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私の言葉に、三人の表情が変わった。
「ウィステリア領……」
フローラが小さく呟く。
「ええ。王都での戦いは終わったわ。でも――まだ、すべてが終わったわけじゃない」
私はふうっと息を吐き、人差し指を一本立てた。
「ウィステリアへ戻って、やらなくちゃいけないことは三つあるの」
「三つ?」
「まず一つ目――アイリス領への損害賠償請求よ」
一方的な通告から始まった領地戦。そのせいで、多くの領民が傷ついた。家を失った人。畑を荒らされた人。大切な家族や故郷を守るため、望みもしない戦いに巻き込まれた人もいる。
「被害額をきっちり算定して、正式に賠償を請求する。そのお金は、被害を受けた領民への補償と領地の復興に充てるつもりよ」
「当然です!」
フローラが力強く頷いた。
「お姉さまたちがこんなに苦労したのに、あの女だけ何も失わないなんて絶対に許せません!」
「ええ。きっちり払ってもらうわ」
(利息までつけてね)
私は二本目の指を立てる。
「二つ目――『睡眠草』の栽培と流通ルートの解明」
レオンから、すっと笑みが消えた。
「……父上の事件だね」
「ええ。でも、それだけじゃない」
私は首を振る。
「以前、リリアンヌが狙われた時にも、同じ睡眠草が使われていた。そして――その原産地はウィステリア領よ」
「偶然では……片づけられませんよね」
フローラも真剣な顔になる。
「私もそう思ってる」
ベラドンナ自身が栽培に関与していたのか。王妃派へ流通経路を握っていたのか。あるいは、その両方なのか。
「まだ、どこまで関わっていたかは分からない。でも、ウィステリア領が何らかの形で関係している可能性は高いわ」
「徹底的に調べるべきだね」
レオンが頷く。
「それで、三つ目は?」
アレクに促され、私は三本目の指を立てた。
「――禁忌魔法『バフォメット』」
ピリッと、室内の空気が張り詰めた。
「……あの従属魔法か」
アレクの声がさらに低くなる。
「ええ」
借金を返せない領民の身体へ、黒い刻印を刻む。主人へ逆らうことも命令を拒絶することもできない──人間を文字どおり“道具”に変えてしまう禁術。
「ベラドンナは以前から、領民をあの魔法で縛り、奴隷同然の使用人として働かせていた」
「でも、ベラドンナ自身が術を使っていたわけではないんですよね?」
フローラの問いに頷く。
「ええ。あの女自身に、そこまで高度な禁術を扱える力はない。だから、黒魔術師を雇っていたはずなの」
アレクが腕を組む。
「以前捕らえた男の刻印は、死んだあとも消えなかった」
「そう」
あの地下牢での出来事を思い出す。突然苦しみ始め、そのまま息絶えた男。そして、死後も足首に残り続けた黒い刻印。
「本来なら、術者が死ねば契約は解ける。なのに、あの男の刻印は残っていた」
「つまり……」
フローラが息を呑む。
「……味方の黒魔術師にも手をかけたってことですか?」
「その可能性は高いと思う」
「それで?」
レオンが私を見る。
「ウィステリア邸で、新しい動きがあったんだね?」
「……さすがね」
私は隣のアレクへ視線を向けた。
「以前の事件のあと、アレクに頼んで、何人か騎士を実家へ潜入させてもらっていたの」
「潜入?」
レオンがわずかに目を見開く。
「ああ」
アレクは淡々と答えた。
「下働きの使用人に紛れ込ませた」
「そこから、いくつか気になる報告が上がってる」
私は指を一本ずつ折りながら話した。
「一つ。ベラドンナが、屋敷の『離れ』へ頻繁に出入りしている」
「離れ?」
「しかも、普通の使用人が近づくことを固く禁じられているらしいわ」
「怪しすぎますね……」
フローラが眉をひそめる。
「二つ目。夜になると、フードを目深にかぶった男が、何度も離れへ出入りしている」
「黒魔術師かもしれないね」
「その可能性は高いと思う」
さらに――。
「薬草を大量に積んだ荷馬車が、深夜に何度も出入りしていることも確認されてる」
レオンの目が鋭くなった。
「……睡眠草」
「まだ断定はできない。でも、調べる価値は十分あるわ」
「他には?」
アレクに聞かれ、私は一瞬だけ口を閉ざした。
「……離れで働いていた使用人が、何人も突然姿を消しているそうよ」
「っ……」
フローラが息を呑んだ。
辞めたのか。
逃げたのか。
それとも――。
誰も、その先を口にはしなかった。
「そして、これが一番重要」
三人を見る。
「潜入させた騎士が見たそうよ。離れで働く使用人の足首に――黒い刻印があるのを」
「……バフォメットだろうな」
「ええ」
だ完全な証拠ではない。けれど。
「これだけ揃えば、もう放っておけないわ」
私にとってウィステリア邸は、生まれ育った実家。でも――今は、ただの“実家”ではない。父は、もう何年も昏睡したまま。
その間に領主代行となったベラドンナが、ウィステリア伯爵家の実権を握っている。そして彼女は、私のアイリス領へ軍を差し向け――領地戦まで仕掛けてきた。
今の私とウィステリア伯爵家は、事実上の敵対関係にあるのだ。いくら生まれ育った家だからといって、屋敷へ踏み込み、勝手に捜索することはできない。
下手をすれば、不法侵入だなんだとベラドンナにつけ入る隙を与えることになる。
けれど――。
「それなら、もう何の気兼ねもいらないね」
テーブルの上に置かれた一枚の書類を、指先でトントンと叩く。
「僕がさっき渡した、王室発行の正式な捜索令状があることだし」
「……!」
「これがあれば、ウィステリア邸の離れだろうが地下室だろうが、正面から堂々と捜索できるよ」
「……ふふ」
思わず笑みがこぼれた。
「本当に頼りになるわね、レオン。ありがとう」
「どういたしまして」
レオンが嬉しそうに目を細めた。
「バイオレッタのためなら、このくら――」
カチャッ!
アレクが、わざとらしくティーカップをソーサーへ置いた。
「おい」
氷点下の視線が、レオンへ突き刺さる。
「手柄を独占するな」
「ん?」
「潜入させて証拠を掴んだのは、俺の部下だ」
「ははっ」
レオンが楽しそうに笑う。
「なに? 僕に嫉妬してるの?」
「事実を言っただけだ」
「はいはいはいっ!」
そこへ、フローラが勢いよく割って入った。
「お二人とも、お姉さまに恩を売ろうとするのはやめてください!」
「恩を売ってない」
「僕も純粋な善意なんだけどなあ」
「見苦しいですよ!」
「フローラ!?」
そしてフローラは、当然のように私の腕へぎゅっと抱きついた。
「ですよね、お姉さま♡」
「……」
(いや、いや。私に振らないでよ!?)
(……はあ。もう、本当にこの人たちは!)
思わずため息が漏れる。
でも――。私は、テーブルの上の捜索令状へそっと手を重ねた。
(今度こそ――全部取り戻す)
「みんな」
三人が私を見る。
「準備はいい?」
私は顔を上げ、不敵に笑った。
「――実家へ乗り込むわよ!」
コメント
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第104話、読み終わりました…!実家に乗り込む決意、すごくかっこよかったです。三つの課題を冷静に整理して、仲間たちと準備を整えていく主人公の強さにグッときました。それでいてアレクとレオンの嫉妬合戦とか、フローラの「お姉さま♡」な無邪気さにほっこり。闇も抱えつつ、笑いもあって、バランスが絶妙でした。次が楽しみです🌙