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ノクスグラート領の領民は、セレナが「死は、戻らない」として、拒否した一件から何泊かの夜を経験していた。
だが、また再び小さな噂が広がっていた。
「衛兵は、蘇らされたらしい」
最初は、酒場の隅で交わされた軽い話だった。
魔物との戦いで致命傷を負い、誰もが朝まで持たないと思っていた男。
呪いが全身に回り、息をするたびに黒い血を吐いていた若い兵。
彼らは、確かに死にかけていた。だが、死んではいなかった。
白の魔女が行ったのは、消えかけた命を精一杯の魔法で正常に戻したことだけ。
しかし、その違いを正確に語れる者は少ない。
夜、酒場で杯を傾けた衛兵が、笑い混じりに言った。
「いやあ……正直、あの時はもう終わったと思った」
「白の魔女のおかげで、生き返ったようなもんだ」
冗談めいた言葉だった。
感謝と安堵が、少し誇張されただけの表現。
けれど、その一言は、酒と共に膨らんでいく。
「生き返った、だってさ」
「やっぱり噂のネクロマンサーは本当だったんだ」
「白の魔女は、死者を蘇らせる」
いつの間にか、言葉から「ような」が消え、事実から「かもしれない」が削ぎ落とされる。
残ったのは、都合のいい結論だけだ。
『衛兵は、白の魔女に蘇らされた』
その噂は、人々の口を渡り歩き、奇跡が歪む。
◇◇◇◇
その日も、セレナはいつもと変わらず、衛兵の治療を終えた。
詰所の中には、血と鉄の匂いが残っている。血の匂いを好まない彼女は、ふらりと身体が揺らめき、小さく息を吐いた。
癒やされた兵たちは、深く頭を下げ、あるいは何も言わず、ただ視線を逸らした。
それはいつものことだった。
扉を押し開け、外に出た瞬間だった。
ざわざわ。と空気が揺れる。
気づけば、詰所の前には人だかりができていた。
数ではない。密度だ。逃げ場のない距離で、セレナを囲んでいる。
「白の魔女様」
誰かが、そう呼んだ。
声は震えていた。恐怖ではなく、切実さに。
次の瞬間、堰を切ったように人々が押し寄せる。
「お願いします」
「話を聞いてください」
「うちの息子を……」
魔物の襲来で、家族を失った者。仲間をお墓に埋めたばかりの者。すがる先を探していた者たち。
誰もが、同じ目をしていた。
まだ、間に合うはずだ、と。
噂は、彼らに希望を与えた。そして、その希望は、形を変えた絶望となる。
距離が、さらに詰まる。
セレナは、感情を向けなかった。向ければ、心が崩れると知っているからだ。
白い外套の裾へ、無数の手が伸びる。
触れようとする指先が、彼女を囲い込んでいく。
ここにいるのは、敵ではない。
ただ、救われなかった者たちだ。
いくつかの夜をセレナが見捨てて、取りこぼされていった命。
その積み重ねが生んだ歪みを前にして、セレナは、後悔しながらも冷静であろうとした。