、
報告書を胸の高さへ持ち上げ読み上げる。
「今回、公都に乗り込んだのは……
急進派の中でもさらに過激な2人のようです」
「バーサル・デイザンと―――
ホムト・ジャーバ……
2人とも伯爵位ですが、強力な攻撃魔法を
有しております。
確か雷光魔法と業火魔法の使い手で……」
それを聞いたライオット―――
前国王の兄、ライオネル・ウィンベルは頭を
ガシガシとかきながら、
「最上位魔法の使い手か。
このクソ寒いのにご苦労なこった。
まあ、どんな強力な魔法だろうと―――
シンの前では無意味だろうがな」
女性2名は、互いにいったん顔を見合わせると
「もしかして、本部長がそう仕向けたのでは?」
「願ったり叶ったりじゃないですか」
彼は腰かけていたソファに背中を押し付ける
ようにして、
「いくら何でもそこまでしねぇよ。
ただ衝突するのは時間の問題だったと思うぜ。
どちらにしろ、王国の改革に連中はジャマだ。
排除するかどうかは―――
その2人が戻ってきてから決めるさ」
そう言うとソファから立ち上がり、
「近いうちに公都『ヤマト』へ
行ってもらう事になるかも知れん。
サシャ、ジェレミエル。
そのつもりで待機していてくれ」
「はい」
「かしこまりました」
そのままライオネルは窓の方へ移動し、
左右に2人の女性が挟むように立つ。
「王国の改革……
『魔法・魔力重視の偏重による弊害の改善』
『適材適所による人材の活用』―――
時間がかかる事は覚悟していましたが」
「ライオネル様は見てしまいましたからね。
限定的とはいえ、あの公都『ヤマト』で……
理想ともいえる成功例を」
彼は両側にサシャ・ジェレミエルを立たせたまま
苦笑し、
「案外、何とかなるかも知れんと思ったよ。
意識としては、この国どころか世界中を
覆っている『常識』だが―――
魔法だけじゃなく、亜人や魔物の境目まで
突き破っていったからな。
あれを見て、新しい時代を感じないヤツは
いないだろう。
問題は……」
そこで目を伏せるライオネルに続き、
「それを受け入れるか―――」
「それとも、古い世界に固執して拒絶するか」
3人で情報と今後起こりえるであろう未来を
共有し、疲れとも笑いとも取れない表情になる。
「あ、そういえば。
この前、公都に定期的に行っている
ワイバーン騎士隊のメンバーから聞いたんだが。
何でも、魔狼の赤ちゃんが生まれたそうだ」
そこで男は真面目な空気を一転させるため、
明るい話題を振るが、
「それを先に言ってくださりやがれませ!」
「こうしちゃいられねえ!
本部長!
王族権限でワイバーン騎士隊の使用許可を!!」
「出来ると思ってんのかボケー!!
