続き書きます
第五章:境界を越える夜
その夜、ジヨンはスンリの房にいた。
「一晩だけでいいからここにいろ」と、スンリが静かに言った。
部屋は狭い。毛布は一枚、ベッドも一つだけ。逃げ場など、どこにもなかった。
スンリはジヨンに背を向けたまま、何も言わない。
その静けさが逆に息苦しかった。
「……なんで、あんなに怒ったんだ」
沈黙。
「いつも冷静なのに、今日のは……」
「ジヨンさん」
その声が、ゆっくり振り返る。
スンリの目はまっすぐジヨンを見ていた。声は敬語のまま、だけど熱を孕んでいた。
「僕はずっと我慢してました。あなたに触れたくて、名前を呼びたくて、あなたを誰にも見せたくなくて――でも、抑えてたんです」
「スンリ……」
「でも、今日、我慢できなくなりました」
そう言うと、スンリはゆっくりとジヨンの手を取った。
その手は熱かった。優しく、でも逃がさない強さで包まれていた。
「ジヨンさんが震えてるのを見るのが、苦しかった。あんな目に遭うくらいなら、僕が……代わりに全部、壊したいと思ったんです」
スンリの声が近づく。
囁きながら、額がそっと触れる距離まで。
「ジヨンさん、嫌なら言ってください。何も無理にはしません。……でも、今夜だけは――触れても、いいですか?」
ジヨンは目を伏せたまま、小さくうなずいた。
その一瞬の合図を、スンリは決して見逃さなかった。
次の瞬間には、唇が重なる。
やさしく、深く、執着の色を滲ませたキス。
舌が触れる。息が絡む。ジヨンの背中をスンリの手が這う。
「……お前、敬語のくせに……やることは……っ」
「敬語は変えません。ジヨンさんは、僕にとってそれだけ“大事”な人ですから。……でも遠慮はしません。全部、感じてください」
耳元に落とされた声が、ジヨンの奥に響いた。
その夜、ジヨンは初めて自分からスンリの服に手をかけた。
逃げられないのではなかった。
逃げたくなくなっていた。
壊れるような熱の中で、ただ互いをむさぼるように重なった、長い夜だった。
第六章:バレるという恐怖
夜中、またスンリの房。
布団の中、ジヨンはその腕に抱かれていた。
心臓は落ち着いていたはずなのに、何か胸の奥がざわついていた。
スンリの呼吸は静かだ。いつも通り、優しく、あたたかくて。
だけど――
「スンリ……お前、俺の部屋から出入りしてるの、誰かに見られてるかもしれない」
小さく呟くと、スンリはぴくりと動いた。
「……そうですか。気をつけてはいましたが」
「今日、廊下で変な視線を感じた。あいつら……気づいてるかもしれない」
スンリはジヨンを見つめた。
その目は静かだった。でも、どこかで決意を宿していた。
「ジヨンさん。正直に言っていいですか?」
「なに」
「もしバレても……僕は構いません。むしろ、はっきりと周囲に伝えた方が、抑止になると思っていました」
「は? お前……!」
「“ジヨンさんは、僕のものだ”と。周囲に理解させることが、あなたを守る一番の方法です」
「……言い方……なんかおかしいぞ、お前」
「おかしいのは、ずっと前からです。ジヨンさんに初めて会ったときから。……少しでも他人に触れられるのが、苦しくて仕方なかった」
ジヨンは言葉を失った。
「僕は、あなたの体が好きです。声も、指も、吐息も、すべて。……でも、それ以上に、あなたが誰かに“奪われるかもしれない”と思うだけで、気が狂いそうになるんです」
「……」
「だから、もう全部、僕が持っていたい。誰にも渡したくない」
スンリはキスを落とす。ゆっくりと、なのに、まるで封じ込めるように。
「俺、お前とこういう関係になったの、間違いだったかもしれない」
「そう思うなら、ここから逃げてください。もう僕に触れさせないように」
ジヨンは何も言えなかった。
逃げる? 今さら? あの夜からずっと、身体はこの男に慣らされている。
優しさと支配の境界を、とうに越えていた。
翌朝、房の扉が開いたとき。
廊下で目が合った囚人の1人が、ニヤリと笑った。
「おいジヨン、昨夜の喘ぎ声、結構遠くまで響いてたぜ?」
背筋が凍る。
けれどその瞬間、後ろからスンリの指が、ジヨンの手をそっと握った。
「もう、手遅れですね。……でも、大丈夫です。僕が全部、処理しますから」
その声は敬語のまま、でも確実に何かが狂っていた。
コメント
1件
これは…何度も読み返したくなる小説過ぎて…シチュ完璧です!!!!👍💕💕更新、楽しみにしてます!!🥺🥺