テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
机上に小さな羊皮紙を一枚、広げる。小さいものを選んだのはきりがなくなるから。羽根ペンの筆先をインクに浸して、ペンを走らせる。
それは手紙で、大抵はそっちはどうなってるのかだとか、こちらは大丈夫だとか、近況報告から始まって、最後は”愛してる”で終わる。
愛する彼女への想いを馳せた手紙。
荘園に来た当初から書いているが、未だ返事は一通も返ってこない。
トントンと自室の扉を叩く音がする。手紙を書く手を止めて、そちらに目を向ける。訪問者が誰かは分かりきっている。
扉を開くとそこには予想通りの顔があった。
「イライさん、ご飯。今日はスパゲティだってさ。」
ノートン・キャンベル。荘園で私のことを特別気にかけてくれる人物(特に他の人と変わったことはしていないが)。
「ありがとう、先に行ってて、少し物を片付けるから」
彼は机の上に目を向けて、あからさまに顔を顰める。
「…また手紙を?」
婚約者に、と嫌味っぽく言葉を続ける。その物言いに文句を言いたくなったが、やめた。
羊皮紙と羽根ペンを雑に片付けてノートンと食堂に向かう。
「先に行ってて良かったのに。」
「別に…あれくらいそんな時間かからないでしょ、実際そうだったし。」
少しそっけない言い回しだが、それも彼なりの友情表現で優しさなのだろう。ありがとうと感謝を伝え微笑むと彼は私から顔を背けた。
食堂でご飯を食べる。いつも食事を作ってくれているウッズさん率いる女性陣には申し訳ないがやはり味が濃いなと思いつついつのまにか隣を陣取っていた彼に目を向ける。 彼はスパゲティを美味しそうに食している。
ふとノートンが荘園に来た頃を思い出す。少しばかり先輩だった私は割と、というか結構彼にゲームについて色々なことを教えた。
荘園に来たばかりの頃、彼はこういった食事に慣れないのかパンと牛乳だけで済ましていて、彼の分の食事を作っていた女性陣を中心に不満が広がっていた 。
協力が必須のこの荘園でそれを危惧した私が半ば無理やり食べさせたのだったか。
何故食べないのか憤っていた女性陣も、彼が食べ方が分からず恥を晒したくないと手掴みで食べられるパンと牛乳を食べていたと知れば不満は無くなったらしい。
少しばかり思い出に浸っていると、皆食べ終わったようで食堂に溢れていた人は半分ほどに減っていた。 それを見て慌てて自分も食事を再開する。
ノートンの皿の中身はとっくに空だったが自分が食べ終わるのを待っていてくれたようで、罪悪感とともに優しさが心に染みた。
皿を洗ってノートンと一緒に食堂を出る。私の部屋とノートンの部屋は逆方向なのにどうしたのかとついてきた彼に聞くと、ノートンはどうやら部屋まで送ってくれる気らしい。
「イライさんは、部屋に戻ったらまた手紙の続き書くわけ?」
そうだね、と軽く流す。彼は婚約者への手紙についてあまり良い印象を持っていないようで、度々自分で話題に出して不機嫌になっている。
「あんなに書く必要ある?」
「うーん、私が書きたいから書いているだけだから。それに心配させていたら悪いだろう?」
ふふ、と少し笑う。彼女は私のこと心配してくれているのだろうか。もしかしたら既に私に見切りをつけて別に良い人を見つけているかもしれない。
自分では笑ったつもりでいたがノートンの顔を見るにそうではなかったらしい。ノートンにも心配をかけてしまうだろうか。
「…俺だったら、そんな顔させないのに。」
え、と目を見開く。その言い方だと、まるで…
「…やっぱなんでもない、忘れて。」
そう言った彼の横顔はなんとも表現し難かった。
手紙を書く。その行為に何の意味があるのか俺には意味がわからない。
返事が届いてないことも知ってる。
それなのに、それなのに。どうして。
本当は、しってる。
イライさんはそれほどまでに婚約者のことが好きなんだ。
「不毛だ…」
はーー、と重いため息。俺はイライさんが好きだ。あんなに優しいひと初めて見たから。
どうしたらこの想いを断ち切れるのだろう。
こういう時、相談に乗ってくれる人がいれば変わるのだろうか。仲のいい人間なんてイライさんくらいしかいないので無駄な仮定だが。
いや、1人いるじゃないか。
「で、何で俺?」
「…一番話しやすいなって。」
「ふーん…」
ナワーブ・サベダーはふあ、とあくびをする。やはり人選ミスだろうか。
「もうちょっと真剣に考えてくれないかな…」
「考えてるって」
本当だろうか…彼は頬杖をついて今にも眠りにつきそうだが。
「ん? ていうかそれっておかしくないか?」