冬季用の高速馬車を手配してやるから、
それでガマンしろ!!」
詰め寄るサシャとジェレミエルを前に拒否し、
彼は怒鳴るが―――
部屋には防音魔法が施されているため、
ライオネルの叫びは外には聞こえなかった。
一週間後……
初雪がちらつき、朝から今年一番の冷え込みだと
感じた日―――
その騒動は起きた。
「児童預かり所で騒いでいるヤツがいる?」
遅めの昼食を宿屋『クラン』で家族と食べていた
ところ……
血相を変えてそこの職員が駆けこんできた。
「シン、これは―――」
メルの言葉に、私とアルテリーゼ、ラッチも
顔を見合わせて、
「だろうね」
「では行くとするか」
「ピュ!」
そのまま店の外へ出て、職員の後について
駆け出した。
ギリアス様から『急進派』とやらの情報を
聞いてから3日ほどして―――
それと思われる2人が、あちこちでトラブルを
起こしているという話は入ってきていた。
一人はひどく痩せた体で、チョビヒゲを持った
30台半ばの男……
もう一人は丸々と太った巨漢で、二人とも
行く先々で傲慢な態度を取り、たいそう
嫌がられているという事だった。
その度にギルド長やレイド君、また西側の
新規開拓地区からそれなりの身分の貴族が
注意しに来るので、暴力や傷害沙汰にまで
発展したという話は聞いていないが―――
あまりに目に余る、もしくは緊急事態と
判断された場合、私かパックさんへ
連絡が来る事になっていて、今がその時……
要は住人のガマンの限界が来たという事も
意味していた。
「私かパックさんが動けば……
自動的にアルテリーゼ、シャンタルさん―――
ドラゴンも動く事になるからな。
しかし、何やらかしたんだか」
私は一定のペースを保って走りながら、
妻たちに話しかける。
「でもよりによって児童預かり所で騒ぎを
起こすなんてねー」
「何事もなければよいが……
無知とは怖いものよのう。
急ぐぞ、シン!」
こうして走る事15分ほど―――
目的地へと到着した。
「ん? 何だキサマらは?」
「女の方は我が前に出る事を許されるほどの
容姿だが……
男の方はすぐに下がれ。
見るのも汚らわしいわ」
着いた早々、いきなりのご挨拶を受ける。
児童預かり所の職員にラッチを預け、応接室に
入った時、中にいたのは―――
前者は……
ガリガリの体に毛皮やら何やら、ゴテゴテの
装飾品のついた服を着こんだ、刈り上げられた
気味悪い紫の短髪を持つ男。
後者は―――
モヒカンのように頭の頂上以外の毛を剃った
ような髪型をしており……
かつての町長の準男爵や、司祭を思い起こさせる
ほどの球体に近い体形をしていた。
どちらも30代後半、私とそう違わない年齢だと
思うが。
「あー、すいません。
ハァハァ……
この公都の冒険者ギルド所属、
シルバークラス、シンといいます」
「妻のメルです。
同じくシルバークラスの冒険者をしています」
「同じく―――
シルバークラスのアルテリーゼじゃ」
こちらが名乗ると、相手は表情を歪め、
「ン? 貴様がシンか!
今頃来おって、どういう了見か!?」
「貴様に用があってわざわざここまで来たと
いうのに……
我々もヒマじゃないんだぞ!
一言くらい、謝ったらどうなんだ!」
その言い分に、私は首を傾げて
「ええと、失礼ですが―――
私をお呼びした事がありましたっけ……?」
情報はもらっていたが、何せこの2人とは初対面。
意味がわからず戸惑っていると、
「あぁん!?
このデイザン伯爵様と―――」
「ジャーバ伯爵様がわざわざ来てやったのだ!
平民の方から挨拶に来るのが礼儀だろうが!」
思わず心の中で『おぅわ』とうめく。
妻2人も似たようなものだろう。
そんな事を言われても、こちらは超能力者でも
何でもない。
言わなくてもわかれ、なんて理不尽な要求を
受け入れる筋合いもなく。
「フン、まあいい。
ところでお前―――
いろいろと料理やら何やら作っておる
らしいな?」
「ええ、まあ」
細い方―――
デイザン伯爵と名乗った男が、例の件で
切り込んでくる。
「魔力も無く、身分も低いゴミどもが高貴な
我々の役に立つようになってきておる。
それは褒めてやろう」
今度は丸い方―――
ジャーバ伯爵と名乗った男が、この上ない
上から目線で話す。
愛想笑いを作って対応していると、
「だがな、しょせんゴミはゴミだ。
我々に奉仕出来るようになってようやく
ゴミ以上の存在になっただけに過ぎん」
「お前のような魔力をほとんど感じられない
ゴミで平民の冒険者でも―――
ようやく我々に価値を認めてもらえるように
なった程度だ。
そこを勘違いするなよ」
そこで両側に座るメルとアルテリーゼが、
私越しに小声で話し始める。
「(ねーアルちゃん。
これ、向こうの方こそ勘違いしてない?)」
「(そうじゃのう、メルっち。
もしくは何も知らずに乗り込んできたか)」
そこで私はおずおずと片手を上げて、
「えーと……
一応これでも、単独でジャイアント・ボーアを、
また協力してですが、ジャイアント・バイパー、
マウンテン・ベアー、ヒュドラなどの討伐実績が
ありますが」
そこで彼らは顔色を一瞬変えるが、よほど実力に
自信があるのか、すぐに尊大な態度に戻る。
「……フン!
