〈最期の真実〉
月日は流れ、松上一連の事件から2ヶ月程が経った。彼は生真面目な性格のために、死を仄めかすような遺書を溜め込んでいたため死因は自殺となり、両親、警察共々納得していたようだった。
_警察と家族には隠蔽できたとはいえ、本当の真実を知っている者がいる。
私は白いダブルベッドに仰向けになり、天井の模様を眺めていた。隣には裸体でスヤスヤと眠る佐伯がいる。
_やっぱり可愛いな。
そんなことを思いながら、彼女の髪を撫で頬に軽くキスをした。私は床から先の尖ったものをそっと持ち上げ、彼女を抱きしめてそのまま背中に突き刺した。
今でも忘れない、彼女はこちらをじっと眺めて涙を流している。目の光沢が徐々に暗く、塗りつぶされていくのだった。
『愛してる』
佐伯が紙に書いたあの言葉を、私は優しく彼女にかけた。
どんどんと彼女の体が冷たくなってゆく。
完璧に罪を隠蔽するにはこうするしかなかったのだ。一部始終を見てしまった彼女が悪い。しかし、最愛の人が私の腕の中で死んでいくのは実に嬉しく切なかった。
「_これで私の匣の中ね」
私の人生の終わりの幕は閉じることなく、松上殺害事件を見事に墓場まで持っていくことが出来るのだ。
両親が他界、親戚もいない佐伯の家は、一人暮らしにしては妙に広かった。
家中を歩き回り、何かまだ使えそうなものは無いかと探していると、私は小さな棚に一冊の倒れた日記を見つけた。ゆっくりページを開け、私は再度の過ちを酷く後悔したのだった。
⚪︎月△日
今日から担任の先生、早乙女先生だよ。すごく美人で、私とは全く釣り合わないけどいつも先生をつい目で追ってしまう。先生を見てると鼓動が速くなって顔が熱くなる。私の好きな人は先生なんだと思う。お母さんにも見せたかったなぁ…
⚪︎月×日
ちょっと怖そうな先生だけど、本当は優しいの知ってるから。ペンの突起に「愛してる」って書いた紙を挟んでわざと落としてみた笑。先生すごく困ってたけど、口下手な私はこういう愛の伝え方しかできないの。先生ごめんなさい。
△月◻︎日
勇気を出して話してみようと思って生物室に行ってみた。あまり喋らない松上君と先生が隠れて愛し合ってたの。悲しかったけど、嬉しかった。生徒の私にもまだチャンスはあるって。先生優しいから、きっと無理な要望受け入れちゃったんだろうな…。私も我慢できなくて先生の声を聞きながら体を慰めた。ここら辺からは頭真っ白で、あまり覚えてない。お母さん、私もっと先生と仲良くなれるように頑張るね。
△月#日
今日、嬉しいことに先生と付き合うことができたよ。でも松上君と愛し合っていたことは内緒にしてほしいみたい。最近松上君来てないけど、大丈夫かな?先生と何かあったのかもしれない。
×月&日
後ろから突然先生に襲われた。少し怖かったけど、先生の香水と声を聴くと身を任せても大丈夫だと思った。先生の指は温かくてすごく細かった。松上君のときと同じように私を愛してくれた。強引だったけど、すごい嬉しい。でも、この関係がバレたら先生退職処分かな。長くは続けられないなぁ…。
▫︎月@日
明日は先生が私の家に来る日。この関係が終わる前に、大好きってたくさん伝えられたらいいなぁ。部屋も綺麗にして、今日は明日に可愛くなれる努力をしよう。
ここで日記が途絶えている。彼女は松上がすでにこの世を去っていることを全く知らなかったのだ。
佐伯は純粋に、ただ私を愛してくれていただけだった。それなのに、私は佐伯の弱みに漬け込んで自分の都合のいいように利用していたのだ。教師としても人間としても失格である。終わりの幕は閉じずとも、絶望と罪悪感が私の心臓をきつく縛った。私は嗚咽しながら枯れるまでの涙を流した。
唯一、こんな最低な「人間という化け物」を愛してくれた彼女はもういない。真っ白なベッドシーツが赤黒く染まっていた。
私は家中の物を荒らし、狂うように叫んだ。そして終止符を打つように、部屋中にガソリンを撒き、ライターを足元に落とした。
「次のニュースです。昨日の夜、都内の一軒家が全焼した事件で、新たな速報が入りました。火の中からは身元不明の二人の遺体が発見され、警察の調べによりますと、未だ調査が難航しているとのことです。」
__なお、この家に住む十六歳の女子高校生、佐伯霞さんと、その高校に勤める教師、早乙女裕香さんとの連絡が取れていないとのことでした。
「愛喰いと嘘」 完結
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