「掃除なんてしてる場合じゃなかった!」
バタバタと急いで美和子と会うための支度にとりかかる。
さっきまでこの家に太一くんがいたということもあって、1時間も前に届いていた美和子からの連絡に気付かなかった。
その内容は
家まで迎えに行く
というもので、少し早めに出たのだとすれば、もう来ていてもおかしくない。
もしかして待たせてしまっているのかと、慌てて窓の外を確認する。
家の前に美和子本人も美和子が乗る愛車も見当たらず、待たせてなくてよかったとほっとしたが、どちらにせよ、今から準備をするのだから、約束の時間を過ぎてしまうと思った私は、美和子へ電話を掛けた。
するとワンコールが終わるより前に「あ、一花」という美和子の声が聞こえた。
「ごめん!美和子、私、今日の約束すっかり忘れてて――」
「ああ、全然大丈夫だから気にしないで♪」
まるで、電話がかかってくる前から要件が分かっていたかのような口ぶりで、やけに機嫌の良さそうな美和子の声が電話越しに聞こえてきた。
「本当にごめん!すぐ準備するから!あ、もうすぐ着くよね、部屋に入って待ってて」
「ああ、それがね、一花の家に向かってたのは確かなんだけど、途中で知り合いに会って話し込んじゃったの。だから、ゆっくり準備して大丈夫よ。すぐ近くのカフェで休んでるから、出かける準備出来たら連絡ちょうだい」
「そうだったんだ。……知り合いって?」
「んー……秘密♪」
ああ、これはもしかして……。
いつもは大人びていてクールな美和子が今日は少しはしゃいでいるような気がして、勘のいい私はすぐにピンときて、ニヤリと電話の向こうに親友に問いただした。
「あらあらあら~♪そういうことなら今日はそのままその人とお話を楽しんでいいですよ?私のことはどうぞ、気にせずに」
「あらあらあらホント、とても気が利くわねー。一花って。でも、大丈夫よ。彼とはまたすぐに会えるから」
「なによ、そんなにいい感じなの!?その話、詳しく聞かせてもらおうか?」
「上手く言ったら話すわ。じゃあ、準備が出来たら連絡して。その間、私はもうちょっと目の前の彼とお話ししてるから」
「はーい」
そんな会話を交わした後、電話を切った。
(きゃー、美和子ったらいつの間に……ッ)
いつもは秘書としてバリバリに仕事をこなし、女性から見ても綺麗でカッコよくて、誰もが憧れるような存在の美和子だけど、彼女が大学の頃から、ずっと口にしていることがある。
「結婚したい」
結婚式はどんなドレスがいいとか
新婚旅行はどこにいこうとか
子供は3人欲しいとか
具体的に結婚についてを話す美和子はまるで夢を語る少女のようで、これが飾らない美和子の姿なのだと知った時には、あまりの可愛さに胸がキュンとしたのを覚えている。
私は、そんな美和子の夢が叶うことを願っているんだけど、美和子も美和子で、今まで不憫な恋愛をしてきている。
美和子には必ず幸せになってほしい。
私はずっとそう思い続けている。
「待たせてごめんね」
ピカピカに光る赤色の車の運転席からサングラスをかけた美和子が顔を覗かせた。
「いいのよ。助手席乗って」
あまり車に詳しくない私でも、美和子の乗る車はカッコいいことを知っている。
そしてそれを運転する美和子も美しいもんだから、この車で出かけるときは信号待ちでの視線が痛い。
隣の車が窓を開けてナンパをしてくるなんてのはしょっちゅうだ。
「なによ、人の顔ジロジロ見て」
「……さっきまで一緒だった人ってどんな人?」
「なに、そんなに気になる?」
コクコクと何度もうなずいて、アピールをした。
「じゃあ、ちょっとだけヒントをあげる」
ハンドルを握っていた美和子の手がおいでと招き呼ぶ。
その仕草に従って私は身体ごと美和子に近寄った。
「あのね――」
一花もよーく知ってる人よ
「え」
「ねぇ、そんなことよりずっと気になってたんだけど、その荷物なに?」
よく聞き取れなくて、美和子が何を言ったのかと考えているうちに話題は変わってしまっていて、聞き返すタイミングを失ってしまった私は、美和子の興味が向けられているソレについて答えることにした。
「あ、これは処分するもの。ちょっと途中で寄ってもらっていい?」
「処分ってこんなに沢山――」
袋の中を覗いた美和子は察した様子で「ああ」と相づちを打ってから
「さっさと燃やしてもらいましょう」
と言って車のアクセルを踏んだ。
「なに、この料理……。めちゃくちゃ美味しい……ッ!!」
「うん、確かに美味しいわね」
「これって本当にお野菜だけで作ってるの?」
「そうよ。新しい取引先の社長がベジタリアンで、ここのランチがお気に入りらしいの」
「それで、下調べに?」
「まぁ、私も一度食べて見たかったから」
「美和子って本当に仕事熱心だよね」
「仕事熱心か……。どうだろうね、こんなことしても実際には役に立たないことの方が多いよ。ほら、あくまで秘書はサポートだから」
この時の美和子が少し寂しそうに言うから、私は不安になった。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「ううん、あんな美味しいランチに誘ってくれてこちらこそありがとうだよ」
「じゃあ、遠慮なく次も付き合ってもらおうかしら?」
「何言ってんの!次は例の彼と行ってきたらいいじゃん!さりげなく誘う口実にさ」
「なるほど、そういう手があったか」
「美和子」
「なに?」
「苦しくなったら我慢しないで、なんでも言ってね」
「……」
「私じゃ、頼りないかもしれないけど――」
「ありがとう、一花。あんたが友達でいてくれて嬉しい」
「やだ、惚れちゃう」
「仕事の方はもう少し頑張ってみる。ていうか、私のことはいいのよ。ねぇ、一花。その後、中条太一とは進展あった?」
「なッ、ないよ、別に、なんにも……ッ!」
「明らかに動揺してるわね。ま、いいわ。じゃあ、また月曜日に」
「うん。家まで送ってくれてありがとう。気を付けて帰ってね」
そうして、私たちの友情はさらに深まり、これからも続いていく。
ねぇ、美和子。
私もあなたが友達でいてくれて嬉しい。
だからなんでも話してほしいし、私は美和子の幸せをずっと願ってるから。
「もしもし。うん、今家まで送ったところ。今朝は中途半端になっちゃったから、あなたが望むのなら今から続き、する?」
「ああ、待ってる」