昼休みになっても、ひよりは桐生に話しかけなかった。
いつもなら真っ先に駆け寄って「桐生くん、一緒にご飯食べよ!」と言うのに、今日は違う。
ひよりは女子グループの輪の中にいた。
無邪気に笑っているように見えたけれど、その笑顔の奥に少しの違和感を感じたのは、桐生だけだった。
――なんで、避けてる?
桐生は特に気にしないふりをして、ひとりでパンをかじる。
猫は自由気ままだから、べつに誰かと一緒じゃなくてもいい。
……なのに、喉の奥が少しだけ詰まるような気がした。
放課後。
桐生は靴箱の前で立ち止まった。
ちょうど、ひよりが靴を履き替えているのが見えたからだ。
――いつもなら、ここで待っててくれたのに。
ひよりは桐生に気づくと、一瞬だけ目を丸くした。
でも、すぐに目をそらして、「じゃあね」と短く言った。
「待てよ」
桐生の声がひよりを引き止めた。
彼がこんな風に呼び止めるなんて、珍しい。
ひよりは戸惑いながら振り返る。
「……何?」
「お前、なんか変」
ストレートな言葉に、ひよりの心臓が跳ねた。
「別に? いつも通りだよ」
「いや、違う」
桐生はじっとひよりを見つめた。
「昨日からおかしい」
図星だった。
でも、ひよりは笑ってごまかした。
「そんなことないってば! それより、桐生くんこそ何? 急に話しかけて」
「……」
桐生は言葉を探すように一瞬だけ黙ったあと、ふっと視線をそらした。
「別に。お前が変だから」
「……ふーん」
ひよりは少し寂しそうに笑った。
「ねえ、桐生くん。私が変なの、なんで気にするの?」
その問いに、桐生は答えられなかった。
だって、理由なんて考えたことがなかった。
ただ、いつも隣にいた犬系女子が、自分を避けるのが――妙に落ち着かなかった。
「……じゃあね、桐生くん」
ひよりはもう一度そう言って、振り返らなかった。
彼女のしっぽは、もう振られていなかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!