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窓の外に、角材やペンキの刷毛、縦看板を運ぶ学生が通り過ぎた。隣の目黒弘子は窓に指を這わせている。学祭前のこうした風景も、一年生には新鮮なのかもしれない。少なくとも、俺が一年の頃はそうだった。
「学生注目。みんな、ちょっと聞いて」卓の声が急に大きくなった「一つ、大ニュースがあります」
彼を見ると、口元が微笑している。唇が横に伸び、歯が浮いている。
おい早く言えよ、と4年の先輩から声があがる。
「実は、今回のステージに、ミューズの社長が見に来てくれるそうです」
卓は後半の、そうです、で語気を強めた。
喫茶店内に雄たけびが響く。ウェイトレスまでもが、本当に来るんですかと訊いてきた。二年生の高田英治が、騒がしくてすみませんと、まわりの客に頭を下げている。
弘子が「今の聞こえなかったんですか、あの人が来るんですって」と膝をゆすってきた。
「あっちはリスナーに媚び売るのが仕事、こちらはロックが仕事。どうでもいいや」
俺はそのままギターを弾き続けた。彼女はしばらく黙ったあと、やっぱりそうですよね、いくらミューズの社長って言ったって、たかが会社の社長さんですもんねと言った。