少しは腕が立つという事か」
「だがその程度で調子に乗るなよ。
吾輩は業火魔法を―――
こちらのデイザン伯爵は雷光魔法という
最上位魔法が使えるのだからな!」
と言われても魔法が使えない自分には
ピンとこず―――
左右の妻2人も『だから何?』という顔を
している。
「あのですね、そのー……
そもそも、ここは児童預かり所です。
何の用で来られたのですか?」
私が本題を切り出すと、
「そうだな、ちょうどいい。
冒険者ども、貴様らに依頼をくれてやろう。
ありがたく思うがいい」
「もし成功すれば―――
我々の末席に加えてやる事も、考えて
やらんでもないぞ」
私はその申し出に頭をポリポリとかいて、
「正式な依頼なら、冒険者ギルドを通して
頂きたいのですが……
ちなみに、どのような内容ですか?」
十中八九、ろくでもない事だろうが……
だが彼らの『依頼』は、私の予想を遥かに
飛び越えていた。
「今、ここに―――
生まれたばかりの魔狼とその母親が
いると聞いてな」
「その引き渡しを要求していたのだ。
子供は我々の家畜になる栄誉を得られるし、
母親の方は毛皮にして高く売れるだろう。
その交渉をお前がしてこい」
なるほど、これはガマンの限界を超えるわ……
と思った次の瞬間、建物がガタン、と揺れた。
地震か!? とも思ったが―――
「アルちゃん!
待って待って!!
気持ちはわかるけど! わかるけれども!!」
横を見るとアルテリーゼがとてもいい笑顔のまま、
貴族の二人をにらんでおり、
「―――なんだこの魔力は!?」
「まさかこいつらも最上位魔法持ちか……!?」
さすがにうろたえる伯爵位の2人を前に、彼女は
「一 児 の 母 た る 我 の 前 で
よ く も そ の よ う な 事 が
言 え た も の よ な ?」
「アルテリーゼ、落ち着いて!
ここで暴れるのはマズい!!」
私には何も感じないが―――
恐らく膨大な魔力を垂れ流しているのだろう、
さすがに彼らも怯み、その高慢な表情を崩す。
そこで私は貴族2人の背中を押し出すようにして、
「あの、取り敢えず依頼なら正式に手続きを
してください!
その上で持ち帰って検討させて頂きますから!」
そして玄関まで廊下を進み、その最中……
(……この2人、業火魔法と雷光魔法を使うって
言ってたっけ。
それなら―――)
炎だろうが雷だろうが……
自然現象を人工的に起こすつもりなら、
それなりの材料と手順が必要になる。
発火なら火種、そしてその質量が大きくなれば
なるほど、大量の酸素と燃料を必要とする。
電気にしろ―――
そもそも発電とは、原子核の周りをまわっている
電子が、何らかの刺激を受ける事でその軌道から
飛び出す現象だ。
静電気程度なら簡単に起こせるが、それも
物質間による放電を起こす必要があり―――
どちらにしろ、
「(破壊力のある大規模な自然現象を、
何の材料も装置も無く発生させるなど……
・・・・・
あり得ない)」
聞かれないように小声でつぶやき、玄関まで
見送ると―――
入れ違いのように、パック夫妻がやって来た。
2人もまた私と同じように、要請を受けて来たの
だろう。
シルバーのロングヘアーをした女性がまず
一声を上げ、
「さきほどの魔力は何です!?