だって、と彼は続けて…
ドンドン! と勢いよく自室の扉が叩かれる。
手紙を書く手を止めて、そちらに目を向ける。訪問者が誰かは分かりきっている。
扉を開くとそこには予想通りの顔があった。
「アンタ…っ」
ノートンの怒号が響き渡る。その形相は今にも私に掴みかかりそうなほどだ。
私は静かに瞼を閉じる。目隠しをしているのでノートンからは分からないだろう。
頬に衝撃が走る。打たれた、と理解するのにそう時間はかからない。
「は…当然返事なんて返ってくるわけないよな」
沈黙。
「手紙、送ってなかったんだろ」
「…はは、バレてたんだ、鋭いね、キミ。」
彼は息を呑んで、乾いた笑みを浮かべる。
「は…ナワーブが、荘園の外へ手紙は送れないって。ナイチンゲールに聞いたら言われたらしいよ。」
ねえ、とノートンはこちらに言葉を促す。何と言ったらいいのだろう。
「…何か言えよ。」
ノートンは私の胸ぐらを掴む。そこまで身長に差があるわけではないが採掘場で働いていた彼と私では体格差が酷く、苦しい。
「…彼女には私を忘れて幸せになってほしいんだ。」
「ならどうして手紙を書き続けるの」
尋問。少し心を隠すのも許されない。
「…私が書きたいから書いているだけと言っただろう? 私が彼女を忘れられないだけだ。」
胸ぐらを掴んでいた手をいきなり離されて後方に倒れて頭を打つ。
ノートンは後ろ手に扉を閉めて、鍵をかける。
頭に鈍い痛みが走る。軽く脳震盪を起こしたのだろう、意識が朦朧とする。
「アンタも忘れていいんだよ」
ノートンが馬乗りになって…意識が途絶えた。
重い頭が徐々に冴えてくる。…ノートンはいない。外は既に暗くなっていた。少し衣服が乱れている気がする。
続いて、身体の違和感に気づく。起き上がろうにも、身体に力が入らない。ブロデイウェズがこちらを心配そうに見ている。どうしてここに…彼女はモウロさんに預けていたはずなのに…
ホゥ、と頬に擦り寄ってくるので頭を撫でてやる。
「よしよし、私は大丈夫だよ…」
そういうと彼女は器用に部屋のドアノブを捻りどこかに行ってしまった。
「う…」
記憶を整理する。ノートンくんが部屋に来て…それから…思い出したくない。
そうこうしていると、部屋の扉が開く。
「…イライ!? どうしたの、大丈夫!?」
マルガレータ・ツェレ。私の隣の部屋の住人だ。ブロデイウェズが呼んでくれたのだろう、その右隣にはブロデイウェズがバサバサと音を立てて飛んでいる。パジャマ姿なので睡眠を邪魔してしまったのだろうか、少し申し訳ないと思いつつ彼女達に感謝を伝えた。
「とりあえず医務室に…エミリー先生を呼んでくるわね!」
と、マルガレータは駆けていく。
しばらくすると、エミリー・ダイアーとウィリアム・エリスが担架を持って駆けつけてきた。
「おいイライ大丈夫か!???!??!」
ウィリアムに激しく肩を揺さぶられる。するとエミリー先生が、
「なんてことしてるの! 病人は安静に!!」
と止めてくれる。なんやかんやあって医務室に連れてこられてベッドに寝かされ、エミリー先生に事情を聞かれる。
「あなた、キャンベルさんと何か言い争っていたようだけど…何があったの?」
「いえ、あの…ノートンくんとは少し喧嘩してしまっただけで…今回の件とは何も関係ないです。」
おおごとにしたくなくて、咄嗟にそう嘘をつく。
「…そう。ならどうして倒れていたの?」
「え…っと、お恥ずかしいことにベッドから落ちてしまって…打ちどころが悪かったんです。」
エミリー先生は納得していないように見えたが、あまり詮索しないでくれて、去っていった。
「っふ、ゔ〜…」
静かな夜の医務室で1人で涙を流す。婚約者の笑顔を思い出す。どうしてこんなことに…
ノートンくんと次どんな顔して会えばいいんだ…
翌日。その日は私は試合があったがマルガレータが変わってくれた。有難い。またエミリー先生が食事を運んできてくれた。みんなに迷惑をかけてしまっている…
食事を摂りながらそんなことを考えていると、不意に医務室の扉がトントンと音を立てて開かれる。
驚いてカトラリーを取り落とす。身体が震えて声が出せない。…ノートンだ。
「ねぇ、イライさん」
彼はわざと音を大きく立てて私のベッドに近づく。 そうしてしゃがんで顔を間近に近づけると、静かに言った。
「昨日のこと、誰かに話した?」
怖くて思わず目を閉じて、顔を横に振る。
するとノートンに手首を掴まれ、ベッドに押さえつけられる。
「イライさんならそうすると思った♡」
彼はうっそりと笑った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!