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玄関で玲央が話している声が聞こえる。
詩織(れ、玲央くんのお母さん……!?
いまの状況……絶対ヤバい……!!)
顔から火が出そうなほど赤くなりながら、ベッドの端で正座する詩織。
数分後。
玲央が戻ってきた。
「すみません、母でした。急に帰ってくるとは……」
「い、いいの……っ! むしろこっちが申し訳なくて……!」
詩織はテンパっている。
さっきの“キスしそびれた流れ”までバッチリ覚えているから余計に。
玲央は微妙に耳が赤いまま、言葉を続けた。
「母が……会いたいそうです」
「へっ!?」
「前から、僕の担当アイドルに興味があったみたいで」
詩織の心臓は爆発寸前。
(やば……絶対誤解される……!)
◆
リビング。
玲央の母は、穏やかな雰囲気の落ち着いた女性だった。
「はじめまして。詩織ちゃんね。
玲央がすごく努力家だって言ってた子だわ」
詩織「あっ……はじめまして……!」
(努力家?玲央くん、私のこと……そんなふうに話してたの……?)
胸がじんとあたたかくなる。
玲央の母は優しい笑顔で続けた。
「玲央、最近すごく表情が柔らかいのよ。
詩織ちゃんのおかげかしらね?」
玲央「か、母さん!」
珍しく困った顔の玲央。
詩織は思わず笑ってしまった。
母「ふふ。あの子、小さい頃から“何でも一人でできる”って思い込みが強くて……
困ってる友達の相談ばかり乗って、自分の弱いところは絶対に見せない子で」
詩織「……」
母「だからね、玲央の隣で自然に笑える人がいるのが……私、嬉しいの」
その言葉に、詩織の胸がまたじんとした。
(玲央くんって……昔からそんなふうに……
誰かを助けるばっかりで、自分を後回しにしてたんだ……)
もっと知りたいと思った。
でも――
ここで、詩織は“やってはいけないこと”をしてしまう。
◆
母が席を外し、リビングに二人きり。
詩織は、ぽつりと言った。
「ねぇ……玲央くん。
さっきお母さんが言ってた、“弱いところ見せない”って……」
玲央「……」
「玲央くんにも……苦手なものとか、怖いものとか……あるの?」
ほんとうにただ、知りたかっただけ。
昨日、自分を守ってくれたように。
玲央の弱さも知れたら、もっと近くなれるって思った。
だけど――
玲央は表情を一切動かさず、静かに答えた。
「……ないですね」
一拍置いて、冷たい声。
「僕は、弱いところを他人に見せる必要がありません」
詩織「……っ」
昨日の玲央とは別人みたいだった。
詩織「ごめん……そんなつもりじゃ……」
玲央「詩織さんは悪くないですよ。
ただ……僕のことは、心配しなくて大丈夫です。
プロデューサーとして問題はありません」
それは、
“これ以上踏み込まないでください”
と、遠回しに言っているように聞こえた。
詩織の胸がズキッと痛む。
(……昨日、抱きしめてくれたのに。
優しくて、あったかくて……
あれは、私だけの特別じゃなかったの……?)
胸がぎゅっと苦しくなる。
◆
帰り道。
二人とも、言葉少なだった。
詩織は俯いたまま歩く。
玲央の少し後ろを。
いつもなら横に並ぶのに。
踏切の前で、赤いライトが光った。
カン、カン、カン。
詩織の身体がびくっと震える――
でも、今日は袖を掴まなかった。
掴めなかった。
(玲央くん……今、手を伸ばしても……
優しく抱きしめてくれないかもしれない)
そう思ったら、怖かった。
玲央は気づいているのかいないのか、静かに言う。
「大丈夫ですか」
「……うん。大丈夫」
小さな声。
昨日とは違う、距離のある返事。
踏切の音が止むまでの間――
二人の間に流れた沈黙だけが、やけに冷たかった。