アルテリーゼが何かしましたか?」
シャンタルさんからすれば、あれは同族の
ドラゴンの魔力だとわかるのだろう。
次いで、妻より少しだけ短い銀髪をした夫が、
「落ち着いて。
魔法の発動は見られなかったし―――
状況を見るに、建物の中や近くでドラゴンに
なったわけではなさそうですから」
そんな事になれば、この辺りは無事では済まない
はずだ。
さすがにパックさんは冷静に観察していた。
「ここでは何ですから―――
中で説明します」
こうして私はパック夫妻を連れて……
また児童預り所の応接室へと戻った。
「ハー……
母の方は殺すため、子供は家畜にするために
よこせと……」
「むしろよくガマン出来ましたね、
アルテリーゼは」
改めて話を聞いた2人は―――
デイザン伯爵とジャーバ伯爵のあまりの要求に、
怒りを通り越して呆れたような声を漏らす。
しかし、そのアルテリーゼの姿が見えないのだが、
いったいどこへ?
と、室内を見まわしていると、
「あー、アルちゃんはちょっと……
何でもあの殺気混じりの魔力大解放で、
施設にいた小さい子供たちが気絶したり
怖がったりしちゃったんで―――
謝って回ってる。
大人も何人か失神しちゃったって話でね」
やはりドラゴン、人間の姿でもそれなりに
強いのは知っていたし、格が違うのだろう。
そして曲がりなりにもそれに耐えていた
あの2人は―――
かなりの実力者という事か。
「それで、シンさん」
「その2人はどうしました?」
この夫妻は自分の能力を知っている。
その上でこの質問をするという事は……
「―――ええ、無効化させました。
魔法はもう使えないはずです。
ただ貴族サマですからね。
まだ権力が残っていますので。
あと……」
「?? 何です?」
パックさんが顔を覗き込むようにして、
身を乗り出す。
「依頼なら正式にギルドを通してくれと、
口走っちゃったんですよね……
あの2人ならやりかねないなーって」
「しょーがないよ。
あの時は私もシンも、まともな対応が出来る
状態じゃなかったし」
メルが隣りで擁護してくれる。
確かにあの時は、かなりテンパっていたしなあ。
「それは―――
一度ギルド長に話を通しておいた方が
いいでしょうね」
「ですよねえ……」
シャンタルさんの意見を受け入れ―――
しばらくして戻ってきたアルテリーゼと合流後、
念のためメルとアルテリーゼは児童預り所へ残り、
私は事情を説明しに、ギルド支部へと向かう
事にした。
「そいつは災難だったな。
こっちも取り締まってはいたんだが、
貴族サマでかつ魔法も最上位。
なかなか厄介な相手でよ」
ジャンさんの話によると……
トラブルの度に駆け付けていたらしい。
だが彼が注意しに行っても平民と見るや、
地位や権力を匂わせ、
公都に滞在している地位の高い貴族が来ると、
今度は最上位魔法をちらつかせるという―――
相手によって『力』を使い分けて、のらりくらりと
その場を逃れていたとの事。
「質が悪いですね……」
「んで、ソイツらがシンに言っていた『交渉』の
依頼を出しに来る可能性があンのか」
私はうなずき、大きくため息をつく。
「もう魔法そのものは無効化してますけど。
それで、もし来たとしてもギルドで何とか
それを―――」
私が顔を上げると、ギルド長はしばらく天井を
見ていたが、
「……いや、この話はもう終わりだ。
これで一気にカタを付ける事が出来る」
「え!?」
驚く私を前に、彼は顔を近づけ―――
その『内容』を小声で話し始めた。
「あの、ギルド長……
例の2人が」
その日の夕方―――
冒険者ギルドに来客があった事を、丸眼鏡をかけた
ライトグリーンのショートヘアの女性が、支部長室
まで伝えに来た。
「あちらから来やがったか。
まあ、手間が省けて何よりだ。
レイド、『アレ』を用意しておけ」
「了解ッス!」
長身の、褐色の肌をした黒髪の青年が、指示を
受けて部屋を出ていく。
それと入れ替わりに―――
対照的な体系の、30代後半の男2名がドカドカと
足音を立てて、部屋に入ってきた。
「フン! 依頼はギルド長へ通してくれと―――
まあいい。
我々ほどの高貴な身分になると、組織の一番上が
対応するのが当然だろう」
「オイ! これは正式な依頼だ。
今まで数々の無礼を働いた事は見逃してやる。
仕事くらいしっかりやれよ!」
『無礼』とは、横暴な振る舞いを取り締まった事を
言っているのだろう。
それを聞いたギルド長はフー、と一息ついて、
「治安上、見かねての事だ。
いくら貴族様とはいえ、何でも許されるわけでは
ないんだが?」
「黙れ!! 平民ごときが!!」
「高貴な生まれであり、強力な魔法を使える我々は
神に選ばれているのだ!
