テラーノベル
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薄暗い廊下。 そこにはシャンデリアと月明しか照らされて無い。 だが、気品があり、洋風のお城の廊下に近い感じだ。
そんな廊下を私は歩いていた。靴のヒールの音が分厚い絨毯に微かに吸い込まれる。
ふと、顔を上げて窓の外を見ると裏社会の人物が活発化している。
この花霞街は昼は賑やかで、とても明るい雰囲気に包まれているが、夜になるとマフィアや夜の娯楽が活発化し、警察や軍人が介入することは不可能だ。
私が入っている黒蓮組もその中の一つだ。
黒蓮組はこの花霞街の最大の覇権を握っている。独自のルールに則り、裏社会を牛耳っている。
今はその幹部様に会いに行く最中だ。
あまり気乗りはしないが、首領の命令なので仕方がない。
黒蓮組の本拠地にある一室の扉の前で足を止める。そこは人気が失せていて、暗さ故か物々しい雰囲気だ。
木製の扉をノックする。
「入ってください」
とくぐもった声が聞こえ、私は扉を開けて中に入る。
中にはエグゼクティブデスクに座っている私の上司兼幹部の榊原琥白が、山積みの書類を片付けていた。
部屋にはデスクがずらりと並んでおり、それぞれパソコンが置いてある。
—―変な感じ。
洋館のような作りなのに、パソコンが置いてある感じが何とも不思議でチグハグだ。
私は扉を閉じて、彼のデスクに近寄る。
部屋全体は柑橘系の香りがして、広さも十分にある。その爽やかな香りとは裏腹に彼の雰囲気は重々しい感じだ。
「初めまして、水無月玲さん」
彼は書類から目を離さず、無機質な声でそう言い放った。
なのに彼は微笑んでいる。その微笑は冷たいような、作り笑顔だった。だが、一つだけ言える事。それは彼の琥珀色の瞳が一切、笑っていなかったことだ。
「蓮司様のご指名ですが・・・、補佐は正直、不要なんですよ。無能なら下がっていただきますので、その点はご理解を」
口調は丁寧だが、言葉の端々には刺すような毒が滲んでいる。
彼の言葉を略すとこうだ「貴女が居なくても仕事は回る。無能だったら出ていけ。分かったか?」なんとも、酷いことを言っている。
私は一切の動揺を見せず淡々と答える。この程度の挑発に乗る馬鹿はこの業界で見たことも無い。
「分かりました」
彼は一瞬、意外そうな顔をしたが、すぐにさっきの作り笑顔に戻る。その切り替えの早さは、素人では見分けがつかないほどだろう。
――私の答えに不服なのかな?
「そうですか?普通の人は食って掛かるものですが」
彼の言葉に私は内心、当惑した。だが、表情には見せない。見せたら、彼という獣に食べられてしまう。
――普通の人は、この裏社会で上司に逆らうことが、どれほどの自殺行為かを知らない馬鹿なのか。
そう、上司に逆らう=ここでは“死”だ。生き延びたいのなら、逆らわず淡々と仕事をこなすのみ。
「上司の指示に従うのは、当たり前だと思ってます」
そう言うと彼は呆れたような、詰まらないような、そんな感じの溜息を零しながら続ける。
「本当、噂通りに退屈なほど真面目ですね。そんな態度では、この裏社会で長生きはできませんよ」
彼は私を一瞥したきり、すぐに書類に目を戻した。
――長生きしたければ、そもそもこの業界に入らないよ。
内心、突っ込みたい気持ちで溢れたが、やめておいた。それを言った後は私は物理的にも社会的にも抹殺されている。
そして、彼は私のことを嘲笑みたいな感じで小さく笑いながら、顎の仕草でソファに座るよう促す。
「まぁ、取り敢えず座りなさい。お茶は・・・飲まなくてもいいでしょう?」
彼がそう言い、山積みの書類から遂に私の顔へと視線を上げた。
彼は私の爪先から頭まで眺めていた。その視線は私のことを品定めをしてるようだ。
――少なくとも、話す気はあるんだ。
私は彼の言葉に頷いて、茶色の革のソファに座る。
ソファはとてもふわっふわで肌触りが良い。心地よくて、ずっとここに座っていたい。
――流石、幹部様の執務室な甲斐があるな。
「質問をしてもよろしいですか?貴女にとっては難しい内容では無いですよ」
彼は挑発じみた言葉と同時に、先ほどよりも冷たい表情で私を見据えている。
私は目を細め、彼の考えを知るために彼の瞳を窺った。
だが、じっと彼の瞳を見ていたが、彼は何とも思って無いようで、私は更に警戒を強める。
「どんな質問ですか?」
そう言うと彼は徐に微笑み、先ほどよりも遥かに冷たい声で尋ねる。
彼の瞳には、不審、興味、軽蔑、どれを取っても良好の印象は出てこなかった。彼が一つ、瞬きをすると、その瞳はいつもの空白に戻っていた。
「何故、蓮司様が貴女のような小娘を私の補佐に選んだが、その理由は分かりますか?」
――確かに、十五の小娘を幹部の補佐にするとは中々、大胆なことをするな。
私は顎に手を置き、考える仕草をした。これまでの色々な過去を思い出したが私は首を振った。
だが、一つの仮説が出たが、まだ言う時では無い。
「いえ、分かりません」
彼は溜息を吐き、しばらく沈黙が落ちた。その沈黙は私の反応を窺っているようだ。
私はその沈黙を何気なく過ごした。
「本当に分からないのでしょうね。じゃあ、もう一つ質問をしましょうか」
彼の瞳には軽蔑・・・、私のことをもう、どうでもいいとすら感じさせる、そのような冷たい瞳だった。
その瞳に見つめられると、居た堪れない気持ちでいっぱいだ。
「貴女がここに来て、どれくらいもつと思いますか?」
私は平然として答える。
「少なくとも、一ヶ月は」
彼は僅かに口角を上げ、含みを持たせた笑みで言う。
「そうですか?私が見るには精々、二週間が限界だと思いますけどね」
私は無表情のまま、静かに頷く。反論しても時間の無駄だと感じたからだ。
「そうですか。気を付けますね」
「その言葉が本当かどうか、見守らせていただきますね」
彼はそう言い、山積みの書類に目を移す。
察しろと言わんばかりの微笑みで彼は口を動かす。
「私は忙しいので、早く出て行ってください」
そう言われ、私は座り心地が良いソファから立ち上がった。
「分かりました。失礼します」
そう言い残し、扉を静かに閉じてその場から離れる。
「噂通りに退屈なほど真面目・・・か」
私は月明かりに照らされ、珍しく軽く微笑んだ。
コメント
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めちゃくちゃおもろい!天才!