お前も多少は強い魔法を使えるようだが、
平民の時点で吾輩に逆らう資格は無い!!」
2人の伯爵の怒鳴り声を聞き流して、彼は
依頼の内容に目を通し、
「えーとな。
それで、この―――
『魔狼の調達』なんだが……
この公都で魔狼というと、ここで面倒を見ている
ヤツしかいねぇんだけどよ」
すると細い方はニヤニヤと笑って、
「だからそれを持ってくればいい。
簡単な話だろう?」
「それとも、我々が直接手を下してもいいのだぞ?
業火魔法と雷光魔法―――
好きな方を選ばせてやる。
穏便に済ませる事を望まぬのなら、
そうするしかあるまい」
そこでジャンドゥはミリアに目配せし、彼女は
それを受けて退室する。
同時に、彼は書類をトントンと叩き、
「まず、魔狼の事なんだが……
魔狼ライダーが乗る魔狼、『彼女』たちは―――
全員冒険者ギルドに所属している」
「あ?」
「ん?」
意味がわからない、といった2名を前にギルド長は
さらに続けて、
「あの魔狼は人間の姿にもなれる。
そしてパートナーとは全員夫婦関係だ。
あと冒険者ギルド所属のメンバーは当然ながら、
言うまでもなく基本的にこの国の法律に従い……
人間と同じ権利を保障されている」
「な、何を言っておるのだ貴様は?」
「あの魔狼が人間と同じだと?」
理解の範疇を超えているであろう事実を
突きつけられ、困惑する2人に、
「そして冒険者ギルドには……
緊急時の防衛と捕縛権限がある。
一方的な奴隷化の要求と殺害予告。
いったん身柄を拘束して取り調べようと思って
いたんだが―――
こうして『証拠』を自ら提出しに来てくれて
助かったぜ」
ジャンドゥはひらひらと彼らが持ってきた
『依頼書』を振る。
そこまで座っていた2人は勢いよく立ち上がり、
「ふざけるでないわ!!
もうこれ以上の無礼は許さん!!」
「ゴールドクラスか何か知らんが、我々を
捕まえられるとでも思っておるのか!?」
そこでレイドが部屋に入ってきた。
手には2つの手枷を持って―――
「あー……
じゃあ、もう拘束してもいいッスかね?」
「おう、こっちにそれ一つよこせ」
手枷が彼らの頭上を飛び越えて、ギルド長に
キャッチされると、
「愚か者が!!
くらええぇえい!!
雷光魔法!!!」
「吾輩の業火魔法で―――
チリ一つ残さず燃え尽きるがいい!!」
そう、細身の男と巨漢は叫ぶものの―――
大きな声以外は何も起こらず、
「大人しくするッス」
「ほい、逮捕っと」
後ろ手に手を回され、手枷を付けられ―――
彼らはあっという間に制圧された。
「な、なぜだ!?
なぜ魔法が発動しない!?」
「あり得ん!!
か、神に選ばれた我々が……!」
床にうつ伏せ状態になり、茫然とする2人を
見下ろしながら彼は、
「てめぇらはもう……
『天罰』を受けてんだよ」
吐き捨てるようにそう言うと―――
レイドに移送指示を出し、そのための人員を
呼びに行かせた。